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99回処刑されたツンデレ令嬢、100回目の人生で溺愛させる


 何か幸せそうな音が聞こえた。


 目は見えない。

 薄っすらと光を感じる程度で、何も分からない。


 恐怖は無い。

 過去に100回ほど体験しているからだ。


 ああ、またか。

 またわたくしは、処刑されてしまったのか。



 ──1度目の人生。

 今にして思えば、わたくしは処刑されて当然だった。


 他者を見下し、勝手気ままに生きていた。高い身分の家に生まれたことで、自分が神のような存在だと勘違いしていたのだ。


 ある日のこと。

 わたくしの婚約者に手を出そうとした平民を〇〇して××で▽▽させてやったら、婚約者に大勢の前で言われた。


「リーゼロッテ! 貴様との婚約を破棄する!」


 その少し後、1度目の人生が終わった。


 苦しかった。

 悲鳴をあげても誰も助けてくれなかった。


 痛くて、怖くて、とても後悔した。

 その苦痛が消えた後、2度目の人生が始まった。


 わたくしは前世の記憶を保持していた。

 理由は、きっと1度目の人生で魂に刻まれた『完全記憶』という恩恵によるものだ。


 死者の魂は天へ昇り神に漂白され転生する。

 漂白された魂は無となり、以前の記憶は何も残らない。


 だから2度目のわたくしは思ってしまった。

 神が創った理すらも捻じ曲げる恩恵を持った自分は、まさしく神のような存在なのかもしれない。


 結果。


「リリアナ! 貴様との婚約を破棄する!」


 こうなった。


 2度目は一瞬だった。

 その場で斬首され、嘲笑う者達を見ながら意識を失った。


 直ぐに3度目の人生が始まった。

 流石に少しは学習した。他者を敬う心を養うと誓った。


 しかし処刑された。

 何度も何度も、どれだけ悔い改めても処刑され続けた。


 その記憶が全て残っている。

 恐怖と苦痛と後悔が、全て残っている。


 わたくしは理解しました。

 この恩恵は祝福ではなく、呪いだったのです。



「──リズベット」



 音が聞こえた。

 今回はリズベットという名を与えられたらしい。


 非常に覚えにくいですわ。

 何せ、100回連続で1文字目が「リ」なのですから。


 名前だけではなく容姿や身分も同じでしたわね。

 どうせ今回も金髪なのでしょう。貴族なのでしょう。直ぐに婚約者ができるのでしょう。そして学園で平民に浮気され何をしても「貴様と婚約破棄する!」からの処刑コースなのでしょう。はいはい。もう慣れました。慣れましたわよ! うわーん!


「あらあら、元気な鳴き声ですね」


 泣いてないわよ! 嘆いているのよ!

 わたくし、千年以上は生きてましてよ? 敬い遊ばせ!?


「ははは、この子はきっと元気な子になるだろうな」


「はい。楽しみですね」


 ならないわよ!

 わたくし、もう学習しましたから!


 流石に、さーすーがーに!

 完ッッ璧に理解しましたから!


 口は災いの元!

 喋らなければ大丈夫!


 そう思って無言を貫いたら人形姫とか気味が悪いとか言われ処刑されたことが4回ほどありますわ!!!


 どーすればいいのよ!?

 うわーん! わたくしの魂は呪われてますわ!

 きっと今回も処刑されてしまうのよ! やだー!


「ははは、本当に元気な泣き声だな」


 ええそうですね! 



 *  *  *



 生まれた直後は情緒が不安定になる。

 どうやら精神が身体に引っ張られるようで、落ち着くまでには2年ほど要する。


 此度の生、わたくしは大人しく生きることに決めました。

 目立たず、静かに、安らかに、今度こそ処刑されない人生を歩む。そんな確固たる意志を持ち、気が付けば5歳。


「リ~ズちゃん、可愛い私のリ~ズちゃん!」


 此度のわたくしは、母から異常に愛されていた。


 本当におかしい。

 これまでの母は長くとも3年で余所余所しくなっていた。母親とはそういう存在のはずだ。


 ……まさか、早くも効果が出ている?


 何が違うのか。

 考えられることはひとつ。


 わたくしが、静かに生きた結果!


 やりましたわ!

 この調子で生きれば、今度こそ寿命で死ねますわ!


