婚約?
傷の痛みと出血、そして緊張から開放されたからかルージュの体から力が抜けた。
そして気を失い、倒れるように彼女は目を瞑った。
(不意打ちだった・気が動転していた、そんなのは全部言訳だ。
ボクは突然の事に、なにも対応できなかった)
身を挺してボクを庇ったルージュ、ボクは同じ年齢の女性に守られる事しかできなった。
気を失った彼女が運ばれていく。
そんなメイドと彼女の背中を、ボクはまた見ている事しかできなかったんだ。
・・・・・・・・
「ん・・ここは」
「ルージュ、目が覚めたんだね、ここはルージュの部屋だよ」
ゆっくりと瞬きするルージュの瞳、長い睫毛と柔らかそうな頬と綺麗な鼻。
少し花の香りがする小さくて綺麗な唇が開いて白い歯が・・・
「・・王子・・・様?」
「あ!・・ごめん」
顔が近かった、これじゃあまるで寝ていたルージュにキスしようとしていた見たいじゃないか!
まだぼーとしてた表情のルージュの顔は、徐々に意識を覚醒してそこが自分の部屋であり、自分がベッドに寝かされている事にようやく気付いたようだった。
「っ!・・?この腕は・・!そう、でしたわ!王子様、お怪我はございませんか?」
「ボクは大丈夫だよ、ルージュが守ってくれたから」
「それは良かった。
王子様にお怪我などさせてしまったら、エラム家の者としてどうお詫びしたらと」
「そんな事どうでも良いよ!それよりボクは・・・」
キミにケガをさせてしまった。
治療師の話では、あとすこし深く傷付いていたら腕の腱が傷付き、手が動かせなく無くっていたらしい。
それにその傷も・・・
「その・・傷は」
「こんな傷たいしたことありませんわ、ほら」
ルージュはグーパー、と手を握り指を動かして見せる。
「!・・・少し痛いだけですわよ、ね?だからあまりそう見ない下さいませ」
勇気・強さ・優しさ、ボクはそんな彼女を前に彼女の左手を取った。
「ルージュ・・レディ ルージュ=エイラム、ボクと・・」
「?・・そうですわ!テリーは?テリーは何所に?」
「テリー?・・キミを噛んだ子犬ですか?
子犬は今は多分捕まっているはずですが、それより大事な話が」
「捕まって?どうして?それにあの子が人を噛むなんて、一体なにがあったのでしょうか」
「それは、解りませんが、それより聞いて下さい!ボクはキミの事が」
『キャイン!』
それは窓の外から聞こえた子犬の鳴き声だった。
怯え叫ぶような子犬の啼き声、そんな声にルージュの表情が強張り「まさか」と小さく呟く声が。
「王子様、申しわけございません。お話しは後で必ず聞かせて戴きますから」
ルージュはベットから起き上がり、窓を開け、そして大きく目を開くと迷わず飛び出して行く。
「・・王子・・様、か」ボクの胸の中に黒いモヤがかかる。
彼女はボクより、自分を傷付けた子犬を心配して飛び出して行った。
自分は彼女にとっては、ただの[王子様]でしかないのだろうか。
「違う!」今はそうかも知れないけど、今は彼女の背中を追うしか出来ないけれど!
