41.それぞれの予定
ジェシーがヨームの使っていたアエロの魔石を借りて髪を乾かし始めると、マリちゃんがいそいそとジェシーの膝の上に移動し始めた。わたしが何となくその光景を見ていたら、それに気付いたマリちゃんが自分の膝の上をポンポンと叩いてわたしを見る。
ここにおいで、ってことね。
わたしはマリちゃんの膝の上に座った。マリちゃんが私の頭を優しく撫でる。心地よさに思わず目を細めてしまう。
「ああ、そういえばヨーム」
デンガが荷物を整理しながらヨームを横目で見る。
「お前の泊まってる宿からの伝言だ。荷物はそのまま置いといてやるから、延長した分の宿代はきっちり払ってもらうぞ、だとよ」
「それは助かりますね。ですが、どうして僕の泊まっている宿が分かったんですか?」
「たまたま知り合いだったんだ」
デンガと会話していたヨームが徐に立ち上がって、屈伸運動をし始めた。
「まだ少し痛みますが、歩けないことは無いですね」
「一応今日もベッドの上で大人しくしてたらどうだ?」
「いいえ、今日は古代の遺物の研究を・・・へっくしゅん!」
ヨームがそれはそれは盛大なくしゃみをした。驚いて体が跳ねてしまった。
「わぁ!びっくりした~。大丈夫?ヨーム、風邪?」
「かもしれません。言われてみれば少し倦怠感を感じますね」
ブルっと肩を震わせる。
「ヨームは今日もお休みだな」
「はぁ、仕方ありませんね」
ヨームは再びベッドに潜り込んだ。
「っ~~~ふぁあ」
「ふぁ~~~~ぁ」
髪を乾かし終わったジェシーが大きな欠伸をした、わたしも釣られて欠伸をした。
「流石に眠いわね、少し仮眠を取ろうかしら?」
「わたしも~」
「ね~」とジェシーと微笑み合う。
「だったら、部屋を男女で分けるか」
「そんな勝手に他の部屋を使ってもいいの?」
「俺がいいって言えばいいんだよ。それに、あいつらはそんなことで怒ったりしないさ」
デンガが得意げに言う。
「そしたら、私達が他の部屋に移動しましょうか。デンガ、案内してくれる?ほら、マリちゃん、一緒に寝てあげるから一旦退けて?」
「うん」
ジェシーの膝の上に座っているマリちゃんがわたしを手に持って立ち上がった。
「んじゃあ、またあとでな」
「うん、またねディル」
わたしとマリちゃんとジェシーは、デンガに案内された部屋に入る。ベッドが2つ並んでいた。わたしはマリちゃんの手の上で頬を膨らまさせて、デンガに抗議する。
「ちょっと!何で2人部屋なの!」
「何でって、お前はベッド使わないだろ?」
「使うよ!」
「そんな小さな体でか?」
「こんなちっちゃい体で!」
ちゃっちゃくても、ちゃんとベッドで寝たいんだよ!
「まぁまぁ、わたしとマリちゃんは同じベッドで寝るんだし、空いたベッドをソニアちゃんが使えばいいじゃない」
「うん、分かった!」
ジェシーは優しいね。デンガと違って。
「何でジェシーの言う事は素直に聞くんだよ・・・。御袋かプラティ・・・俺の妹が来たら事情を話しとくから、起きたら1階の食堂に集合な」
「分かったわ、デンガもゆっくり休んでね。海では格好良かったわよ。おやすみ!」
「あ、ああ。おやすみ」
そう言って、デンガは足早に立ち去って行った。耳を真っ赤にして。
「お母さんとお父さんもあの凄い船に乗って来たの?」
「凄い船・・・ああ、あの遺物ね。ううん、私達は普通の小さな手漕ぎ船で来たのよ」
「手漕ぎ船?」
マリちゃんがジェシーの顔を見上げながら首を傾げる。
「自分で漕いで進む船よ、マリちゃんを見つけるために、私と船を守りながら凶暴な魔物と戦うデン・・・お父さんはとても格好良かったのよ」
「私を見つけるために?」
「そうよ、あとでお父さんにお礼を言いましょうね」
「うん!」
ジェシーとマリちゃんが同じベッドに寝転んで、わたしは隣の大きな・・・わたしにとっては大きなベッドに置いてある枕の上で丸くなる。
「おやすみマリちゃん、ソニアちゃん」
「「おやすみ」」
ジェシーが直ぐに「すぅすぅ」寝息を立て始めた。
よっぽど疲れてたんだね。
わたしも寝ようと思ったけど、何だか落ち着かない。隣を見るとジェシーとマリちゃんが同じ布団に入って気持ちよさそうに寝ている。わたしは飛んでジェシーとマリちゃんの間に入って丸くなる。すると、マリちゃんがベッドから降りて、どこかへ行ってしまった。
あれれ?どこ行っちゃうの?わたしが一緒なのは嫌だった?
