少女の理由、覚悟の違い。
「つまりね、彼女を許す事でキミは姉と呼べる存在を味方にする事が出来るんだ」
数ヶ月前、パーティで使う為の絵皿の数が合わない事があった。
3組12セットの皿は、月桂樹と白い花で飾られた白磁の高級品、その1枚が紛失し本来お呼びする筈だった貴族の1人を呼ぶ事が出来なかったのだ。
その貴族とは後に色々手を尽くし、元の関係に戻す事が出来たが、そのお陰で12セットの食器である皿の価値は半分以下に落ちたと父は言っていた。
『その皿はその数が必要だから用意されているのだ!
1枚でも失われ、完璧を欠けばそれば最早庶民の食器と同じだ。
我々貴族は木の器で食事はしない、そうだろう?』
「端数は無駄だ」
そう言って10組のセットにする為、一セットを叩き割り、数の合わなくなったスープ皿とコップを叩き割ってしまい込んだ。
「この私が、10人しか呼べない公爵だと噂されるのも不愉快だ、本当なら捨ててしまいたいが・・・」
そのうち御用商人にでも売り渡すのだろう、そしてその金はどこかの高級娼婦の手にわたるか、それとも隠して囲っている愛人の手当かだ。
「つまり、私は黙っていれば良いの?」
「ううん、彼女罪の重さに苦しんでいる。
だからキミはこの事を知ってると彼女に告げ、その上で彼女を許すんだ」
・・・・このクマも大概ゲスイな、秘密を握り・脅し、その上で許す事で自分に心酔させようとか、さすがはこの世界を作ったとか嘯くクズだ。
「うん、解った。私やってみる」正し、私の方法で。
・・・・・・・・・
「それではお嬢様」
私は皿を割ったメイド庭師の小屋に呼出す為、真夜中テリーに手紙を持たせ、乙女の話し合いだからとテリーを部屋に残した。
コンコン・・
セバスが小屋から離れ、少し経ってから1人のメイドが扉を叩く音がした。
「ここには私だけよ、どうぞお入りなさいウイエ」
深いブラウン色の髪、編んだ髪を解いたような波うつ髪形の少女が、怯えたように扉の隙間から顔を見せた。
「あっ、、あの、ルージュお嬢様、この・・この手紙は・・」
「うふふっ、扉の外からそんな事を言っては、庭にいる誰かに聞かれてしまうかもしれませんわよ?早く中にお入りなさい」
怯えた目をした若いメイド、今のルージュより5つ上くらいの少女は暗闇に警戒し小さな物音に反応して顔を向けていた。
「そう警戒しないで下さい、本当にだれも聞いてませんから」
脅しは1人の方がいい、他の人間に聞かれたら脅し加減が難しくなる。
馬鹿が調子に乗って追い込み過ぎた結果、官憲に飛び込まれたり自殺されては後始末が面倒になる。
(脅しも褒美もさじ加減、与えすぎても放置し過ぎても獲物が弱るから・・・実際追い込むだけなら人数集めた方が威圧は楽ですが)
馬鹿が勝手に追い込んで、一緒に監獄でも病院でも入ってくれたら世の中の為になる、そう考えた事もある。
(でも実際、弱者から労働も意思も感情も金も、吸い上げるのは私1人で十分。
生かさず殺さず、ジワジワと真綿で首を絞め着けるように苦しめ奪い取り、時々飴を与えて懐柔する。その為にはやっぱり脅すのは私1人のほうが・・・)
「あの、お嬢様」
「え?・・ああ私、少し考え事を。申しわけありません。
呼出した私が貴女を放置しては、あなたもどうして良いか解らなくなりますよね」
(こんな小娘相手に怯えているのね、ふふっ可哀想に。
でも貴女が私に教えてくれたのよ?この世は喰うか喰われるか、弱者は踏みにじられて当たり前だってね)
なにも知らない私、魔力量が少ない事すら知らなかった私。
魔力測定で50マナという低い数字を叩き出し、両親から疎まれ避けられ始めた頃、貴女は自分が割った皿を私のベットの下に隠し、私がお皿を割って隠した事にしたのよね。
『あの時、お皿を割った犯人、私なんですよ。ふふっ、いまさら貴女にこんな事を言うのはですね、もう貴女の言葉は誰にも届かない、今の貴女が公爵様に何を言っても、誰も信じない。
あっははっ、そう、その絶望した顔を見たかったの!
