私とお母様、似たもの親子ですわ。
重く開かれた部屋の中からは、すでに葉巻の香りが十万していた。
煙は窓も開けずに火を着けられたのか、強い煙の匂いがまだ残っている。
上座の執務席に座っている筈のボルスは、客を座らせる為のテーブルの奥の席に座り、その左前にはお母様が鋭い視線で入り口に立つライルを見ていた。
「ルージュ、お前をよんだ憶えは無い、席をはずしなさい」
低く威圧されるようなボルスの声、それは新しい自分の子供を迎え家族にするような感じでは無かった。
「っ!」少し威圧されただけで体が固まる。
まだヤツには勝てない、そう本能が私の足を半歩引かせた。
(くっ、体が逃げようとしてやがる!ガキ相手に威圧しやがって、、、)
私が壁にならないとマジで後ろのヤツが気絶する、そんなレベルの圧力。
「あら、いいじゃないですかあなた、ルージュにもこの席に座っていただいても。
私の隣においでなさい可愛いらしいルージュ、お父様が大事なお話しがあるのですって」
ライルが緊張で息を飲む中、母の威圧するようなオーラが私達に二人に向く。
「お話しですか?」
ルージュは作り笑顔で内心を隠す。
(少しは覚えちゃいたが、本番はやっぱりやべぇな)
圧と緊張で少し記憶が飛んだルージュは、母の声でようやく脳が回りだす。
(たしか・・・家族裁判だったか?
浮気した上、その女の子供まで屋敷に連れてきた夫、ボルスを追い詰めるための家族法廷・・だったな)
子供の前で夫の浮気を責めるとか、、、自分の事を棚に上げでよくやるな、バレて無いと本気で思ってたんだろうなぁ。。。まぁいいけどさ。
「ではライルは私の隣に座って」貴族様の夫婦喧嘩だ、子供二人で見学しようぜ。
「ルージュ、そこの子供は家族ではありません。
この家では家族で無い者が、家族と同じ席に座る事など許されません」
「家族じゃないって・・そんな」
「ルージュ、良い子だから今は私の言うことを聞きなさい」
怒り・憎悪・憎しみ・侮蔑、そんな感情を冷静な顔で隠し、ライルを敵視する我が母マゼンダ。
(ですが、それではダメなのですよ、お母様)
「?でもライルは今日から私の弟になるのでしょう?
ならやっぱり弟は私の隣で構いませんのでは?」
ライルの手を引っ張って彼女が座るソファーに向かう、見る見る内に表情が曇り母の眉間にシワ浮んでくる。
(怖いですけれど、ここは)新しい弟を味方します。
「ルージュ、そちらの子供はその場で立たせて置きなさい」
こっちのボルスも重く強い口調、本当に似たもの夫婦だ。
(ヤツの目・・・まるで、煩わしい物を値踏みし排除しようとするような目だ、それが実の子供にする目か?長男だろ?)
はぁ・・・「解りましたわ、お父様」
忌々しいが、今の私はヤツに反抗する手立てが無いからな、仕方ない。
部屋の扉が閉められと、部屋の空気が沈黙の圧力で充満し始めた。
「グラフ、そこの子供が報告にあった子供で間違いないんだな?」
「ハッ、相異ございません」
そうか、そう呟くとボルスはライルを全身を監察するように視線を動かす。
道に落ちている石・道端の雑草を意識して見る、そんな表情と視線はまるでライルを始めて見た男の表情だった。
「私が見たところ、彼の魔力量は100~200。
限界最大量は解りませんが、おそらくは・・・」
貴族の血、白髪の執事は口には出さず頭を下げる。
「白々しい、どうせ貴方がどこか女に産ませた子供でしょう」
穢らわしい、そう吐き捨てた。
(穢らわしいとか、子供の前、、しかも本人の目の前でソレを言うかよ。
母様の立場からすれば、解らないでも無いけどさ)
幾つかの選択肢の果てに、私も自分の子供に同じ事を言った記憶がある。
誰の子かも解らない痩せた子供、いつも腹を減らし、怯えて暗く濁った目で私を見上げる子供。
『失敗したよ、お前なんか産まなきゃ良かった!』
腹が脹れても客を取り、ボロボロの宿でひり出したガキ。
腹が痛くてしばらく商売も出来ず、私自身も喰う物にも困る、そんな有様でガキに手を振り上げて叩いて叫いてたな、私も。
(あの時のヤツもこんな怯えた目をしてたっけ・・・)
「誰の子供かはこの際どうでもいい、重要なのは魔力の量だ。
お前も知って通り、この国では魔力量の多い者は国家に登録され保護されている。
それはいずれ国家の役に立つ事が約束されているからだ」
この国では国家が政策として魔力を持つ子供を教育し・育て・抱え込む、そうする事で魔法の研究を始め、魔法技術を発展させ・魔法使いの数を確保していた。
魔法使いの数は武力であり、魔法技術の高さはこの国の国力。
魔法使い達を育成し彼らを利用する事で、この国は教会の支配からも中立を保てていると言っても過言では無く、ゆえにボルスが愛人に産ませた子供とはいえ、簡単に[処理]する事は出来なかった。
「他の公爵家も、魔法を使える者を召し抱えている、魔法量が多いのであればそれだけで価値がある、そこの子供はそのたぐいの物だ」
[役に立つ道具]ボルスは怯える子供を育て、支援する事で後々役に立てば良い、そう説明した。
「それで?この子供の母親にもう2・3人産ませますか?貴方は」
貴族の後継者争いは骨肉の争い、だから正妻である自分はルージュを産み育てた。
2人目3人目も考えたが、そうなれば姉弟どうしで争う事になる、だから産まなかった、産まれないようにしたのだ。
自分の娘はいずれ夫を娶り公爵家を継ぐ、そうなるように育てていたのだ。
(どこの女に孕ませたか解らないような子供に、私の公爵家を奪われてたまるもんですか)
母マゼンダもまた公爵家の女だった。
[エラム家]と領地を接する[ガープ家]の三女で生粋の貴族だ。
野蛮で野心家のボルス公爵、彼を敵にまわさない為に彼女の父が進めた結婚だった。
彼女はそれを貴族の勤めとして受け入れたが、それをどこの薄汚い女が産んだような子供に邪魔をされたくは無いのは当然だった。
(自分の産んだガキが、どれだけの不良品・粗悪品か知りもしないで結構な話だな。私の魔力の無さをしったら絶望するんじゃねぇ・・・ああそうか、だからあの時、母さんはあんな顔をしていたのか)
氷のように冷たく貼り付けた感情の無い顔、侮蔑・諦め・後悔・蔑み・・あれが自分の産んだ失敗作を見る親の顔だったんだ。
自分の失敗作を隠すように毒を盛る母の顔、あれは私に対する怒りと母親としての憐憫、それを隠す顔だったのだと気付く。
いつかマゼンダはルージュを毒殺する事になる、魔力量の少ない粗悪品を生み出した母、そんな不名誉を消し去り自分の失敗作を自分の手で壊し捨てるだろう。
(いつかの私と同じだ、けどさ。。。お前は貴族の面目を保つ為に私を殺した、私は自分が生きる為に、喰って行く為に・・・・だったんだ、けど同じか)
親に殺される、そこに違いは無いのだろう。
ははっ、私は母親の血をちゃんと継いでたってことか、子殺しの業もちゃんと引き継いでたのか私は。
愚かだな、本当に愚かで醜い親子だよ、私達は。