「あらあら、リズちゃん、なんだか嬉しそうね」


 わたくしを膝に乗せた母が、顔を覗き込みながら言った。


 蒼い瞳と美しい金髪。

 既視感がすっごいですわ。

 記憶に残る99人の母、全員この外見でしたので。


 しかし、なぜでしょう。

 今回の母は、過去の母達よりも優しく見えます。


「リ~ズちゃん、これなーんだ」


「……指ですわね」


「せーかい! 何本ある?」


「……一本ですわ」


「すごーい! じゃあ、これは?」


「……二本ですわ」


「きゃ~! 天才よ! 流石私のリズちゃんだわー!」


 それから、なんでしょう。

 褒める基準が、とても低いですわ。


「そんなリズちゃんに嬉しいお知らせがあります」


「……なんですか?」


「昨日、リズちゃんの婚約者が決まりました」


「……こん、やく、しゃ?」


「ええ。まだ早いとは思ったのですが、むしろ早いうちから相手をちょうきょ、いえ、仲良くしておいた方が、リズちゃんの将来のためになると決意したのです。って、まだ難しいかな?」


 ……。

 …………。

 ………………。


 いやぁぁああああああああ!

 やだやだやだ! 婚約やーだ!


 絶対に破棄されますわ!

 何かしら理由を付けて殺されますわ!


「今日、相手の子が来るみたいよ。楽しみにしててね」


「……」

 

 ど、ど、どうしましょう。

 どうにかして防がなければ。


 そうだ。直接伝えましょう。

 この母ならば、あるいは、ということも!


「……お母さま」


「なあに?」


 わたくしは小さな手で母のドレスを摑み、精一杯の愛嬌を込めて言った。


「……こんやくしゃ、いらないですわ」


「きゅん!」


 よし! 効果は抜群ですわね!


「母に任せてください。心配無用です」


「……いらないって、言いましたわ」


「最高の婚約者を用意しますからね!」


「……はい」


 やっぱり呪いですわ! わたくしの話を聞いてくれない!

 どうせこの母も最期は「貴女を産んだことが人生で唯一の汚点でした」とか言うに違いありませんわ!


 いやぁぁぁあああああ!



 *  *  *



 月を思わせる白銀の髪。

 古の龍を彷彿とさせる紅い瞳。


 名前はアルス。

 純白の礼服を来た彼は、親の後ろでわたくしをじっと見ていた。わたくしも両親の脚を壁に見立て、彼をこっそり見ていた。


 ……はぁ、今生はあの子に殺されるのですね。


 幼い頃に婚約者が決まるということは珍しくなかった。

 正直、何度も期待した。とても大人しそうな相手が婚約者だった時には、こいつに殺されることなんてありえないと、本気で信じた。


 無論、信じるだけではない。

 愛されるため必死になって尽くした。


 絶対にわたくしを殺さないでね。

 ほら、わたくしと一緒だと、こんなにもお得ですわよ?


 しかし──


「リンネ! 貴様との婚約を破棄する!」


 結局、最後はこうなった。


「なぜ!? これまでずっと尽くしてきましたのに!」


「尽くしただと? 貴様のせいで、俺が周囲からどう思われていたのか、知らぬとは言わせぬぞ!」


 あー、やだやだ。思い出したくないですわ。

 突き放したら「この悪女め!」と殺され、優しくしたら「俺は貴様のせいで」と殺され、ならばと無干渉を貫けば「俺は真実の愛を見つけた!」と殺され、周囲と仲良くして味方を作ろうとしたら「貴様は婚約者が居る身でありながら他の者と!」と殺され……もうやだ! どう足掻いても処刑なのですわ!


 やだぁぁぁぁぁあああああ!



 *  *  *



 ごきげんよう。

 わたくし、こどものお守りをしておりますの。


 貴族らしい豪邸。

 平民の家が四つは建ちそうな広い庭。


 親が大人の話をしている間、わたくしとアルスは二人で過ごすことになりました。


 庭の隅にある長椅子。

 大人が三人は座れそうな場所で、わたくし達はちょこんと並んで座っております。


 もちろん完全に二人というわけではありません。

 少し感覚を研ぎ澄ませば、あちこちから監視されていることが分かります。


「……リズベット、さま?」


 なぜ疑問形ですの?

