84.ぷかぷか休息日
「着くのは早くても今日の夜だな。少しスピードを落として明日の朝到着予定にしたほうがいいか? どうする姉御?」
マイクが遠くに見える大陸を目を細めて見ながら言う。
出来れば明るい時間に着きたいんだけど・・・
「海賊船が日中に堂々と停めても大丈夫なの?」
「大丈夫・・・じゃないな」
「大丈夫じゃないかしら? 」
首を振るマイクに、リアンと仲良く手を繋いだネリィが後ろから声をかける。
「いつもなら海岸に兵士が常に立ってるんけど、今は戦争中でそれどころじゃないみたい。・・・これで後ろから攻められたら笑えないわよね」
見張りの兵士が居なかったから、ネリィ達は国を出られたらしい。
すぐ後ろの海が危険な海域だからこそ、他国に攻められる心配をせずに兵士を置かずにいられると思うんだけど、それでも敵が迂回してやってこないとは限らないよね。
「じゃあ、到着は明日の朝にしよう! それまでは皆船でゆっくりと休息してね。喧嘩はダメだよ」
戦争中とはいえ、陸に着けば食糧はなんとか出来ると思うし、ゆっくりとスピードを落として進むから、船の操縦も最低限の人数でいいハズ。オードム王国に着いて何があるか分かんないんだから、休めるときに休んでおかないとね。
「船長さん、ちょっといい?」
ネリィがトントンとマイクの腰を叩いて呼び止めた。どこか落ち着かない様子から、船に乗せてくれたお礼を言うのだとろうと察した。ウィックとジェイクはそれを横目で見ながら食堂の下にある倉庫に向かって行った。倒した魔物の魔石など、国に着いたら売る物を選ぶと気合を入れていた。
・・・どうしよう。わたし、することなくなっちゃったな。
「ディル、久しぶりにゲームしない? 村にいた時にやってたボードゲーム。持ってきてるんでしょ?」
「ああ、あのソニアが教えてくれた遊びか。いいぞ、たまには息抜きも大事だよな」
部屋に戻ってディルと遊んでいると、ネリィとリアンもやって来た。
「なに? それ。珍しい遊びしてるわね。あたしにも教えてくれない? 暇なのよ」
ネリィとリアンにもルールを教える。わたし達がやっているのはチェスだ。村にいた時にデンガに頼んで作ってもらった。作りやすいから、という理由で形は完全に将棋だけど、チェスだ。リアンには少し難しかったようで早々にルールを聞くのをやめてベッドで昼寝している。
「ソニアさんが強すぎるわ。ぜんぜん勝てないもん」
「実は俺も一度も勝ったこと無いんだよな」
そりゃあね。わたしは人間の頃も合わせたら結構長く生きてるからね。まだまだ子供には負けないよ!
途中で昼食とお昼寝を挟んだら、あっという間に夕方になった。
「そういえばオードム王国ってどんなところなの?」
夕飯を食べているディルの頭の上でゴロゴロしながらネリィに聞くと、食事をしている手を一度止めて少し考えたあと、「そうね~」と教えてくれた。
「簡単に言うと、鍛冶が盛んで歴史のある国ね。あとちょっと暗いわ」
「暗い? 雰囲気が?」
「今は戦争中で雰囲気も暗いけど、そうじゃないの。国の半分が崖に埋まってるから暗いのよ」
それ、洞窟と違くて?
