78.大船に乗ったつもりで
「よーっし! てめぇら! 今日は御馳走だぞ!!」
この海賊船の船長マイクは、周囲を囲んでいる巨大なクラーケン達を見て声高々にそう言った。船員達が「うほおおおおおお!!」と発情期のゴリラみたいな奇声を発した。少し冷めた目で見てしまうのはわたしだけだろうか。
「よし! ソニア! 今日は旨いもんが食えそうだな!」
ディルが「楽しみだな!」とわたしに微笑みかける。
わぁ・・・ディルが海賊達に毒されてるよぉ。戻ってきて~・・・。
「姉御! 指示を!!」
マイクと船員達が期待と興奮が入り混じったような視線をわたしに向けてくる。隣にいるディルもワクワクを隠し切れないような表情でクラーケンを見ている。
あんなに自信たっぷりに雄叫びをあげておきながらわたし頼みかい! しっかりしてよ!
「ハァ」と溜息を吐いて、わたしは指示を出す。
「・・・もう、仕方ないなぁ。マイク、あのイカ達を少し船から離せる?」
「おう! 任せくれ! ジェイク!砲台を使うぞ! 」
「了解!」
マイクからジェイクと呼ばれた煉瓦色の髪の上半身裸の男が数人の船員を連れて、階段横の梯子を下って甲板の下に向かった。
なんで上半身裸なんだろう・・・服、着ればいいのに。
他の上半身裸の船員達が矢を放って牽制している間に、船の側面に取り付けられた大砲からものすごい勢いで炎が噴き出した。クラーケンが「グオォ」と悲鳴のような鳴き声を出して少し船から距離を取る。
「おわぁ! あれ、ただの大砲じゃなかったんだ!?」
「すげえ! カッコイイ!」
わたしとディルが驚いていると、隣のウィックが得意げな顔で説明してくれる。
「あれはワイバーンの魔石を使った大砲っす。あれのお陰で今、俺達はこうして生きてられるんっすよ。・・・それで、姉御、クラーケンは船から離れたっすけど、どうするんすか?」
おっとっと、驚いてる場合じゃないや。
「ウィック、わたしがあのクラーケン達を倒すから、大船に乗ったつもりで見ててよ!」
「もう乗ってるっす」
わたしは船を囲んでいるクラーケン達を見渡せるように、船の中央の高い位置に飛び上がる。甲板に降りたディルは、わたしが何をしようとしているか察したようで、ウィックや船員達に「ソニアは凄いんだぞ」とまるで自分のことのように得意げな顔で話している。
皆がわたしを期待に満ちた眼差しで見上げている。・・・わたしは少し格好付けることにした。
「嘶け天空! 轟け雷鳴! 喰らえ! わたしの雷ちゃん!!」
バッと片手を空に向かって突き上げた。わたしはギラリとクラーケン達を睨む。その瞬間、空高くでピカッと閃光が走り、クラーケン達目掛けて雷が落ちる。
ドコーーン! ドコーーン!
船を囲んでいたクラーケン達は、あっという間に焦げた臭いを発しながらぷかーっと海面に浮んで動かなくなった。
「どや?」
わたしがニヤリとしながら海賊達を見回すと、目をまん丸にして、口をあんぐりとしながらわたしとクラーケンの死体を交互に見ていた。一瞬の沈黙のあと、船員の誰かが「これが妖精・・・」と感心したような、畏怖を抱いたような複雑な声を発した。直後、他の船員達から「うおおおお!」「すげええええ!」「姉御おおおおお!」と歓声が巻き起こる。
うんうん、これだよ。こういうのが欲しかったの!・・・あれ? もしかしてわたしも海賊達に毒されてる?
「さっきの言葉ってなんだ? 前は言って無かったよな?」
わたしがディルの頭の上にぽすっと座ると、ディルがそんなことを聞いてきた。
・・・やめて! それは聞いちゃダメなやつだよ! 恥ずかしくなるから!
「・・・めっちゃカッコイイな! 毎回言ってくれよ!」
「ぜったいに嫌!」
一通り騒ぎ終わった船員達はクラーケンの死体を回収しようと船に備え付けられている網を広げている。ウィックが海面に浮いているクラーケンの死体に乗って魔石を採取しているのを船の上から見ていると、海中に黒い影が見えた。
「ねぇ、ディル。海の中に何かいない?」
「ん? 本当だ。何かいるな」
わたしとディルが「んー?」と首を傾げていると、横でわたし達の会話を聞いていたマイクが黒い影を凝視して「船に戻れ!ウィック!」と叫んだ。
直後、クラーケンの死体が黒い影に食べられた。丸吞みだ。
「あ、危なかったす・・・」
ギリギリでぴょんと船に飛び乗ったウィックが、クラーケンの死体を丸吞みした魔物を見て冷や汗を垂らしている。シロナガスクジラのような大きな口に、ワニのような鋭い目、そしてカバのような短い手足。
大きいなぁ、もうわたしからしたら壁だよ。
そんなことを悠長に考えていると、マイクが「全員耳を塞げ!!」と叫ぶ。船員達は慌てて自分の耳を塞ぐ。ディルも何が何やら分からない顔で耳を両手で塞いだ。
・・・わ、わたしも塞がなきゃ!!
慌てて耳を塞ごうとしたその瞬間、巨大なクジラの様な魔物から「キィィィィィィ!!」という凄く不快な音がなった。
うぅ、なにこれぇ。黒板を爪で引っ搔いたみたいな感じがするよぉ。
わたしが眉をひそめながら手をカサカサとして不快感を誤魔化していると、わたし同様に耳を塞ぎ損ねた船員達が泡を吹いて倒れていく。その様子を見たディルが耳を塞いでいないわたしを見て、目を丸くしている。
よく分からないけど、わたしには効かないみたいだね?