 ……ああ、ひょっとして名前の呼び方ですの?


「リズで構いませんわよ」


 わたくしが返事をすると、彼は笑みを見せた。

 子供らしい天使のような笑みですが、どうせ十年後には「貴様との婚約を破棄するぅ!」と叫ぶ男になるのです。わたくし、もう処刑人(婚約者)には何も期待しないと決めましたのよ。


「リズさま、みてて」


 はいはい、何ですの?

 わたくしが目線を送ると、彼は顔の前に両手を掲げた。


「ぼく、まりょく、すごいよ」


 あらあらまあまあ、幼いながらにわたくしにアピールしようとしているのですね。可愛らしいこと。恐らく今回は身分が低い家と婚約したパターンなのでしょう。はいはい、何回も経験してますわよ。将来的にわたくしの家が没落して立場逆転からの「破棄するゥ!」がお約束のパターンですわ。


「どう? すごい?」


「ええ、お上手ですわ」


 わたくしは作り笑顔を見せた。

 すると彼は得意気な表情をして言った。


「もっと、すごいよ」


 そして、さらに多くの魔力を練り始めた。


 貴族は優れた魔力回路を持って生まれる。

 魔力回路は体内にある管のようなモノで、体外から吸収した魔力を循環させている。


 魔法を行使する時は、これを外に放出する。体内にある物理的な管と世界中に存在する見えない管を繋ぐことで、魔法が発動するのだ。イメージとしては、魔力回路を外の世界と結合する感じである。


 感覚を摑むまでは誰でも戸惑う。

 彼がやっているのは、前述したイメージを養うための練習方法である。


 ……へぇ、年齢の割には魔力が多いですのね。


 小さな手のひらの上で、淡い赤色の光が渦を描いている。この年で魔力を可視化できるだけでも大したものだ。

 

「もっと、もっと」


 光は徐々に色が濃くなり、やがてシュルシュルという音が聞こえ始めた。


 ……あら?


「もっと、もっと」


 ……ちょっと、お待ちになって?


「もっと、もっと!」


 次の瞬間、その渦は一気に膨張した。

 庭全体が真っ赤な渦に包まれ、空気を引き裂くような激しい音と、肌が焼けるような熱を感じる。


「わっ、わっ、どうしよっ、またやっちゃった」


 このガキ、またって言いやがりました?

 あちこちから悲鳴が聞こえやがりますけど、そんな危険なことを「また」やったんですの? お頭がおイカれになっておられるのではありませんこと?


「ああ、もう!」


 明らかな暴走。

 わたくしは慌てて彼の手を摑み、魔力操作に介入する。


「集中なさい!」


 そして99回の人生で培った知識と技術を集約させる。

 

 ……くぅっ、やはり座学だけでは限界がありますわね。


 正直、知識と経験だけならば私の右に出る者は存在しないだろう。しかし魔法は知識だけで使えるものではない。筋肉と同じように、鍛えなければ制御することはできない。


「リズさま、たすけて」


 ああもう! やってますわよ!

 わたくし99回も殺されてますけど、それでも1回だって殺されたくないですもの。毎回、今度こそ長生きするという決意だけはしているのですわ!


「落ち着いて、わたくしの魔力を感じてくださいませ」


 長い闘いが始まった。

 一瞬でも気を緩めればドカンと爆発しそうな暴走を、文字通り死に物狂いで制御した。


 果たして、わたくしは生き延びることに成功した。


「……はぁ……はぁ……はぁ……やりましたわ」


 彼から手を離し、汗を拭う。


 疲れた。本当に疲れた。

 今日はもう眠りたい気分ですが……。


「アルス!」


 わたくしは声を張り上げる。


「あなた、魔力の制御が実にお粗末ですわね!」


 彼には規格外の才能がある。

 しかし今は技術が伴っていない。

 これを放置すれば、いつ死に至る事故が起きても不思議ではない。あまりにも危険だった。


「あなたの周囲には愚鈍な人間しか居ないのかしら!?」


 本当に、こいつの家族は何をしてやがりますの?

