81.漂う人影
「誰が乗ってるんだ?ソニアは見えるか?」
ディルが近づいてくる船の方を見ようともせずに、手すりにちょこんっと座ったわたしを見る。
「暗くて全然見えないよ」
「さすがにこの暗さじゃ身体強化しても見えないっすね」
わたしとウィックが目を凝らして船の方を見るけど、人影が見えるだけでどんな人物が乗っているのか分からない。少し船から飛び出して見たけど、分からないうえにディルに「危ないだろ」とそっと摘ままれて戻された。
「船長! 船の準備出来ましたぜ!」
ジェイクが「誰が向かうんです?」とマイクに聞いている。
「ウィック、小船出すからちょっと様子見てきてくれ!」
「やっぱ俺っすよね~」
ウィックが軽い足取りで小船に乗って、オールを漕いで偵察に向かう。ディルの髪の毛で遊んで待っている間に、ウィックが漂っていた小船を紐を使って牽引してゆっくりと戻って来た。海賊船の側面に架けられた梯子を登ってくる。
・・・ん? んん!? なんか人を吊るしてない?
ウィックは縄でグルグル巻きにした人間を2人吊るしながら梯子を登ってる。
その吊るしてる人、生きてる? 大丈夫だよね?
「戻ったっす。子供が乗ってたっすよ」
そう言って、ウィックはグルグル巻きにされた子供を甲板に転がす。船首の先にいるわたしからはよく見えないけど、少女と幼い男の子に見える。
「子供じゃないわよ! もうすぐ成人だもの!」
「子供じゃないっすか」
わたしは少し甲板に近づいて様子を見てみる。焦茶色の髪をポニーテールにした褐色肌の少女が涙目になりながらウィックに向かって吠えている。隣では少女によく似た褐色肌の茶髪の男の子が震えながら周囲をキョロキョロと見回していた。
そんな強面の筋肉達に囲まれたら怖いでしょうよ。しかも誰も縄を解こうとしないし。可哀想。
「ハァ、見てらんないな。ちょっと行ってくる」
見かねたディルが甲板に降りて、仲裁に入る。
「ウィック、何で縄を解かないんだよ。というかどうして連れて来たんだ?」
「いやだって、子供2人だけでこの先の海に行こうとしてたっすよ? それに、縄を解いたら逃げ出すっす」
この先の海って・・・あの大嵐に巨大な魔物達が次々と襲ってくるドクロマークの海域だよね? それは確かに危険だ。そんなところに子供だけで行こうとするなんて、あの2人には何か並々ならぬ事情があるのかもしれない・・・し、ないのかもしれない。
「船長、どうするっすか?」
「あ? あ~・・・俺、子供は苦手なんだよなぁ・・・」
マイクとウィックがお互いの顔を見合って肩を竦めた。
「だから、子供じゃないって言ってるでしょ!」
少女は震えた声で訴える。必死に泣くのを我慢しているのが分かる。隣の男の子が「お姉ちゃん・・・」と不安そうに呟いた。どうやら姉弟みたいだ。
「ジェイク頼む。お前、子供とかの相手すんの得意だろ?」
「まあ、苦手ではないですけど・・・」
ジェイクは屈んで、困った顔でグルグル巻きにされて震えている姉弟を見る。
「あ、あたしはどうなってもいいけど、弟には何もしないで!」
「お姉ちゃん・・・」
少女が縛られたまま弟を庇うようにもそもそと弟の前に出る。ジェイクは処置なしといった感じでマイクを見上げる、
「この状況で俺が何を言っても変わらないと思いますよ?」
「じゃあ、放っておくのかよ?」
「このままどこか安全な国に連れていくでもいいですが、ちゃんと事情を聞いた方がいいんじゃないですかね」
「じゃあ、結局どうすんだよ」
ジェイクが少し考えたあと、後ろで腕を組んでいたディルに視線を移した。
「ディルの兄貴なら・・・」
「おう、子供の相手ならマリで慣れてるからな」
