92.ゴーレムの加工
「・・・なるほど、それでこのゴーレム?を持って来たんだ。扉を開けたらいきなりゴツイ鉄の塊があったから驚いたよ。セイピア王国がついにここまで攻めて来たのかと思った」
コルトが部屋の中に無理矢理入れられて隅で横になっているゴーレムを見下ろしながら椅子に座る。ディルがコルトに出してもらった飲み物をクピッと飲んで口を開いた。
「それで、ゴーレムの加工は出来そうか?」
「まぁ、出入口や動きやすさはなんとか出来ると思うけど・・・」
コルトが言いながら腕を組む。
わぁ、意外と筋肉質な腕!
わたしがコルトの血管が少し浮き出た男らしい腕をまじまじと見ている間に、ディル達は話を進めていく。
「問題は暑さ対策だね」
「確かに暑いけど・・・そんなにか?」
「この町は崖の中で天井があるのでまだそこまでですが、その外側に出ると肌が焼けるくらい暑いんです」
「あ~・・・かなり暑かったな。そりゃあの炎天下の中、鉄の塊の中に入ったら焼け死ぬかもしれないな」
わたしは妖精だから暑さとか感じないけど、ここってそんな暑い地域だったんだ。言われてみれば皆暑そうにしてたような気がする。ここばかりは妖精で良かったと思う。
「やっぱり中に入って移動するのは無理そうか?」
「いや、ゴーレムの中に熱を通さないようにすることは出来るけど・・・その為の素材があるかどうか・・・」
コルトが言いながら腕を組み直す。筋肉凄いなぁと思いながらツンツンと筋肉質な腕を突いてたら、コルトが困った顔になり、ディルに無言で襟を引っ張られて後ろに戻された。
「んで? どんな素材が必要なんだよ? ここら辺で採集出来るのか?」
「いや、ここら辺では出来ないと思う。知ってるかどうか分からないけど、モッサモサウルスって言う海の魔物の毛皮で・・・」
モッサモサウルス? なんか聞いたことがあるような・・・あっ! ブルーメでわたしが倒した巨大な魔物達の中にそんな名前の魔物がいたよ!
「ディル! その魔物の毛皮ってディルが持ってたよね?」
ツンツンとディルの腕を突く。コルトとは筋肉のつき方が違う・・・気がする。
「持ってるけど、あれは俺の防具を作るために貰った物なんだよなぁ・・・。でもまぁ、仕方ないか!」
そう言ってディルはわたしを手のひらに乗せて立ち上がる。
「ん? どこいくの? ディル」
「素材関連は船に置きっぱなしだから取りに行かないと。時間が無いんだろ? 早めに行動しないとな」
そっかそっか。一応拠点があるのに、常に素材を持ち歩いてるわけないよね。
わたしはディルの手のひらから降りて笑顔で手を振る。
「いってらっしゃい!」
「え?」
「ん?」
「あ、いや、何でもない。行ってくる・・・」
ディルがチラチラとわたしを見ながら、心なしかしょんぼりしながら出て行く。
「コルト、武器を作るわけじゃないけど・・・本当に大丈夫そう? ゴーレム加工、出来る?」
「心配ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。武器を作る以外で僕に出来ることがあるんです。やらせてください」
コルトが笑顔でそう言った。少し口元が引き攣ってる気がするけど、わたしは気付かないフリをしてあげた。わたし優しい。
「じゃあ、ゴーレムの加工よろしくね! 明日までに!」
「はい! ・・・え、明日まで!?」
コルトの笑顔が消し飛んで、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。
「間に合わないとコルトが徴兵されちゃうんだよ? 自分の為にも、頑張ってね! 応援してるよ!」
パチッとウィンクする。激励のウィンクだ。
間に合わなかったら一旦海賊船に避難させるつもりだけど、少し発破をかけるくらいが丁度いいよね!
「が、頑張ります!」
コルトが笑顔でそう言った。口元が少しどころではないくらい引き攣ってるけど、わたしは気付かないフリをした。わたし優しい・・・?
「あっ、あと明日もう一個ゴーレムを持ってくるから、それは明日中にお願いね!」
「は、はいぃ」
頑張れ少年! 君の明日は自分の手で切り開くんだ!