 こんなの全身全霊で魔法から遠ざけるべきですわ。だけど彼の得意気な口振りからして、きっと普段から褒めちぎってやがります。

 

「わたくし殺されるかと思いましたわ!」


 これを放置すれば彼は死ぬ。

 あるいは、誰か身近な者を殺すことになる。


「お勉強なさい! そのように危険で拙い魔法、自慢げに使うなど愚の骨頂ですわ! 二度とやらないで!」


 言い切った後、ぜぇはぁと肩が揺れる。

 喉が痛い。この身体でここまで叫んだの初めてですわ。


「……りず、さま?」


「何かしらその目は? 泣くよりもまず……ハッ!?」


 しまった。そう思った時にはもう遅い。

 あれだけ大規模な魔力を暴走させたのだ。

 周囲でわたくし達を見張っていた大人達はもちろん、別の場所で話をしていた両家の親まで集まっている。


 その視線は──特に、わたくしを知る者達は、驚愕した様子でわたくしを見ていた。


「…………」


 おしまいですわ!

 詰みですわ! いきなりやらかしましたわ!


 もうダメ! やーだやだ! やだー!

 どうせ今の出来事がきっかけで親から疎まれ、アルスにも恨まれ、なんやかんや最後は殺されてしまうのですわ!


「リズちゃん、あなた……」


「……お母様、これは、誤解ですわ」


 母に笑顔が無い。

 まるで幽霊でも見たような顔で、わたくしを見ている。


「アルスッ、わたくし言い過ぎましたわ。だからほら、お涙をお拭きになって、皆々様に敬意の説明を!」


 わたくしは命懸けで子供を頼った。しかし彼は目に涙を浮かべるばかりで何も言ってくれそうにない。

 

 あーもう! どうすりゃいいんですの!?

 いっそこの場で殺してくださいませんこと!?


 そう思った直後。

 わたくしは、母に強く抱き締められた。


「……お母、様?」


「……リズちゃん、あなた」


 母は身体を離し、わたくしの両肩を掴んだまま、しっかりと目を合わせて言う。


「あ~んなに大きな声が出せたのね!」


「……はぇ?」


「きゃ~! 私びっくりしちゃった! 怒ってるリズちゃんも可愛かったよ~!」


 …………え、あ、え?


「……わたくしを、嫌いにならないの?」


「なるわけないじゃない!」


 母は先程よりも驚いた様子で言い切る。


「あんな魔法、危ないものね。この子のためを思って、本気で怒ってくれたのよね?」


「…………」


 ありえないことが起きた。

 わたくしの言葉が良い方向に受け取られたのは、100回の人生において、初めての経験だった。


 何を言えば良いのか分からない。

 どういう顔をすれば良いのかも分からない。

 ただその場で呆然としていると、母に優しく抱擁された。


「怖かったわね。でも、もう大丈夫よ」


 母の手がわたくしの背をそっと撫でる。

 大きな手だと思った。そこで私は、きっと初めて自分が5歳の子供なのだと理解した。


 だから、それが理由だと思う。

 自分の中で整理できない感情を、泣くという行為で表現してしまったのは。



 *  *  *



 あの日から早くも十年の月日が過ぎ去った。

 わたくしは十五歳。過去の人生ならば、そろそろ処刑される。


 しかし今回、その気配は無い。

 婚約者のアルスは、あの一件以来、とても懐いた。最近ではスッカリ素敵な殿方に成長したものの、まだ甘えるような素振りを見せることがある。わたくしにとっては、可愛い弟のような存在だ。


 勝ちましたわ!

 ここからアルスに処刑される未来なんて、全く想像できませんわ!


 学園のお昼休み。

 わたくしは上機嫌でいつもの場所へ向かう。


 多くの学徒が集まる庭。

 いくつかある長椅子のひとつ。

 わたくしとアルスは、いつもここで食事をする。


「……リズ、聞いて欲しいことがある」


 この十年の間で、彼はわたくしの名前に「様」を付けなくなった。

 

「最近、僕はどこかおかしいんだ」


「あら、何か悩みでもありますの?」


 アルスは深く呼吸をした後、何か決心した様子でわたくしを見た。


「リズのことを考える度、その……」


 あら、あらあら?

 もしかしてこれは、ひょっとしてこれは、芽生えという奴では?


 あら~、年頃ですからね。

 うふふ、仕方ないですわね。

 ここはお姉さんとして、落ち着いて対応して差し上げましょう。


「リズとの婚約を、破棄しなければという気持ちになる」


 うえぇぇ!?


