69.ほっこりと終わる料理大会
「え? わたしがするの? まぁいいけど・・・」
試食の宣言をして欲しいと頼まれた。わたしは開催の挨拶をした時に尻餅をつかせてしまった女性に魔石を発動させてもらう。
「「・・・コホン! 全部の料理が揃ったからこれから試食していくよー!おー!」」
片手を突き上げて叫んだ。観客席からためらいがちな「おー」が聞こえる。わたしは嫌に冷静になった頭で周囲を見渡したあと、元居たテーブルの上に座った。水の妖精がスンと澄ました顔をしてペチャっと座っているわたしに話しかける。
「今の掛け声は必要ありましたか?」
「ありませんよ?」
思わず真顔で答えてしまった。
・・・だってアザレアにやって欲しいって言われたから。まあ、観客席がそれなりに盛り上がったみたいだからいいけど。それなりにね。
アザレア達の前に最初の料理が係の人によって置かれる。わたしと水の妖精の前には小さな受け皿だけが置かれている。隣に座っているアザレアがわたしと水の妖精に料理を丁寧に切り分けて乗せてくれた。
お、串焼きみたいなのが出て来たぞ。まぁ、わたしと水の妖精のやつは取り分けられたやつだから串は付いてないけど。
調理台の横で整列していた参加者の中から、この料理を作った女性が台に上がってわたし達の前に立った。
「あ、猫さんの餌の人だ!」
わたしが思わず叫んでしまった言葉に女性はビクッと肩を震わせ、わたしを申し訳なさそうに見たあと、震える声で料理の説明を始めた。
「「え、えっと、この料理は砂浜でソニア様に分けて頂いた細長いお魚を切って串を刺したあと、私が子供の頃に祖母から教えてもらったタレを付けながら直火で焼いたものです」」
おお! 説明を聞いたことで、目の前の料理が一層美味しそうに見える! 早く食べたい!
「それでは、右からデンガ、ディル、クラウス様、わたくし、水の大妖精様、ソニア様の順で食べて採点して・・・」
「なんだこれ! うまいぞ! 10点満点だ!」
アザレアが言い終わる前にディルが勝手に食べて勝手に点数をつけた。それを見たデンガも我慢できないと言わんばかりの勢いで食べ始める。
「おお! 本当だ! 俺も10点!」
先にやっちゃった人がいると冷静になれるね。わたしは順番を待って食べよう。
ディルとデンガを見て肩を竦めていた王子様が丁寧な仕草で串から外してナイフとフォークで食べる。
それ、前の世界だと見る人によっては激怒するやつだよ・・・。串から外しちゃったら串焼きじゃないもん。わたしのは最初から串刺さってないけど。
「非常に美味しいが、味が濃すぎるのと、串を外す手間が気になるな。15点」
じゃあ外すな!!
・・・というわたしの視線には気付かず、次はアザレアが串から外して食べる。
「よく体を動かす平民にはちょうどいいかもしれませんが・・・、わたくし達には濃すぎる味かもしれませんね。17点です」
ちょっと厳しめな貴族2人に続いて、水の妖精とわたしも小さく切り分けられたお魚をはむっと食べる。水の妖精は綺麗に食べてるけど、わたしはどうしても口の周りが汚れてしまう。水の妖精が水を生み出してわたしの口を綺麗に洗い流してくれた。
妖精としての経験の差だね。わたしも綺麗に食べれるようになりたい。
「美味しいです。17点」
「満点だよ!20点!」
わたしの隣に控えていた魔石係の女性が、わたしの前で声を拡張する魔石を発動させた。
あっ、わたしが合計点数を言うんだ。
「「えとえと・・・、100点満点中・・・89点だね! とっても美味しかったよ! お子さんが大きくなったら食べさせてあげてね!」」
女性は目を丸くしてわたしを見て驚いたあと、深く頭を下げて、恐る恐るといった感じで台から降りて元の位置に戻っていった。
それからディルとデンガの位置を交換して次々と料理を食べていった。観客席では木札に作り方をメモしている人達が少なくない数いる。
これを機に魚料理が広まるといいな!
