8.落とせない雷
「ようこそグリューン王国中心の都へ」
門番らしき男の声が荷台の外から聞こえてきた。わたしは馬車の荷台に移されたため、外の様子が分からないけど、王都に着いたのは分かった。
「おや、アボンさん。こちらの森側の門からなんて珍しいですね」
「あぁ、久々に故郷の村に帰ってたんだ」
ん? 門番さんとアボンは知り合いなの? まずい気がする・・・。
「あの辺境の村ですか? それは長旅ご苦労様ですな」
「言っても馬車で3日だ、国外へ行くほどじゃないさ」
「それで、検問はどうします?」
「これで頼む」
ガシャリと何かを手渡す音がした。
「へへっ、毎度ありがとうございます。この間息子が生まれたばっかりなんですよ」
え、今何したの?もしかして賄賂とかそういうの?ちょいちょい!門番さん!ちゃんと仕事してよ!そんなんで大切な息子さんを守れるの!?
そうして馬車は不正に門を通り抜けた。門を抜けると先程までより揺れが少なくなった。地面が土から石に変わったんじゃないかと推測してみるけど、何せ外が見えないから本当のところは分からない。実際に見てみるまでは地面がビスケットの可能性だってある。いや、それは無い。
とうとう王都の中に入っちゃたよ。周囲の被害を恐れずにさっさと雷を落として脱出しておけば良かったと思わなくもないけど・・・今更後悔したって遅いね。
暫く揺れの少ない道を進むと、色々な人の声が聞こえるようになった。自分のお店の商品を売り出す声、子供たちの元気な笑い声、奥様達の井戸端会議の声。もしかしたら、王都の中心部分に近いところを走っているのかもしれない。
これはもう・・・いよいよ本当に雷を落とせなくなってきた。
でも、街のにぎやかな音が聞こえたのはほんの数分だけだった。
あれ?今度は周りが静かになった。でも、まだ周囲に関係のない人がいるかもしれないし・・・。うぅ・・・人間だった頃に教習所で習ったかもしれない運転が身に染みちゃってるよぉ。もっと非情になれればあっさり脱出出来たのに。
馬車の走る音だけが聞こえる。試しに「出してよ~!」と叫んで見たけど反応は無い。
「着いたな、行くぞ。荷台の妖精を持って来い。他の荷物は店の奴らに任せる」
馬車が止まり、荷台に掛けられていた幕がアボンによって開けられる。わたしはボトルの中でキョロキョロと周囲を見渡すけど、荷台の上からじゃよく見えない。
「ここはどこなの?」
「王都にあるアボンさんのお店ですよ。中心街からは離れていますが、こっちの方が僕たちにとっては商売しやすいんですよね」
知らないよ、そんな事情。
荷台から出されると、わたしの身長の100倍以上はある建物が等間隔で並んでいて、空が青いのにあまり陽の明かりが入らなせいで薄暗い路地だった。
いかにも裏稼業を生業としていそうな人たちがいそうなところだ。国王様がどんな人かは知らないけど、こんなところを放置してちゃダメだよ! 立派な髭を蓄えてふんぞり返ってるだけじゃダメなんだよ!・・・ 一度も王様を見たこと無いけど!
わたしはアボンの従者に持たれて、お店の中に運ばれる。お店にはお揃いの制服を着た若い男女が働いていて、わたしを見て動きを止めている。
止まってないで働きなさい。・・・いや、悪いお店の従業員なら働いたらダメだ。そのまま止まってなさい。
「おかえりなさいませ、旦那様・・・そちらは?」
「村にいる親父が見つけたらしい。ダズ、妖精をサムに渡して何人かで荷台の荷物を運びこめ。空の酒瓶しか入ってないから時間は掛からないだろう、終わったら二階の俺の部屋で待っていろ。サム、妖精を持って俺についてこい。とりあえず地下牢に置いておく」
「「かしこまりました」」
地下牢か・・・もはや物理的に雷を落とせないところまで来ちゃったよ。
わたしはサムと呼ばれた細身の男性に地下牢へと運ばれていく。試しに「出してってばー!」と叫んでみたけど、サムは一瞬ビクッと驚いただけで無視された。
「サム、俺の不在時の報告を」
アボンがコツコツと階段を下りながらそう言うと、サムは視線はそのまま前を向きながら話始める。
「はい、2日前に隣国のザリース伯爵様がお越しになりました。旦那様の不在をお伝えしたところ、三日後にまた来ると・・・それまでは知り合いの貴族のお屋敷にいるそうです」
「ほう・・・あの変態貴族か。国外の貴族なら闇市場を通さず直接取引をした方がいいな」
「よろしいので?」
「あぁ、闇市場を通せば取引相手との間に魔気を用いた契約を行うから、国にバレるリスクは低くなるが、国外の貴族相手となると仲介料が高くなる」
え・・・今、変態貴族って言った?