「今すぐに処刑しなければと、思ってしまう」


 な、ななにゃななぜにゃなのぇええ!?


「調査したところ、なぜかリズに近しい者ほど、似たような感情を抱いていることが分かった」


 そそそそそんな馬鹿な!?

 どうしてですの!? 今回のわたくしはパーフェクトでしたわよ!?


「リズ、何か心当たりは無いか?」


「……そ、そんなことを聞かれましても」


「僕が君を害するなんてありえない。だからこれはあくまで予想なのだが……」


 そこで彼は言葉を切る。

 なんですの。良いところで止めないでくださいまし。

 わたくしの心を弄ぶなど1000年早いですわよ。


 と、ドキドキするわたくしに向かって、彼は言った。


「もしかして、呪われてるんじゃないか?」



 *  後編  *



「……のろい?」


 聞き慣れない言葉を復唱すると、彼は説明を始めました。

 この世には呪術師と呼ばれる陰険な方々が存在するようで、相応の代価を元に他人を「呪う」ことができるらしい。


 呪いの効果は実に陰険な内容である。

 アルスが調べたところ、他者から悪感情を抱かれるようになる呪いもあったそうだ。


「リズ、呪術師と出会った覚えは?」


「そもそも、呪術師が何か分かりません」


「そうだよね。文献によると、三日月の刺繍が入った厚手の黒い服を着ていることが多いそうだけど」


「三日月……厚手の黒い服……?」


 何か、引っかかった。


「……あ」


 思い出した。

 一度目の人生、わたくしが虐げた平民の一人が、そのような服装をしていた。


「……いえ、しかし、そんな」


「なんでもいい。心当たりがあるなら教えてくれ」


 アルスは珍しく強い口調で言った。

 これまでずっと弟のような存在として見ていた彼の真剣な表情を見て、わたくしは思わず目を逸らしてしまう。


 ……さておき、どうしましょう。


 いいえ、正直に伝える以外の選択肢などありません。

 私は少し時間をかけて呼吸を整えて、彼に目線を戻す。


「アルス、わたくしを信じてくれますか?」


「もちろんだ」


 彼は力強く頷いた。

 わたくしも覚悟を決める。


「わたくしは、99回、処刑されています」


「……それは、どういう意味なのだろうか?」


「そのままの意味ですわ」


 前世のことを伝えた。

 一度目の自分は最悪の人間であり、その際に呪術師と思しき相手を怒らせた可能性がある。


「この時代には無いようですが、わたくしの時代には恩恵がありました。当時は神から与えられた祝福なのだと信じていましたが、今となっては、最悪の呪いとしか思えませんわ」


「……なるほど、そういうことか」


 アルスは俯いて、ため息まじりに言った。


「ずっと不思議だった。リズは優しいのに、どうしてか他人に嫌われるような厳しい口調で話すことが多い。あれも呪いの影響だったんだね」


 いいえ、それは素ですわ。


「リズ、ダンジョンを知っているかい?」


「……だん、じょん?」


「多くの魔物が生み出される迷宮であり、ランダムな場所に現れる。その最深部には守護者と呼ばれる強力な魔物が存在しており、美しい宝石を護っている。この宝石を七つ集めることで、あらゆる願いを叶えることができるんだ」


「わたくしの知らない世界の話ですわ」


「リズ、僕は君のことが好きだ」


「……っ」


「愛している」


「……と、突然、何を」


「だから、君の呪いを解きたい」


 彼はわたくしの目を真っ直ぐに見て言った。

 

「そ、そうですか。よくお調べになったようですし、わたくしの呪いを解いてくださるというのなら、べつに止めはしませんわよ。ただ、本当にできるのかしら? 魔物が出るのでしょう? あなた如きが行ったところで、お餌になるのが関の山ではなくって?」


