ありがとう、優しい母と父のお陰で。
私は生まれ持っての魔力量が少ない。
王族なら[王級]とかAランク、貴族がBランクに相当する。
A+とかA-とかも別れちゃいるが、まあそんなもんだ。
魔法と魔力は特権の証しだ、細かく数字で表す事も出来るが、あまり細かい数字で上下を決めると王族同士でも優劣を争う原因になる。
だからAとかBとかCとか、ザックリとランク付けする事で王族・貴族が兄弟姉妹で争い合う事を避けてるってのがこのランク付けの正体だ。
そんで市民はDランク、数字的には0に近い。
そして私はB級以下、ギリギリC+程度の53マナ。
王級Aランクの魔力が約500って言ったら想像付くだろ?
100マナも無い私は、落ちこぼれ程度にしか魔力が無い。
市民以上貴族以下、それが私の魔力量だ。
最初の頃はよく解らず両親を失望させた。
失意と軽蔑、それが私には理解出来ず、寂しかった事もあった。
(まあ、あいつらの正体を、本性を何度も見てからはな。
『そんなもんだろ』って感じだが)
とにかく今は、「うっ”!うぅぅんんん、お腹、痛い・お腹が痛いの」
「大丈夫ですか!?熱はありますか?吐き気は?」
「うっ・・痛い、痛いよぉ・・熱いよお・・」
足をたたみ身体を縮め、全身の筋肉に力を込めて熱を出す。
「ハァハァ、熱いよぉ、お腹痛い・・うう」
たとえ寝起きでも体温の高い子供なら、全力を出せば汗くらい掛ける。
額から汗を滲ませ腹に力を込めれば。。。
「大丈夫ですか!直ぐにお薬をお持ちします!
ああ、奥さまにお知らせしないと!お医者さまもすぐに!」
事実を知らないメイドから見れば、腹痛で苦しんでいるように見えるだろう。
その後、熱冷ましの薬と腹痛の薬を飲まされ昼まで寝ていれば、今日の魔力量検定は誤魔化せる。子供の身体で病み上がり、薬も服用した後だと正確な数値が出せないから。。。らしい。
(次ぎに資格持ちの検定員が来るのは1週間後、ソイツが来るまでに次ぎの準備をしないとな)
まあやる事は解っているし、[多分]問題は無いはずだ。
ああ、それにしても・・・腹が・・減った。
空腹で一眠りして、目覚めたら昼過ぎ。
軽くパンを頬張り、暖かいスープが胃に染みる。
(考えたら・・この辺の時が一番平和だったんだな)
こう思うのは、もう何度目だろうか。
まだ優しい両親、まだなにも知らない家族と暖かいベット。
こいつらが私に何をするのか、私の魂に刻まれた痛み・寒さ・飢え・恐怖・絶望・それらが無ければ、私は正直に『両親を愛している』と言うだろう。
頬に口づけし、抱きつき甘えて頭を撫でてもらうだろう。
だが現実は違う。
私の中にある魔力の揺れと弛み、薄すぎる魔力は霞みか雲のように、夢も希望も掴む事が出来やしない。
だから、私はあの痛みが!屈辱が本物だと理解出来る。
このガキの身体の芯が凍えるくらいの寒さと振るえ。
あの暗い牢屋で汚い物を見るような冷たい目で見下ろされ、見捨てられ、死ぬしか無いと振るえて泣いた石床の冷たさを魂が憶えている。
『助けて下さい!何でもします!
愛していますお父様お母様!』
そう泣いて縋った私を、餌をねだる野良犬でも見るかのように顔をしかめ、背中を見せたヤツ等の本性を私は知っている。
(だから、こんなのは嘘だ!)
暖かい飯も、柔らかいパンも、フカフカのベットも全部偽物だ。
ヤツらの顔から薄皮一つ剥ぎ取れば、自分可愛さ、御家可愛さに娘に毒を盛るクソ共だ。
ハァハァハァ、、、
(ああ、次ぎの仕事だな)
「メイさん、お母様は何をしていますか。
少しお腹の痛みも薄れましたので、お話ししたいのですが」
居場所は知っている、今日は確か・・・ドレスだよな。
「お嬢様、無理は駄目ですよ?
