野望と悪意。
「お父様、失礼いたします」
ノックはグラフが扉を開けるのはメイが、そして私の背中には廊下の窓からの光りが。
スカートの端をわずかに持ち上げ、深くゆっくりと深呼吸するように頭を下げる。
そして背筋をピンと伸ばし、上半身を上げた私は最高の笑顔を作った。
「ようこそ王子様、お合い出来る今日の日を、私本当に楽しみにしていましたわ」
「・・・・・」
「王子様?」
「あっ、いえ、すみません。少しビックリしてしまいました、ボクと同じくらいの女性だと聞いていたものでしたから・・・」
王子は初めて見たその少女を、陽光を背にしたルージュを、その赤い髪をキラキラと輝かせた、深い緋色の瞳がまるで美しい芸術品のように見えていた。
「ふふっ、私も少しドキドキしています、だって王子様って本当に素敵なんですもの」
ね?お父さま。
悪戯ッ子のようにウインクする私にようやく微笑むボルス、私は『よくできましたか?』と笑顔で返す。
「・・あっ・・いえ、はははっ」
(きっと今日の為に何度も挨拶の練習したんだ、すごいなぁ・・)
完璧な挨拶と礼儀作法、それを自分と会うために練習して身に付けた、そう理解した王子はその挨拶に応えるように立上がる。
「始めまして、カルナック第2王子アベルです。本日はお招き戴きありがとうございます」
右手を胸に片膝を付いた儀礼式の挨拶を返す。
「まぁ!」可愛い。
「ルージュ、私の方の話は終わったからアベル王子にこの屋敷をご案内して差し上げなさい。くれぐれも失礼の無いように」
「はい!お父様!ではアベル王子、ご案内いたしますわ」
挨拶を終え立上がった王子の手を掴み、引っ張るようにしてルージュは王子を連れ出した。
「・・・・グラフ、ルージュはいつの間にあんな挨拶を憶えたんだ?」
父親であるボルスですら見た事のない完璧な一礼、子供だとばかり思っていた笑い顔も、少女らしい笑顔になっていた事に驚く。
「・・解りません、ですが子供の成長は早いと聞きます、とくに女性の成長は男性よりも早いと」
「そうか・・少し目を離していただけと思っていたが、そんな事もあるのだな」
(娘が成長するのは良いことだ、王子の方もまんざらでは無さそうだったな・・・
それに王子との婚姻まで事が運べば、エラム家も安泰かそれ以上も考えられるな。
他に並ぶ邪魔な公爵どもから一歩先んじて、大公にまでのし上がればこの国で逆らう者はい無くなる・・・か、そうなると私の方の身辺整理もしないと・・・)
手放すには惜しい女もいたのだがな。
「グラフ」
「かしこまりました」
大公にいたる道筋が出来た以上、他の貴族や教会からクレームが着くのは避けたい。
文句を言われるまえに面倒事は排除する、それが貴族という物だ。
金で黙る女には金を、痛い目を見ないと解らない者にはそれなりの暴力を。
(抱いた女を死なせるのは気分が良くないが、これも貴族の定めか)
「『出来るだけ』、殺しは無しの方向で頼む」
それは仕方なければ殺す事も許す、そう意味する言葉。
「解りました」そう淡々と応えるグラフ、その表情は変わらない。
(さて、久し振りに忙しくなってきましたな)
主人が手を出した相手は娼婦や村の農婦だけでは無い。
悪い連中の経営する娼館の女、下級貴族の娘・・と夫人や未亡人もいる、全てを清算のであれば荒事も必要になるだろう。
(この身に老いを感じた後にこの仕事、流石ボルス様ですな)
彼は私が求める時に必要な仕事を命じてくれる主人に感謝し、口角を少し上げる。
何年も前に燃えた大木、その芯の部分に残った今も燻り続けている赤い炎の残り。
灰と燃え残りの炭に隠され、いつまでも残り続けた暴力の破片。
血と暴力と殺意を剥き出しにして、町の闇に徘徊していた若い頃のグラフ。
金貨数千枚の賞金を賭けられ、泥水の中にいた自分に手を差し伸べ「オレの仕事を手伝え」そう言い放った野望に満ちた若い頃のボルス。
鉄火場の中を金と権力と暴力で成り上がり、妾の子で有りながら公爵家を継承した暴力と欲望の塊のような主人。
二人は気心の知れた兄弟のように笑い、命と若さと情熱の中を駆け抜けて今に到る。
(ボルス様の野心に火が着いたのだ、私もあの頃のように一暴れ致しましょうか。。。
拷問ばかりでは飽きてしまいますから)
燃えるような野望と暴力がボルスであれば、毒のような悪意と殺意のグラフ、二人が揃えば敵はいなかった。
・・・・・・・・・
「こちらの絵はエラムグランザ様、王国の建国に貢献した偉大な魔法戦士だったと父様からお聞きしましたわ。そしてこちらの御方が・・・」
壁に掛けられた祖先の絵画、有名な画家に書かせた山々の風景・湖畔、森の中に生きる獣達の絵画。
異国から輸入してきた陶器や青銅器、花咲く頃に摘まれ、日々交換されて飾られる美しい花々。
「・・・王子様?」
「えっ、はい。素晴らしい物ばかりですね」
「ふふっ、でも私にはつまらない物ばかりですわよ、だって毎日見ているのですから。
王子もそう思いませんか?」
王宮の廊下にはコレよりもっと価値の高い物が並んでいる事を知っている、ましてや他人家の祖先の絵に興味を持つ子供がどこにいるんだよ、ってな。
「お父様が仰っていましたからご案内したしましたけれど・・・王子様、お屋敷の中より外にでませんか?今日はお天気も良い事ですし、紹介したい子もいますの」
可愛い子犬ですわ、一緒に遊びません?
空は晴れ、程良く白雲流れ、庭師とメイド達が穏やかな庭仕事を行っている。
他人家の自慢話を聞かされるより、庭を散策してお茶とお菓子でお昼をしていた方が楽しい筈でしょう。