「ありがとう。心配してくれてるんだね。だけど、それでも僕はやるよ。だって楽しみなんだ。呪いが解ければ、君から素直な言葉が聞けるようになるんだからね」


 だからこれは素ですわ。呪いじゃありませんことよ。


「……わたくしも行きますわ」


「ダンジョンは危険だよ」


「あら? あなたが魔法実技でわたくしに勝ったこと、一度でもありましたか?」


「しかし──」


 わたくしは人差し指を立て、彼の唇にそっと当てた。


「これは、わたくしの罪ですから」


 アルスの言葉が正しいのなら、わたくしは一度目の人生で虐げた呪術師に呪われているのでしょう。


 ならば、それは自らの罪だ。

 彼に任せて成功を祈るだけなんてことはできない。


「それに……」


 百度の人生において、わたくしのために命懸けで行動すると言ってくれたのは、彼が初めてだ。


 このようなお相手、もう二度と現れないかもしれない。


「わたくし、後悔したくありませんの」


 ダンジョンという言葉は初めて聞いた。

 しかし魔物の脅威は知っている。七つの宝石を集めることは非常に危険だと理解できる。


 わたくしには、次がある。

 仮に魔物に食い殺されたとしても、全ての記憶を引き継いで次の人生が始まる。


 しかし「リズベット」に次は無い。

 今生の後悔は、未来永劫わたくしを苦しめる呪いとなる。


「リズ、僕も同じだ。君を万が一にでも死なせてしまったら、自分自身を呪うことになる」


「ならば、護ってください」


 お互いに譲らない。

 だから、提案する。


「わたくしがあなたを護る。あなたもわたくしを護る。どうにも無理ならば、きっぱり諦める。そういうことで、どうでしょうか?」


「分かった。どうせ議論を続けても、僕はリズに勝てないからね」


 彼は困ったような笑みを見せ、


「だけど、ごめん。僕は何があっても諦めないよ」


「何を言いますか。命より大切な物などありません」


「僕が諦めたら誰がリズを助ける? 次の人生で出会う別の誰か? それはいつだ? 君は、いつまで苦しむことになる?」


「……それは」


 言い返す言葉を探して目を伏せると、急に手を摑まれた。

 突然のことにドキドキしながら顔を上げる。

 彼は真っ直ぐな紅い瞳にわたくしを映して、優しい声色で言った。


「僕は、独占欲が強いんだ」


 わたくしは彼から目を逸らして、


「……随分と、言うようになりましたわね」


「君に鍛えられたからね」


 ──こうして、わたくし達はダンジョンを攻略することになった。



 *  *  *



 ダンジョン攻略が始まったのは、一年後だった。

 わたくしと、アルスと、それから二人の学友でパーティを組み、挑むことになった。


 最初は本当に大変だった。

 何せ、ダンジョン攻略は荒くれ者の仕事である。

 親からは強く反対されたし、やっとの思いで説得した後には、冒険者ギルドというところに通う先輩達から「お貴族様が道楽で参られた!」という厳しい歓迎を受けた。


 しかし、わたくし達が本気であることを示す度、周囲の態度が変わった。

 最初のダンジョンを攻略する頃には、何か文句を言うような輩は存在しなくなっていた。


 最初の攻略には一年かかった。

 しかし次は一ヵ月、その次は一週間だった。


 わたくし達は破竹の勢いでダンジョンを攻略した。

 その度、数百年振りに宝石を揃えるパーティが現れるかもしれないと国中で大きな話題となった。


 ダンジョンとは無関係の煩わしい問題が起きるようになった。

 国から戦争の道具として使われそうになったり、宝石を奪うため闇討ちを仕掛ける組織が現れたり、とにかく大変だった。


 だけど、わたくし達は全て乗り越えた。

 正直に申し上げれば、ダンジョンの守護者より恐ろしい人間など存在しなかった。


 四つ目。五つ目。

 順調に攻略が進む。


 異変が起きたのは、六つ目のダンジョンを攻略した直後だった。


 宝石が輝き、空が暗雲に覆われる。

