70.優先するべきもの
「まずは、武の大会の方からお渡ししますわね」
賞金を貰うために控室に移動してきたわたし達は、アザレアと王子様の前で整列している。わたしはマリちゃんの頭の上に乗せられている。水の妖精は満足そうに水の山に帰っていったのでマリちゃんの頭を独り占めだ。
ここを発つ前にもう一度水の山に行って挨拶しなきゃ。
現在控室にいるのは、運営側のアザレア、王子様。武の大会のデンガ、ディル。料理大会のマリちゃん、ヨーム、アンナ。それからわたしと、ジェシーに赤ん坊だ。今はアンナが赤ん坊を抱いている。ゲダイは表で観客の誘導などを行っているみたいだ。
「デンガ、ディル、改めておめでとうございます」
デンガに大金貨1枚、ディルに金貨5枚が渡された。2人ともお金を受け取ってニヤニヤしている。
デンガは賞金もお嫁さんも貰って幸せ者だね。
「続いて、マリ、ヨーム、アンナ、改めておめでとうございます」
マリちゃんとヨームに大金貨1枚、アンナに金貨5枚が渡される。マリちゃんの分は保護者としてジェシーがしっかりと受け取った。
デンガ家、計大金貨2枚だね。
「あの・・・すみません」
賞金を両手に大事そうに持ったアンナが、恐縮しきった態度でマリちゃんに話しかけた。マリちゃんがアンナを見上げて「なにー?」と首を傾げる。頭の上に乗ってるわたしも傾く。
「あ、いえ・・・ソニア様・・・です」
あ、マリちゃんじゃなくて、上に座っているわたしに話しかけてたんだね。
「どうしたの?」
「これ、返します! すいませんでした!」
アンナがマリちゃんに・・・じゃなくてわたしに賞金の金貨5枚を差し出してきた。
「返すって・・・別にわたしお金貸してないよ」
「その・・・ソニア様には分からなかったのかもしれないですが、以前に猫の餌と言ってお金を・・・その、騙し取るようなことをしてしまったので」
あ~、あの時のね、わたしは分かってたよ。それに、こんな大金を取られた記憶はない。つまり、受け取らない。
「あれは猫の餌代として渡したお金だから、返さなくてもいいんだよ」
「あ、いえ、実は餌代にあんな金額は・・・」
アンナが困った顔でディルを見る。
「俺は気にしてないし、この通り賞金も貰った。これ以上食い下がってもソニアの意見は覆らないと思うぞ」
アンナは明らかに脱力して、その場に赤ん坊を抱いたままへにょりと崩れ落ちた。
「私・・・この子が産まれたあと、島の不景気が原因でですぐに夫に島外まで逃げられてしまい・・・。それから、この子の食費の為に家を売り、倉庫で暮らしてたんです。でも、当然そんな生活続かなくて、お金が底をつき、もういよいよ私もこの子も駄目かもしれない、そんな時に大金を持った子供と妖精様を見つけたんです」
確かにあの時は赤ん坊もやせ細っていたし、アンナもやつれていた。赤ん坊がいるから働きに行くことも出来なかったんだろうね。
「ソニア様からお金を受け取って、私もこの子も無事命をつなぐことが出来ました。でも、自分の母親が心の純粋な妖精様からお金を騙し取ったことを大きくなったこの子が知ったら・・・、お金を騙し取ったことで持ち主の男の子が行き倒れていたら・・・そう思うと、私・・・この子の母親として・・・いえ、人としてやってはいけないことをしたんだなと・・・亡くなった祖母にも申し訳なくて・・・」
わたしとディルは気にしてなかったけど、その赤ん坊がそれを知ったら悲しむかもしれない。わたしがアンナの子供だったら、少なからずショックは受けると思う。
アンナは目から大粒の涙を零しながら言葉を続ける。
「ソニア様がお魚の料理大会を開かれると聞いて、私は決断しました。この大会で優勝して賞金をソニア様に渡そうと。そうすれば、少しは私の中にある罪悪感が消えるのではないかと。・・・それに、祖母がよく作っていたあのタレは、元々はずっと昔のご先祖様がお魚に使っていたと子供の頃に聞かせられながら教えられた物でした。もしそれが本当だったなら優勝できるのでは、と思っていたんです」
そんなタレに味が濃すぎるとか言ってた王子様が嫌な奴みたいだね。
ジロリと王子様に視線をやると、気まずそうな顔をしながら目を逸らされた。
「優勝は逃してしまいましたが、こうして賞金を貰うことは出来ました。ですが、ソニア様は返さなくていいと言いました。じゃあ、このお金はどうすればいいんでしょう? どうすればソニア様に恩を返せるのでしょう・・・」
いや、そんな顔で見つめられても・・・。というか、あのお金はわたしのじゃなくてディルのなんだけど・・・。
「お金は普通に自分達のために使ったらいいんじゃない?」
「ですが・・・」
アンナは尚もわたしに賞金を渡そうと食い下がってくる。
どうしたものか・・・。お金を受け取るのは簡単だけど、そのせいでまたこの親子が金欠になるのは嫌だ。・・・じゃあ、金欠にならないようにすればいいのでは?