「ただいまソニア~」
「おかえりディル!」
ディルが素材を持って来てくれたので、それをコルトに渡してわたし達はネリィ宅に戻る。コルトが悲壮な顔をしていたので何かお礼を考えておこうと思った。
・・・私に用意出来るものなんて限られてるんだけどね。
翌朝、起きると既にウィックの姿が無かった。先に起きていたディル曰く、朝早くに海賊船に寄ってマイクとジェイクを連れて戦場にゴーレムの捕獲に向かったらしい。
海賊達の朝は早い・・・っていうやつだね。
「ソニアさんってずっと同じ服着てるのにまったく汚れないわよね」
ネリィがわたしの髪を結びながら不思議そうに首を傾げる。
そうなんだよね。
「汚そうと思えば汚れるんだけど、気付いたら綺麗になってるんだよね。不思議だよね」
「あたしからしたらソニアさん自身が不思議の塊だけどね」
わたしからしてもそうだよ。自分自身のことだけど、分からないことだらけだ。
髪を結んで貰って、可愛い可愛いとネリィに煽てられたわたしは、とてもご機嫌な気分でコルトの家に向かう。今回はディルに加えてネリィとリアンも一緒だ。鼻歌を歌うわたしを微笑ましそうに、そして何故か可笑しそうに見てくる
「おはよー! 調子はどう? ・・・コルト~?」
扉の前で叫んでもコルトからの返事が無い。
「まだ寝てるのかな? ・・・あっ、ちょっとディル!」
ディルが勝手に扉を開けてしまった。
「おーいコルト~・・・っているじゃんか、返事くらい・・・コルト!?」
コルトが鍛冶場の近くでうつ伏せに倒れていた。
ももも、もしかして・・・追い詰められすぎてじじじ、じが・・・いやいや、そんなわけないよ!
慌てて皆で駆け寄る。
「コルト! コルト!」
ネリィとリアンが「あわわっ」と取り乱しながらテーブルの周囲をグルグルと回っているのを横目にわたしはコルトの耳元で必死に叫ぶ。ディルがゆさゆさとコルトを揺さぶると、ピクっとコルトが動いた。
「・・・あ、あれ? 皆さん何で? ・・・ああ、もう日付が変わったのか」
コルトが「よく寝た~」と伸びをする。
「お、お前! 寝てたんなら寝てるって言えよ!」
ホントだよ・・・。
「何を訳の分からないことを・・・徹夜でゴーレムを加工してもうクタクタなんだよ」
あっ、そっか。そうだよね。わたしが発破をかけてそうさせたんだ。
「ごめんなさい。わたしが無茶を言ったから・・・」
「あ、いや! ソニアさんのせいじゃないです! 僕の為でもあるんですから・・・ああ!そんな泣きそうな顔をしないでください!・・・ディルもそんな怖い顔で睨まないでよ!」
「ハァ・・・それで、ゴーレムの加工はやってくれたのか?」
コルトが「ゴーレムはこっちです」と奥にある倉庫に案内してくれる。大きな鉄の台の上にゴーレムが寝かされていた。
「見た目はそのまんまなんだね」
「そりゃそうだろ。見た目が違ったらバレるからな」
「あ、確かに」
このゴーレムのマヌケな顔を可愛くおめかしでもしてあげようと思ってたけど、やめとこ。
コルトがそっとゴーレムの体を起こして台の上に座らせて、淡々と説明をし始めた。
「まず出入口の問題だけど、背中が開くようにして、そこから出入り出来るようにした」
コルトがそう言いながらゴーレムのお尻付近を触る。カチっという音がしたあと、ゴーレムの背中が高級車のドアみたいに上に開いた。
「これなら昨日のディルみたいにみっともない格好せずに済みそうね」
「うん! なんだかカッコイイ!」
いつの間にかパニック状態から脱出していたネリィとリアンが満足そうに頷く。それを見てホッと安堵したコルトは、次にゴーレムの中の説明を始める。
「中には大きなゴーレムを操縦するために手足に補助の棒を付けていて、それからディルから貰ったモッサモサウルスの毛皮を貼って外部の熱を遮断するようにしてる。この毛皮は魔気の通しが良い上に、暑さや寒さの影響を受けないから使い勝手が良いんだ」
「魔気の通しが良いって?」
魔気って、確か人間や魔物とかに流れてるもので、それを魔石に流すことで魔法が発動するんだよね。残念ながら妖精には無いらしいけど。わたしも色んな魔法使ってみたかったな。
「魔気を通しやすい素材は魔法の影響を受けやすいので・・・えっと、例えばこんなことも出来るんです」
そう言いながら、コルトは倉庫の端にある箱の中から一つの茶色い魔石を取り出した。
「これは、岩や鉄の大きさを自在に変えられる魔石なんですけど、この魔石をゴーレムに使えばゴーレムの大きさが変わります。ですが、本来なら中にある毛皮までは変わりません」
そりゃそうだ。毛皮は岩でも鉄でも無いんだから。
「でも、魔気を通しやすいこの毛皮ならこんな風に変えられることが出来るんです」
コルトが魔石をゴーレムに当てると、ギギギという不快な音を出しながら、成人男性くらいの大きさだったゴーレムがわたしと同じくらいの大きさになった。
「ちっちゃくなった!」
なんか、わたしと同じくらいの背丈になると、マヌケな顔が急に可愛く見えてくる。
わたしがゴーレムの手を握ってブンブンと振っていると、ひょいっとゴーレム君がディルに持ち上げられてしまった。
