お母様は貴族のご令嬢。
「貴族が女に子供を産ませた、そこにどんな問題がある。
貴族は国家の為になる人間を育成する義務がある、育成とはすなわち女に産ませる事も義務に含まれている、違うか?」
貴族の男は正妻以外にも女を作る、それは公然の秘密であり事実として黙認されている。
それこそ[国家の為]と言い張る事で、国に仕える者の行為は正当化されるからだ。
「っ!、それはあくまで立前でしょう!」
言訳・詭弁・言い逃れ、夫の言った事はあくまで独身者の言う戯れ言だ。
貴族の男が女を作る事、それは遊びで無ければならないはず、子供を作ってしまえば家督争いの種になり家の中が乱れれば他の貴族に寝首を掻かれる、だからこそ正妻の長子は大事に育てられるのだ。
「自分の失敗を貴族の義務などと!恥ずかしいとは思わないのですか!」
「だがそれでも、魔法使いを増やし国に役立てる事には変わりは無い」
この国が男社会で出来ている以上、女1人が何を言っても意味は無く、家長であるボルスに逆らう事など出来る訳が無い。
逆らえないからこそ彼女はルージュ1人を産んでから妊娠に気をつけ、娘の他に子供が出来ないよう薬を飲み、娘を家長にすることでこの家での地位を高めようとしていたのだ。
「すでにこの子供には幾つかの貴族が探りを入れているだろう、なのでこちらとしては先に動く必要がある。
横槍が入る前に私はこの子供を養子として申請するつもりだ。
お前達は納得する必要は無い、ただそう言う物だと扱えばいい」
自分の血を継いだ者が他家に仕える事の無いよう、先に手を打った、そして跡継ぎはルージュのままだとボルスは言い放つ。だがそんな事を貴族の女が素直に信じる訳が無い。
「養子ですって?そんな馬鹿な事を誰が信じますか、馬鹿馬鹿しい。
いいです、こんな薄汚い子供がウロウロするような家は私の方からお断りです!
今日中に実家に帰らせていただきます!いいですね!」
ルージュの手を取った母は立ち上がる、もとからそうするつもりで娘を自分の側に座らせていたのだ。
正妻の娘であり、エラム公爵家の血をひく子供を引き取る事で、王子の婚約者でもある私を実家のカープ家で管理する事で実家を優位にする。
そうなればガープ公爵家でも[出戻りの娘]では無く、強い立場を手に入れられる、そう考えたのだ。
(だけどそれはリスクが高いんだって、私の魔力量は平民よりはマシって程度の二桁だからな?
正式に魔力量を測定されたら、存在自体を消される程度の魔力量なんだからな?)
現在の王国で二大派閥の一角であるエラム公爵家、その娘だからこそ王子との婚約が認められた。
母親の実家であるガープ家も公爵の地位にはあるが、公爵家の中では最も領地が狭くギリギリ面目を保っている状態だ。
両親が別居状態で、このまま私の魔力測定が行われた場合、婚約破棄もあり得る。
(っていうか、実際婚約破棄されたんだよ。
たしか・・・『家庭内に問題有り』とかなんとかでさ。
王族の婚約者の家が離婚とか家督争いとかじゃ王族も困るって事だろ、貴族の女ならそれくらい解るだろ)
自分の息子の嫁が実家と家督争いしてるとか、親の立場なら絶対に結婚なんて許さないだろ?
普通に考えて。
(特に私の相手は王族なんだ、他の貴族との体裁もあるんだよ、解れよな)
「お母様、そんなに怒らないでください、優しく美しい私のお母様」
とりあえず冷静になって下さいませ!
