40.【デンガ / マリ】夜が明けるまで
前半がデンガ視点、後半がマリちゃん視点のお話です。
【デンガ】
ブウウウウウン!!
「ディル君!マリちゃん!ソニアちゃん!」
俺の目の前で、大切な娘と友人達がもの凄いスピードで海の向こうへと吹っ飛んでいった。ジェシーが悲鳴のような声で船に乗っていた皆の名前を叫んでいる。
「行っちゃった・・・」
「行っちまったな・・・」
「ど、どうしようデンガ!私達置いて行かれちゃったわ!」
ジェシーが珍しく慌てている。ここで俺まで慌てちゃダメだ。俺は一度大きく深呼吸をして自分を落ち着かせる。
「落ち着けジェシー、とりあえず暫くここで待ってみよう。あの船が操縦できる仕様なら、ここまで戻って来るはずだ」
「そ、そうよね!・・・ふぅ、少し待ってみましょう」
・・・だが、海の向こうへと消えて行った船が、再び姿を現すことはなかった。
「ねぇ、デンガ。この海の先にあるのってブルーメでしょ?あのままブルーメまで行っちゃったんじゃないかしら?私達も船に乗って追った方がいいんじゃない?」
ジェシーが俺の服をくいっと引っ張って、海の方を指差す。
「うーん・・・確かにそうかもしれないが・・・。あの帆船で行っても着くのは明日の昼頃になるんだ。この先は凶暴な魔物が生息している海域だからな、迂回するとかなり遅くなる。もし仮にあいつらがブルーメに着いているならそれでもいいかもしれない。でも、そうじゃなっかった場合を考えると危険だ」
「え!?凶暴な魔物って・・・マリちゃん達は大丈夫なの!?」
「ディルが乗っている。あいつは強いし責任感もある。主級の魔物がでない限り大丈夫だと思う」
それに、ディルには妖精がついてる、人間とは少し違う思考回路をしてるせいか、考えてることが理解しにくいが、マリやディルに懐いているのは分かる。いざとなれば3年前に王都で見せたアレをやってくれるだろう。
「でも、何か行動を起こさないと、このままだと何も分からないし、変わらないわよ」
ジェシーが不安そうに瞳を揺らしながら、俺を見上げる。
それもそうだ、ここで待っていても戻ってくるかは分からないし、帆船でブルーメまで行ってもそこにあいつらが居るとも限らない。だったら・・・
「今すぐに後を追いましょう。何処かで船を貸して貰えないかしら?」
俺が言おうとしたことをジェシーが先に言ったことに驚いて、一瞬固まってしまう。
「あ、ああ、そうだな。前にここに来た時に知り合ったやつが手漕ぎ船を持ってたはずだ。貸して貰えないか聞きに行こう」
俺はジェシーと共に、ある宿に来た。
「おお!デンガか!偉い久しぶりだな!なんだ?デートか?2人部屋ならサービスするぜ!」
以前俺がここに来た時に泊まった宿で、この妙にうざったい男はその時に知り合った。俺も実家が宿を営んでいることもあって、宿を手伝っていた頃の苦労話で意気投合した。俺は事情を説明して、船を貸してくれないか相談する。
「白衣の研究者って・・・もしかして灰色の、前髪の長い少年か?」
「なんだ、知り合いか?」
「ああ、うちの宿泊客なんだよ。帰りが遅いと思ったらそんなことになってたのか」
男は「ハァ」と溜息を吐いて海の方を見やる。
「それで、船は貸してくれるのか?」
「それは構わないけど、大丈夫か?あの海域を越えられるような頑丈な船じゃないぞ?」
「ふん、俺を誰だと思ってる?」
「そうだったな、お前は武の大会でグリューン王国のあのパンクロック騎士団長を負かした男だ。余計な心配だったな。裏の川に停めてある。勝手に持って行ってくれ。昔、亡くなった親父が使い道も無いのに買った物だからな、なんだったら返さなくてもいいぜ」
「助かる」
礼を言って立ち去ろうとすると、男に肩に手を乗せられ、止められた。
「ちょっと待ってくれ!、その研究者に会ったら、荷物はそのまま置いといてやるから延長した分の宿代はきっちり払ってもらうぞ、って伝えてくれないか?」
「ああ、分かった。俺も、次会ったら飯の一つでも奢ってやるよ」
俺とジェシーは宿の裏手に回って、柵に紐で結ばれて浮いている小さな手漕ぎ船に乗り込む。
「ジェシーはここの宿で待っててもいいんだぞ。わざわざお前まで危険な目に合う必要はないだろ?俺一人で大丈夫だ」
「嫌よ、私だってあの娘の母親だもの。一緒に行くわ」