「分かった。じゃあ、あの時渡した分だけの金額を貰うよ」
「いえ、全て貰って・・・」
「ただし! アンナにはカカの宿で住込みで働いて貰うからね!」
「え・・・」
アンナは抱いている赤ん坊を見ながら顔を真っ青にする。わたし達の話を静かに聞いていたデンガが、そんなアンナの様子を見て口を開いた。
「アンタが何の心配してるかは想像がつく。赤ん坊を預けられる知人がいないんだろ? ブルーメに嫁いできて、早々に夫に逃げられたんじゃあ、仕方ないことだ」
アンナは青ざめた顔のままコクコクと頷く。
「安心しろ、お前の大事な子供はカカが・・・俺の御袋が面倒を見てくれるさ」
「でも、それだと余計宿が大変になるんじゃ・・・」
「うーん・・・、大丈夫じゃないか? 武の大会の手伝いに駆り出されてた親父が戻ってくるし、アンタが働くとかは関係なしにプラティの彼氏にも宿を手伝わせるつもりだ。御袋が1人抜けるくらいの余裕はある。それに、うちの客も御袋よりはアンタみたいな可愛い若い女が接客してくれた方がいいだろ」
デンガがおどけた様に言った。隣に立っているジェシーがデンガの脇腹に肘を入れる。
「・・・っていうことだけど、どうする? アンナ」
デンガが返事を促すようにアンナを見下ろす。わたしはそこまで計算済みでした、みたいな顔で座っている。
「私は・・・でも・・・申し訳ないですし・・・」
アンナは何かを言おうと口を開けたあと、すぐに口を閉じて俯いてしまう。
「なぁ、アンナさん」
ディルが力のこもった目でアンナを見る。
「ディル・・・くん? ・・・なにかな?」
突然ディルに声を掛けられたアンナは驚いたようにバッと顔を上げて、ディルを見てぎこちない微笑みを浮かべる。
「アンナさんはその赤ちゃんに幸せになって欲しいか?」
「え、ええ。もちろん」
「だったら、その子が幸せになれるように、元気に成長出来るように、それを最優先に考えるべきなんじゃないか?」
ディルは真剣な目でアンナを見つめる。アンナは立ち上がって、真っ直ぐな目でわたしを見た。
「ソニア様、私、カカさんの宿で働きたいです」
「おっけー☆」
わたしはとびっきりのウィンクをアンナに贈る。今まで頑張ったね!のウィンクだ。アンナは安心したように息を吐いた。
「・・・話は終わりましたか?」
仏頂面の王子様がすすり泣いているアザレアの横でため息交じりに言った。
この王子様、人の心が無いのでは? 隣で泣いているアザレアとの温度差だよ。この二人、婚約して上手くやっていける?
王子様は「賞金を両替したいなら島主の屋敷までこい」とアンナに言って、さっさと退室していった。
「もう・・・、誤解しないでくださいね。ああ見えてもちゃんとアンナの事を考えているんです。料理大会の優勝者は2人いるのだから、二位は三位と同等の金額にするところを、王子様の一言で二位と同じ額になったのですから」
そっと目元をハンカチで拭いたアザレアは「また会えることを楽しみにしております」と言って王子様の後を追うように退室していった。
「主催者側が参加者を置いて行ってしまいましたね。・・・それで、皆さんはこれからどうしますか? 僕は真っ直ぐ宿に帰りますが・・・」
ヨームが賞金の入った革袋を指で振り回しながら言う。それに対して、アンナが一番に口を開いた。
「私は王子様が言っていたように、島主様の御屋敷で賞金を両替してからカカさんの宿にご挨拶に行こうと思ってます」
「だったら、俺とジェシーも一緒に行くぜ。大金を持った女を一人で行かせるわけには行かねぇしな。マリはどうする?」
マリちゃんはキョロキョロと何かを探すように見渡したあと、ハッとしたように頭の上にいるわたしを優しく掴んで手のひらに乗っけた。乗せられたわたしは「どしたの?」とマリちゃんを見上げる。
「ソニアちゃんはどうするの?」
「え、わたし? わたしは水の山に行こうかなって思ってるよ。水の妖精達に一応挨拶しておきたいからね」
マリちゃんにはまだ言ってないけど、わたしとディルは明日ブルーメを発つ予定だ。デンガが言っていた鍛冶が盛んな国に行く船が明日出航するそうだ。なんでも、本当なら部外者のわたし達が乗ることはないんだけど、ディルが二回戦で戦った背の小さい男の人・・・ジイダムが船長さんに口を利いてくれるんだとか。
「私もソニアちゃんと一緒に行きたい」
「行きたいって言われても・・・もう日が傾き始めてるし、普通に登って行ったら帰りが遅くなっちゃうよ。わたしだけなら飛んでいくからあっという間だけど・・・」
「ええ~」
マリちゃんがしょんぼりしてしまった。
いけない! マリちゃんの自称お姉ちゃんとして、ここは何とかしなければ!
「で、でもディルがマリちゃんを背負って全速力で登れば大丈夫だよ! ・・・たぶん」
「え・・・えぇ!? 俺か!? 流石にそれは・・・」
・・・ちょっと! 空気読んでよディル! マリちゃんの顔見てみぃ!? わたし達に気を使って無理矢理平気そうな顔してるでしょ! それでもお兄ちゃんか!
わたしはディルにテレパシーで訴える。ディルはマリちゃんの顔を見て「うっ」と言葉を詰まらせた。
「お、俺なら余裕だな! ちょうどひとっ走りしたかった気分だったんだ。よしっ! もう今すぐ行こう! ほら! 乗れよ、マリ」
ディルがマリちゃんに背中を向けて屈んだ。
「・・・本当に大丈夫なの?」
「ああ! 乗り心地は悪いかもしれないけど、そこは我慢してくれよな」
「うん! ありがとう!」
笑顔のマリちゃんを背負ったディルと、マリちゃんの些細なわがままを叶えられてホクホク笑顔のわたしは会場から出て水の山に向かう。
なんとか夕食の時間までには宿に戻らなきゃ!
読んでくださりありがとうございます。もう少しで二章が終わります。意外と大人なマリちゃんと、意外と子供なソニアと、大人と子供の間のディルでした。