公爵の娘として贅沢して!綺麗な服を着て、綺麗な部屋で綺麗なベットで眠る、そんな貴女を私が、貧しい村娘の私が見下ろしている!あはははっ、最高の気分よ!』
地下に閉じ込められていた時、怯え弱っていた私に貴女は嬉しそうに教えてくれたもの。
「ふふっ、手紙にお書きした通りですわ。
そのような悪い噂を耳にしてしまったので、お父様にお伝えする前にまず貴女に確認しておこうと思いましたので」
「お、お嬢様!誰がそんな事を!私はやってません!私はなにもしりません」
「・・しらを切るつもりなら、それでも結構です。
ですがそれは私の心証を悪くするだけですわよ?こちらには証拠あるのですから」
私は古い木の机の上に小さな破片を摘まみ、そしてコトリッと彼女の前に置いた。
(お前が埋めて隠した割れた皿だ、それを私は掘り起こし、場所を変えて保管しているんだよ)
「貴女の指が土に汚れ、エプロンを汚してこそこそ洗濯していた所を見た者が何人いるか。
貴女は上手く誤魔化したつもりでしょうが・・・」
皿が割られたのは数ヶ月前の事、まだ他のメイド達も憶えているだろ?
「ちっ・・違うのです!私は、私は、、、そう!そう、あれは事故だったんです!
食器の整理をしていたら虫が飛んで、驚いてしまって!」
「沢山あるから1枚くらい使っても?お昼のクッキーをのせて自室で楽しんでたんだよな?」
『するりと膝から落ちたら、簡単に割れちゃったのよ。
高いくせに簡単に割れるなんて、あの皿も貴女も見かけだけ、簡単に壊れちゃって、ねぇ?』
そう笑ってやがったよな?お前のくれた虫入りスープは冷たくて不味かったぜ?
!・・・
蒼白になる顔、振るえ出す指先、ウイエの表情が暗く沈み、ゆらりと身体を沈ませた。
「死ね!」隠し持ったナイフを握り、飢えた獣のような眼光を光らせた。
「お前ら貴族が私を責めるのか?
たった1枚皿を割っただけなのに!金貨20枚?たった1枚の皿が私の給金の5年分?
なにもせず踏ん反り返ってるだけのヤツ等が、なんで私の人生を無茶苦茶にするのよ!
私がなんで、なんで私がこんな所で働いて!」
ナイフを両手で握り、身体を低くするウイエ。
身体ごと体当たりして私を刺して逃げる、そして私は血の海で死ぬだろう。
(でもそれはもう経験済みなんだよ)
「弟がいるんだろ?あとクズのオヤジが」
?!「な?・・なんでそんな事まで知って、どこまで調べたの!?」
「病気の弟、飲んだくれのオヤジ、お前は給金の殆どを家に送り、毎月弟の手紙だけを楽しみにしているだろ?『弟がしんだらお金は送らない』そう言ってるんだろ?」
メイドとしてこの屋敷に来たのも、紹介両込みでオヤジに売られたからだってな。
母親譲りの顔は村では一番の美人だった、公爵の愛人にでもなれば一生困らずに喰って生ける、そう言われて連れて来られたんだろ?
「わかるよ、全部わかってる。でもな、そのナイフは悪手だ。
公爵の娘を殺しても、お前には死刑しか残って無いだろ?それに・・」
ブンッ!
踏みこんで思いっ切り振り下ろした私の鉈が、ウイエのナイフを叩き割って地面に突き刺さる。
「え?」
砕けたナイフの柄を掴み、困惑した顔のウイエの目玉に、割れた皿の破片を突き付けた。
「お前じゃ私に勝てない、それともここで目玉を失って逃げ出すか?」
覚悟も経験もちがうんだよ、お前と私では。