内心で少し・・・いや、かなりショックを受けていると、わたしの上にフワリとハンカチがかけられた。
これって、ジェシーが普段持ち歩いてるやつ?わざわざジェシーのハンドバッグから取って来てくれたのかな? ありがとうマリちゃん、優しいね。
そして、マリちゃんが再び布団の中に潜り、わたし達は3人で川の字になって寝た。真ん中の線が短すぎる気がするけど。
「うんーーっ!おはようマリちゃん!ジェシー!・・・・っていないし!」
わたしは上にかかっていたハンカチを持って部屋の中を飛び回る。シャワーがある部屋からマリちゃんとジェシーの声が聞こえた。
朝のシャワーって気持ちいいよね。わたしも浴びたいな。マリちゃん達が出てきたらわたしも浴びよう。
ベッドの上でゴロゴロしながら待っていると、マリちゃんが「スッキリ~」とほやほやの笑顔で扉を開けて出てきた。
「あ、ソニアちゃん!起きたんだね、おはよう」
「おはよう、マリちゃん」
「あら、ソニアちゃん、おはよう」
「おはよう、ジェシー。わたしもシャワー浴びたい」
ジェシーを見じーっと見つめる。
「挨拶のついでに流れるように言うわね・・・浴びてきたらいいじゃない」
「一緒に入って?」
「嫌よ、今浴びてきたばかりなのよ?私は髪を乾かしてるから、その間にマリちゃんと入ってきたらどう?マリちゃん、悪いけど今度はソニアちゃんと一緒に入ってくれる?シャワーの使い方はもう分かるわよね?」
「マリお姉ちゃーん!」
「うん!一緒に入ろ!」
マリちゃんが「こっちだよ」と扉を開けてくれた。
この世界のシャワーは、蛇口に無理矢理シャワーヘッドの様な物を取り付けた感じの物だった。見た目はヘンテコだけど、元居た世界とあんまり変わらない。あとでデンガから聞いた話だと、水の適正がある人がお金を貰って定期的に宿や富裕層の家にある水の魔石を発動させて貯水し、そこから水を吸い上げてるらしい。ちなみに、出てくる水はギリギリお湯と呼べるくらいの温度だった。
「じゃあ、ソニアちゃん、髪を洗うから目をぎゅっとしててね~」
「はーい」
わたし完全に妹扱いされてる・・・。マリちゃん、もしかしてジェシーにしてもらったことを、そのままわたしにしてる?
シャワーを浴び終わり、マリちゃんと一緒にジェシーに髪を乾かして貰ったあと、わたし達はディル達との集合場所である1階の食堂に向かった。食堂には既にヨーム以外の全員が揃っていた。
「おはようディル」
「ん?おはようソニア」
わたしとディルが挨拶していると、その横で、カカがマリちゃんの頭をそっと撫でて口を開いた。
「おや、良く眠れたかい?このバカ息子から事情は聞いたけど、まさかマリちゃんがアタシの孫だったなんてね」
「え?そうなの?」
あ、そういえばマリちゃんにはその辺りの事を何も話してなかったね。
「マリ、この人は俺の御袋・・・お母さんなんだ。だからマリにとってはお祖母ちゃんになるな、そしてこいつが俺の妹だ、マリの叔母だな」
「カカおばあちゃんにプラティおばさん?」
「お、おばさんはやめてね!?プラティお姉さんのままでいいから!ね?」
「ああ・・・何かこう・・・グッとくるものがあるね~。ついに息子に子供が出来たんだと思うとね~」
プラティが慌てて呼び方を修正させて、カカが目元を押さえて震えている。その様子を見ていたジェシーが緊張した面持ちで一歩前に出た。
「あ、あの!カカ・・・さん!」
「ああ、アンタがデンガの相手だね?」
「はい、ジェシーと言います。この度は・・・・」
ジェシーが背筋を延ばしてカカを見る。
「ああ、いいよいいよ堅っ苦しいのは。さっきデンガから色々聞いたからね」
「吐かせた、の間違いだろ」
デンガがボソッと呟いた。その呟きを拾ったカカがデンガを鋭い眼光で睨む。