「今回はとんでもない大金が動く。あの変態貴族は自分の欲求のためには金に糸目をつけないからな。国にバレるリスクは高くなるかもしれないが、それだけの価値はある」
「なるほど・・・旦那様の仰せのままに」
「だが、長い間この妖精を近くに置いておくのは流石に怖い、今日中には伯爵と話をつけるぞ」
なんだかよく分からないけど、とんでもない奴に売られることになりそう・・・最悪その変態貴族は雷でやっちゃってもいいよね? だって変態だし。
ガチャリ
アボンが分厚い扉を開けると、鉄格子の牢屋が並ぶ通路だった。牢屋の中には顔立ちの整った女性、幼い女の子、やせ細った男、見たことのない動物などがそれぞれ分けられて入れられている。皆ボロボロの服を着ていて、重そうな鉄球に繋がれた手枷をつけている。
ひどい・・・こんなに被害者が・・・。
「妖精は・・・そこの・・・ガキ共の牢に入れておけ。」
アボンは動物が入った牢と女の子が入った牢を見比べて、女の子の方にわたしを入れさせた。
動物枠か女の子枠か迷ったの? 失礼な奴! わたしは動物でも女の子でもなく、立派な大人の女性だよ!
サムがわたしを片手で持ちながら女の子の方の牢屋の扉を開ける。女の子達はわたしのことをジッと見ているけど、決して声は出さない。
「旦那様、枷はどうしましょう?」
「ボトルに首輪でも巻いておけ、鍵付きのやつな」
サムはボトルの栓が女の子達に勝手に取られないように縦方向に革の首輪を巻き付けた。
「それじゃあ妖精さん、お前の買い手は恐らくザリース伯爵になる。幼い女ばかりを集めて楽しんでる変態貴族だ。運が悪かったな」
「うるさい! どっかいけ! それとわたしは幼くない!」
「はいはい・・・童顔なんだよな。体を見れば幼くないのは分かるから大人しくしてろ」
ど、どどど童顔!? 人間だった頃に「可愛い顔ですよね」と後輩に言われたことがあるけど、もしかしてそういうことだったの!?
今更気付いた過去の衝撃的な事実に雷に撃たれた気分でいると、 アボンとサムはガチャリと牢屋に鍵をかけて地下牢を出ていってしまった。
アボンとサムの姿が見えなくなった途端、周囲で黙ってわたしを見ていた女の子達が口を開き始める。
「妖精・・・さん?」「ちっちゃーい」「可愛い・・・」「綺麗な髪・・・」
女の子達が重い鉄球に繋がれた鎖がグンッと伸びきるまでわたしの方まで細い足を必死に動かしながら歩いてくる。
「あなた達は?どうしてこんなところに?」
ボトルの中からでもわたしの声が届くように少し大き目な声で女の子達に問い掛ける。すると、女の子達はあからさまに元気をなくして小さな声で返事をした。
「分かんない・・・院長先生に連れてこられたの」
「え?」
院長先生? なんだかとんでもない闇を聞いた気がする。
「その子達は元々この王都の片隅にある孤児院で育てられていたんだ。どうやらそこの孤児院は闇商人と繋がっていたみたいだな」
向かいの牢にいる長身の男性が答えた。
瘦せてはいるけど、元々は鍛えていたのだろうことが分かる肉の付き方をしている。いや、分かんないけど・・・。
「あなたは?」
「俺は傭兵だ。各地を転々として日銭を稼いでいたんだが、1年前この国で依頼主に一服盛られちまってな・・・今はこの有様だ」
一年間もこんなところに? ・・・つらっ!
