88.逃げ回るわたし、跪く王
ネリィの家は土と岩で出来ていて、部屋の隅には通気口がある。わたしはそこを通って外に出た。
もうだいぶ暗いけど、まだ深夜ではないよね。コルトはまだ起きてるハズ・・・。別れ際に見た暗い顔のまま俯いていたコルトの姿が気になってしょうがなかったんだよね。
「ふんふふふーん♪」
暗い町中を鼻歌まじりに飛んでいく。天井があるせいでお月様が見えないのが残念だ。見えていたらきっと綺麗だったに違いない。
「確か、ここだったよね」
コンコンコン
わたしのちっちゃい手でノックしても中にいるコルトに聞こえるほどの音が出ない。少し距離をとって、扉に突進する。
トンッ!
ううぅ・・・肩がヒリヒリする気がする。力が欲しい。扉をノックできるくらいの力が欲しい。
結局、体当たりでも気づいてもらえず、大きな声で「コルト~!」と名前を呼んだ。すると、キィィと扉が静かに開かれた。
「・・・ソ、ソニアさん?」
扉の隙間から目を丸くしたコルトが顔を覗かせる。
「こんばんはコルト、良い夜だね。中に入れて貰っていい?」
「あ、はい・・・」
コルトに家に入れてもらい、わたしは家の中をぐるっと一周したあと、テーブルの上にペタッと座った。コルトがわたしの近くの椅子に座り、情けなく眉を下げてわたしを見下ろす。
「こんな時間に何か用ですか?」
「ごめんね夜遅くに。どうしてもあの後のコルトが心配で・・・」
わたしがそう言うと、コルトは驚いたように目を見開いて数秒固まったあと、ゆっくりと口を開いた。
「ソニアさんは、僕を心配してるんですか?」
「ん? そう言わなかった?」
首を傾げて見上げると、今にも泣きそうな目でわたしを見ていた。
「な・・・なんでですか? 今日会ったばかりの僕をこんな時間に訪ねてくるまで心配するなんて・・・分かりません。妖精は皆そうなんですか?」
「違うよ。これはわたしの性格だから、気にしないで」
むしろミドリちゃんとか水の妖精は人間に無関心過ぎる気がする。
「それよりも、コルトはこのあとどうするの? 三日後には兵士が来て戦場に連れていかれちゃうんでしょ?」
「・・・武器は作りません。というか作れないんです。鍛冶場で素材と向き合うと、どうしても手が震えちゃって・・・」
コルトは「僕は弱虫なんです」と震える声で言う。
そんなことないと思うけどな。
「本当に弱虫なら、さっさと武器を作って徴兵を回避してるはハズだよ。それをしないで頑なに武器を作らないコルトは、優しすぎるだけだとわたしは思うな」
「・・・そうなんですかね? ・・・でも、やっぱり僕は優しいだけじゃなくて、弱虫なんです。戦場に行く兄貴を黙って見送るしかできないし、ソニアさんは優しいと言ってくれましたけど結局は何もしてないのと同じですから」
もう・・・ネガティブだなぁ。少なくとも人間だった頃のわたしよりは勇気があると思う。国の命令に逆らうなんてとてもじゃないけど出来ないよ。
「何もしてないんじゃなくて、何かをしなかったんだと思うけど・・・。うーん、そうだね。じゃあ、コルトが武器を作る以外に何か出来ることがないか探してみようよ! わたしも弱虫だけど、一緒に頑張るから! わたしと強虫になろう!」
「つ、強虫!? ・・・ぷぷぷっ」
コルトが手で口を押さえて必死に笑うのを堪えている。
「ちょっとぉ! 笑わないでよ! 真剣なんだから!」
「はははっ、すみません。でもソニアさんが言ってることはよく分からないですけど、何とかなるような気がしてきました。・・・僕に足りなかったのはソニアさんみたいなポジティブさだったのかもしれないです」
笑わすつもりは無かったけど、まぁ、少しでも元気になったならいっか。
コルトから暗い影が無くなったので、わたしは今日マイク達と話し合ったことを伝える。
「向こうの国にですか!? 僕を連れていってくれるなら願ってもない事ですけど・・・。それに戦争を終わらせるって・・・大丈夫なんですか?」
「大丈夫かどうかは分かんないけど、もう決定事項だから! そういうことだよ!」
わたしは「なんとかなるよ」と微笑みかける。
「何を言ってるのか分かんないですよ。でも、ソニアさんが弱虫じゃないことは分かりました」
コルトに聞きたいことは聞けたし、言いたいことは言ったので、わたしはお暇することにする。
「あっ、そうだソニアさん! 今日、ソニアさん達が居なくなったあと、兵士長とお城の偉い人が来て妖精について尋ねてきました。ソニアさんなら大丈夫だと思いますけど、気を付けてください」
「分かった! 教えてくれてありがとね! また来るよ!」
暗いとわたしの羽はキラキラと光るので、コルトの忠告を聞いて目立つ上空を飛ぶのはやめて普通に道なりに沿って飛んで帰る。
「ふふっふふふふーん♪」
わたしが夜独特のちょっとおかしなテンションでふわふわと飛んでいると、突然目の前に土の壁が現れた。そしてぶつかる。
「いたぁ!?」
もう、急になんなの!?
