63.武の大会、一回戦・二回戦
「「試合開始!!」」
サークリーの気合の入った声を合図に一回目のディルの試合が始まった。「これは簡単に勝負が着くでしょうね」とつまらなさそうに水の妖精が、「一回戦で負けたりなんてしないでしょ」と挑発的な笑みを浮かべてジェシーが、「相手の人も強そう・・・」と心配そうにマリちゃんが、「あ、その飲み物ください!」と飲み物を配る係りの人にわたしが言った。ジェシーが係りの人から飲み物を受け取ってくれる。
「ソニアちゃん、こんなにたくさん飲めるの? 軽くソニアちゃんの身長を超えてるけど・・・」
ジェシーが受け取ったコップとわたしを見比べながら言う。
いやいやいや、それを全部飲むなんて湯船に入ったお湯を全て飲み干すようなものだよ!
「飲めるわけないじゃん! 余ったらジェシーに渡すね!」
ニコッと微笑むと、ジェシーは仕方なさそうにわたしを見て笑った。
「まぁ、いいわ。・・・というか、どうやって飲むのよ、コップ持てないでしょう」
「あ、本当だ・・・」
わたしは自分の手とジェシーの手を比べて項垂れる。
「「試合終了ー!!ディル選手の勝利ー!!」」
・・・え!? もう終わったの?
突然の試合終了の宣言に、慌てて中央に視線を向ける。ディルが倒れた対戦相手の前で嬉しそうに拳を突き上げていた。
「ちょっと! ソニアちゃんが余計なもの頼むから見逃しちゃったじゃない!」
ジェシーがわたしの体に飲み物をグイグイと押し付けながら不満たっぷりの顔で睨んでくる。わたしは飲み物を両手で押し返しながら反論する。
「わ、わたしのせいにしないでよ! 単純に見てなかったジェシーが悪いの!」
「まったく・・・誰のせいで見てなかったと思ってるのよ」
わたしのせい・・・? いやいや、違うよ。
見ていなかったわたし達の為に水の妖精が試合の様子を教えてくれた。相手の選手は火の魔石を発動させて両手に炎を纏ってディルに殴りかかってきたそうだ。それをディルは「そんなの関係ない」と言わんばかりに高くジャンプして躱して、そのまま首筋に蹴りを入れて気絶させたらしい。
一撃なんて・・・そりゃ見てない間に試合が終わっちゃうわけだ。
「「ディル選手の圧勝でしたー!! ライドン選手は火の魔石を、ディル選手は魔石を使っていたのでしょうか!?」」
ディルの試合があっと言う間に終わったので、わたし達はトーナメント表を見る為に席を離れた。客席の一番後ろの壁に貼ってあるみたいだ。
「これね。ディル君がここで、デンガがここで、グリューン王国の騎士団長様がここね。あ、それからプラティちゃんの彼氏さんがここ」
ジェシーが知人の名前が書いてある場所を指で触って教えてくれる。
「順当に行けば三回戦目でプラティの彼氏と当たるんだね。デンガは四回戦目でパンクロックか・・・あれ? ヨームはいないの?」
「辞退したわよ、痛いのは嫌だって」
まぁ、昨日のヨームを見ればそうしてもおかしくないか。あの試合のあと暫く痛そうにしてたもんね。
ちなみに、名前の下に書いてあるオッズを見る限り、一番人気は前回の優勝者でグリューン王国の騎士団長パンクロックで、二番人気は前回準優勝のプラティの彼氏、三番人気は以前に優勝経験があるもののブランクがあるデンガだ。そしてディルは八番人気という微妙な感じだった。参加者が30人を超えてることを考えれば十分に上位なんだけど、わたしは少し不満だ。
わたし達が席に戻ると、二試合目が終わっていた。次は三試合目、プラティの彼氏の試合だ。わたしは見たことのないプラティの彼氏を見るために、少し体を浮かせる。
「「三試合目の選手入場!! 前回の準優勝者の空剣のグアテマ選手!! 」」
「きゃあああああ!! グアテマーーーーー!!」
・・・うわっ! なにこの凄い声援は!?