「なっ!ルージュ!・・・そ・そうね・・」
(・・一言で冷静さを取り戻したか、さすが私の母だ、腐っても貴族の女だな)
[貴族の男は飢えても胸を張り、貴族の女は笑顔を作る]そう教えてくれたのは、他ならぬ貴女ですよお母様。
困窮しても余裕を見せる、まだまだ余力があると見せる、それが貴族だ。
冷や汗とか、怒りの表情とかを人に見せるなど貴族失格ですわ。
私の一言で冷静さを取り戻した母は、素早く状況を整理し思考を巡らせる。
娘は自分の味方か敵か、説得すべきは誰か、自分の地位を守る為に必要な事は何か、誰を排除し誰に組みするか・・・・
「あなた、そこの子供の母親は?」
「説得済みだ、有能な者の傍に無能を置く事は無い」
(隠れて自分の子供を産むような無能な女は罪を着せて国外退去ですか、、、それとも何所かの下級貴族に嫁がせましたか。
少なくとも[自分の意思]で息子を手放した事になっている。。。と言うことですか)
「その言葉を信用してもよろしいのですわよね?」
「ああ、勿論だ」
(子供の目の前で、こいつらひでぇ会話をしやがる。
お前のした事って、暴力事件のもみ消しと借金の肩代わりだよな?)
ライルの母親を酔わせ、行きずりの男に抱かせた。
浮気行為だと非難してボルスは姿を消し、次に男に暴力事件を起こさせ、その上でライルの母親に被害者への賠償、そして男が新しく商売を始めるとかで理由を付けて借金の保証人にした。
ボルスに頼る事の出来なくなったライルの母親は男に頼るしかなく、
『2人で返していこう』とか説得させられ保証人に、男は更に借金を作り別の暴力事件を起こし姿を消した。
そんな流れだったと記憶しているんだが。
全部ボルスとグラフの仕込みだ。
今頃は母親の情夫となった男は何所かの山奥で犬の餌になってる。
母親は借金を肩代わりしたボルスに感謝して、国外の何所かで小さな店でも与えられ、ボルスが肩代わりした事になっている無利子無担保の借金をコツコツと返しているだろう。
(確か借金を返す手伝いとか何とかでライルは屋敷に奉公に出された、そんなような事をライル本人から聞いた記憶がありますが)
知っている者からすれば子供欺しも良いところですが、知らない者からすればきっつい話ですわね。
母親の為には絶対逆らえないライル。
ライルはボルスの子供だが、その父親からは『お前の母親が他の男と浮気した時の子供だ』そう言われては、ライルがボルスの子である証明など普通は出来る訳が無い。
(魔力の波長とかを調べる魔法道具や、上級鑑定魔法でも使わなければの話しですけれど)
「・・・解りました。そこの子供を養子にする事は認めます」
大体の事を察したマゼンタは長いため息を吐き出す。
「ですが、そこの子供を私の娘と同列に扱う事は許しません」
「では、どうするというのだ?」
この時点ですでに2人の心理戦は終わっていた。
2人の間で結論は出され、後は答え合わせの時間だった。
「対外的にはその子はルージュの弟として付き添わせる事は許可します、ですがこの屋敷の中では使用人の1人として扱わせていただきます、いいですね」
あくまで次期当主は自分の娘とその夫である事、王子との婚姻が正式になされ、子供が出来たならその子に継がせる事、それが条件です、と。
「よかろう」
(元々その程度の妥協は想定の範囲、元々地面に落ちていた程度の石、それが少し役立ちそうだから拾ったまでの事だ)なにも問題は無い。
[王族の婚約者][ガープ公爵家の血]に比べれば、たとえ数十分の1の確立で遺伝する魔法の能力であっても失っても惜しくは無い。
二人の間での結論は結論は出た、後は母と娘が席を立ちライルが残される、その筈だったのだろう。
(でもそれじゃあダメだ、なによりこいつらは何も解っちゃいねぇ)
この数ヶ月後魔法量の計測がされた時、ライルが正式な跡取りになり、私は王子の婚約者としてしか生きられなくなる。そう決まっているんだ。
(1度蔑まれた人間が、、、ライルが、その相手であるお前らを家族と受け入れるなんてあり得ないのさ。
歪んだ優越感は周囲を蔑み、お前達だけでなく私にまで敵意を向ける。
そうなれば私のする事を全て邪魔する存在になるんだよ。
表面上はにこやかに笑っていても、心の中じゃ敵意と悪意の塊だ。
1度はソレを利用してボルスを排除したが・・・)
父親を幽閉、排除して公爵になったライルは破滅の道を進む事になる。
反逆に気付いたボルスはライルの母親を隠して脅しに使うが、その時にはライルの精神は[貴族らしく]完成していた。
母親を見殺しにして実の父を殺し、完全に奪い獲った地位と権力は暴走した。
(アレは上手くいったと思ったんだけどなぁ)
オヤジの血を引く私にも憎悪の目を向けてやがった。
私を押し倒し、抱きながら首を絞めて来やがった。そして私は死んだんだ。
『ごめんなさい、ごめんなさい』そう泣いて涙を流しながら首を絞め、吐き出したと思ったら手の力が増して・・・
(笑いながら殴ったり首を絞めたりする変態貴族はいたが、泣きながら首を絞めて女を抱く変態だったとはこのルージュ様の目を持ってしても見抜けなかったぞ、弟よ)
「では今日からライルは私の弟でよろしいのですよね、さあライル!そんな所に立ってないでこっちに、私の隣にいらっしゃい!」
手招きでおいでおいでするルージュの姿に目をパチクリするライル、ソファーをポンポンと叩いても挙動が不審で戸惑っている。
「ルージュ!貴女は何を」
「だって私,弟か妹が欲しかったのですもの!こんなに可愛い子が私の弟になってくれたのですから私、嬉しくて嬉しくて!