拳を握りしめて、決意の籠った目で俺を見上げる。
「それに、デンガの傍にいれば危険な目に合うことは無いでしょう?」
はぁ・・・まったく。嬉しいことを言ってくれる。そんな事を言われたら、男として断れないだろ。
「ジェシーには傷ひとつ付けさせない、俺が必ず守る」
俺は船を漕いで、マリ達が向かった危険な海域まで行く。海の表面に無数の魔物の影が見え始め、ジェシーがゴクリと唾を飲んだ音が聞こえた。
「ねぇ、デンガ?この魔物達は襲ってこないの?」
「いいや、襲ってくる。今は仲間が揃うのを待っているんだろう。数が揃ったら一気に襲い掛かってくる」
「え、うそ・・・」
ジェシーが肩を震わせる。
「大丈夫だ、これくらい俺が全て払いのけてやる」
恐らく下に潜んでいる魔物は、シャークズという30体程の群れで獲物を襲う魔物だ。俺は腰に掛けてある剣を構えて、柄に付いている土の魔石を発動させる。これは接触している鉄の形を自在に操れる魔石で、切れ味を上げることも出来る。武の大会の優勝賞品で、遠くの地に生息しているドラゴンから採取した魔石らしい。
「ジェシー、悪いが俺の代わりに船を漕いでいてくれ!」
「え・・・う、うん!分かったわ。任せて!」
ジェシーが船を漕ぎ始める。
バシャーン!
数体のシャークズが海面から飛んで襲い掛かる。この魔物は尾ひれ付近に水の魔石があり、そこから勢い良く水を瞬間的に噴射して、その巨体を海面から海上へと跳ねさせる。俺は剣を少し長くして、横にまとめて切り伏せる。襲い掛かってきたシャークズ達は真っ二つになり海に落ちた。海面が赤く染まる。血の臭いに寄せられたのか、シャークズの数が多くなった。
どれほどの時間が過ぎたのか、辺りは暗くなり始めていた。ずっとシャークズの群れから船とジェシーを守り続けていた俺は、あちこちが傷だらけになり、ジェシーもその間ずっと船を漕いでいて、「ぜぇぜぇ」と息を漏らし、疲労が限界まで溜まっている様子だ。
「おらぁ!これで・・・最後ぉ!」
おそらく最後の一匹であろうシャークズをぶった斬る。
「はぁ、はぁ・・・終わった・・・の?」
ジェシーが激しく肩を上下させながら、心配そうに辺りの海を見渡す。
「あ、あぁ、多分な。危険な海域も抜けたし、とりあえずは大丈夫だろう。ありがとなジェシー、漕ぐの変わるぞ」
「う、ううん、まだ・・・私が漕いでるわ。はぁはぁ・・・デンガには守って貰った・・・もの。私も・・・頑張らないと」
その気持ちは嬉しいが、今はジェシーに休んで欲しい。
俺は剣を腰に納めて、ジェシーから無理矢理オールを奪う。
「ちょっと!」
「ジェシーは休んでくれ、もう限界だろ?」
「でも・・・」
「俺は大丈夫だ、体力ならまだまだ余ってるからな」
俺はオールをブンブンと振り回して見せた。
「・・・ふふっ、そうみたいね。じゃあお言葉に甘えて休ませてもらうわね」
そう言って、ジェシーは直ぐに寝息を立てて寝てしまった。本当に限界まで頑張ってくれたみたいだ。暫く1人で漕いでいると、ブルーメが見えた。俺は南側に迂回して砂浜に船を上げる。
「ジェシー、着いたぞ。ブルーメだ」
ジェシーの肩を優しく揺らし、起こす。
「ん・・・うんん・・・、ごめんなさい結局ブルーメまで眠って、デンガに最後まで漕がさせちゃったわね」
「いや、構わない。お前の可愛い寝顔のお陰で、全然疲れを感じなかったからな」
「・・・っ。もう!やめてよ!恥ずかしい!」
ジェシーが顔を真っ赤にして怒った。可愛い・・・おっといけない、今はこんなことしてる場合じゃなかった。早くマリ達を見つけないと、海で見かけなかったってことはブルーメに着いている可能性が高い。
「ねぇ、デンガ。あそこにあるのって・・・」
ジェシーが指差した方向を見ると、岩陰にマリ達が乗っていた船が雑に隠されていた。
「よかった、ブルーメに居るみたいだな」
「本当に、行き違いにならなくて良かったわ」
俺は疲労困憊のジェシーを休ませるために、山の麓にある俺の実家でこの町一番の宿に向かう。宿が見えるころには空が明るくなり始めていた。
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【マリ】
「お前のせいだ!お前がいるせいで・・・!」