「崖に埋まってる? ・・・想像できないな」
ディルがコテっと首を傾げる。頭の上に乗っていたわたしはディルの髪にしがみついて落ちないようにする。
「実際に行って見てみれば分かるわよ」
「それもそうだな」
少し楽しみが増えた。
夕食を終えると、順番にお風呂に入る。いつもは部屋に併設されている水の魔石が使われているシャワーを、ディルが水の適性持ちの船員に声を掛けて使っている。最初は時間短縮と船員の負担を軽減するために、わたしも一緒に入ろうと思ったけど、ディルに全力で拒否された。いくらディルが子供で種族が違うと言っても、流石に異性と一緒は恥ずかしいらしい。そう言われて、わたしも確かに恥ずかしいな、と思った。
ディルも思春期だもんね。わたしも年頃の男の子と一緒はちょっとね・・・。
「じゃあ、ソニアさんはわたしとリアンと一緒に入りましょ! リアンが水の適性を持ってるのよ」
「本当! やった! 久しぶりにシャワーを浴びれるよ!」
わたしは嬉しそうなネリィと、少し恥ずかしそうなリアンと一緒にシャワー室に向かう。何故かディルがリアンのことを恨めしそうに見ていた。
ディルもリアンみたいに水の適性を持ってたら何の気兼ねも無く1人でもシャワーを浴びれたのにね。
この海賊船のシャワー室は、ただのシャワー室じゃなかった。なんと、湯船があった。しかも、リアンが魔石に触れると一瞬で湯船にお湯が貯まった。わたしはその上に浮いている微妙に可愛くない鳥の置物の上に乗って寛ぐ。
うーん、船自体が揺れてるからか、めっちゃ揺れる。
「シャワー室があるなら早く言って欲しかったわ。・・・はぁ、これでやっとギトギトになった髪の毛から解放されるわね。・・・ほら、次はリアンの頭洗ってあげるから、そんな隅っこにいないでこっちに来なさい」
ネリィが隅っこの方で小さくなっていたリアンの手を引っ張る。
「うぅ・・・お姉ちゃん。僕も男の子なんだよ? 恥ずかしいよぉ」
「それは、あと10年くらい経ってから言いなさい。リアンはまだ子供なんだから気にしないの」
リアンには悪いけど、わたしも流石に五歳児の裸を見たところで何も思わない。
リアンがもじもじとしながらネリィの前に移動させられる。ギュッと目を瞑ってゴシゴシと洗われている姿は微笑ましい。
男の子は髪が短いからすぐ洗い終わるね。ネリィは髪が長いから洗うのが大変そうだった。
「ネリィ、意外と髪長いんだね」
「伸ばしてるわけじゃないんだけど何となく切るのがもったいなくてね。でも、ソニアさんの方が長いでしょ? あ、いや、身長に対して、ね?」
わたしの髪は切っても気が付いたら元の長さに戻ってるんだよね。逆にこれ以上は伸びもしないんだけど。不思議だ。
ネリィがリアンの小さな背中を流し始めたのを視界の端で見ながら、わたしはポチャンと湯船に落ちた。
・・・ちょっとぬるいかな? 40度無いくらい? 暑さ寒さは平気だけど、ちゃんと温度は感じるんだよね。不思議だ。
「よしっ。リアン、もういいわよ。じゃあ次はソニアさんの番ね・・・ってあれ? ソニアさん?」
「ソニアさんなら湯船でぷかぷか浮いてたよ。お姉ちゃん」
「え?・・・きゃあ! ソニアさんが沈んでるわ!?」
「え!?」
久しぶりの湯舟を気持ち良く満喫してたら、突然上からバシャンとネリィに掬い上げられた。
「大丈夫!? ソニアさん!?」
「・・・大丈夫だから手を放して? ちょっと苦しいよ」
「あ、ごめんなさい!」
ネリィ達に妖精は息をしなくても大丈夫なことを教えると、目を丸くして驚いていた。そして、何故かずっとリアンと視線が合わない。
リアン、いったいどこを見てるんだろう? 子供ってたまによく分からない所を見つめるよね。
ネリィに豆腐を洗うみたいに優しく洗われたあと、体を拭いて着替えて、部屋に戻る。ネリィが都合よく空の適性があるみたいなので、船員から借りた風の出る魔石で髪を乾かしてもらった。
「途中で何か叫び声が聞こえたけど、大丈夫か?」
ディルが椅子に座って何か得体の知れない物をパクパクとつまみながら聞いてきた。
「わたしが湯船で溺れてると思ったネリィの叫び声だよ」
「だって気が付いたらソニアさんが湯船の底の方を漂ってたんだもの! 心配するわよ」
ネリィが自分の髪を乾かしながら「心臓に悪いわ」と言う。
「あ~、ソニアは妖精だから息しなくてもいいんだよな。・・・あとは、暑さと寒さも平気だし、飛べるし、羨ましいよな。オードム王国に妖精はいないのか?」
ディルがわたしの頬をツンツンと突きながら言う。わたしは手持無沙汰になった時に遊ぶ玩具じゃない。やめてほしい。
「どうなんだろう? もしかしたらいるのかもしれないけど、見たことないわね。あたし達の中で妖精と言ったら、絵本の中の存在か、信仰対象だもの。正直、あたしの前にこうして可愛い妖精さんがいることが未だに信じらんないわよ。ましてや、普通に会話してるうえに一緒にお風呂なんて。ね? リアン」
「うん。僕も妖精さんは絵本の中でしか見たことない。絵本に出てくる妖精さんよりもずっと可愛くてびっくりしてる」
リアンがそう言いながら、ディルの指から逃げて飛んでいるわたしをつぶらな瞳で見上げて、へにょっと笑った。
何この子! わたしなんかより君の方がめっちゃ可愛いんだけど! くしゃくしゃにしたい!
