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犬の嫌いな王子様。

 三日後、ボクは憂鬱な気持ち抱えながら馬車に乗り込んでいた。


 父王に正式な許可を戴き、ボクの手には王印の押された婚姻証書が握られている。

 この証書を彼女と彼女の父である公爵に届け、内容を伝える事でボク達の婚姻は正式に国家が認めた事実になる。


(だけど・・・)

 

 あの時ボクは、彼女の大事な物を守る為に最善を尽くしたと思う。

 子犬を守り家名も守る、その為にボクは婚約という手段を取った。


(・・・・ボクは彼女との婚約を利用したんだ)


 最初はボクが自由になる時間を作る為、そして今度は。。

 [彼女に格好いい所を見せる為]


 もちろん「それだけじゃない」と言える。

 けれどあの時のボクの中に『この場を上手く収めたら彼女はボクの事を・・』そう囁いた部分が無いとは言い切れない。


 意気揚々と屋敷を後にして、ぼくの屋敷である宮廷に戻った時、なにか不自然さを感じたんだ。

 興奮するボクとは正反対に沈黙と緊張する従者達、メイドも御者も護衛も執事も口を閉じ誰もボクを見ようとしなかった。


 屋敷に来る時は、確かにぼくの気分はそれなりだった。

 だから彼らも静かにボクを見守っていた。

 けれど彼らもまたボクを良く知る人物達だ、ボクが楽しそうにしていたら一言二言話掛けて来る、それが全くなかった。


 だからボクは「なにがあった」そう静かに彼らに聞いたんだ。

 帰って来た答えは、ボクを酷く落胆させる答えとも知らずに。


 宣誓と引き渡し、公爵の前で執事が内容を読み証書が渡される。

 彼はそれを受け取り、ボクと堅い握手を交わした。

 これで彼女の父にも家にも、ボク達の婚約は認められた事になる。

 だけど。


 『二人だけで話がしたい』ボクの申し出に公爵はこたえ、用意されたのは庭が良く見えるテラスの席だった。


 テーブルの上に並べられた甘そうなお菓子と湯気の上がる紅茶、その向こうに座るのは視線を下にして申しわけ無さそうな彼女の姿だった。


 傷を隠すように袖の長い上着を着込み、彼女はだまり込んで、そしてようやくボクの方を、顔を真っ直ぐ見たそして。


「申しわけございません殿下、我が家のいざこざに殿下まで巻込んでしまって」

 あの明るく優しく凜々しかった彼女が落ち込み、悲しそうな表情で深く頭を下げたんだ。


「私とテリーを・・殿下に吠え掛った子犬を守る為に、婚約までしていただいて」

 強く暖かく美しかった彼女が小さくなって頭を下げている、ボクが彼女の婚約者になった事で迷惑を掛けている、そう思って傷付いている。


「でっ・・でもそれは」

 違うんです!


 言うべきか、言わざるべきか、迷う。


 事実を話せば彼女は怒り出すかも知れない、言わなければ彼女はボクに負い目を持ったままボクの婚約者でいてくれるだろう。


 っ!違う違う!ボクは彼女を縛りたいんじゃない!

  沸き上がる暗いモヤモヤを振り払う。

 これ以上ボクは、彼女の前で卑怯者になる訳には行かないんだ!


「ルージュ・・ルージュ様、どうかボクの話を聞いてください」

 そして嫌われ遠ざけられるならそれも仕方ない、ボクは勇気を振り絞る。


 事の始まりは庭の端に留められた馬車だった。

 庭の花と穏やかな景色、従者たちは遠くからボクを見守り、庭園には不信な動きをする者はだれもいない。


 けれど花には虫がやって来る、蜜を求めた蜂が花にとまるのは自然な事だ。


 その蜂の1匹が馬車を引く馬の鬣にとまった事を誰も知らなかったんだ、馬ですら刺されるまでなにも気が着かなかったと思う、それだけ穏やかでゆっくりとした時間だったんだ。