今日もお父さんは私を見て怒っている。オマエという人のせいでお母さんは居なくなっちゃったらしい。私もお母さんに会いたいから、お父さんと同じ気持ち。私のお母さんを返して欲しい。
「あの時、お前がいなければ・・・くそっ!」
お母さんは少し前に、お父さんと一緒にミリドっていう隣の国に行った帰りに、悪い人達に襲われて動かなくなってしまった。わたしは怖くてずっとお母さんに抱きついていたから何があったか分からないけど、その時にオマエさんが何かをしたんだと思う。
「マリちゃんっていうのね、今日から私がお母さんよ、よろしくね」
女の人が一緒に住み始めた。女の人は私のお母さんだと言った。でも私のお母さんはこの人じゃない。
「お父さん、お腹空いたよ。ご飯が食べたい」
「ああ、そういえば忘れてたな。あとで何か買って来る。俺達は外で食べてくるからそれまで我慢していろ」
「ねー、早く行かないとお店が混んじゃうわよ」
女の人はずっとお父さんばかりを見てる。お父さんもそうだ。女の人ばかり見ている。私はお父さんが帰ってくるまで、空腹でずっと鳴いているお腹を押さえて布団の中で丸くなっていた。
「お前のせいよ!お前がいるからあの人は私を置いて・・・!私に押し付けて・・・」
ある日、突然お父さんが居なくなってしまった。またオマエさんのせいらしい。女の人は私をコジインというところに置いてどこかに行ってしまった。コジインは私と同じくらいの子供が沢山いたけど、皆暗い顔をしていた。きっと私も同じような顔をしている。何もしないでボーっとしていると、ふと思い出す。
『誕生日おめでとうマリ!あっという間に大きくなったね!』
『うん!私もう3歳になったんだよ!』
『もう直ぐマリに妹か弟が出来るんだよ!』
『ほんと!?私、お姉ちゃんになるの?』
『そうだよー、きっとマリなら素敵なお姉ちゃんになれるよ!』
そう言って、いつも元気なお母さんが、ぎゅっと私を抱いて、優しく頭を撫でてくれた。あの頃に戻りたい。お母さんに触れて貰いたい。あの暖かさを思い出すと、涙と震えが止まらなくなる。
「そうだな、今日はそいつとそいつ・・・あとそこの隅にいるそいつを貰って行く」
たまに孤児院に来ては何人かの子供を連れていく男の人が、私を指差した。私は男の人がやっているというお店に連れて来られて、地面の下にある部屋に入れられ、首と腕に重い鉄の輪っかを付けられた。
「右から名前を言っていけ」
男の人が一番端に居た私を見て言った。咄嗟に反応できずにいると、男の人が私を指差して言う。
「おい!聞こえてるのか?お前だよ。お前の名前を聞いてるんだよ!」
オマエ・・・?私がオマエなの?
オマエさんの名前はマリ。オマエさんは私だった。お母さんは私のせいで動かなくなった。お父さんは私のせいで居なくなった。今更気付いた事実に、目の前が真っ暗になる。気持ち悪い。吐き気がする。目の前がグルグルと回る。
「うぅ・・・・おぇぇ」
「うわ!なんだこいつ!いきなり吐きやがった!」
「お母さん・・・・お父さん・・・・ごめんなさい」
「は?何言ってんだ?お前がどういう理由であそこに居たのかは知らねえが、多分お前は両親に捨てられた・・・いや、売られたんだぞ」
あれからどれだけ経ったのか、私はずっと地面の下にある、この薄暗い部屋にいる。別の部屋にいる人がずっと泣いている私を心配して、たまに話しかけてくれるけど、返事をする気にはなれなかった。お母さんに会いたい、あの頃みたいにぎゅってしてもらいたい、ただそれしか考えられなかった。
一日に一度渡される、一口サイズまで千切られた乾いたパンを食べ終えた私は、瞼を閉じて眠りにつく。空腹を忘れるために、お母さんがいない寂しさを紛らわすために、これからの事を考えないように。
「くらえ!妖精ぱーんち!」
誰かの元気な声が聞こえた。瞼を開くと、お母さんに羽を掴まれたソニアちゃんが、手足をバタバタとさせていた。奥にはお父さんもいる。
そうだ。今の私にはお母さんもお父さんもいる。
「お母さんにお父さん?」
私が声をかけると、お母さんとお父さんが私を見た。その目がとても優しい感じがして、なんだかとても嬉しくなった。
読んでくださりありがとうございます。マリちゃんはとっても幸せです。




