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ちっちゃい妖精さんになりました! 暇なので近くにいた少年についていきます  作者: SHIRA
第2章 グルメな妖精と絶景のブルーメ

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42.登山

「俺、登山って初めてだ!」


ディルが登山道を前にして、ワクワクを隠し切れないような顔で叫ぶ。


「わたしは・・・」


 人間だった頃に何度か登ったことがあるけど、この世界では・・・


「わたしも初めてだよ」


山の麓にはたくさんの木々が生い茂っていて、わたし達はその中を進んで行く。


「山っていうより、ただ森を歩いてる感じだな」

「上の方に行くと、木が育たない環境になるから、森みたいになってるのは下の方だけだと思うよ」


 確か、森林限界って言うんだよね?高地限界だっけ?


「それにしても、ディルのお父さん達は何をしに山に登ったんだろうね?」

「水の妖精に会いに行ったとか?」


 まぁ、てっぺんに水の妖精がいるなら会いに行ったと考えるのが妥当だよね。


「お父さん結構大雑把な性格してたから、登りたかったから登っただけっていうのもあり得るけどな」

「うーん・・・なんかさ、ディルのご両親って村の火災が原因で居なくなったって言ってたけど、これまでの話を聞く限りそんなことで大事な息子を置いて村を出ていくような人達には思えないんだよね」


 もし子供を粗末に扱う人達だったら、ディルが村を出て危険を冒してまで両親を探しに行くなんて思わないでしょ。


「・・・まぁ、それもこれもお父さん達を見つければ分かることだ」

「そうだね!」


時間にすると2時間くらいは森の中を移動しただろうか、少しずつ木が少なくなっていき、視界が開けた。すると、今までは姿が見えなかった物が見えるようになった。


「ん?なんだあれ?」


ディルが指差した方向を見ると、大人がすっぽりと収まるくらいの大きさの水球がそこら中に何個も浮いていた。


「デンガやカカが使っていた水の魔石から出る水球みたいだね」

「そうだな・・・ってことはあれ、魔物の仕業か?」


魔石は魔物の体内から採取される、誰かがここで魔石を使いまくったんじゃなければ、魔物の仕業だろう。ディルが闇の魔石を手に持って臨戦態勢に入る。


「ディル!何か来るよ!」

「見えてる!」


山の上の方から、魚のような形をした何かが水球から水球へと凄いスピードで移動してわたし達に近づいてくる。


「ソニアは安全なところにいてくれ」

「う、うん!分かった!」


わたしはディルの胸元にベッタリとセミのようにしがみ付いた。


「いや、その気持ちは嬉しいんだけど、そうじゃなくて・・・上空に逃げるとか、あるだろ?」


 あ、そうだよね。何故かここが一番安全だと思ってたよ。


わたしはディルの真上に飛んで、上空から魔物とディルを見る。


 がんばれ! ディル!


魔物が水球からバシャン!と勢い良く飛び出して、ディルに突進した。ディルは魔石を発動させて身体能力を上げて、突進して来た魔物にタイミングを合わせて横に蹴り飛ばす。地面に打ち付けられた魔物は数秒間ぴちぴちと跳ねたあと、全く動かなくなった。同時に、辺りにあった水球が何個か弾けるようにして消えた。


わたしとディルは、動かなくなった魔物にそーっと近づいて覗いてみた。


 マグロだ!カジキマグロ!うわー!なんだか無性にお刺身が食べたくなってきた!


そこには、人間だった頃に見た、カジキマグロに似た大きな魚が横たわっていた。


「メバチだな」


ディルがカジキマグロを見ながら呟いた。


 え?カジキでしょ?


「これはメバチっていう魔物なんだ。デンガがよく言ってた。ブルーメにたくさんいる魔物で、ああいう水球を作り出して、その中を移動する魔物だって」

「へぇ~、お刺身にしたら美味しそうだね」


わたしがじゅるりと涎を垂らしながら言うと、ディルが「信じられない」というような顔でわたしを見てくる。


「え、これ食べるのか?魚の魔物だぞ?」


 そうだった、この世界では魚は食べられないものなんだった。村に居た時に「魚が食べたいな」と呟いたらおかしな子を見る目で見られたんだよね。しっかりと処理をすれば食べられると思うんだけど、この世界の魚はわたしの知っている魚と違う可能性もあるし、もし失敗した時のことを考えると誰かに食べて貰うわけにもかない。


それからは度々突進してくるカジキマグロことメバチを倒しながら山頂に向かうことになった。わたしが上空からメバチの位置を教えて、ディルが対処する、といった感じで。わたしも放電という特技を使って戦おうと思ったけど、ディルに危なっかしいから辞めてくれと言われた。