 そして一筋の光が地上に降り注ぎ、禍々しい気配を放つダンジョンが現れた。


 同時に、他のダンジョンが全て消滅した。

 それは「七つの宝石」という伝承に記された通りの出来事だった。


 わたくし達は最後のダンジョン攻略を始めた。

 そこは恐ろしい場所だった。次々と湧き出る全ての魔物が、他のダンジョンの守護者に匹敵する力を有していた。


 しかし、わたくし達は最深部へ辿り着いた。

 そこで待ち受けていたのは、漆黒の龍だった。


 龍は、挨拶代わりに火を噴いた。

 咄嗟の防護魔法は紙を裂くように砕け散り、その先に居た仲間が致命傷を負った。


「撤退だ!」


 アルスが迅速に判断した。

 しかし、まるでダンジョンが意思を持っているかのように退路が崩落した。


 あの龍を倒す以外の術は、存在しなかった。


 仲間が死んだ。

 これまで数々の困難を乗り越えた仲間が、あっけなく食い殺された。


 戦いが始まって五分で、わたくしとアルスの二人だけになった。


 わたくしは震えが止まらなかった。

 しかしアルスは勇敢に戦い続けた。

 その姿を見て、わたくしも立ち向かうことができた。


「──リズ、聞いてくれ」


 わたくし達と龍、どちらも満身創痍。

 自然と生まれた静寂の中、アルスが言った。


「今から、あの龍を討つ」


 その目には一切の迷いが無い。


「多分、僕は死ぬ」


「っ!?」


「願いは、君のために使ってくれ」


「お待ちになって」


「君は、幸せになってくれ」


 彼は一方的な言葉を遺し、最後の魔法を叩き込むべく黒い龍に突撃した。

 そして──


「……」


 わたくしの手元には、七つの宝石がある。


「……」


 わたくしの傍には、ふたつの亡骸がある。


「……」


 宝石が光を放った。

 天から神が降臨したかのような光が降り注ぎ、声が聞こえた。


 ──願いを言え。


 伝承は本当だった。

 ここで「呪いを解け」と言えば、わたくしの悲願が果たされる。


 ──どうした? 喋れぬのか?


 老人のような声。

 わたくしは、どうにか息を吸って、伝える。


「……少し、お待ちください」


 ──よかろう。


「……」


 アルスの亡骸を抱き寄せる。

 きっと彼は、この結果を予期していた。

 だからわたくしに「自分の願いを優先しろ」と言ったのだ。


 全くその通りだと思う。


 胸が痛い。

 99回殺された記憶よりも、彼を失った今この瞬間の方が遥かに苦しい。


 仲間達を生き返らせて欲しい。

 そう告げれば、きっと、この苦しみは消える。


 しかし、それでは何の意味も無い。

 今日まで命懸けで戦い続けた意味が失われる。


 何故なら、七つの宝石が集まった後、百年は次のダンジョンが現れないからだ。


「決めましたわ」


 ──申せ。


「時間を戻してくださいませ」


 ──推奨しない。


「なぜ?」


 ──結果は変わらぬ。

 ──ただ繰り返すのみ。

 ──戻るのは、時間のみ。


「あら、わたくしにかけられた呪いを、ご存知ない?」


 ──。

 ──確認した。

 ──しかし推奨しない。

 ──結果は変わらぬ。

 ──ただ繰り返すのみ。


 その声は、わたくしを引き留め続けた。

 無意味だからやめろと、無意味な説得を続けた。


「うっさいですわね」


 ──。


「さっさと戻しやがりなさい!」


 ──理解できぬ。

 ──だが、聞き受けよう。


 

 時が巻き戻る。

 辿り着いたのは、彼から呪いの話を聞いた日。


 "今"より少し幼い彼の"今"と変わらない真剣な表情を見て、思わず泣きそうになった。


 こうして、繰り返す日々が始まった。

 あの声が告げた通り、何をしても結果は変わらなかった。


 仲間を鍛えても、わたくしが強くなっても、アルスは必ず龍と相討ちになった。

 彼を死なせないため引き離しても、結果は変わらなかった。


 10回、20回と繰り返しても結果は変わらなかった。

 