「動ける奴は倒れてるのを船内に連れていけ!」
鳴き声が止み、皆が耳を開放し始めると、マイクがすかさず指示を出す。立派に船長してるなぁ、と見ていると、ディルにぎゅむっと両手で掴まれた。
「大丈夫か!?」
「大丈夫だよ!」
わたしはディルの手のひらの上でグッと親指を立てる。
「よかった・・・。あの鳴き声、妖精には効かないのかもな」
「みたいだね」
・・・さてと、あの魔物にもわたしの雷は効くのかな?
ディルに「ちょっと待っててね」と言って、今にもその大きな口でパクっと船ごと食べてしまいそうな巨大な魔物の真正面に向かおうとすると、マイクに手の甲で止められた。
「姉御ばかりにいい格好はさせられねぇぜ。ここは腐っても船長の俺に任せてくれねぇか?」
マイクが背中の大剣を抜いて、自信に満ちた顔でわたしを見る。
「いいけど・・・、めっちゃおっきいよ? 倒せるの?」
「ふん! あれくらいどうってことねぇよ! 大船に乗ったつもりで見ててくれや!」
「・・・もう乗ってるよ」
クジラの魔物が口をガパッと大きく開けた。
やっぱり船ごと食べちゃうつもりだ! 何をするつもりか知らないけど早くして! マイク!
マイクが魔物を鋭く睨みながら、大剣の切先を魔物に向ける。
「うおおおおお!!轟け! 喰らえ! 俺の炎!!」
あ! わたしのセリフパクった!
マイクが叫ぶと、大剣からゴオオオ!という轟音と共に、物凄い勢いで高温の炎のビームが飛び出した。そのビームは魔物の口内に直撃して、貫通する。空まで届くんじゃないかと思うほど高くまで伸びたビームを見て、ディルが叫ぶ。
「うおお! カッコイイ!」
むぅ・・・、わたしの方が格好良かったもん。
炎のビームが収まると、クジラの魔物は白目を向いてバシャーン!と海上に倒れた。その衝撃で船が大きく揺れる。
「凄いじゃんマイク!」
「・・・おう、どんなもんじゃい」
そう言ってマイクはバタンと仰向けに倒れた。
「え!? どうしたの!?」
「これはファイアドラゴンっつー魔物の魔石なんだけど、使ったら動けなくなるんだよな!がっはっは!誰か俺を運んでくれ!」
マイクが船員達に引きずられるように船内に運ばれていく。
かっこ悪い・・・。
「これなんて言う魔物なんすかね?」
ウィックが柵から半身乗り出しながら海に浮かぶクジラの魔物を見る。すると、突然ウィックが「危なっ!」と後ろに下がった。
「どうしたウィック? 足でも滑ったか?」
「いや、ディル。見てくださいっす。これ」
ウィックがさっきまで自分がいたところを指差す。
「触手?」
「うねうねしてるね」
イソギンチャクの様なピンク色の触手が海から生えている。直後、視界の奥に映っていたクジラの魔物がドボンっと海に沈んだ。間髪入れず、目の前でうねうねしていた触手が船の策をガシッと掴む。
「ちょ・・・、これヤバいんじゃないのか!?」
クジラの魔物が沈んだあとの波紋を眺めていたウィックが、ディルの言葉にハッとしたように触手に視線を移す。
「切るっす!!」
ウィックが腰に付けていた短刀で素早く触手を切る。触手は痛がるそぶりも見せずに静かに海に戻っていった。・・・と思いきや、入れ替わるように何十本もの触手が海から飛び出して、わたし達が乗る船を襲う。
「ディル! これを使うっす!」
ウィックが腰に付けていたもう一本の短刀をディルに投げた。ディルとウィックで次々と触手を切っていく。取りこぼした分を他の船員達が切る。軽くパニックになったわたしはあたふたとマストの周りをグルグルと回ることしか出来ない。
あわわわ~!! 大変だー!
「ソニア!危ないから船内か俺のポケットの中にでも入っててくれ!」
「う、うん!」
とは言ったものの、目で追うのが精一杯の速さで動くディルのポケットの中に入るなんて無理だ。諦めてマイクが連れて行かれた船内に入ろうと思ったら、周囲の触手がザパーンっと一気に増えた。何倍にも。
「流石にきついな・・・」
「まずいっすね。ジェイクさん! 大砲を使ってくださいっす!」
「無理だ! 今甲板の人数が減れば一気にやられるぞ! 絶体絶命だな!」
ジェイクはそう言いながら「がっはっは!」と笑う。
笑ってる場合じゃないでしょう!!
「ソニア! 雷頼めるか!?」
そうだ、わたしもぽけーっとしてる場合じゃないよ!
「うん!・・・って言いたいけどこの距離じゃあ、船ごとやっちゃうよ!」
「・・・だよな。せめて本体が出て来てくれればいいんだけど」
本体・・・本体!! 触手が無理なら本体に直接電撃を食らわせてやろうじゃないの!
「ディル! わたしちょっと行ってくるね!!」
「は!? どこに・・・って、待てソニア!」
「姉御!?」
わたしはポチャンっと綺麗なフォームで海に飛び込んだ。妖精のわたしは呼吸の必要はないし、海の中なら電気は強力な攻撃になると思う。
うん! いけるよ! これ、わたし渾身のファインプレーじゃない?
読んでくださりありがとうございます。船にはトイレもお風呂も付いています。意外と便利な海賊船。




