38.夜の砂浜にて
目が覚めた。部屋に中はまだ暗い。どうやら、昼間に長い時間寝てたせいで、変な時間に起きてしまったみたいだ。
わたしの下ではマリちゃんが「すぅすぅ」と寝息を立てていて、隣のベッドではヨームが「僕の遺物がぁ・・・」と何やら苦しそうに寝言を言っていた。
ディルはどこだろう?
少し飛んで一番端のベッドも見たけど、そこにも居なかった。
「ありえないくらい寝相が悪いからなぁ」
昨日、誰がどの位置のベッドで寝るかという話になった時、ディルは寝相が悪いから、マリちゃんの隣は危ないと思って端に追いやったんだよね。ヨームには尊い犠牲になって貰って。
ディルのことだから、寝相が悪すぎて窓の外に落下したり、部屋の外に出てしまってることもありえるかもしれない。
わたしは窓に近づいて外を見てみる。誰もいない。次に扉の方に行って開けようとしてみる。開かない。わたしの非力さじゃ人間サイズの扉は開けられない。
どうしよっか・・・ディルだし、あんまり心配はしてないけど、わたしが暇だ。今から寝れる気もしないし、かと言ってマリちゃんやヨームをわざわざ起こすのもなぁ・・・・
「うーん」と考えていると、突然目の前の扉が開かれた。わたしは間一髪で扉を避ける。
「うわぁーっぶな!」
「うおっ・・・なんだソニアか」
「ディル・・・」
扉を開けたのはディルだった。
「どこ行ってたの?」
「ちょっとそこら辺を散策してた。変な時間に目が覚めて寝付けなかったんだ」
「へぇ~、いいなぁ。わたしも行きたかった」
夜の砂浜とか行ってみたかった。
ディルは少し考えたあと、口を開く。
「なら、今から行くか?」
「いいの? ディル今帰って来たばかりじゃん」
「いいんだよ。まだ眠くないし、ソニアじゃないけど、ここで朝まで過ごすのも暇だしな」
「ほんと?じゃあ行こう」
わたしはディルの頭の上に乗って、小さな声で「しゅっぱーつ」と扉を指差す。ディルはあまり音が立たないように、そーっと扉を開けて、階段を降り、一階から外に出た。
星が綺麗な静かな夜に、遠くから聴こえる波の音と夜風が運んでくる潮の香りが心地良い。
「っんーー!気持ちいいね!ディルはどこまで散歩に行ってたの?」
ディルの頭から降りて、伸びをしながら言う。
「最初に来た砂浜まで行ってたぞ」
「じゃあ、そこまで行こっか!」
ディルが歩き出したので、わたしはディルの横を飛んでついていく。
「なんか、久しぶりに2人きりだねー・・・ん?」
ディルがじーっとわたしのことを見つめているのに気が付いた。
え?なになに?前向いて歩きなよ!わたし変な寝癖でもついてる?
自分の髪の毛を触ってみるけど、特に変わった感じはしない。たぶん。
「綺麗だな」
ディルがボソッと呟いた。
ええ!?急にどうしたの?このシチュエーションでそのセリフって・・・「月が綺麗ですね」的な感じのやつ!?「死んでもいいわ」って返せばいいの?
「その羽」
ディルがわたしの顔からそーっと視線を羽に滑らせて言う。
「いや、ソニアの羽、夜になるとキラキラになるよなって」
「あ、ああ!羽ね?」
わたしは後ろを振り返ってみる。キラキラと光っている羽が見えた。
うん、綺麗だね。キラキラでパタパタしてる。一旦落ち着こう。ここは異世界、日本の作家は当然いない。
「そんな目立つ羽があれば、夜だといい目印になって、迷子になっても大丈夫そうだな。ソニアが!」
ニッと悪戯っぽく笑うディル。
「なにおぅ!川と森の区別も出来なかったくせにー!」
「あれは、別に区別出来てなかったわけじゃないぞ!」
「どうだか・・・昨日だって港町に着いた時、見当違いな方向に走り出そうとしてたじゃん」
「うっ・・・ぐぅぅ」
勝ったね!わたしは13歳の少年に口で勝った!