「・・・つっても、ソニアはそんな憧れを抱かれるような妖精じゃないけどな。意外と人間臭いんだぞ」
ディルがどこかいじけたような顔で言った。
まぁ、元が人間だから、それはしょうがないね。
「何をそんなにつんけんしてるのよ。・・・あ、さてはアンタ、リアンに嫉妬してるでしょ? アンタも顔はいいけど、リアンの可愛さには敵わないものね! しょうがないわよ」
ネリィがニヤリと唇の端を上げてディルをからかうように見る。ディルはキッとネリィを睨んで「ちげーよ!」と叫ぶ。
大丈夫だよ。ディルも可愛いところはたくさんあるから。
皆が髪を乾かし終わったら、就寝だ。
「僕は床で寝るので、ディルの兄貴さんがベッドを使ってください」
リアンが「連日で借りるのは申し訳ないです」と言う。しっかりした子だ。
「いや、俺はまた下で寝るよ。ネリィがいる限りここで寝ることをソニアが許さないだろうし、男だらけの下の寝室でネリィを寝かせるわけにもいかないからな。・・・それと、ディルの兄貴さんはやめてくれ」
「ディルの寝相は他人を殺しかねないからね。リアンもネリィもまだ死にたくないでしょう?」
ネリィとリアンがコクコクと真剣な表情で頷く。ディルが小声で「そこまでじゃないし・・・」と言っているが無視する。だって、そこまでだからね。わたし、ペシャンコにされそうで怖いもん。
「じゃあ、もう行くからな。おやすみソニア」
「うん。おやすみディル」
手を振ってディルが部屋から出て行くのを見送ると、ネリィが「ハァ」と小さく息を吐いた。
「ディルって大人っぽいと思ってたけど、案外子供らしいところもあるのね。ちょっと安心したわ。あたしの方が歳上なのに、なんだか負けた気がしてたから」
「そうだね!必死に大人ぶってるだけだからね!」
「僕からすれば、兄貴さんは大人ですけどね」
リアンがニコッと笑う。守りたいこの笑顔。
「あたしはまた床で寝るわね。流石に男のベッドで寝るのは乙女として有り得ないもの」
わたし、村にいた時は普通にディルのベッドで寝てたんだけど・・・。乙女として有り得ないの?
「そこのクローゼットの下に余ってる毛布とかあったと思うよ」
ネリィがクローゼットの下から布団を引っ張りだして、リアンが寝転がっているベッドの横に敷く。
「ソニアさんはここにどうぞ!」
わたしはネリィの枕の横に寝袋をせっせと運んで、寝転がる。
「「おやすみなさい」」
目を閉じたら、すぐに寝れた。
「むぅ、ソニアさんがちっちゃすぎて指が震えるわ・・・よしっ、出来た! うん、世界一可愛い!」
翌朝、わたしの髪をネリィと同じポニーテールにしてもらっている最中に、扉がバァン!と開けられた。マイクがズカズカと我が物顔で入ってくる。
「ちょっと! 女の子がいる部屋にノックもなしに入ってこないでよ!」
ネリィが「マナーがなってない!」と怒鳴るけど、マイクはそれを気にせずニィと口を開く。
「もうすぐ到着だぞ!!」
やっと着くんだね。長かった~・・・。
読んでくださりありがとうございます。平和な一日でした。