「何か言ったかい?」
「いえ何も」
デンガと何故かディルもそっと視線を逸らした。
わたし達はカカとプラティが作ってくれた朝食を食べて、今日の予定を話し合う。
「そうだ!今日はお祝いをしようよ!せっかくお兄ちゃんが美人なお嫁さんと可愛い娘さんを連れて帰って来たんだから!」
プラティがパンッと手を叩いて、いい笑顔で言う。
「そうさね、島はこんな景気だけどめでたい事は祝わないと。今日の夕方は客を巻き込んでの宴会だね」
「なにそれ楽しそう!わたしとディルも参加していい?」
「もちろんだよ!なんてったってソニアちゃんとディル君はお兄ちゃんとジェシーさんの恋のキューピットだからね!」
いったいいつの間にわたしはキューピットをしていたんだろう?それにディルまで・・・デンガがカカとプラティに何を話したのか気になる。
「っていうことだから、それまでアンタは美人なお嫁さんに島の案内でもしてやりな」
カカがそう言って、デンガの背中をバシッと叩いた。
「ジェシーはそれでいいか?もう疲れは取れたのか?」
「いいわよ、疲れは取れたけど、まだ筋肉痛が来てないのが怖いのよねぇ」
「はっはっは!一緒に運動するか!」
「そうね~、考えておくわ」
ジェシーはデンガに島を案内して貰うのかー・・・。じゃあ、わたしもっと・・・
わたしがジェシー達に付いて行こうとすると、ディルに腕を指で摘ままれた。
「ソニアはこっちだろ?」
「え?」
え、どっち?
「昨日一緒に水の山に登りに行くって言っただろ」
「あ、そうだったそうだった。えへへ」
忘れてたわけじゃないよ? ただ、ジェシー達の方も楽しそうだなって。
「ソニアちゃん達、あの水が飛び出した山に登るの?」
「そうだぞ、俺はお母さんとお父さんの手掛かりを探しに、ソニアは水の妖精に会いに行くんだ。マリも一緒に来るか?」
マリちゃんが「うーん」と悩まし気な顔をしながら、わたし達とジェシー達を交互に見る。
「ううん、お母さん達と一緒に行く」
「そうか、お母さんとお父さんといい思い出作ってこいよ」
「うん!」
マリちゃんがジェシーとデンガの手を右手と左手で握った。
「ねぇデンガ、水が飛び出した山って何?」
「それは見てからのお楽しみだな!」
デンガが「またあとでな!」と言って、マリちゃん達家族は宿を出て行った。
「あんたら水の山に登るのかい?」
「登るぞ?」
「辞めておきな、あの山は山頂に行くまでの道に魔物がわんさか出るからね」」
「それなら心配いらないぞ、3年間デンガに鍛えられたからな」
「確かに・・・ディル君意外と筋肉ありそうだもんね~、どう?私と結婚する?」
プラティがディルフフフと笑いかける。わたしは慌てて拒否した。
「え!?何言ってるの!ディルはまだ13歳で、それに両親を探してる最中なんだから!結婚は駄目だよ!」
「ふふっ、どうしてソニアちゃんが慌てるの?冗談よ、冗談。私にはお付き合いしてる男性がいるからね」
「え、そうなの?」
「そうなの!だからソニアちゃんの大切な人を取るつもりはないから安心してね」
「誤解を招くような言い方をしないでよ!」
わたしはただ、まだ未成年のディルのことを心配して・・・って何を言い訳してるんだわたし。
「ほれ、これを持っていきな」
いつの間にか居なくなっていたカカが、可愛らしい上着を持って戻ってきた。
「上の方は寒いらしいからね、持っていった方がいいだろう」
「あ、ああ。ありがとう。寒かったら着るよ」
ディルがやや引き攣った顔で受け取って、デンガに貰っていた大きなリュックの奥の方に上着を入れて、扉を開けた。
これは、限界まで着ないつもりだなー?
「それじゃあ、夕方までには戻るよ」
「行ってくるね!」
読んでくださりありがとうございます。次話は登山です。