・・・って言っても、あの女の子ディルよりも歳上なんじゃないの? さっきもうすぐ成人だって言ってたし。
ジェイクが立ち上がって1歩下がって、代わりにディルが姉弟の前に出る。
「・・・まずは名前を教えてくれないか? 俺はディルだ」
「アンタが兄貴!? あたしより歳下じゃない! 弟に何かしようって言うならただじゃおかないわよ!」
少女はキッとディルを睨む。
「完全に舐められてるっすね」
「俺、そんなに子供っぽいか? これでもあと2年で成人なんだけど」
この世界基準で考えたら子供っぽいのかもしれないね。この世界では一年が400日だから、わたしからしたら13歳よりも歳上に見えるけど。
「ここは同じ女の子のソニアに任せた方がいいんじゃないか?」
「そうだな」
「そうっすね」
「それがいい」
男4人が少し遠巻きで見ていたわたしを見上げる。
最初からわたしが出てた方がスムーズだったかもね。なんせこの中でわたしが一番子供慣れしてるんだから。
「そうだな」
「そうっすね」
「それがいい」
わたしはディルに手招きされて、甲板に降りる。
「頼む、ソニア」
「オッケー、任せてよ!」
姉弟の前に出ると、少女は「よ、妖精だわ!」と目をキラキラさせてわたしを見上げて、男の子は「かわいい・・・」と息を小さく吐いた。
「こんにちは! わたしはソニア! よろしくね☆」
パチッとウィンクする。第一印象は肝心だ。少女は顔を赤くして「キュン!」と叫んだ。
うんうん、口でその効果音を言う人は初めて見たけど、掴みは上々だね!
「あなた達のお名前は?」
「あ、あたしはネリィ。この子はリアンよ」
「リアンです」
リアンは縄で縛られたままペコリと頭を下げた。良い子だ。
「いきなりこんな筋肉な人達に囲まれて怖いと思うけど、悪い人達じゃないの。きっとネリィ達にも親切にしてくれると思うから、事情を話してくれない? もしネリィ達に悪さしようとしたらわたしが懲らしめるから!」
「妖精さんが?」
そんなちっちゃい体で? という心の声が聞こえる気がする。
「そうだよ! とりあえず縄で縛られたままだと不便だよね。えい!」
バチンッ!
「きゃあ!」
「わっ!」
わたしはネリィ達を縛っていた縄を小さな電流で焼き切る。この数日間でわたしも電気の扱いには慣れたものだ。後ろでジェイクが「船の備品がぁ」と呟いてるが気にしない。縄から解き放たれたネリィとリアンはお互いの無事を確かめ合うように抱き合う。そして立ち上がり、真剣な目でわたしを見る。
「あの、妖精さんに頼むのもどうかと思うんだけど、あたし達を助けてください!」
ネリィは未成年とは思えないほど綺麗に頭を下げた。
こんな筋肉達に囲まれてたら落ち着かないだろう・・・ということで、わたしとディルの部屋に移動した。今この部屋には、わたし、ディル、ネリィ、リアンだけだ。筋肉達はとりあえず出禁だ。
「あたし達はこの先に少し進んだところにあるオードム王国っていうところから来たの」
部屋にある椅子に座ったネリィがウトウトとしているリアンを膝の上に乗せながら言った。こうして灯りのある部屋で見ると、結構歳の離れた姉弟だと分かる。成人間近と言っていたネリィに対して、リアンは5歳くらいに見える。
マリちゃんよりは確実に歳下だよね。
「オードム王国か、進んでる方向が合ってたみたいでなによりだな」
ディルが壁に掛けてある地図に視線をやって、ホッと安堵の息を吐く。
「アンタ達、オードム王国に行くつもりなの? やめたほうがいいわよ。あそこは今、戦争中だから」
「は? 戦争中!? ジイダムは何も言ってなかったけど・・・」
「・・・ジイダムさんが誰かは知らないけど、戦争が激化したのは最近だもの。その人も知らなかったんじゃない?」
