小さな襲撃者。
この屋敷に来る事は公式行事のような物だった。
つまらなくても役目を果す、それが王族の子として産まれた者の使命・仕事だと思っていた。
役目は果す、だけど自分の人生の数年を自由に過ごしたかった、だから嘘の婚約者としてこの家の子に協力して貰うつもりだった。
対面したボルス公爵から伝わって来たのは、赤々と燃える大きな炭のような熱。
近づけば火傷する、そんな熱くて大きくて恐い人物だとボクは思った。
彼との話はまるで王子であるボクを推し量り、王家の将来を見据えるような会話だった。
部屋に充満する重圧・プレッシャー、それを打ち消す扉の音が聞こえた後、現われたのは風と陽光に包まれ優しくも暖かい笑顔の少女だった。
礼儀正しく穏やかで、太陽の光りを反射して赤く光る彼女の髪はとても綺麗で。
彼女の手は柔らかくて熱くて、太陽の香りのする女の子だった。
広い廊下とボクを見下ろす公爵に似た男性の肖像、だんだんと歩き疲れてきた時、彼女は笑った。
『私にはつまらないわ』そういたずらした子供のように笑った彼女は、ボクと同じくらいの歳の女の子に見えた。
・・・・・・
湯気が上がり少し甘い香りの紅茶、サクサクのクッキーと赤いドライフルーツと蜂蜜がタップリ乗ったパウンドケーキ。
「甘いものはお嫌いですか?」
静かに紅茶を飲むルージュ、その前に緊張するボクが座る。
お菓子を指で摘まみティーポットのお茶を静かに口にする、ウインクしてボクを見つめるルージュ、同じ歳だと聞いていたのに、いまは歳上の女性に見えた。
庭の花に止る蝶、飛び上がるバッタ、赤い花を突くとテントウムシが羽根を拡げて飛んで行く。
(本当に・・・)
穏やかで優しくて、お淑やかでおてんばで美人で・・・
声・所作・話方・服の着こなし歩き方、彼女が話す度にボクの耳は彼女の声に集中して、彼女の全てにボクは目を奪われていた。
「あの・・?」
「えっ・・いえ、何でも無いです」
「?」
「あっ・・・えっと、赤くて綺麗な髪だなと思って、そう言えばエラム公爵家の方々は皆さん赤い髪をしておられますが、やっぱりそれは炎の魔力と関係があるのでしょうか」
「太陽を撃ち落とす神[アポロン神]の加護の証し、そう父から伝え聞いおりますが、
ふふっ、どうなのでしょう」
赤色の髪だから炎の使い手?土使いがブラウンの髪?緑の髪が風使いで青髪が風使い、全くどこの神がそんなふざけた設定つくったんだ?って感じだよ。
「王子の金色の髪もとても素敵ですわよ?
キラキラとお日様に輝いてまるでお日様の光りのようですわ」
「えっと、、ありがとうございます」
(そう・・なのでしょうか)
神の加護を受けた者はその身に証しが刻まれる、それは神殿の神官達も知っている事実。
けれど神の加護は個人だけの物で、他の家族に残る事は無いと聞いている。
「そっそう言えばエラム公爵は凄い炎の使い手だと聞きました、、、ルージュ様もきっと凄い炎の魔法を使えるのでしょう?」
綺麗な赤い髪、明るい炎のような彼女なら神様も愛を注いで凄い加護を与えているだろう、ボクはそう思ったんだ。
「・・・・」
目を瞑り顔を向こうに向けてしまったルージュ、二呼吸ほどの時間の沈黙と静状が長かった。
(なにか、とても聞いてはいけない事を言ってしまったのだろか)と思った。
「そう・・だと嬉しいです」
笑顔の中に頬の振るえ、彼女の指先も少し震えていた、その目の端に少し涙が。
「・・・少し歩きましょうか」
多分まだ彼女は、魔法の使い方の勉強中なんだ。
(子供の頃から魔法を学ぶなんて、本当は王族くらいの物なんだ。
だから自分が何を出来るのか、どんな事が出来るのか解らなくて当然なんだ)
そんな彼女に自分よがりな勝手な期待と、重圧を掛けるのは男らしくないだろう。
『ごめんなさい』ボクは彼女にそう言おうとした時、どこかで声が聞こえた。
中庭の少し奥から聞こえた重い金属の鎖を打ったような音。
馬のいななき、そして次々に聞こえてくる悲鳴。
肌の泡立ち、体が危険を感じた時、何かが庭の植木から飛び出して来た!
(早い!)
真っ直ぐに駆けてくる獣、ボクを睨み牙を剥いて地面に爪を立てる獣は恐怖で何倍にも大きく見えたんだ。
膝下くらいしかない獣が大きな口を開き、ボクに吠えかかり・・・
(動かない)体が硬直して足が!
・・・・
視界が赤く、キラキラと光る波が輝いている。
キラキラと光る赤い光りがボクの前に立ち塞がり、そして襲撃者からボクを守ってくれていた。
「大丈夫、大丈夫だから、ね?」
獣はルージュの腕に牙を突き立て、興奮した口と充血した目、荒い鼻息を吐き彼女の腕を噛みつぶそうと暴れていた。
「この!」ボクは彼女から獣を離そうと拳を振り上げたけれど、彼女の左手が獣の頭を撫で体を抱き抱えていた。
「王子様、、、大丈夫ですか」
「ボクは平気です!でもルージュ様の手が!」
赤い血が何度も地面に滴を落とし、彼女の腕に赤い血が流れて止らない。
「良かった、ご無事なんですね」
痛みからだろう、彼女の横顔に汗が浮かび、苦痛に耐えて笑顔を作るのが目に写る。
「そんな事よりソイツを離さないと!血が、血が出てます!」
「この程度の事、なんでもございません・・あなたも恐がらないでいいから、大丈夫よ、だから落ち着いてテリー・・いい子いい子」
ルージュが体を撫でる度、大人しくなって行く獣。
抱き締め体を撫で、彼女が頬をすり寄せ、何度も何度も優しく言い聞かせるように「いい子いい子」そう彼女が繰り返す度、子犬の体から力が抜けていった。
子犬の目の焦点がルージュに戻った時、子犬は口を放し、彼女の腕の傷を何度も舐めて血を止めようと悲しそうに鳴いた。
(こんなに小さかったのか・・・)
彼女に抱き締められている子犬は、ボクに向かって走って来た時より何倍も小さく、幼く見えた。
少し大きい子犬?小犬じゃなく子犬と言う事で。