サークリーの声と女性の黄色い声援と共に入場して来たのは、長く暗い青色の髪を後ろで一つに束ねた細身のイケメン剣士だ。その表情は自信に満ちあふれていて、一度プラティの方を見て手を振った。
「女性人気が凄い・・・」
顔はいいけどわたしの好みじゃない。もう少し筋肉が欲しいね。まぁ、わたし自身は人の彼氏を偉そうに品定めできるほど素敵な女性じゃないんだけど。・・・ディルがこのまま大人に成長すればいい感じになりそう。
「あの顔立ちで前回は準優勝だもの・・・。プラティちゃんはどうやって落としたのかしら?」
「落とすって・・・?」
マリちゃんが何も分かっていないような顔でジェシーを見上げる。
「マリちゃんにはまだ早いわよ」
「・・・?」
三試合目もあっと言う間に終わった。開始と同時にグアテマが持っている剣の刀身に水を纏わせたと思ったら、その剣を勢いよく対戦相手目掛けて振った。すると剣から水の刃が飛んでいき、相手に当たった瞬間弾けた。そして対戦相手は倒れた。審判のトトガが2人の間に入り、戦闘を辞めさせる。
「「試合終了!! グアテマ選手の勝利!!今回もあっという間の出来事でした。相手のリーチに入らない!そのリーチの長さと圧倒的なスピードの剣捌きによってグアテマ選手が勝利しました!!」」
リーチっていうか、もう飛び道具じゃんか! 素手のディルはだいぶ不利だけど大丈夫かな?
「どうしてわざわざ水を纏わせてるんですかね?」
「え?」
水の妖精が不思議そうに退場していくグアテマを見る。
「あの攻撃は剣に付けてある空の魔石を使った鋭利な風を利用した攻撃です。あの人間の実力なら水の魔石を使って水を纏わせなかったら相手を殺せるくらいの威力は出ると思うんですが・・・分かりませんね」
「えっと・・・、殺しちゃうからじゃないの? 殺したら駄目って最初の挨拶の時に説明されたでしょ?」
「そうでしたっけ?」
そのあとも試合が続いて、パンクロックとデンガの試合もあったけど、2人とも危なげなく勝っていた。全選手の一回戦が終わったところで、マリちゃんとジェシーがお手洗いで席を離れた。
「あの小麦色の子供は良い子ですね、好ましいです。雷の妖精が気に入るのも分かります」
水の妖精が立ち去っていったマリちゃんの席を見ながら頷く。
「マリちゃんはわたしの自慢の妹だからね! 水の妖精も名前で呼んであげてよ。というか、わたしのことも名前で呼んでよ!」
緑の妖精はいくら「名前で呼んで」と訴えても頑なに雷の妖精呼びだったからね。わたしは名前で呼ばれたいし、マリちゃんもその方が喜ぶと思う。
「それは・・・」
「戻ったわよ~、ついでにお昼ご飯も会場にある出店で買って来ちゃった」
水の妖精が何かを言う前に、ジェシーとマリちゃんが小さな唐揚げがたくさん入った紙袋を持って戻ってきた。
「美味しそうな唐揚げだよ、はいソニアちゃん、あーん」
「むぐっ・・・!」
ちょっとちょっとマリちゃん! 強引だよ!?
マリちゃんがグイグイとわたしの顔に唐揚げを押し付けてくる。お陰でわたしの顔は油でベトベトだ。
「マ、マリちゃん、わたしは午後の料理大会の審査員役でたくさん食べるから、今はいらないよ!」
「そう? お腹空かない?」
マリちゃんがわたしの顔からそっと唐揚げを離す。水の妖精が水球を使ってわたしの顔を洗いながら口を開く。
「妖精は空腹なんて感じないんですよ、ソ・・・雷の妖精も私も何も食べなくても問題ないんです」
「へぇ~、そうだったのね。ソニアちゃん毎回一緒にご飯食べてるから知らなかったわ、でも空腹にはならないけど満腹にはなるのね」
・・・不思議だね。たくさん食べられればいいのにね。
「「これより二回戦を始めます! 二回戦一試合目の選手の入場です!」」
ディルと対戦相手が同じ入口から入場して来た。対戦相手は背の低い筋肉質な褐色の男性で、片手には小ぶりなハンマーを持っている。
「あの人、ディルお兄ちゃんと同じくらいの背だね。同じくらいの歳なのかなあ?」
にしては顔つきが逞しすぎる気がするけど・・・。
「成人してるんじゃないかしら、土の地方の人だと思うんだけど、確かあそこの人達は皆身長が低いのよ。昔孤児院で親代わりだった人にそう教わったわ」
「そうなんだ」
この世界にも人種ってあるんだね。
「「先ずはこの選手!13歳にして武器を持たずに屈強な戦士に圧勝したディル選手ー!! 続いて、土の地方の剛力戦士! ジイダム選手!!」」
選手の2人が台の上に立つと、ディルの対戦相手のジイダムがホームラン予告みたいなポーズを取って、何やらディルに話しかけている。
「何話してるんだろう?」
「聞こえないね、でもディルお兄ちゃん楽しそうだよ」
「本当だ、笑ってるね」
あとでディルに何を話してたのか聞いてみよう。きっとお互い挑発し合っているに違いない!男同士の熱い・・・なんかだ!
