5.10歳の男の子と5歳のわたし
「なっ・・・・!?」
村長と呼ばれていたおじさんが口をポカーンと開けて、私のことを信じられないものを見るような目で見ている。
「妖精なの!?」
男の子にミーファおばさんと呼ばれていた女性は、まるで近所のコンビニで偶然憧れのアイドルに会ったみたいに口元に両手を当てて感激の表情でわたしを見ている。
「ちっちゃい!!」
デル・・・じゃない、ディルと名乗っていた男の子は好奇心に満ちたワクワクを隠し切れないような顔でわたしを見ている。
「・・・・・」
紳士風の小太りおじさまは、何やら思案顔で村の方角を見つめていて、わたしのことは見ていない。
わたしはこの4人の中で一番まともな反応をした村長っぽいおじさんに視線を向けた。
「この森は偉い妖精が管理する大切な森で・・・開拓とか、その・・・困るし・・・とにかく!わたしの家があるの!だから開拓したらダメ!」
腰に手を当てて、精一杯の怖い顔を作る。
「・・・・・・」
何も反応が無い・・・。
「間違えた!わたしたちの家!」
ポカーンとしていた村長っぽい人がハッとして、真剣な表情を必死に作った。
まだ開いた口が完全には塞がっていないみたいけど・・・まぁ、気にしない気にしない。
「えっと・・・妖精様」
「様はいらない!」
「妖精・・・さん」
「なに?」
わたしはもう一度怖い顔を作って村長を睨みつけた。
何を言われようとわたしの家は壊させない!わたし達の家を!!
ビクッと、村長っぽい人が一歩後ろに下がった。
男の子は変わらずキラキラとした瞳でわたしを見ているが、他の大人2人は黙ってわたし達の会話を聞く姿勢に入っている。
「わ、私はこの川沿いを下ったところにある小さな村の村長をしている、アバンと言います」
「うん」
アバンはわたしに綺麗なお辞儀をした。
「・・・そ、それでですね、妖精様・・・妖精さん。開拓と言っても森全域を開拓するわけではないのです」
確かに・・・森全域を機械無しの人の手だけで開拓するのは厳しいかもしれない。今まで電気というものが無かったんだから、当然機械とかも無いだろうから。
「私どもにも、やむを得ない理由があるのです」
わたしが「うーん」と顎に手を当てて考え込んでいると、アバンはわたしが思考している姿を見て希望を見つけたのか、勢い良く語りだした。
「数年前のことです。村で原因不明の大規模な火災があったのです。幸い人死にはありませんでしたが、村の家畜や農作物に壊滅的な被害が出てしまいました」
「そうなんだ?」
「畑自体は無事だったのですが、畑仕事をしていた若者達はやる気を失って村を出て行ってしまい、今は残った年長者達でなんとか村を維持していますが、いつまでもつか・・・」
「それで、近くにある森に目を付けたの?」
「え、ええ、そうなのです!馬車で王都まで行き、村の現状を伝えたところ『その先にある森が開拓出来るなら、開拓地までの中継地点として村の存続は全力で援助するが、そうでないなら辺境にある小さな村に無償で援助など出来ない』と言われまして・・・」
そう言って村長はチラッと、わたしが現れてから一言も喋っていない紳士風小太りおじさんを見た。
アバンの視線を追ってわたしもそのおじさんを見る。
「ふーん・・・それで、あなたは誰なの?」
「この国、グリューン王国では『緑の森に危害を加えた者が妖精の怒りに触れて森の一部にされる』という噂が有名でして、村の誰かがその噂の真相を確かめに行くのなら、嘘の報告をしないよう立会人として、国王の側近である私が同行しているのです」
おじさんは感情を一切見せず、淡々と自分がここにいる理由を説明した。
もう5年くらい緑の森で暮らしてたけどそんな話聞いたことないよ。
「へ~、そんな話知らないし、わたしは森に危害を加えられたくらいでそんなことしないよ」
ミドリちゃん達はどうか分からないけど・・・流石にそんな怖い事しないよね?
「他には、妖精と人間のお姫様が恋をして緑の森で幸せに暮らすお話とかもあるわよ」
「俺は勇者様が悪者に攫われたお姫様を助けるお話が好きだ!。俺もそんな勇者様みたいになりたい!」
他の2人も自分の知ってるお話と将来の夢を語る。
そしてそこの男の子、ディルだっけ? 君はさっきから少しずれてるよ。
「それで、妖精さん・・・噂が真で無いのなら、我々人間に森の一部を分けていただけないでしょうか?」
「うーん、開拓はダメ!」
人の手だけで森全域を開拓するのは厳しいと思うし、このまま村がなくなっちゃうのも可哀そうだ。森の一部だけなら別にいい気がするけど、そもそもわたしにそれを許可する権限はない。許可を出すのは森の管理者だと言っていたミドリちゃんだから。
それに、森全域の開拓は厳しいだけで時間をかければ出来ないわけじゃない。長命の妖精にとっては遠い未来の話では済ませられない。
「でも、それ以外に何かわたしが力になれることがあれば助けてあげるよ! 解決できる保証はしないけどね!」
「本当ですか!?」
また俯きかけていたアバンがバッと勢い良く顔を上げた。
「うん!わたしに出来る範囲でね」
この件でミドリちゃん達は頼れない気がする・・・というか、頼っても人間を警戒してるあの2人からは良いお返事が貰えなさそう。
「で、でしたら一度村へ来ていただけませんでしょうか!」
「だったら俺が村を案内するよ!」
「私とディルの2人で案内しますね。村長は王都の方とお話があるでしょう?」
ディルとミーファが村の案内役に名乗り出た。
「うむ、そうだな。案内が終わったら一度私の家に来てもらえるかな?」
「わかったわ、それじゃあ行きましょうか。」
まだ行くとは言ってないんだけど・・・ま、いっか。どっちにしろ一度行ってみないと村の詳しい状況は分からない。ミドリちゃん達には帰ったらいっぱい謝ろう。
アバンと側近おじさんの2人が難しい話をしながら先頭を歩いて村に向かう。わたしと男の子とおばさんがその後ろを歩く。
「そういえば、あなた達の名前ってディルとミーファであってる?」
「うん、俺の名前はディルだ。10歳」
ディルと言う男の子が聞いてもいない年齢まで笑顔で教えてくれる。
「わたしはミーファ、この子の母親代わり・・・みたいなものかしら?」
「母親代わり?」
「ええ、この子が5歳の頃、例の大火事があって、その後すぐ両親はこの子を置いて村を出て行ってしまったの」
「そうなんだ・・・」
とんでもない親だね。子供を置いて行っちゃうなんて!
「だから、俺はいっぱい鍛えて、強くなって、この村を守って、お母さんとお父さんを探して村に連れ帰るんだ!もう弱い魔物なら1人でも倒せるんだぞ!」
男の子はシュッシュッっとその場で素振りをする。
え?殴るの?剣とかじゃなくて?すごっ・・・
暫くディルの自慢話を聞いていると村が見えてきた。小さな村だ。村の外れに砕け散った木のようなものがあり、そこから他に比べて背丈の低い草が村の方へ続いていた。
ははーん、さてはあそこが火元だなー?
わたしはドヤ顔で適当な推理をした。
読んでくださりありがとうございます。次話は男の子と女性(年齢不詳)の村案内です。