「今だ!いけー!」
わたしがぶつけた頭を擦っていると、周囲を兵士達に囲まれた。
「妖精様、手荒な真似をしてすみません。お城までご同行お願いできないでしょうか?」
1人だけ立派な兜を身に付けている兵士がそう言ってわたしに近付いてきた。
「お断りします!!」
なんだか分からないけど、ディルに心配をかけるようなことはしたくないし、されたくもない。
1人の兵士が「妖精様!」と叫んでわたしを捕まえようと駆け寄ってくる。立派な兜を付けた兵士が「あ! おい、よせ!」と止めようとするが、兵士は止まらない。
身の危険を感じる! 早く逃げなきゃ!
素早く兵士の横を通り過ぎようとした瞬間、案の定その兵士に掴まれた。
「ぎゃあ!! 放して!」
バチバチ!!
「ぐあぁ!」
掴まれた手に軽く電撃を浴びせて、わたしは脱兎の如く飛び去る。居所を知られるとまずいと思い、直接帰らずに、あえてめちゃくちゃに道を選んで逃げる。
「ふぅ・・・これだけ飛び回れば大丈夫でしょう! ・・・っていうかここどこ?」
上空を飛んだら目立って兵士達に見つかるかもしれないよね? かと言って道なりに進もうにも道が分からない。・・・うーん、どうしよっか。
考え事をしながらフラフラと飛んでたら、おっきな建物の前に出た。明らかにお城だ。しかも半分が洞窟の壁に埋まっている。扉や門などは無く、入り口は無防備に空きっぱなしだ。不思議なお城だなぁとぽけーっとお城を見ていると、後ろから兵士達が追って来た。
「い、いました! こっちだ!」
ま、まずい! 逃げなきゃ!
わたしは慌てて追ってくる兵士達と反対方向に逃げた。そしてわたしはすぐに後悔した。
お、お城に入っちゃったよー!? もう! こんなわたしを追うことに兵士を割くくらいなら徴兵なんてしてないで君達が戦争に行きなよ!
お城の中は、壁に掛けてある蠟燭が半分くらいしかついておらず薄暗い、まだわたしの羽がキラキラと光ってるみたいだ。兵士達がぞろぞろとお城の中まで追ってくる。
「ちょっと! なんなの!? 追ってこないでよ! しつこい!」
わたしはちょっとパニックになりながらお城の中をハチャメチャに飛び回る。外から見えた窓が中からはどこにも見当たらない。
どういうこと、絶対ここに窓あったよね!? どうして無くなってるの!?
「お待ちくださいー!」
「妖精様~!」
「ひぃぃぃぃぃぃ! こないで~!」
さっきからわたしが入ろうとした扉がことごとく兵士やメイドっぽい人達に閉められていく。
もしかして、どこかに誘導されてる!?
そうは思いつつも、引き返すと兵士に捕まりそうなので、前に進むしかない。
せめて壁が土じゃなかったら電気になって通り抜けられたのに! この土地とわたし相性悪いよ!
誘導されるままにどんどんと上の階に向かっていく。不自然に一つだけ開けられた大きな扉へと、誘い込み漁のように入れられる。
バタン!
わたしが部屋に入った瞬間に扉が閉められた。部屋の中は真っ暗だ。
完全に罠に掛かった気がする・・・。これまずくない?
「よしっ! やったぞ! 急いで国王陛下をお呼びしろ!」
「誰か一応扉を抑えてろ!」
閉められた扉の向こう側から兵士達の叫び声が聞こえる。
閉じ込められた? いや、捕獲された? どっちにしろ早くこっから出ないと。ディル達が起きるまでに戻らないと怒られちゃうよ!
とりあえず、両手で電気を流して明かりを作ってみた。壁全体が土だ。そして目の前に玉座がある。この部屋は王様への謁見室みたいなものみたいだ。
他に座るとこ無いし、いいよね?
出られそうに無いので、わたしは目の前にある仰々しい感じで置かれている立派で豪華で煌びやかな椅子に座った。椅子が大きすぎて、椅子に座った感じがしない。
諦めてディルに助けを求めてみる? でもなぁ・・・
そして、ディルにテレパシーで助けを求めるかどうか迷うこと数分、大きな扉が開かれた。
誰か入ってくる!
最初に入って来たのは、白髪交じりの茶髪をオールバックにして、その上に細長い王冠を乗せた50代くらいに見える男性だ。服装も1人だけ立派だし、一目で王様だと分かる。
凄い偉そうな人が来ちゃったよ・・・。わたしこれからどうなっちゃうの?
王様に続いて、何やら偉そうな老人と長髪を後ろで一つに結んだずる賢そうな若い男性が入って来た。さらに後ろから、重そうな甲冑を着た兵士達も入ってくる。皆が褐色肌で、ディルと同じか、少し大きいくらいの背丈だ。
わたし、ここに座ったままで大丈夫かな? 何かしらの罪に問われたりしない? 妖精だし大丈夫だよね?
王様は部屋をぐるりと見回して、わたしと目が合った。一瞬驚愕の顔でピタッと動きを止めたあと、深呼吸をしてからゆっくりと歩き出す。後ろの人達もわたしを凝視して、右手と右足を同時に出して歩き始めた。
「お前達はそこで下がっていろ」
王様が小声でそう言うと、後の人達が数歩下がって跪いた。王様も数歩進んだあとわたしの前に跪く。
「お初にお目にかかります、妖精様。私はこの国の王、ドルガルドと言います」
・・・ねぇ、立ち位置逆だと思わない?
読んでくださりありがとうございます。ソニアがお城の中を飛び回ってる間、ディルは寝ながら部屋中を動き回ってました。




