80.嵐のあとの・・・
わたしがマリちゃんと楽しく通信していると、バァン!と勢い良く扉が開けられた。驚いて飛び上がるわたしに、ジェイクが「姉御!また触手が・・・それに魔物も!」とセリフとは合わない良い笑顔で部屋に入って来た。
もう! いい加減にしてよ! 休む暇がないよ!
飛び起きたディルと一緒に甲板に出ると、昼間と変わらない嵐の中に、この前の気持ち悪い触手と、空を飛ぶ魔物が追加されていた。この暴風の中、風に飛ばされるではなく、上手く風を利用して飛んでいる。
うわぁ・・・絶体絶命だよ。
ディルは飛ばされないように足に囚人が付けてるような鉄球の付いた足枷を付けている。飛ばされないためには仕方ないんだけど、見ていてあまり気分がいいものじゃない。
「姉御!来たっすか!」
「姉御!待ってたぜ!」
船員達が船に絡みつく触手を切り、空の魔物を弓矢で射っている。風が強くてなかなか当たってないみたいだ。
うん、わたしの出番だね。
「とりあえず、飛んでる魔物はわたしがなんとかするから、みんなは触手をお願い!」
「おう!」
「助かるっす!」
わたしは船の一番高い場所であるマストの先っぽに捕まって、周囲を飛んでいる魔物達に小さめの雷を落としていく。船の所々が焦げちゃったけど、許されるよね?
ドコーーン! ドコーーン! ドコーーン! ・・・
「・・・ふぅ。上の方の魔物は大体片付いたかな?」
次は触手だね。
わたしは海に飛び込み、さっさと触手を焼き切って戻ってくる。素早く飛べば、風に飛ばされそうになることは無いっぽい。
「ソニア大活躍だな!」
「さすが姉御っす」
「「姉御!うおおおおおおおおお!」」
ディルが誇らしそうにわたしを見て、ウィックが本心かどうか怪しい誉め言葉をくれる。そして周りは鬱陶しいくらいの雄叫びをあげた。
「・・・君達は元気だね。わたしはもう休みたいよ」
下手したら最初に触手と出会ってから二日くらい経ってるんじゃないだろうか。それくらい疲れたし、眠い。
「お疲れ様。じゃあ、さっさと部屋に戻って休もうぜ。また次がいつ来るかも分からないからな!」
ディルの手に優しく包まれて、わたしは部屋に戻る。移動中にディルの手の中で寝ちゃったみたいで、起きたら布団の上だった。ディルがベッドとはかけ離れた扉付近で大の字で寝ている。
相変わらず寝相が悪すぎる。そのうち、わたし潰されちゃうんじゃない?
わたしは部屋の隅に置いてあるディルが外に出る時に付けていた鉄球付きの足枷を見る。そして、わたしは体を電気にしてその中に入った。最近気づいたことなんだけど、一度体を電気にしてどこかに入ると、出て来た時には体の汚れが綺麗に無くなってるのだ。不思議。
鉄球から出ると、わたしは裸だった。慌てて落ちている服を着る。
あれ? なんで? 前はこんなこと無かったよね? 同じジェシーが作った服だったし、何が違うんだろう・・・。海水でかぴかぴになった髪は綺麗になったから一先ずは良かったけど、服が脱げた理由が分からない。
「ん~~! おはようソニア。どうしたんだ? 難しい顔して」
「いやそれが・・・」
わたしは起き上がって伸びをしているディルに、鉄球に入って出てきたら服が置き去りにされていたこと説明する。
「ああ、それか」
ディルが訳知り顔で手をポンッと叩く。
「何? ディルは何でか分かるの?」
「前にヨームがそれっぽいことを呟いてたんだ。たぶんその服を着ている期間の長さだと思うぞ」
「長さ?」
確かにこの服は着替えてからそんなに時間経ってないけど・・・。
「よく分かんないけど、妖精がずっと身に付けていることで、何かしらの影響があるんじゃないかって・・・。要は長く着ればいいってことじゃないか?」
「そっか、じゃあ暫くはどこにも入らないようにしよっと」
「あ、うん。そうしてくれ」
ディルと一緒に部屋を出ると、変わらず嵐の真っ只中だった。
「なんか人が少なくないか?」
ディルが甲板を見渡しながら言う。最低限の人だけ残して、まったく人が見当たらない。
「皆も休んでるのかな?」
「かもな」
甲板から食堂に移動すると、見当たらなかった船員達がだらしなく床で寝ていた。ディルが入り口近くで寝ているマイクを叩き起こす。
バシン!
「へあ!? ・・・あ、ああ、姉御達か。どうしたんだ?」
「それはこっちのセリフだ! この惨状はどうしたんだ?」
「・・・」
マイクは周囲のいびきをかきながら寝ている船員達を見て「がはは」と笑う。
「いや~、まだ大嵐とはいえ、やっと魔物達から解放されたからな! 昨日は大騒ぎだったぜ! 酒が無いのがちと物足りなかったがな」
まさか、この状況でどんちゃん騒ぎしてたの!? 危機感無さすぎ!
「ハァ・・・まぁ、いいや。俺も何か食べたいんだけど・・・」
「無いぜ?」
「はい?」
マイクがいい笑顔で「何も無いぜ」と言う。
「食糧は昨日で全部食べつくしちまったからな! がっはっは!」
だから笑い事じゃないって!! 馬鹿なの!?