 ──諦めろ。


 宝石を集めた後、声が告げる。


 ──結果は変わらぬ。

 ──もう十分に理解したはずだ。


 しかし、わたくしの返事は変わらない。


「さっさと戻しやがれ、ですわ」


 確かに結果は変わらない。

 しかし結果以外は微かに変化していた。


 ──これ以上、苦しむことはない。


 確かに苦しい。

 目の前で彼を失う度、胸を引き裂かれるような苦痛に襲われる。


 ──この時間は、永遠に失われる。


 声が告げた通りだ。

 繰り返す度、わたくし以外から全ての記憶が失われる。


 ──その彼とは、二度と会えぬ。


 否定できない。

 わたくしの隣で、どこか満足そうに眼を閉じている彼とは、二度と会えない。


「だから、なんですの?」


 しかし、そんなものは諦める理由にならない。


「わたくしの答えは、変わりませんわよ」


 わたくしは100回分の人生を記憶している。

 この人生よりも良い記憶など、存在しない。考えられない。


 だから諦めない。


 神の決めた理すら捻じ曲げる「呪い」が存在するのだ。

 わたくしの想いが、たかが「呪い」などに負けるなど、有り得ない。


「これまで、わたくしを愛し続けてくれた人など、存在しませんでした」


 どれだけ努力しても最後には必ず処刑された。

 わたくしに「幸福」を与えてくれる者は、一人も存在しなかった。


 このアルスでさえも、最後は呪いの力に苦しんでいた。

 呪いのせいで湧き上がる悪感情を抑えるため、あえて距離を置くこともあった。


 だから、理解している。

 わたくしが真の意味で愛されることは決してない。


 ならば勝ち取るしかない。

 愛されないのならば、愛させるしかない。


「アルス、待っていてね」


 声が震えた。

 息絶えた彼を見るのは20回目だ。

 だけど涙が止まらない。むしろ繰り返す度に苦しい気持ちが増している。


「あなたの願いを、必ず叶えます」


 すべての彼が同じ願いを口にした。

 幸せになれと、身勝手な言葉を言い遺した。


「わたくしの幸せには、あなたが不可欠です」


 宝石に告げる願いを変えれば、直ぐに叶う。

 仲間達を生き返らせれば、きっと共に未来を歩むことができる。


 しかしそれでは、彼が幸せにならない。

 わたくしの呪いを解く手段を失った彼は、決して自分を許さないだろう。


 だから──


「さあ、早く戻してください」


 わたくしはまた繰り返す。

 何度も何度も何度も何度も繰り返した。



 ──58回目の挑戦。

 初めて黒い龍の初撃を防いだ。


 ──76回目の挑戦。

 アルス以外が最後まで生き残った。


 ──99回目の挑戦。

 アルス以外が無傷で生き残った。




 ──100回目の挑戦。




「…………やり、ましたの?」




 全員が、満身創痍で生き残った。


 わたくし達は肩で呼吸を繰り返す。

 龍の亡骸が輝き、その額から紫色の宝石が現れた。

 それはわたくしが持っていた六つの宝石を引き寄せ、ひとつになる。


 そして、光が降り注いだ。


 仲間たちが歓喜の声を出した。

 聞き慣れた老人のような声も聞こえた。


「やっと、ここまで来たね」


 アルスが言った。


「さあ、リズの呪いを解く時だ」


 わたくしは頷いて、願いを告げた。


 ──おめでとう。


 その声は、これまでとは違う一言を口にした。

 それからわたくしの身体が光り輝き、気が付くと、四人揃ってダンジョンの入り口に立っていた。


「リズ、何か変わったのかい?」


 アルスが心配そうに言った。


「……リズ?」


 アルスが不思議そうな目をして言った。


 知らない。

 この記憶は、わたくしの中には無い。

 そう思った直後、成し遂げたことを強く実感した。


「わたくしを、見てください」


 心の中が騒がしい。

 ずっとずっと抑え込んでいた気持ちが溢れ出てくる。


「婚約を破棄したいという気持ちに、なりますか?」


 呪いが解けたか否かの確認方法は、決めてある。


「全くない」


「わたくしに対する悪感情は、ありますか?」


「全くない」


「逆はどうですか?」


「逆?」


「……言わせないでください」


「ああ、そういうことか。もちろん、愛しているよ」


 その一言を聞いて、その柔らかい笑みを見て、100回分の想いが弾けた。


 仲間達から囃し立てるような声が聞こえた。

 構わない。全て無視して、わたくしは初めての感触に身を委ねた。


 100回の人生と、100回の冒険。

 それらを乗り越えた先に有った初めての口付けは、血と、泥と、そして幸せの味がした。



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― 新着の感想 ―
[一言] 根性のあるリズベットに感動しました。とても面白かったです!
[良い点] 面白かったです! 王女自身で戦って呪いをぶち壊す、というのが、新鮮に感じました。 話もまとまってて、とても読みやすかったです! [一言] 最後の一段落が特に印象に残りました!!
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