デンガとディルは基本何でも美味しいと言いながら食べて高得点をつけていき、アザレアと王子様は普段から美味しい物を食べて舌が肥えてるのか、厳しめの言葉をかけながら辛口の採点だ。水の妖精は美味しいと言いながら必ずアザレアと同じ点数を適当につけるし、わたしは全ての料理に満点をつけているので、実質アザレアと王子様の2人で採点しているような感じだ。
「「下処理をした切り身をアタシが厳選した調味料と一緒に長時間煮込みました」」
カカの作った味噌煮みたいな料理がわたし達の前に置かれている。
美味しそう! 味噌の懐かしい匂い!
「うまい! 10点!」
「さすがだな、10点だ」
「美味しいが、何か物足りなさを感じる。12点」
「確かに見た目に反して素朴な味ですわね。ですが心が落ち着く味です。18点」
「好きな味です。18点」
「優しい味だと思う! 20点!」
「「・・・計88点だね! 工夫すればもっと美味しくなると思うよ! 食堂でも出すといいよ!」」
ニッコリと微笑んだカカが元の位置に戻って行く。入れ替わるようにプラティが台に上がって来て、どこかで見たことがあるような、無いようなお魚料理がわたし達の前に置かれる。
「「小さく切ったお魚に、塩と胡椒をかけて、チーズを混ぜた卵と小麦粉をつけてたあと、バターと一緒に炒めました!」」
おお、知らない料理だけど普通に美味しそう!
「うまい! 10点!」
「癖になりそうな味だな、10点」
「食べやすく、癖もない、好みの味だ。17点」
「普通に美味しいですが、もう一工夫欲しいと思ってしまいます。13点」
「食べやすい味です。13点」
「バターの良い風味! 20点!」
「「・・・計83点!美味しかったけど、上に何かかければもっと美味しくなるかもね!」
プラティが「頑張るよ」と拳を握りながら元の位置に戻っていった。それから何人かの採点が終わり、残すは2人だけになった。マリちゃんとヨームだ。この時点で最初の串焼きの女性の入賞が決まっている。
「「えーっと、お魚と調味料を細かく切って・・・それから、おばさんが使ってた調味料を混ぜてから・・・美味しい葉っぱで包んで焼きました!」」
わたしと水の妖精とお揃いの髪型をしたマリちゃんが、所々考え込みながら一所懸命に説明した。会場がほっこりと優しい雰囲気に包まれる。
・・・わたしが教えたのは焼かないでそのまま生で食べる「なめろう」だったんだけど、マリちゃん自身の工夫によって、「サンガ焼き」みたいになってる。色々と頑張って考えたんだね。わたしも人間だった頃、なめろうに飽きた時はたまにさんが焼きにして食べていた。わたしの好物の一つだ。
「おお! すごいな! 10点だ!」
「酒が欲しいな! 10点だ」
「食べやすく、気品もある素晴らしい料理だ。18点」
「大葉でしょうか? この葉っぱがいいアクセントになっていますわね。18点です」
「とても懐かしい味です。こうしてまた食べれらることに私は感動しています。20点」
「うまうまだよ! わたしの大好きな味! 20点!」
水の妖精が瞳を潤ませながら満点をつけたことに驚きつつ、わたしは声を拡張する魔石に向かって声を出す。
「「・・・96点! 今までで最高得点だね!凄く美味しかったよ!努力したんだね」」
マリちゃんは「うん!」と弾ける笑顔で頷いたあと、スキップで元の位置に戻っていった。
可愛らしいね。・・・それよりも、わたしは気になることがある。
「水の妖精はあの料理を食べたことあるの?」
「はい、だいぶ昔にありあすよ。作り方を忘れてしまって今まで食べられなかったんです。雷の妖精のお陰でまた食べられました。ありがとうございます」
水の妖精は今までで一番の優しい笑顔で言った。わたしも精一杯の笑顔でそれに答えた。アザレアが微笑ましそうにわたし達を見下ろしている。
うんうん、料理大会を開いて良かったよ!
