89.【ドルガルド】希望の妖精
最初は些細な違和感だった。ブルーメという遠い地で行われる催し物に、騎士団長含む騎士数十名が楽団として向かうことになった。それに伴い、不在の騎士団長に代わって副騎士団長が騎士団を指揮することになった。
「陛下、騎士団の訓練を行いたいのです!」
まだ年若い副騎士団長が力強い瞳で私を見上げる。
「む? 訓練なら普段からしているではないか」
騎士団長は優秀だ。訓練をせずに怠けてるなど絶対にないハズだが・・・。
「実地訓練を行いたいのです。これまでは動かない人形か、騎士同士の手加減アリの危険のない模擬戦でした。そして魔物退治などの実戦では皆魔剣に頼り切った戦いをしており、普通の剣での戦い方が出来ていません。万が一に備えて、魔剣無しの魔物退治を行いたいのです」
「だが・・・危険では無いのか? 今までそれで何も問題が無かったのだ。リスクを負ってまで行う必要がある訓練だとは思えん。 それでもし死人が出ればお前が責任をとれるのか?」
「騎士団長にも似たようなことを言われました。失礼を承知で伺いますが、陛下は万が一魔剣が使えなくなるような状況になり、それで国民が大勢死ぬことになったら、陛下は責任をとれますか? 数年前に火の地方で起こった戦争では、予想外な出来事が立て続けに起こり、誰もが勝つと思っていた国が負けました。私は万が一を考えて備えた方が良いと思います」
「私は国王だ。国民に対する責任はとるしかあるまい。・・・しかし、お前の言い分は分かった。いいだろう、許可を出す。だが念のため魔剣は持っていけ、万が一を考えてな」
騎士団長の大事な騎士達を不在の間に失うわけにはいかない。
だが、騎士団は帰って来なかった。代わりに城に届いたのは、砂漠の向こうにある国、セイピア王国からの宣戦布告だった。
「我が国の騎士団がセイピア王国の兵士に危害を加えた・・・か。どう思う? ブラウド、ジュラム」
「そんなの出鱈目に決まってますよ。あの騎士団長が育てた騎士達がセイピア王国に危害を加えるなんてありえません
私の息子、ブラウドが苛立ちそうに腕を組みながら言う。
「真実はどうであれ、セイピア王国から宣戦布告をされたことに変わりはありません。事前に交渉の場が設けられなかったことからも、向こうは宣戦布告を取り消すことは万に一つも無いでしょう。我々はセイピア王国との戦争状態に入ったのです。早急にこれからのことを考えなくては・・・」
宰相のジュラムが難しそうに顎に手を当てながら考え込む。
「セイピア王国か・・・」
歴史は浅いがオードム王国の数倍は大きな国で、近隣の村々を初代セイピア王がまとめ上げたことで出来た国だ。先代の王とは良い関係を築いていたが、代替わりしてからは、交易の際に文句を言われたりなど、小さな嫌がらせの様な行為をされていた。
何にしても情報が足りないな・・・。こういう時に騎士団長がいてくれればいいのだが、帰ってくるのはまだ先だろう。
「騎士団が機能しない以上こちらから攻めることはできないな。とりあえずは兵士達に魔剣を装備させて防衛に徹しつつ、セイピア王国の情報を集めよう」
「ですが、今まで戦争など無縁だった我が国に諜報など出来る人材はいませんぞ」
「騎士団長だ。・・・アレにはその心得がある。それに、攻め入ってくるセイピア王国の騎士から得られる情報もあるだろう」
絶望的な顔をした兵士達を戦場へ向かわせたあと、様々な情報が入ってきた。まず、最初に行方不明になった騎士団が所持していた魔剣がセイピア王国に渡っていること、セイピア王国の騎士は魔剣の扱いに慣れていない様子で、辛うじて戦線を保っていること。そして魔物の様な生物がセイピア王国の騎士達と共に攻めてきていることだ。
「魔物の様な生物? なんだそれは?」
魔物なのか生物なのかハッキリしてほしい。
「倒しても魔石が見当たらないことから、魔物ではないみたいですな」
「硬い鉱物で出来た人型の生物らしいです。数こそ多いものの魔剣があれば敵わない相手ではないと報告を受けています。しかし父上、それは人間ではありません、長引けばこちらの兵士には疲労が出て来ます。早めに決着を付けなければ敗北は確実です」