戦争かぁ・・・。この世界にもそういうのあるんだね。そういえば海賊達は自分達が戦争孤児って言ってたっけ。なんか嫌だな。
「じゃあ、お前らが2人だけで海を漂ってたのは、その戦争が関係あるのか?」
「うん、あたし達がいた国・・・オードム王国はその戦争に負けそうなのよ。それで逃げて来たってわけ」
「逃げて来たって・・・両親はどうしてるんだよ?」
「その質問はそっくりそのままアンタに返したいけど・・・。母さんはリアンを産んですぐに亡くなったわ。父さんは城の兵士に連れられて・・・働いてる」
ネリィは膝に乗せているリアンを気遣うように見ながら言った。
兵士に連れられてって・・・それ戦争に徴兵されたんじゃ・・・。
「悪い、嫌なこと聞いちゃったな。・・・それにしても、2人だけで海に出るのは危険すぎないか?」
うんうん。わたし達が見つけなかったら死んじゃってたに違いない。
「それくらい分かってるわよ! ・・・でもあのままオードム王国にいたらあたしもリアンもどうなるか分からないもの! 戦争で負けた国がどうなるか知ってるでしょ!? ましてや相手の国の王はとんでもない悪人だって言うじゃない!人間としてまともに暮らせるわけないわ!」
「お姉ちゃん・・・怖いよ?」
目をクワッと開けて凄い形相で叫ぶネリィに、リアンが宥めるようにネリィの額に手を当てる。人知れずビクッと驚いたわたしにディルが安心するように笑いかける。
「あ・・・、ごめんねリアン。ちょっと取り乱しちゃっただけ。あたしは大丈夫よ。ありがとう」
戦争は良くない。学校や色んなところでそう教わったけど、こうして実際に被害者を自分の目で見ると、わたしが想像してたよりも戦争は酷いものなんだと実感する。
わたしは2人の前に飛んでニッコリと微笑む。
「とりあえず、事情は分かったよ。今の話、他の船員達にも聞かせていいかな? あの人達も戦争の被害者だから、少しはネリィ達の気持ちも分かると思うの」
ネリィは意外そうに目を見張ったあと、コクリと頷いた。
「だったら俺が話してくるよ。ソニアは2人を頼む。・・・あ、俺のベッドを使ってもいいから弟は寝かせてやれよ。本当なら寝てる時間だろ?」
「う、うん。助かるわ。ありがとう。それと、最初に失礼なこと言ってごめんなさい」
ディルは「気にすんな」と言って手を振りながら部屋から出て行った。直後、扉の奥から「うわっ!そんなとこにいたのかよ!」という驚き声が聞こえた。海賊達は近くで聞き耳を立てていたみたいだ。
「妖精さん・・・じゃなくてソニアさん。あの子いくつなの? あたしより大人びてる気がするんだけど・・・」
「13歳だよ。・・・まぁディルも色々とあったからね。同じ歳の子よりは大人びてるかもね。でも、結構子供っぽいところもあるんだよ」
ネリィは「そうなんだ」と緊張が解けた柔らかい笑みを浮かべながらリアンをベッドに寝かせる。
「それにしても、妖精なんて初めて見たわ。家にあった絵本よりも何倍も可愛いし綺麗なのね。それにそれ、羽が動いてないけど、どうやって飛んでるの?」
ネリィがわたしの羽を触ろうとする。わたしは慌てて後ろに飛んだ。
「は、羽は触らないで!」
「あ、ごめんなさい。妖精に対して失礼だったわね・・・」
ネリィがしょげてしまった。
「あ、いや、羽以外だったらいいよ! 羽は、その、ちょっと触られるのが苦手なの」
ネリィが「本当に?」と言いながら恐る恐るとわたしの頭を小指で撫でた。
「本当に、夢の中みたいだわ」
わたしの頭がボサボサになるまで撫でまわしたネリィは、ベッドに寄りかかって寝息を立て始めた。
読んでくださりありがとうございます。次話はディル視点のお話です。