サークリーの「試合開始!」と同時にジイダムが地面を蹴った。すると、まるでスケートでもしているように地面を滑って、物凄いスピードでディルに迫る。手に持っているハンマーが地面に当たり火花が散っている。「おらぁ!」とわたし達に聞こえるくらいの大きな叫び声を出しながらディルに向かって素早くハンマーを振り上げた。
「ディルお兄ちゃん!」
マリちゃんが思わず身を乗り出して叫んだ。だけどジイダムのハンマーがディルに当たることはなく空を切った。ディルが間一髪で躱した。ジイダムはディルに反撃させる余裕を与えずにすかさず追撃を行う。ディルはそれをギリギリで躱し続ける。
「さっきの地面を滑ってたのどうやってるんだろう?」
石畳の地面にそれほど摩擦係数があるようには見えないけど・・・。
「恐らく靴のどこかに土の魔石が付いてるんだと思いますよ。似たことをする魔獣を知っています。まぁ、私が知っている魔獣よりもスピードが格段に落ちていますが・・・」
「魔獣? 魔物じゃなくて?」
魔物なら何度も聞いたことあるし、見たこともあるけど、魔獣なんて知らない。
「はい、魔獣です。知らないですか? 魔物の原初・・・ご先祖のようなものですよ」
しれっと新事実が明らかになった。隣に座っているジェシーも驚いた顔をしてるし、一般的にも知られてないことなんじゃ・・・?
「「おーっと! ディル選手!後ろはもう場外だ!」」
サークリーの実況に視線を試合に戻す。ジイダムの追撃によって徐々に後ろに下がっていたディルはいつの間にか台の端っこまで後退していた。後ろを一瞬振り返ったディルは覚悟を決めたような顔をしてジイダムを見た。ジイダムがハンマーを振ると、ディルはそのハンマーを左の手の甲で受けて、苦痛の表情を浮かべながらはじき返した。
「「凄い!! 闇の魔石でしょうか!? ディル選手ハンマーを素手ではじき返しました!」」
「どどどどどうしよう!? ディルが苦しそうな顔して・・・」
「ソニアちゃん落ち着いて! あれくらい男の子にとっては大した事ないから!」
わたしが水の差布団の上でぽよぽよと慌てていると、ジェシーにそっと体を両手で掴まれた。
重たそうなハンマーを手の甲ではじき返すことは大した事だよね!?
わたしの心配は余所に試合は続いている。ディルがハンマーをはじいたことによって態勢を崩したジイダムは、一度後ろに下がってハンマーを構え直そうとする。だがディルがそれをさせなかった。すぐにジイダムとの距離を詰めてハンマーを蹴り上げた。ハンマーが宙を回転して場外にドスンと落ちる。
「「ジイダム選手武器を失ったー! これは決着が付いたか!?」」
悔しそうな顔をして場外に落ちたハンマーを見たジイダムは拳を握りしめてディルの腹部を殴ろうとする。ジイダムの拳がディルに届くよりも先に、ディルがジイダムの顎に右手で裏拳を食らわせた。ジイダムが膝から崩れ落ちて倒れる。審判のトトガが倒れたジイダムの様子を確認して手を振った。
「「試合終了ー!!ディル選手の勝利ー!!」
よ、よかったー。ディルが勝った~・・・・。
読んでくださりありがとうございます。ひやひやになりながら観戦していたソニアと、意外にも冷静に観戦していたマリちゃんでした。




