68.轟音と共に始まる料理大会
「「あなたの勝利と力を受け取ります。私と結婚しましょう」」
ジェシーがデンガのメダルを受け取って、自分の首にかかっている火の魔石が付いたネックレスをデンガの首にそっとかけた。
男性が女性に贈り物をして、女性が身に付けているアクセサリーを預ける。この世界のプロポーズだね。確か、結婚式で返し合うんだよね。
観客席から2人を祝う歓声が会場を響き渡る。デンガとジェシーは観客席を見渡して、頬を赤らめながら手を振った。
「「突然のことでしたが、おめでとうございますお二人とも。賞金は料理大会が終わったあとに、料理大会の優勝者と一緒に渡しますので、それまでお待ちください。デンガ選手とディル選手は審査員役をお願いします」」
アザレアは「時間が押していますのでさっさと退場してください」と言ってわたし達を退場させた。ジェシーが恥ずかしそうにデンガの腕を掴みながら退場していくのを微笑ましい気持ちで見ながら、わたし達も続いて退場する。
中央に残ったアザレアが、このあと開かれる料理大会についてルールなどを観客達に説明を始めたのが後ろから聞こえる。
「改めて、結婚おめでとう。結婚式はどこでやるの?」
わたしは前を歩くデンガとジェシーの前に出て、後ろ向きに飛びながら祝福する。
「それなんだけど、私はあの村で式を挙げたいと思ってるの。ルテンちゃんやミーファさんも呼びたいし、他にもお世話になった人達を呼びたいから。ソニアちゃん達を呼べないのは凄く残念だけど、今のブルーメは物価も高いしね」
「そっか、残念だけど仕方がないね」
観客席に戻る途中で、わたしとディルとデンガと水の妖精は、廊下で待ち伏せていた王子様の側近によって貴族席の方へ連行される。マリちゃんは料理大会用のお魚を取りに行くためにジェシーと一緒に宿に向かっていった。パンクロックは王都に戻るらしい、早めに戻らないと奥さんに怒られるとか。賞金はすべて奥さんに渡してほしいとアザレアに交渉していた。
「皆には審査員役をしてもらう、日が傾き始めているし、観客にも多少の疲労の色が見えるため参加者全員が制限時間内に同時に料理をしてもらい、それを最後に我々審査員が試食し、点数を付けることになる。ディルとデンガが10点ずつ、他4名で20点ずつで、計100点満点だ」
貴族席で疲労感たっぷりの顔で座っている王子様が「他に質問はあるか?」とわたし達を見る。わたしは疑問に思ったことを聞く。
「制限時間ってどれくらいなの? あんまり短いと間に合わない人もでちゃうよ」
「制限時間は背後で行われるオードム騎士団の演奏が終わるまでです。・・・そこそこの長さはあるので大丈夫だと思いますよ。・・・他には?」
王子様は水の妖精以外の全員が「無いよ」と返事をしたのを頷いて確認したあと、王子様は中央に視線を移した。そこではたくさんの調理器具や魔石の付いた調理台がアザレアの指示によって運び込まれている。参加者が水球に自分のお魚を入れて会場入りして、係りの人から調理台の扱い方を説明されている。カカとプラティの姿もあった。
「あ、そういえば、わたし達ってどこで試食するの? ここ?」
「いえ、中央の台の上です。観客席から見やすいように調理台などを退けて席を用意する予定です」
「そうなんだ・・・あ、マリちゃんと・・・ヨーム?」
大きな水球に大人の身長を超えるくらい大きなお魚と小さな魚の二匹を水球に入れたヨームが、マリちゃんの隣を歩いて自信満々にゆっくりと入場して来た。
「なっ・・・! あの魚は・・・!」
デンガが身を乗り出して食い入るようにヨームの大きなお魚を見る。
「なに? すごいお魚なの?」
確かに見たことないくらい大きいけど・・・。
「凄いってもんじゃないぞ・・・あんな高級魚滅多にお目にかかれない。味は知らないが、あの魚の背中の一部にある小さな鱗はどんな攻撃をも弾き返すと言われている。あれを売れば優勝賞金に近い金額は貰えるんじゃないのか!?」
デンガが驚きながらそういうけど、わたしの隣に座っている水の妖精は何ともないように口を開く。
「あのお魚なら海底にたくさんいますけど、人間にとっては珍しいんですね」
「そういえば高級魚よりも珍しいのがここにいたな」
そう言ってデンガはわたしと水の妖精を見下ろす。
妖精ってそんな珍しいんだ・・・。
「今日はずっとヨームを見かけないなと思ったら、あんな魚を捕りに行ってたのか。やるな」
ディルが感心したように大きなお魚を見る。わたしは水球に入っている大きなお魚を改めて観察する。完全にマグロだった。ヨームの誇らしそうな顔がなんか腹立つ。その隣を自信に満ちた表情のマリちゃんが歩いている。
あれ? なんだろう・・・あの2人の雰囲気が少し柔らかくなったような・・・ 前はもっと距離があった、というか主にマリちゃんがツンツンしてたのに、それが無くなっているような気がする。
30弱くらいある調理台の前に参加者が次々とお魚を持って配置に着き始める。男性もちらほらといるが、ほとんどが女性だ。いつかの猫さんの餌をくれた赤ん坊を抱いていた女性もいる。流石に赤ん坊は連れて来てはいないみたいだ。誰かに預けたのかなと思ってると、観客席で泣いている赤ん坊をあやしているジェシーの姿が視界に入った。
・・・なんで? 知り合いとかだった?