・・奥さまはたしか今は、、、パーティの為に新しいドレスの採寸をなさっている筈ですよ。
女性が美しいドレスで着飾る事は、社交界では必要な事ですから」
そうだな、いかに自分の家に余裕があるか、力・財・そしてドレスの流行をきちんと把握しているか。
自分は社交界の情報を持っている、そう他の貴族に見せる必要があるからな。
(そして親父は、女を着飾らせて『金を持っているぞ』とアピールする訳だ。下らん見得だ)
「解りました、少しだけお顔を見たらすぐに戻って来ますので・・着替えを手伝って戴けませんか」
汗で濡れた下着と寝間着を着替え、髪も解く必要がある。
どうせ親父にも会う事になる、出来るだけ綺麗に可愛くしないとな。
(・・・ああ、通路が広い)
後を着いて来たメイの手を握り、感覚より長く遠い通路を歩く。
何十年ぶりの低い目線、全てを見上げるしか無い調度品、なんど繰り返しても涙が出て来る。
「お嬢様?大丈夫ですか」
「ええ、大丈夫ですわ。少し熱でボンヤリとしてしまいました」
平和だった子供の頃、優しい世界。懐かしさに涙が溢れてくる。
でも今は、懐かしさに浸るまえに、やらねばならない事がある。
優しい時間は長くは保たない。
それを何度も経験していた筈なのに、、、足が立ちどまってしまう。
全てを振り切らないと、惨めに死ぬだけと知っていても。
「失礼します、お嬢様が奥さまにお会いしたいと」
メイは二回の軽いノックの後、閉じた扉の向こうにいる主人とその妻に頭を下げた。
頭を下げずとも絶対に見られる事は無いが、それでもメイドは見えない主人達に頭を下げる。
それが職務、それが彼女に与えられた仕事だから。
「・・もう、身体の方はよろしいの」
懐かしい優しかった頃の母の声だ。
(忘れるな私、あの毒婦に飲まされた紅茶の味を)
震える足をもう片方の足で踏み付け、痛みで私は私を取り戻す。
「まだ少しお熱が御有りのようですが・・奥さまのお顔を少しだけ拝見したいとのお話しなので・・」
「お母様、少しお話しがあるの。
ルージュ、お願いがございまして」
まどろっこしい、こんな扉は蹴り開けてしまいたい。
(クソ、足が痛ぇ、今は我慢だ)
「もうっ・ルージュったら6歳にもなるのに甘えん坊さんね、大丈夫よ。
お入りなさい」
母の声でようやく扉が開く。
扉を開いたのは母のお付きメイドのジュン、コイツも優しい顔で私を見下ろし、直ぐさま膝を折り私に目線を合わせてくれる。
彼女の冷たい手が額に触れ、ジュンの手は自分の額に。
「すこしお高いようですが、お嬢様の歳を考えると・・平熱の範囲でしょう。どうぞお入り下さい」
彼女は膝を折ったまま頭を下げ、私はようやく解放された。
「お母様!」
「まぁ・・恐い夢を見たの?大丈夫よ、どんなに恐い人が来ても、お母様もお父様も貴女をきっと守って上げるから」優しい母の声と笑顔。
ああ、この顔が落胆に沈み、私のような魔力量の少ない者を産んだ事で母は父に冷遇されるのだ。
「ごめんなさい、お母様。どうしてもお話しがしたくて」
今はシーツに書き殴っただけの記憶もいつかは薄れてしまう、忘れ無い為には書き残す物が必要だ。その為の道具と机がいる。
「熱を出したと思ったら、、、恐い夢でも見たのかい、私の可愛いルージュ」
私を抱き寄せる父の力強く暖かい腕。
それがいつか私を殴り着け、腕を掴み牢に放り込む・・糞野郎だ。
「アナタ、ルージュは熱を出していらっしゃるのよ?そんなに強く抱き締めては、また熱が上がってしまいますわ」
そしてコイツはその甘ったるい声で、私に毒の入った甘ったるい紅茶を入れてくれるんだろ?
扇で口元を隠し、『今まで寂しかったでしょう、可哀想なルージュ。もう大丈夫、なにも心配いらないわ』
そう言って空腹の私に砂糖の菓子と甘い紅茶を与え、血を吐いて藻掻きながら死んで行く私を『早く、その汚いのをどこかに捨てて来なさい!』そう命令して地下牢から出て行った優しいお母様。
「愛する妻よ、私も娘を心配する気持ちは同じだ。
すまないなルージュ、少しの間離れるが寂しがる事はないぞ」
「もう、皆さん見ているというのに、本当に」
「旦那様、奥さまの事はお任せを」
護衛も兼ねているジュンは頭を下げて当主が去る背中を送り、当主の後には執事が付き従って行った。
「お母様・・私も、失礼します」一応の確認は出来た、やっぱり変わらない。
なにも変わらないあの父親と母だ。
声も仕草も目の色も、[何度も繰り返した、あの日の朝と同じ言葉も]全部同じだ。
(もういい、やっぱり同じ事を繰り返してるんだ私は)
貴族社会では病の者は基本、家族に直接触れる事は無い。
必ずメイドや執事を通し、できる限り接触時間も減らす為にも医者の了解が必要なのだ。
「ええ、ルージュ。顔色も良くなっているようですし、今日はゆっくりお休みなさい」
「ありがとうございます」
深く頭を下げた私はそのまま自室に帰る。
記憶の確認と今後の方針が固まった。
(アナタ達は同じだった、アナタ達が私の敵である事がハッキリ理解できた)
「では私、横になりますので」
服を脱がされ、今度は寝間着に。その後メイが退室した事を確認して作業に入る。
シーツを引っ張りだし、書かれているのは人生の重点的なエピソードを写す。
そこから枝分かれする、分岐した複数の私が破滅した世界の記憶。
古い記憶・最初の数回の記憶から子供の時に起こった物事の記憶。
何十回も繰り返した事を書き出し、書き忘れた時に起こった事も掘り出すように書き殴る。
重要な事からつまらない事まで、クズの発言や利用すべき人間の言葉全てだ。
あと一週間で熱が下がった事になる、それまで憶えている事が出来れば・・・
いずれこうなる、そう解っていても今は優しい人達。
それを踏みにじる事が復讐になるのだろうか。
彼らはいずれ仕方なく、自分と自分の家と、自分の家名の名誉の為に娘を幽閉し毒を飲ませる人達。
私は仕方なく、自分の命を守る為に彼らを殺す、、、かも知れない物語。