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弟?それとも敵?

 薄暗い空、農園の小さな家に男はいた。

 畑は踏み荒らされ、柵は壊されていねいに作られていたはずの野菜達は踏みにじられ、まるで嵐が通ったような有様だ。


「・・・これは、少し困った事になりました」

 怯えた少年と彼を見下ろす白髪の男、彼の母親はすでに説得を済ませて、半月もたたない内に他国に出て行くだろう。

 だがそうなると、彼女の子である少年もまた他国に流出する事になる。


(Aランクの魔力・・ですか。

 正確に計った訳では無いですが、彼の魔力は貴族クラス、それこそ[父親]譲りの魔力量でしょうね)


 この世界では、魔力の使い手・魔法量の多い者は国の宝であり重要な武器。

 上級の魔法使いを国外に逃ささないために、国外に出る際には魔力測定をする関所も多数ある。


(そうなると、この子供の出自も調べられる事になりますから)

 主人の命令をそのまま遂行するのであれば、殺してしまうべきだ。

 しかし、自分の主人であれば、この子供を上手く使うことも考えるだろうとも男は思う。


(まずは報告、そして・・・母親に親権を放棄させる必要がありますが)

 説得を終えた今の彼女であれば、どんな契約も締結させられるだろう。


「さて、どうしましょうか・・・」

 少し考えた後、男は少年に背を向け家の戸を開け、そして外に待たせた男に幾つかの指示を出し、胸のポケットから一本の煙草を取り出す。

 一仕事終えた後の一服か、それともこれから起こるであろう一波乱を思ってか。

 白い煙が灰色の空に浮かぶころ、親子のすすり泣く声が小屋から聞えてくるのだった。 


 数日後、屋敷にやって来た馬車から降ろされた少年は、自分に手を差し伸べる赤い髪の少女と出会った。

 白い肌と優しい声、凜々しい眉毛の笑顔の少女は、彼に向かってこう言った。

「始めましてライル、今日から私が貴方のお姉さんよ」と。


・・・・・・・・・


 時は少し遡り、ルージュが自分の書いた日記の文字を読んで頭をひねっていた。

(?・・馬鹿王子の次ぎは弟?、、、こいつ、ライル?どんな奴だったけ?

正直記憶にないぞ?)


 確か、自分の後をちょろちょろと着いてくるガキがいたような記憶はあるが、殆ど顔も覚えていなかった。


(・・・私が地下牢に放り込まれた後で、ガキが養子に入ったとかそんな記憶があったよな無かったような・・・)

 他にも、私は王子共から追放されないように色々としていたが、弟?そんなヤツいたっけ?と頭をひねる。


(オヤジから家督をぶんどった時、なんか変な奴に邪魔された?・・か?)

 なよなよしたガキをぶん殴った記憶?があるような無いような。。。)


「ああっ!そういえばコイツ、私が追放された後こそこそ仕送りして来たやつか!」


 結局私は酒代に変えちまったが、そうかちょっと思いだして来た。

 

 私に懐いてきて色々と世話を焼いてきたヤツだ。

 善人でガキ、世の中の悪と黒と闇を知らない普通の人間。

 悪意に怯え暴力を嫌う、ぬるま湯のような性格の弟。そんな記憶。

 

 ヤツが私を見る目に哀れみは在ったが、蔑みはなかった・・・気がする。


 (敵としては惰弱、味方にしても悪に染まらず・・・か。

 つまり・・重要度[底]か、さてどうしたものかなぁ・・)


 味方にするか、それとも騙して利用するか、、、事故にでもあって退場して貰おうか。

 使える駒なら使うべきだろう『味方を増やし、敵は減らす』は戦術の基本。

 でもなぁ・・使えない味方は強敵より厄介だ、とも言う。


 無能な味方・頭の悪い善人ほど、大事な局面で私の邪魔をする事は解っている。


(・・・・まぁいいか。一先ず取り込んで、適当な所で切り捨てるか)

 捨て駒は、処理さえ間違わなければ多い方が役に立つだろうと思う。

 

 弟とはどんな出会いでどんな事があったのか、全く憶えてないが、重要度の低いガキなら適当に愛想を振りまいて、良い姉を演じて様子を見れば良いだろうか。


 無能なら不幸な事故が襲うだろうし、有能なら美しく可愛く聡明な私が弟を導くけば良い。

 怨みは無い・・?が、それだけの話だ。


・・・・・・・


 屋敷に向かってやってくる馬車は陰気な気配で車輪を回し、リズム良く歩く馬の足音はどこか機械的で不気味だった。


 馬車から降りて来たガキは前髪で陰鬱な目を隠し、前髪の奥からキョロキョロと視線を動かし最後の一段を中々降りようとしなかった。


(なんだコイツ?こんな顔だったか?それにその格好はなんだ?)

 一応なんとか整えたようなシャツとズボン、使い古した靴、コイツが本当の私の弟か?


(・・・ああそうか、思い出してきた)

 私の直感と記憶が、この弟が現在置かれている状況を理解し始める。


 こいつ、どこかの貧乏貴族のガキ・・と言うより、オヤジの愛人が産んだガキだ。

 愛人扱いの女には金を渡していたが、そんな女がガキを大事に扱う訳が無く。


 オヤジを繋ぎ止める為に育てられ、利用された子供、オヤジからは他の男のガキだと思われていたガキだ。


 オヤジが家にくるとガキは追い出され、オヤジが帰ると「お前がもっとちゃんとしていたら、私があの人の妻になれた」とか言われて殴られる。そんな所だろうな。


 弟が現われる事は知っていたが、どんな経緯だったか憶えていなかったが、こんな時期だったとはな。


 私の正式な魔力測定は遅れている、っていうか遅らせた。

 そして私が王子と婚約した事で、私の魔力が少なくともオヤジは私を幽閉する事は出来なくなった。


 だから、それ[私の魔力量の事]は関係ない、つまり私の知らない所で誰かのもくろみが作用した、って事だろうな。


 私の換わりにこのガキを当主に据える、その必要は今の所は無いはずだ。


(アベル王子の兄貴が死ねば、アベルは次期国王になる。

 そうなれば大公になってるであろうオヤジには跡取りが必要になるが・・・一体何があったんだ?)

 解らない。


「あの・・・」

「始めましてライル、今日から私が貴方のお姉さんよ」

 取りあえず第1印象は大事、私は最高の笑顔と優しい声での挨拶する。

 美人の笑顔と涙は最大の武器ですので。



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