参加者全員が揃ったことを確認したアザレアが、わたしを見て手招きする。
・・・あ、そうだった! わたしが開催の挨拶をするんだった! ・・・何も考えてないよ!
わたしは何をしようか考えながらゆっくりとアザレアが待つ中央に飛んで向かう。
アザレアに打ち合わせの時に「皆がびっくりするような挨拶考えておくね」って言っちゃったし、何かしないと。・・・もう、こうなったら少し安直過ぎる気がするし、料理大会と何の関係もないけど、驚かすならアレしかない!
アザレアの隣に立っている魔石係の女性が、わたしの前で声を拡張する魔石を発動させる。
「「こんにちは! 雷の妖精のソニアです☆」」
観客席から見えているか分からないけど、とりあえずパチッとウィンクした。
「さっきの妖精?」「可愛い!」「カミナリ?」「珍しい色の妖精だ」「妖精初めて見た・・・」
観客席から様々な反応が返ってくるのを確認しながら、わたしは言葉を続ける。
「「皆はお魚が食べられることは知ってたー!?」」
「知らなかった」「本当に食べられるのか?」「俺はこの間宿で食べたぞー!」
「「お魚は美味しいよ! だからこの料理大会に向けて色々なお魚料理を試行錯誤してきた参加者達を参考に、皆もお魚を美味しく料理して食べてみてね!!」」
「魚はどこで売っているんだ?」「どうやって捕まえるんだ?」「俺は誰かが海で捕まえてるのを見たぞ」
「「お魚の捕まえ方とかは・・・島主のゲダイに聞いてね!!」」
会場の隅っこで存在感薄めに立っていたゲダイが鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
これを機会に漁師とかお魚屋さんを作ったらいいよ!
「「それじゃあ・・・わたし主催のプリティ料理大会の・・・開催!!」」
ドコーーン!!
空高くからわたし目掛けて雷が落ちた・・・わたしが落とした。会場に悲鳴やら歓声やらが混じった騒音が響き渡る。わたしの前で魔石を持っていた女性が「きゃあ!」と尻餅をついた。アザレアは笑顔を引き攣らせているし、貴族席の王子様は目をまん丸にして少し身を引いている。デンガとディルは呆れたような顔をして、水の妖精はニコニコだ。
皆をびっくりさせるのは成功したみたいだね。よかった。
何とか立ち直った魔石係の女性が、アザレアの指示で魔石を発動させて、今度はアザレアの前に移動した。
「「え、えーっと・・・、今回の料理大会の発案者のソニア様でした。参加者達には一人前の料理を審査員全員が食べれるように6皿に・・・いえ、4皿に分けて貰います。それでは、参加者の皆さんは調理を始めてください」」
あっ、わたしと水の妖精は誰かから分けてもらう感じなのかな?
アザレアの言葉で、参加者達が調理を始める。マリちゃんが係の人に声をかけて小さめの包丁を貸してもらっているのを横目に見ながらわたしとアザレアは貴族席に戻った。わたしが水の妖精と同じ席に座ると、王子様が参加者達の横で演奏を始めた騎士団の人達を見たあと、わたしを見て口を開いた。
「先ほどのあれが雷ですか・・・3年前やこの間も音だけは聞いていたのですが実際に見るのは始めてです」
「そういえば、王子様とアザレアも3年前はお城に居たんだね。見かけなかったよ」
もしかして、どこかですれ違ってたりしたのかなぁ。
「ええ、まあ、あの時は国王様やお父様から、其方たちの手に負える案件ではないから大人しくしていなさいと言われてましたからね」
「全てが事後報告だったので、私もアザレアも雷が鳴っている間はこの世の終わりではないかと戦々恐々としていた」
それに関してはごめんね! でも仕方なかったんだよ!