それから1時間弱・・・木々どころか、魔物すら居なくなった。下に居た時よりもずっと雲を近くに感じ、ディルの口から白い息が零れるくらいには寒くなってきたみたいだ。


「少し寒くなってきたな」


ブルブルと肩を擦りながら、薄着のディルが言う。


「カカから借りたアレ、着ないの?」

「着ない」


 あの可愛い上着を着たディル、見たいんだけどなぁ。男の子としては寒さよりも耐え難いらしい。


「そういえば、ディルって戦う時に魔石を手に持ったままだけど、落としちゃったりしないの?」

「昔はよくデンガとの手合わせ中に落としてたけど、今はないな」


 昔は落としてたんだ・・・。


「動きづらくないの?どこかに装着したり出来ないの?」

「うーん、直接肌に触れてないと発動させれないからなぁ」


 意外と使い勝手悪いんだね~・・・なんかそれ専用の装備とか無いのかな? ・・・あっ、そうだ!

 

「口の中に入れたら?」

「何言ってるんだよ、食べちゃったら大変だろ」

「あれ?食べちゃったらどうなるんだろう?ずっと魔石を使えるんじゃない?」


 そもそもあんな大きい石が喉を通るとは思えないけど。


「怖いこと考えるなぁ、どうなるかは分かんないけど、ずっと魔石を使えるわけではないと思うぞ」

「どうして?」

「知らないのか?魔石はずっと使っているとその内使えなくなるんだ」


 えー!知らなかった!


ディルによると、魔石の寿命はその魔石の元の持ち主である魔物の寿命や強さと関係してるんだとか、詳しいことは知らないらしい。その為、同じような魔石でも、魔物の強さによって売値や買値が変わるらしい。


「魔石って不思議だよね」

「魔石に限らず、魔物についてはまだまだ不明な事が多いらしいからな」


ディルは「妖精もだけど」とわたしを見ながら付け加える。


 魔石の不思議はともかく、このままじゃあディルが魔石をうっかり落としてもおかしくない。何か対策を考えておこう。


そして、今度はお喋りしながら1時間程登ると、いよいよ山頂に到着した。カカの言っていた通り、、火山で言う火口に当たる場所に大きな底の見えない池があった。


わたしとディルは後ろを振り返って来た道を見る。すると、たまたま天気が曇りになったのか、白くてふわふわな思わず飛び込みたくなるような雲海が視界いっぱいに広がっていた。


「うわぁ・・・雲の海みたいだ」


 うんうん、自分の足で苦労して登ったあとの、この景色は感動するよね。わたしは飛んでるから足は使ってないけど。


「うぅ・・・流石に寒いな」


ディルが腕をさすってブルルっと震えた。


「いい加減に上着を着なよ!」

「それは嫌だ!」

「もう!ちょっとじっとしてて!上着を出すから!」


わたしはディルが背中に背負っているリュックを勝手に開けて、奥の方に詰め込まれてい上着を取ろうとする。


 うーん!取れないよ!リュックの中身ぐちゃぐちゃにしすぎじゃない?いくら引っ張っても出てこないんだけど!


「むぅぅぅぅ!」

「お、おいソニア。分かったからリュックを降ろしてから取ろうぜ?」

「待って、もう少しで・・・あっ!」


スポーン!


 上着は出せたけど、その上に仕舞ってあったお弁当とお金が入った袋が勢い良く後ろに吹っ飛んでいった。そして池の中にボチャンと落ちた。


「なぁ、今池に何かが落ちた音が聞こえたんだが?」


ディルが振り返って池を見る。池には物が落ちた後の波紋が広がっていた。


「ごめんなさい・・・だってディルが上着を着てくれないから・・・・」

「分かってるよ、俺の体調を心配してくれたんだろ?」


 違うんです!ただディルに可愛い上着を着てほしかっただけなんです!


ディルが「どうするかぁ」と仕方なさそうな顔で、池を見ていると、突然池の中心が渦を巻き始めた。


「え?なになに?」

「魔物かもしれない!」


そう言って、ディルが拳を構えて警戒したけど、渦の中から現れたのは魔物では無く、妖精だった。水色の長い髪のおっとりとした雰囲気の妖精が、落としてしまった物を水球に入れて左右に浮かばせている。


「あなたが落としたのは、こちらの食べ物が入った箱ですか?それともこちらのお金が入った袋ですか?」


そう言って水色の妖精は、細い目を更に細くしてニッコリと微笑んだ。


「え?」

「は?」


わたしとディルは口を開いたまま固まった。


「どちらですか?」


妖精は更に笑みを深めて問いかけてくる。


「えっと、どっちも俺の物なんだけど・・・」

「そうですか、分かりました。ではどちらも返しましょう」


そう言って水色の妖精は、荷物の入った水球と共にすーっと池の中へとゆっくり戻って行った。


「えー・・・返してくれないのかよ」


ディルの情けない呟きが山の頂上でこだまする。

読んでくださりありがとうございます。ハートマークの可愛い上着です。

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