「妖精さん・・・よね?あなたはどうしてこんなところに連れられてきたの?」
今度は斜め向かいの牢にいた長髪の女性が話しかけてきた。
瘦せてやつれてるし、ボロボロの服で肌も薄汚れちゃってるけど、本当は綺麗な人だろうと分かる顔立ちや立ち方をしている。わたしの審美眼がそう言っている。
「わたしは・・・わたしも、そこの傭兵さんと似たような感じだよ。助けてあげようと思った人に売られたの」
わたしはこれまでの経緯を簡単に彼女らに説明した。
「なんて酷い・・・こんな可愛い妖精さんを売り飛ばすなんて!」
「妖精さんかわいそう」
「ハァ・・・その村長は世間を知らなさすぎるな」
それから、わたしは皆とお話をした。友人の借金を肩代わりした心優しい男性。観光していたところを攫われた不運な女性。両親に売られたと泣いている幼い女の子。色々な人がいた。
こんな人達を巻き込んで雷なんて落とせないよ・・・でも売られちゃったら外国まで連れていかれちゃうし、自力で帰ってこれるか分かんない。
せめて伯爵に売られるのがわたしだけでありますように・・・それなら最小限の被害で抑えられるかもしれない。
ガチャ・・
1階につながる分厚い扉が開いた。その瞬間、牢屋の皆が口を閉じてアバン達と目を合わせないように下を向いた。
あれ? 1人増えてる?
アボンともう一人、豚のような顔をした太ったおじさんが気持ちの悪い笑みを浮かべて入ってきた。
もしかして・・・あれがザリース伯爵とかいう人間? だって変態っぽいもん。
「こちらが先程お話した妖精になります。ザリース伯爵様」
アボンがわたしのいる牢屋の扉の鍵を開けて、わたしを丁重に持って伯爵の前に差し出した。
「ほう!これはなんと・・・ふへへ・・・」
伯爵がわたしの入ったボトルを手に取り、舌なめずりをした。
「・・・っ!」
気持ち悪い気持ち悪い!!嫌だ!こんな人に買われたくない! 買われたら雷でビリビリにしてやる! ・・・周囲に人がいなければだけど!
わたしだけじゃなく、アボンも若干引いているよ。
「ど、どうでしょうか?気に入っていただけましたか?」
「気に入った!そこの隅で泣いてる女子と合わせて、お前の好きな値で買おう!」
伯爵が辺りをぐるっと見回したあと、隅で「両親に売られた」と泣いていた女の子に目をつけた。女の子は「ひいぃ・・・」とその場で震えてうずくまってしまった。
そんな・・・どうしよう。このままじゃ本当に外国まで行ってしまう! しかも女の子と一緒に!
「では、大金貨100枚でどうでしょう?」
「ふっ、随分と大きく出たな、我が伯爵家の財産の8割くらいが無くなるぞ」
「なにせ、妖精ですので・・・」
わたしがボトルの中でアタフタしているうちにどんどんと話が進んでいく。
「良いだろう、買った!」
「・・・!!ありがとうございます!お支払いについては・・・・」
ドゴーーン!!
1階の方から、何かが破壊されたような大きな音がした。
わたし、まだ雷落としてないよね?いったい何が・・・
ガチャン!!と1階に続く分厚い扉が勢い良く開かれる。
「旦那様!!突然子供が玄関扉を破壊して・・・」
「妖精さーーーーん!!どこだーーー!!」
・・・ディル!ディルの声だ!どうやって知ってどうやって来たのか分からないけど。わたしを助けに来てくれた・・・!
嬉しさのあまり涙が出てくる。わたしは羽をパタパタとさせながら1階に続く扉を見つめる。
「ディル!!わたしはここにいるよ!!助けて!」
「チッ・・・」
伯爵がわたしの入ったボトルを握りしめ、反対の手で服の内ポケットから何かを取り出した。
読んでくださりありがとうございます。傭兵ってなんだかカッコイイですよね。