「・・・はぁ!? 嘘だろ! 結構たくさんあったよな!?」
ディルがお腹を擦って膝から崩れ落ちた。
ディル、かわいそう・・・。
わたしはディルの頭の上に乗って優しく撫でてあげた。
それからは、サバイバルの日々だった。大嵐の中、全員で釣りをし、それをその日のうちに食べ、定期的に襲ってくる触手と魔物達を退ける。お魚が釣れない日は食事抜きか、襲ってきた魔物を焼いて食べる。海賊達とディルはさすがに触手を食べはしなかったけど、かなりえぐい見た目の魔物を食べていた。
よくあんな得体の知れない物を食べられるよね。見てるだけで吐きそうになるよ。
わたしは妖精だから何も食べなくても大丈夫だ。だから無理して食べたくない物を食べる必要は無い。
「姉御! 東から魔物の群れが来てますぜ!!」
「姉御! 船底に穴が空いて海水が入ってきやした!」
「姉御! ディルの兄貴が変な魚食って腹壊しました!」
船首の先で島が見えないか見張っていたわたしは、収まる気配のない面倒ごとを片付ける。
「魔物の群れはわたしとウィック、それからジェイクで何とかするから、船底の穴はマイクに言って緑の魔石でどうにか出来ないか聞いてきて! ディルには部屋で大人しくしているように言って!」
「了解!」
わたしは襲ってくる魔物達を雷で倒し、海に潜って触手を切る。もう何度もやったことだ。完全に作業と化している。
「・・・あれ? 雨が止んでる?」
甲板でマイクと一緒に船の被害状況を確認していたわたしは、いつの間にか空が晴れていたことに気が付いた。・・・というよりは、大嵐の海域から抜けていた。
「嵐を抜けたぞ!」
マイクが叫んだ。同時に船員達から「いぇえええええい!!」という気が狂ったような雄叫びが巻き起こる。
付き合ってらんないね。・・・ディルは大丈夫かな?
わたしはディルが腹痛で寝込んでいる自分達の部屋に戻る。
「ディル? 無事?」
「無事じゃないけど大丈夫だ。心配要らないぞ。・・・ただお腹がめっちゃ痛いだけだ」
明らかに無理してると分かる引き攣った笑顔で言った。
うん、大丈夫じゃなさそうだね。
「強がりはいいから、ちゃんと安静にして早く治そうね」
わたしはディルのお腹付近に座って、ディルのお腹を優しくなでなでする。
そういえば、わたしが人間だった頃、お腹が痛くなった時はよくこうしてママ・・・じゃなくてお母さんにお腹を撫でて貰っていたっけ。
「よしよし、痛くない痛くない」
「・・・俺はそんな子供じゃないぞ」
うっすらと顔を赤くしながらわたしを見る。そうして徐々に瞼が降りていき、すぅすぅと寝息がたった。わたしはディルが寝ているのを確認して、すぐにベッドから離れる。
ディルの寝相の悪さに巻き込まれたら大変だからね。
部屋から出ると、海賊達が晴れ渡る空を見て馬鹿みたいに大騒ぎしていた。
「一時はどうなることかと思ったが、なんとかなったな! がっはっは!」
「姉御のお陰っすね! 姉御が居なかったら今頃俺達は海の藻屑になってたっすよ。感謝っす!」
ほんとだよ! もっとわたしに感謝するべきだよ! 大変だったんだから!
「もっと褒めて! 労って!」
皆が姉御! 姉御! とわたしを称える。わたしは達成感に満ちた気持ちで、青く澄んだ空を見上げて微笑む。
うん、良い天気だ!
その日の夕飯は豪華だった。嵐を抜けたからか分からないけど、お魚がたくさん取れたからだ。鮭のような美味しそうなお魚があったので、わたしも久しぶりに食事をする。
「どう?ディル。食べられそう?」
「もう大丈夫だって! 心配し過ぎだ!」
ディルの食事をウィックに部屋まで運んで貰い、わたしの身の丈近くあるフォークを持ってフラフラしながらも頑張ってディルの口元に運ぶ。ディルは顔を赤くして怒りながらも、嬉しそうにパクっと食べてくれた。
「そういえば、嵐を抜けたんだよな。今ってどこにいるんだ?」
そう言いながらディルは壁に掛けてある海図を見る。
正直、わたしにも分からないんだよね。嵐の中では、方向なんて確認してる暇なかったし、今現在どこに向かって船が進んでるのか不明だ。
「ずっと南に進んでたんだとしたら、かなり近くまでは来てると思うんだけど・・・」
バァン!
「ひゃあ!」
マイクが勢い良く扉を開けて入って来た。わたしはびっくりして持っていたフォークを手放してしまった。ディルがそのフォークをキャッチしながらマイクを睨む。
「せめて、ノックくらいしてくれよ!」
「何言ってんだ。ノックならしただろ? 同時に扉も開いちまったがな!」
それはノックとは言わないよ。・・・もう、呆れるしかないよね。
「そんなことはどうでもいい。外に出てくれ! 人が乗った小船が接近してきた!」
人!? また面倒事じゃないよね!?
ディルが急いで残っている食事を掻き込み、マイクに急かされるまま甲板に出る。綺麗な星空が広がっていて、周囲は暗く、小船なんて見えるような明るさじゃない。
「どこにいるの?」
「あそこっす!」
甲板で見張りをしていたらしいウィックがわたし達の元に駆け付けて、船がある方角を指差す。
そこには、見えにくいけど、確かに人が乗った小船があった。
読んでくださりありがとうございます。豪快なマイク、一歩引いたところで俯瞰しているウィック、器用貧乏で面倒見のいいジェイクが、ツルツル海賊団の主戦力です。