アベルは自らを奮い立たせるように拳を握り、ルージュが飛び出した窓を追う。
いつかきっと、ルージュに相応しい・彼女を支えられる男になる為に。
・・・・・・・・・・
「ルージュ、そこを退きなさい」
「・・・・・」
小さな檻の前で両手を拡げ、その中にいる小さな子犬を守る少女。
彼女は強大な魔力を吹き上げて睨み付ける男に立ち塞がり、言葉も出せずただ抵抗するように男を見詰め返していた。
「私に2度、同じ言葉を使わせるな」男は魔力を炎の塊に変えた。
巨大な炎の塊は男の数倍の大きさの高熱の塊、彼が指をわずかに動かすだけで少女も檻も、檻の中の子犬も一瞬で炭となって灰になって消える、それ程の熱だった。
「いいかルージュ、その獣は我がエラム家の庭に入り込み、私の客人に危害を加えた。
それは万死に値する、お前も公爵家の人間なら解るはずだ」
男の言う事・言葉は正しく正当だった、ただそれは・・
「お前がソイツを拾って来たとなれば、それはお前の責任となる。
王族に牙を剥いた物をお前が持ち込んだ、それは国家に対する反逆だ。
それはお前1人で責任が取れる罪では無い、親である私の責任にもなるのだ」
故に今殺す。
庭に入り込んだ獣を殺し、反逆の意思は無く、獣を持ち込んだ事実もないと証明する為に殺すのだ。
「ですがそれは!」
「確かに色々な要因が有ったと聞く、だが物事とは結果が全てだ。
獣が我が屋敷の庭に入り込み、王子に吠え掛った。
他の貴族が利用するのは其所だけだ。
事実!真実など結果の前では無意味なのだ!」故に私は獣を殺さねばならないのだ。
・・・
「エラム公、よろしければその色々、ボクにも聞かせて戴けないでしょうか」
「アラン王子、申しわけございませんが、コレは家族の中で問題です。
たとえ王子であろうと、口出しは無用にお願い致します」
「エラム公、相手はただの子犬、そして彼女は貴方の子女ではありませんか!
私の身にケガはありません、なにもそこまで苛烈な事をせずとも良いではありませんか。
それに親とは子を守る立場であるはず、それを親が力無き我が子を殺すなど!あってはならない事でしょう」
公爵の地位を持つ者がそんな非道を行うべきでは無い、と。
「・・・王子、それは違います。
王家に投げられた物が小石であっても、それがたとえ王家の馬車に当たらずとも、それは王家に対する反逆なのです。
ケガの有無、投げた者の年齢や立場など関係が無いのですよ」
公爵の地位を持つ者だからこそ、王家に対する反逆者は許してはいけないのですよ。
お互いの言葉は正しく、そして立場も正しく理解した上での意見の違い。
お互い譲る事が出来ず、そして守る物[家名]と者[ルージュ]が異なっていた。
(彼女には悪いけど、子犬は諦めるしかない・・・か)
ボクの中のモヤモヤが声を出す、けれど。。。
ボクの守りたい少女が今懸命に父親に逆らっている、王級レベルの火球を浮かべいつでも自分達を焼き殺せる父親にたった一人で立ち向かっているんだ。
そんな彼女に「子犬は諦めろ」なんて説得出来ない。
(・・彼女は、ルージュは守る者の為に前に立つんだ。
その相手が獣であっても、恐ろし火球を使う父親を前にしても変わらないんだ)
だからボクは彼女の姿に、強さの中にある美しさに目を奪われたんだ。
「ルージュ、先程の話の続きをさせて下さい」
「え?、、その、今はそれどころでは」
「大事な話ですルージュ、ルージュ=エラム様、私カルナック第2王子アベルと婚約していただけ無いでしょうか」
「・・はい?」
彼女の驚く顔はとても不思議で面白い表情だった。
「不意を突いて正解でした、ひょっとしたら断られるかと、、、ですがこれで。
エラム公爵、いま聞いて戴いた通りです。
たった今、私と彼女は婚約が成立しました、なので彼女と私は婚約者同士です。
ボクの婚約者がボクに石を投げたとしても、反逆者にはなりませんよね?」
婚約者であればそれは王族に準じる、王族同士のたわいのない争いや、言い合いに国家反逆は当て嵌まらないでしょう。
(万一該当するとすれば、それは父王に逆らって怒らせたりした時くらいでしょうか)
「・・いいのか・・でしょうか王子殿、その、ルージュの腕には・・」
体に傷のある娘を婚約者にするなど、王族の有るべき姿では無いだろう。
「彼女は気にしないと言っていましたし、ボクも気にしていません。
お互いが気にしていない物を誰が問題にするのでしょうか」
「公爵、ボクとお嬢様の婚約が決まった今日の日に小さな命を奪ったり、彼女から大事な物を奪うような事はしないでください」お願い致します。ね?
不思議な表情で固まってしまったルージュにウインクするアベル王子、彼と彼女の婚約は本物なのか偽物なのか、それとも本物になるのかやはり偽物になるのだろうか。今の王子には解らない。