兵士が足りなくなり、断腸の思いで国民を徴兵し始めた頃、やっと騎士団長が戻って来た。これまでの経緯を説明し、早速セイピア王国に向かって貰った。
騎士団長が出立した翌日、我が国に巨大岩が降って来るようになった。幸い国の半分近くが崖に埋まっているお陰で、国としての致命傷は避けられたが、残された国民に恐怖を与えるには十分だった。
「父上、諜報に向かった騎士団長から手紙が届きました!」
セイピア王国に送った騎士団長から、空の魔石を使って手紙が届けられた。風を起こし空を駆ける魔物から採取される魔石で、場所の指定は大雑把にしか出来ないが遠くから手紙などの軽い物を送るのに便利な魔石だ。今回は城門近くに落ちた魔石を兵士が発見したらしい。
「なんと書いてあったのだ?」
ブラウドに手紙を渡してもらい、目を通す。
「セイピア王国に妖精の関与の可能性あり?」
走り書きでそう書かれていた。
「確かに・・・得体の知れない魔物もどきに、上空から降ってくる巨大岩、人知を超えた妖精がセイピア王国に協力しているなら説明がつきますなぁ」
「そう・・・だな」
それではもう、我が国に勝ち目は無いではないか。最近のセイピア王国には闇市場とかいう怪しげな組織の噂がある。噂通りなら、敗戦後に国民がまともに生活出来るとは思えない。・・・私は、どうすればいいのだ?
そんな時、魔剣を作りたくないと言い始めた鍛冶師コルトを説得するために向かった兵士から、妖精の目撃情報があった。
「なんとしても、その妖精を味方に付けなければなるまい!」
希望だ。我が国にも希望が見えてきたぞ!
「はい、早速兵士長に妖精を城へお招きするよう命令しました」
「父上、妖精をお招きしたあとはどう説得するおつもりですか? 妖精は人間とは違った感性を持っています」
息子の言葉に私は自分の浅はかさを思い知る。こんな時はいつも騎士団長が上手いこと私を補佐してくれていた。
「陛下、報告によれば妖精は人間と同じ言葉を喋ったそうです。言葉が通じるなら、事情を説明し、情に訴えて説得するのがいいのでは? このままでは国民達が死んでしまうと、少々大袈裟に言ってでも・・・」
「ジュラム、それでは駄目だ。妖精は人間のことを何とも思っていない。情に訴えるよりも、合理的に、取引を申し込んだ方がいいだろう」
ふむ、息子のブラウドは過去に各地を旅していた。その時に妖精について知ったのだろう。
「ブラウド、取引というが私は妖精の好むものなど知らない。お前は何か知っているのか?」
「いえ、それは分かりません。妖精にも個性があり、それぞれに好みがあるそうですから・・・。ですが、どの妖精にも共通して言えるのが、自分の欲に率直なことです。例の妖精に直接好みを聞いて取引を申し出れば、可能性は十分にあります。兵士長の報告では、一緒に何人か戦力になりそうな男がいたそうです。その中に居た黒髪の少年はブルーメの大会で準優勝だったそうです。彼にも協力をしてもらうよう取引をしましょう」
「・・・一緒にいた彼らは妖精の仲間ではないのか?」
妖精の大切な仲間ならあまり無下に扱わない方がいいと思うが・・・。
「父上、何度も言いますが、妖精は人間を何とも思ってません。恐らく気まぐれで一緒にいるだけだと思います。稀に妖精の愛し子という存在を聞きますが、ここ何百年も発見されていないそうですから」
ジュラムとブラウド、どちらの意見を採用するか執務室で考えていると、妖精を招きに向かった兵士長が帰ってきた。妖精は既にコルトの家には居なかったらしい。兵士達には町中を捜索するよう命令した。
「頼む・・・見つかってくれ」
執務を終えて、ふと窓から夜の暗い町を見ていると、何かが飛んでいるのが見えた。目を凝らして見てみると妖精だった。羽をキラキラとさせながら飛んでいる。コルトの自宅に入っていったのが分かった。すぐに兵士達に伝え、向かわせる。
この目で妖精を見るのは初めてだ。遠目からとは言え、あの幻想的なキラキラが頭から離れない。
逃げ回る妖精を兵士達が連携して城に追い込んでいる。妖精が城に入って来ると、廊下の窓を土の魔石で塞ぎ、玉座の間に追い込む作戦だそうだ。