お父様、今日から私、お姉さまになったのですわよね?」
お前らが他人扱いするなら、私が可愛がる。
お前らが蔑み見下すなら、私が甘えさせ褒めてやる。
そうする必要が私にはあるのです。
「ルージュ、、、そこの子供は・・」
「そこの子供はただの使用人です、貴女の弟などではありません。
それに解っているのですか?そこの子供は」貴女の敵、そう口に出そうとするマゼンダの言葉を待たず私は立ち上がりライルを抱き締めた。
「嫌です!このライルは私の弟なのでしょう?
どうしてお母様はライルをただの使用人なんて酷い事を仰るのですか?
お父様もお母様もいつもお忙しくして、私ずっと姉か弟が欲しかったのですのに。
それをお父様が叶えて下さったのよ、お母様。
それともお母様、お母様が私に弟や妹を作って下さいますか?
もしそうなら私、我慢しますけれど・・・・」
(夫婦関係の冷め切ったお前らには無理だろ?それとも浮気相手のガキでも連れてくるか?
できるのか?貴族の元ご令嬢様であるお母様に)
「っ!良いですかルージュ、そこの子供はお父様が良くない事をして、外の女に産ませた子供なのですよ!穢らわしい泥棒の!」
声を荒げて立ち上がり、睨むような視線でライルを見下ろして、、、
(それ以上言わせねぇよ!)
「お母様!お母様は[公爵の妻]ではないのですか?」
冷静になれよ、いまのアンタはどこにでもいる浮気されて切れてるだけの、醜いヒステリー女にしか見えねぇぞ?
貴族の女はそんな甘いもんじゃ無ぇだろ。
「!・・・」
夫であるボルスの冷たい視線に気が付たマゼンダは、視線を動かし自分を見詰める三つの視線を探る。
夫の冷めた目はまるで市井の女を見るよ冷淡で侮蔑するような視線、娘であるルージュの視線は困ったような困惑したような目、執事のグラフは目を閉じ自分を見ないようにしている。
(私の味方は・・いない・・のね。そう、、、なら)
「~~~、ルージュ、少し取り乱してしまったようですね、驚かせてごめんなさい。
でももう大丈夫よ」
貴族の女は我が儘でも良い。
奔放でも、愚かで意地悪で浪費家でも良い。
唯一許されない事は醜くなる事だ。
姿形、内面と言葉使い、立ち振る舞い、貴族の子女がそれらを学び磨くのは[貴族の女]だからだ。
数ヶ月後ルージュにそう教えたのは、母であるマゼンダ自身だ。
『魔力の多寡など本来、貴族の女にはどうでも良い事なのです。
重要なのは男達に求められる女である事。
良いですかルージュ、貴女は王子の婚約者なのです。
その立場に相応しい姿・行動を求められる事を誇りに思いなさい』
そう言ってスパルタ教育を施してくれたのは、母だった。
そして私はその言葉を信じて頑張ったんだ、、、結局無駄だったけどな。