そうこうしているうちに、わたし達は砂浜に着いた。妖精の身体は暑さ寒さとかは感じないから分からないけど、流石に海辺は寒いのか、ディルがブルルっと震えた。
「寒いの?早めに戻る?」
「いいや、これくらいの寒さなら大丈夫だぞ。ただ何か嫌な感じが・・・」
ディルは肩をさすりながら言う。
「大丈夫?風邪じゃないの?」
「うーん、身体は何ともない。気のせいかも」
「そう?それならいいけど・・・」
ヨームが言っていたみたいに、気を張って疲れてるのかもしれないね。
「ねぇ、ディル。デンガとジェシーが居なくても大丈夫?」
「え?急にどうしたんだ?」
「あのね、今日宿に着いてから、ディル直ぐに寝ちゃったでしょ?それで、ヨームが大人が居なくなって気を張って疲れてたんじゃないかって・・・」
「へぇ~、ヨームがそんなことを」
ディルが砂浜に座って、少し拗ねたような顔でわたしを見上げた。
「ソニアはどう思ってるんだよ?」
「え?」
「俺がヨームの言った通りに、気を張って疲れてるように見えるのか?」
わたしはジェシー達とはぐれてからのディルの様子を振り返ってみる。
ぱっと見は普通だった。でも、今になって思い出してみると、所々で少し口数が減っていたり、マリちゃんに対していつも以上に過保護になっていたり・・・様子がおかしかったかもしれない。
でも・・・
「いつもと違うとは思う。でも、今は違うよね?」
「そうだな。今は違うな。そして、多分気を張ってたわけでもないと思う。ただ・・・情けないよな」
ディルが「ハハハ」見え見えの作り笑いをして視線を下に落とした。
今のディルの状態を知っている。
「もしかして、寂しいの?」
わたしは少し下に移動して、ディルの頭にそっと手を置いた。
「うん・・・そうだな。寂しいんだ。最初は絶対にお母さんとお父さんを見つけるんだって、あの日常を取り戻すんだって、そう思ってた」
ディルは一つ息を吐いて、話を続ける。わたしは静かにディルの話に耳を傾ける。
「・・・でも、いざ村を離れて、王都を出て、デンガ達と離れて、気付いたんだ。今の俺にとっての日常って、ミーファおばさんが村長のあの村で、孤児院の子供達と一緒に遊んだり、デンガと一緒に畑を耕したり、ジェシーとマリと一緒にルテンのお店でパンを買ったり、ソニアと下らないことで言い合ったり・・・この数年の生活がそうなんだなって」
「うん・・・」
その年頃の数年って長いもんね。
「これからは、もうそこに帰れないと思うと。寂しいんだ。それが情けなく思えて、自分で自分を誤魔化そうと必死だった。でも、そんなこと微塵も気にしてなさそうないつも通りのソニアと話してたら、何だか自分が馬鹿らしく思えてきて・・・はぁ」
ディルは「しっかりしないとな」と溜息を吐く。
「そっか、でも、お母さんとお父さんと一緒に暮らしたいって気持ちは変わらないんだよね?」
「当たり前だ!それは絶対に変わらない!」
ディルがバッと勢いよく顔を上げた。
距離が近いよ!
目の前に目をまん丸にして驚いているディルの顔がある。わたしはパチっとディルの鼻に軽く静電気を流すと、ディルが「いでっ」と後ろに下がった。
「だったら!さっさとディルの両親を見つけて、その日常に帰ろうよ!」
「そうだよな・・・帰れないわけじゃないし、それに、ソニアはずっと一緒だもんな!」
うんうん、ディルが吹っ切れたみたいで何よりだ。
わたしもこの世界に来て、最初は新しいことばかりで気にしてられなかったけど、落ち着いてからは、暫くディルと同じような状態になってたっけ。つまりは、アレだ。ホームシックだね。
ディルは自分の頬をパンっと手で叩いたあと、立ち上がって服についた砂を払う。
「何か、ありがとな」
恥ずかしそうにわたしにお礼を言う。
「・・・そうだ、せっかくここまで来たんだし、あの船の様子でも見てくるか?」
少し離れたところある岩を指して言った。
「いいね!行こう!」
わたしとディルは砂浜にある岩陰まで移動する。そこには、昼間にディルが運んだ時のまま変わらないボートがあった。
「そういえば、マリちゃんは何であの魔石を発動させられたんだろう?」
「あの魔石の属性に適正があった、とか?」
「まぁ、そうなるよね~」
でも今まで発動させられた人は誰も居なかったんだよね?それをマリちゃんが発動させたの?うーん、考えても分からないことは、頭の隅に追いやろう。いつか分かる時が来るかもしれない、その時まで。
「船が無事なのも確認できたし、ソニアが風邪をひく前に戻ろうぜ!」
「そだね!まぁ、わたしは風邪ひかないんだけどね」
・・・多分。
わたし達は砂浜から離れて町に戻る。せっかくなので少し遠回りして、来た時とは違う道から帰ることにした。途中少し狭い道に入ったところで、ディルが後ろを気にし出した。
「なぁ、ソニア」
ディルが声を潜めて話しかけてくる。
「なーに?ディル」
「今から、言うことを驚かないで聞いて欲しいんだ」
「え?何を言おうとしてるか知らないけど、分かったよ?」
「大声とか出すなよ?そのまま前を向いたまま聞いてくれ」
「うん、出さない後ろ向かない」
もう、なんなの?勿体ぶらないでさっさと言ってよ!
ディルは少しわたしに近づいて、ボソッと言った。
「砂浜に着いた時にも感じたんだけど、誰かにずっと見られてるみたいだ」
「ええ!? だれなの!?」
わたしは大きな声で驚いて、後ろを振り返る。ディルが「はぁ」と溜息をついたのが聞こえた。
「チッ、気付かれたか」
建物の影から人が現れた。
読んでくださりありがとうございます。夜のお散歩回でした。