 ルージュがボクに紹介する筈だった子犬、彼もまた庭の花とじゃれ合い、虫を追い掛けていたのだと思う。


 そんな緩やかな時間の中、突然蜂に刺された馬が飛び跳ねて息を荒くして嘶き・暴れた。

 馬を繋ぐロープを引っ張り、金具を上下させ、馬車を繋ぐ鎖が悲鳴を上げるほどに。


 その時、自分より遥かに巨大な馬という獣が暴れた時、子犬はとても恐かったんだと思う。

 馬車の近くにいた子犬は恐がり混乱し、暴れ、庭を駆け、ボク達の方に走ってきた。


「・・・・つまりはボクの、ボクの馬車が原因だったんだ。

 キミの子犬はなにも悪く無い、ただ恐かっただけなんだ」

 ボク達を襲ったわけじゃない、恐くて混乱しただけ。

 そんのは人間の子供・・大人でも恐くて逃げ出すなんて当たり前の事だったんだ。


 自分より遥かに巨大な動物、大きな音、叫び、そんなのを前にしたら逃げ出すか、動け無くなるのが普通なんだ。ましてや小さな子犬なら尚更だ。


 全てが偶然で、蜂も穏やかな庭園も。

 後で考えればそうなる可能性は高くて、彼女を手に入れる為の自作自演、そう思われても仕方無い事だとしても。


「でも!もしそうなら、ぼくはキミを守るために」前に立てたんだ。

 [自作自演なら]そう口にすると恥ずかしいけれど、ボクはキミに格好良い所を見せる事が出来たはずだよ。


「・・・その事実を私にお話しして、大丈夫なのですか?」


「ボクはまだ弱くて、キミを守る事が出来なかった臆病者だったけど、卑怯者にはなりたく無かったんだ!」

 キミの隣に立てる男が卑怯者だなんて、そんなのは耐えられない。


 ボクの馬車が原因だったと、知られるのが恐くてびくびくしながら嘘を付き続ける、そんな男にはなりたく無かったんだ。


「ルージュ、そんなボクをまだ婚約者として認めていただけますか」

 恐い、言訳ばかりしているボクを彼女はどう思ってるだろう、どんなに言訳しても今日ボクは公爵になにも言わず、婚約者の立場を手に入れた。


 手に入れてから「許して欲しい」とか、正式に婚約してから認めて欲しいとか、やっぱりボクは卑怯者なんだ。

 傷付け騙し「許して欲しい」と哀れみを乞う、婚約者である彼女はボクを許すしか無い状況を作って置いて[許し]を願う。

 

(なんてさかしい男なんだ、ボクは)


・・・・彼女は黙ってボクを見詰め、ゆっくりとまばたきしてボクの目を見ている。

 全てを見透かされているようで恐かった、でも深い赤い瞳の彼女は凜々しくて綺麗で目が離せなかった。


「王子様、私達にはまだ、婚約者という立場は重いのかもしれません」

 真っ直ぐの瞳を見詰め返し、やはりそうですよね、そうボクは思った。


「なので王子、友達から始めましょう。

 私、一緒に遊んでいただけるお友達が欲しかったんですもの」


「友達・・・ですか」

「ええ、私、お父様が厳しくて、同じ年齢の方と出会う事が少ないので・・ほらっテリーも王子とお友達になりたいって!」

 テラスの下でルージュを見つけた子犬がくるくる回って、啼いていた。

 ルージュは楽しそうにテリーに手を振って、それからボクの手に手を伸ばす。


 階段を降りる彼女の髪は光りに揺れ、やっぱりボクは彼女の背中に着いていく。

 あの時とは違い、赤い髪が優しく風に揺れている彼女の背中を追いかけた。


 ルージュは子犬を抱き抱え、子犬は嬉しそうに彼女の顔を舐めている。


「ほらテリー、私のお友達よ、王子様だから失礼の無いようにね」

「ワウッ?」

 子犬は彼女の言葉を理解しているのか、解らないのか、ボクに挨拶するように吠えてから彼女の胸の所に顔を押し当てて匂いを嗅ぐ。


「こらテリー、私おっぱいなんてでませんよ?」

 ワウッ!ぐりぐりと服の中に入ろうとする子犬。


「あっあの!」もう少し見て居たいような、それはダメなような。

「王子!みてないで助けてください!」


「・・・その、こんな時にアレですがルージュ、ボクの事はアベルと」そう呼んで欲しい。


「いいですから、王子、早くテリーを!こら!そんな所を舐めないの!」


 服から尻尾だけ出ている子犬をなんとか引っ張り、胸元が開いたルージュがボクを睨んだ。


・・「アベル王子、あんまりじろじろ見ないでください、それと乙女が助けを求めたら真っ先に助けるのが紳士の勤めだと思いますよ?」

「は」い、そう言おうとする前の「ワン!」元気なテリーが答えた。


「テリーは良い子ですね~~」撫で撫でされた子犬は尻尾を激しく振っていた。


 ルージュ・・・・ボクはやっぱり犬は好きになれそうにない。


 そうして一応、ボクは彼女に名前を呼んで貰えるようになった。

 テリーのお陰と言えばそうなんだろうけど、やっぱりモヤモヤする。

 犬は嫌いだ。

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