そんなことをして怒りを買わなければよいが、この際手段を選んでいられない。
「陛下! 妖精を閉じ込めました!」
閉じ込めました、か。手荒な真似をした。まずは謝らなければならないな・・・。
ブラウドとジュラム、それから護衛の騎士達を連れて玉座の間に向かう。重い扉を騎士が開ける。真っ暗闇の中、羽をキラキラとさせた小さな妖精が玉座にちょこんと座っていた。騎士達が素早く蠟燭に火を灯し、部屋の中が明るくなった。
あれが妖精か・・・。
綺麗な黄金色の長い髪に、大きな青い目、尖った耳・・・。そして可愛らしい青いリボンが付いたTシャツに動きやすそうな短パン。人間離れした整った顔立ちで、背中のキラキラとした羽も合わさって、とても幻想的だ。
「お初にお目にかかります、妖精様。私はこの国の王、ドルガルドと言います。・・・この度は我が国の兵士達が手荒な真似をした様ですまなかった」
私は妖精の前に跪き、頭を下げる。
「・・・ハァ、何か理由があるんでしょ? 王様が謝ってくれるなら別にいいよ」
頭を上げると、妖精は椅子から少し浮いて、興味深そうに私達を見下ろしている。
「わたしは妖精のソニア。話なら手短にお願いね!」
・・・ふう、とりあえず交渉の場には立って貰えるみたいだ。だが、あまりゆっくりと話してる時間はなさそうだな。単刀直入にいこう。
「・・・取引をしたいのです」
「取引?」
ソニア様が少し警戒したように目を細めた。背筋を冷たい汗が流れるのが分かる。
「はい、ソニア様の願いを私達が叶えて差し上げる代わりに、ソニア様にはこの国に協力して欲しいのです」
「え、お願い? うーん・・・お願いって何でも叶えてくれるの?」
「私共に叶えられる範囲でしたら。・・・妖精様の好きなものを教えてください」
私は無理難題を言われないように、会話を少し誘導する。ソニア様は視線を上にあげて「なんだろ~?」と楽しそうに考え始めた。この場の雰囲気が若干和らいだ気がする。
「美味しい料理が好き! うまうまなやつ!」
「うまうま・・・? わ、分かりました。では、城の料理人に最高級の素材を使った料理を作らせましょう」
「やったー! ・・・じゃなくて! その前にわたしに何をして欲しいの? それを聞いてからだから!」
このまま言質を先に取りたかったが仕方ない。・・・妖精は人間に関心が無く、一緒に行動していた者達も、気まぐれで一緒にいるだけだ・・・と、ブラウドが言っていたな。
「私達の国は砂漠の向こうのセイピア王国と戦争中です。その戦争で、我々に協力して欲しいのです」
「・・・具体的には?」
ソニア様が感情を落としたような無表情で私を見る。その緊張感に唇が震える。
相手の国の騎士達の殲滅・・・と言いたいところだが、まずは、簡単な要望からだな・・・。そこから徐々に段階を踏んでお願いしよう。
「まずは、ソニア様と共に行動していた黒髪の少年を戦地に送って欲しいのです。ブルーメでは大活躍だったと聞いています」
ソニア様の表情を窺うが、無表情のままだ。だがここで話を切り上げることはもはやできない。
「彼に戦地に赴いてもらえれば、戦況は大きく変わるでしょう。屠った相手の騎士の数によっては彼にもそれなりの褒美を渡します」
「・・・ないで!」
「え?」
バチン!!
その瞬間、私がかぶっていた王冠が物凄い勢いではじけ飛んだ。カンカンと床を跳ねて部屋の壁にぶつかる。
・・・な、何が起きた!?
「ふざけないで! あの子に・・・ディルにそんなことさせたら、わたしがこの国を滅ぼしてやるから!」
ソニア様の周りでバチバチと何かが弾けている。何が起きているか分からないが、失敗したのだけは分かった。ソニア様は私をキッと睨んだあと、バチバチという音とともに目でギリギリ追えるくらいの速さで開けっ放しになっていた扉から出ていってしまった。
私は、どこで間違ったのだろうか・・・。やはり妖精様と交渉など畏れ多かったのかもしれない。
希望が潰えた瞬間だった。騎士団長もあれから戻ってこないし、何の連絡も無い。この国に希望はもう何も無い。
私は床に転がった王冠を放置して、自室に戻った。
読んでくださりありがとうございます。絶望する王様と激昂する妖精でした。