マリちゃんが元の位置に戻ると、ヨームが自信たっぷりの顔で台に上がってきた。
なんだその顔は、理由は無いけど腹立つなぁ。
「「魚を三枚におろして小さく切りました。お手元のタレをつけてお召し上がりください」」
お皿に乗っているのはシンプルなお刺身だ。ぷりぷりの脂がのった大トロみたいだ。隣に醬油みたいな液体が注がれたお皿が置かれる。
悔しいけど普通においしそう!
アザレアが予め醬油をつけてからわたしと水の妖精のお皿に取り分けてくれる。そしてディルから順番に食べ始める。
「なんだこの食感! 口の中で溶けていくぞ! 10点」
「悔しいが確かに美味い。10点」
「美味だ。素材の味が良いこともあるが、その魚を捕って来た手腕も、素材の味を殺さずに捌いたその者の実力だろう。20点」
「クラウス様の言う通りですが、わたくしとしては少し脂が多いように感じます。18点」
「美味しいですが少し脂がきついですね。18点」
「醬油めっちゃ旨い。 20点」
「「えーっと・・・ヨームは96点だね。あれ? マリちゃんと同じだ。少しヨームの点数を下げたほうがいいかな?」
「どうしてそうなるんですか! マリさんと同点でいいでしょう!?」
わたしがコテっと首を傾げると、ヨームが長い前髪を激しく揺らしながら大きな声で抗議してきた。
「「仕方ないなぁ、じゃあ、マリちゃんとヨームが96点で同率一位だね。それで二位は・・・」」
そういえばわたし、あの女性の名前知らないや・・・
わたしがどうしようかと考え込んでいると、アザレアがこっそりと女性の名前を教えてくれる。
「「二位は串焼きのアンナ。マリちゃんとアンナの2人は台の上に上がってヨームの隣に並んでね!」」
とても嬉しそうなマリちゃんと、相変わらず申し訳なさそうな顔をしているアンナがヨームの隣に並んだ。
「「まずは二位のアンナ! あの串焼きはとても美味しかった! お店で出せるレベルだよ! おめでとう! 賞品はよく分からないけど良質の素材で作った凄い包丁だよ!」」
パチパチと観客席から拍手が聞こえる。アザレアがわたしの言葉に合わせて、立派な木箱に入った包丁をアンナに渡した。それを恐る恐るアンナが受け取ったのを確認して、ヨームを見る。
「「そして、同率一位のヨーム! どこで捕って来たか知らないけどあのお魚すごい美味しかった! それと、あとであのタレの作り方教えてね! おめでとう!賞品はおっきな水の魔石だよ!」」
ヨームがアザレアからわたしの身長の二倍以上ある水の魔石を受け取った。観客席から拍手が贈られる。
「「マリちゃん。マリちゃんがわたしの知らない間に色んな工夫をしてて驚いたよ。とっても頑張ったんだね。おめでとう。賞品は緑の魔石だよ。癒しの魔法が発動できる魔石なの。マリちゃんにぴったりだね」」
アザレアが屈んでマリちゃんに綺麗に磨かれた小さな緑の魔石を渡す。マリちゃんはそれを物珍しそうに受け取ったあと、はにかむように微笑んだ。観客席から大きな拍手が贈られる。
ちなみに、賞品に関しては、いくつか候補があった中から入賞した人に合わせて裏でゲダイが選んだ。
「「賞金は控え室でディルとデンガと一緒に渡すからね」」
わたしはアザレアを見る。アザレアはコクリと頷く。
「「これにて料理大会は終了しまーす!!この料理大会を通して皆もお魚を捕まえて、売って、食べて、ブルーメを盛り上げてねー!皆付き合ってくれてありがとー!!」」
わたしは両手を大きく振って料理大会の終わりを宣言した。
読んでくださりありがとうございます。自分の努力が報われて嬉しいマリちゃんと優勝するのが当然だと思っていたヨーム。そして入賞してなにやら思い悩むアンナ。