「これって、逆に元のサイズよりも大きくすることって出来るのか?」
「魔石を使用する人の土の適性の高さにもよるけど、僕なら元の大きさの3倍くらいの大きさまでならいけると思うよ」
「おお! すげー!やってみてくれよ!」
「馬鹿! そんなことしたら目立つじゃない! やめてよ!」
ネリィに怒られたディルはゴーレムを巨大化するのは諦めて、元の大きさに戻ったゴーレムの中に入って軽く足踏みして動かして見せた。
「おお・・・動きやすい!」
「他のゴーレムがどんな動きしてるか分かんないけど、問題なさそうだね!」
暫くディルがゴーレムを動かしているのを眺めていると、家の外でガシャン!と大きな音が聞こえた。
「なになに!?」
「ちょっと様子を見てくる! ソニア達はここで待っててくれ」
ビクビクと怯えるわたしとネリィにそう言ったディルが外に様子を見に行った。そしてすぐにウィックとマイクとジェイクを連れて戻って来た。ウィックがゴーレムを引きずっているのが見える。
「いや~、昨日みたいにゴーレムを投げ飛ばして町の中に運んでたんすけど、まさか落ちた先がたまたまコルトの家付近だったなんて、俺って運がいいっすね」
そういえば、マイクとジェイクはもちろん、ウィックもコルトとは初対面だよね。家の場所とか教えとけば良かったかなぁ。・・・ま、結果オーライだよね。
「この人達はわたしの仲間だよ。外見は海賊だし中身も海賊だけど悪い人達じゃないから安心してね」
わたしが「ほら自己紹介してっ」と海賊三人組に言うと、ウィックから自己紹介し始める。
「どうも、使い走りのウィックっす」
「船長のマイクだ」
「戦闘員兼雑用係のジェイクです」
海賊三人組がペコっと挨拶する。強面3人に頭を下げらたコルトは「どうしていいか分からない」みたいな顔をしてわたしを見る。
「こっちはコルト。オードム王国一番の鍛冶師で、ゴーレムをいい感じに加工してくれたんだよ」
「よ、よろしく・・・です」
コルトが及び腰で握手を求めると、マイクがガシッと掴んでブンブンと腕を振り回して「いい筋肉の付き方してるな!」と褒める。
「それで、マイクとジェイクは現状をどこまで聞いてるの?」
わたしがディルの頭の上で寛ぎながら聞くと、マイクがニヤリとディルを見ながら答えてくれる。
「ウィックからかなり詳細まで報告を受けてるぞ。町の様子からディルの寝相までな」
「はい!?」
ディルが素っ頓狂な声を上げてバッと立ち上がる。わたしは頭の上から転げ落ちた。飛べるから床に落下はしていないけど、普通にビックリした。
「ディルの寝相を報告することも船長からの命令っすから。しょうがないっすよ」
「そんなわけあるか! その情報がいったい何の役に立つんだよ!」
ウィックとディルが睨み合う。
「もう・・・そんなくだらないことで喧嘩しないで! それより、マイク達には改めて色々と説明する必要は無いんだね?」
「おう!」
・・・とは言ったものの、ゴーレムの加工の内容は説明する。
「小さく出来るなら持ち運びが楽になるっすね」
ウィックが再び小さくされたゴーレム君を手の上に乗せながら言う。
「土の適性が無いと無理ですけど、ネリィちゃん達やコルトさんがいるなら大丈夫そうですね」
そっか。2人はここ土の地方出身だから土の適性があるんだよね。
「ゴーレムが二体だけってことは俺達はまた留守番か?」
マイクとジェイクが捨てられた子犬のような瞳で見てくる。
「ごめんね、でもあまり大人数で行くと目立つし・・・」
「いや、いいんだ姉御、俺達もここでやれることを見つけるさ」
海賊三人組が水を飲みながら休憩している横で、コルトがもう一体のゴーレムの加工を始める。
「よしっ、今度はわたしも手伝うよ!」
「ふんす」と鼻息荒く力こぶを作って見せる。ただのぷにぷにの二の腕だけど。
「え? ソニアさんが?」
「俺も手伝うよ・・・っていうか、俺が手伝うよ」
「あたしも! 自分が入ることになるんだもの。他人事じゃないわ」
「ぼ、僕も手伝います!」
わたしに続き、ディルとネリィとリアンも手を挙げる。
「じゃ、じゃあ、よろしくお願いします。まずは・・・」
コルトがテキパキと皆に指示を出していく。
「ディルは倉庫からこの紙に書いてある物を持って来て、ネリィとリアンは毛皮をこの針を使って縫い合わせて、ソニアさんは・・・ディルを応援してあげてください」
「了解」
「分かったわ」
「分かりました!」
わたしはディルの応援ね・・・これって役に立ってるの?
「がんばれ! がんばれ! ディルー!」
わたしは重そうな荷物を運ぶディルの横で、コルトに渡されたわたしサイズのボンボンを両手で持って、手を振ってチアダンスみたいに応援する。
「ごーごー! ディルー!」
ディルがチラチラとわたしを気にして作業があんまり進んでないし、わたしも割と本気で恥ずかしいけど、他に出来ることもないのでコルトの指示通りディルを応援する。
「ごぉ! ふぁい! うぃん!」
・・・それにしても、この小さなボンボンって普段は何に使ってるものなんだろう・・・?
読んでくださりありがとうございます。チアリーダー、ソニアちゃんでした。