「でも、あの時わたくしを安心させようと震える手を握りながら掛けてくださったお言葉の数々のお陰で、わたくしはそれほど恐怖を感じませんでしたし、それが無ければ、わたくしはクラウス様を誤解したままで、婚約を受けることはなかったでしょう」
「・・・余計なことを言うな」
知らぬ間に恋のキューピットになってたんだね。わたし。
王子様が耳を赤くしながらアザレアを睨む。それを見た水の妖精が「私もあの時は大変でした」と言う。
「え、水の妖精も?」
「はい、雷の妖精が悪い人間に捕まったと聞いて暴走する闇の妖精を宥めるのに・・・わたしと水の妖精と土の妖精が安心させる為に色々な言葉を掛けて・・・本当に大変でした」
「そ、そうなんだ・・・」
・・・なんだか間接的に色んなところに迷惑をかけてたみたいだ。もし闇の妖精に会うことがあったら謝ろう。
「なあ、ソニア。なんかヨームが変な色の液体を魚にかけてるんだけど・・・」
「見ちゃだめだよ!」
わたしはディルの顔に飛びついた。
「うわっ! やめろ!」
妖精2人と高貴な身分の2人が食べる前に、ディルとデンガが毒見・・・じゃなくて試食するんだから、余計なものを見て躊躇われては困る!
「大丈夫ですよ。あの液体は人間の体に害はありません。人間が解毒する際に使っている液体ですよ」
水の妖精がディルの顔に張り付いてるわたしを見上げながら言う。
「解毒!? あのお魚大丈夫なの? 毒があるの!?」
「知りません」
ぜんぜん大丈夫じゃないよぉ・・・。
わたしはディルの顔からズルズルと落ちていく。ディルが両手でわたしを受け取って水の妖精の隣に座らせてくれた。
「御袋とプラティは何をしてるんだ?」
デンガがカカとプラティがいる方を見る。カカは台の端っこで立っていた係の人に声を掛けて火の魔石を発動してもらい、フライパンに切ったお魚を入れて煮ている。横に置いてある材料から、味噌煮のようなものを作ろうとしているのが分かった。
プラティは小さく切ったお魚にチーズを混ぜた卵と小麦粉みたいなものをつけてフライパンで焼いている。何の料理か分からないけど美味しそうだ。
2人とも、流石長年料理に携わっていただけはあるね。つい最近お魚料理を知ったとは思えないよ。
「マリはいつの間にあんなに料理が上手くなったんだ・・・。親の知らないところで子供は成長するんだなぁ」
デンガが震えた声で鼻をすすりながら言う。
知らないのは厨房にまったく足を運ばなかったデンガだけで、ジェシーは知ってるけどね。
マリちゃんは一所懸命に色んな材料とお魚をみじん切りにしている。その切り傷だらけの小さな左手を見ればマリちゃんがどれだけ努力したのかが分かる。
「ヨームは大きなお魚を切るのに苦戦してるみたいだな」
「そりゃそうだよ。ヨームよりも大きいもん」
ヨームは最終的に係の人に声を掛けて剣を使ってお魚を捌いていた。
そして、わたし達が苦戦しているヨームを面白おかしく見ていると、ずっと聴こえていた騎士団の演奏が聴こえなくなった。演奏が終わったみたいだ。
料理の制限時間が終わったね。皆は間に合ったかな?
アザレアが貴族席から魔石を使って「そこまでです」と言った。ギリギリで間に合わせた参加者もいるけど、全員が無事に料理を完成させた。
「やっと食べれるのか!」
ディルがお腹をグゥーと鳴らしながら食い入るように出来上がった料理達を見ている。調理台が係の人に素早く隅に退けられ、長いテーブルが運び込まれる。そこに出来上がった料理が並べられていく。参加者達はそれを緊張した顔で眺めながら、退けられた調理台の横で整列する。
「わたしあんなにいっぱい食べられるかなぁ」
ちっちゃなお腹を擦りながら言う。
「大丈夫ですわよ。妖精様方にはわたくしのお皿から一口分ほど取り分けたものを試食して頂く予定ですから」
審査員役のわたし達は長いテーブルの前に用意された椅子に座る。・・・といってもわたしと水の妖精はテーブルの上に座っている状態だけど。
さてと、わたしがマリちゃんにレシピを教えた料理はどこかなっと・・・。
テーブルの上にわたしがマリちゃんに教えた料理は無かった。
読んでくださりありがとうございます。
険悪な雰囲気が無くなったマリちゃんとヨーム、
何故か見知らぬ女性の赤ちゃんをあやしているジェシー、
そんなことどうでもいいから早く料理を食べたいディル。




