37.食堂のお手伝いと情報収集
「夕飯時まであまり時間はないけど、それまでゆっくり休んでね!」
夕方に食堂のお手伝いをすることになったわたし達は、それまでの間、休息を取るために二階の宿泊部屋にプラティに案内して貰った。
「プラティはこれからどうするの?」
「私はこれから夕方のピークに備えて、色々と仕込まないと・・・かな?」
「それ、私もやりたい!」
マリちゃんがプラティの裾をくいっと引っ張った。
なんだかマリちゃんの目がキラキラしているような・・・。
「マリって、料理とか出来たのか?」
「うん!今ジェシーお母さんに教えて貰ってる最中なの。ハナヨメシュギョウ?なんだって。」
花嫁修業って・・・早くない?マリちゃんまだ8歳だよ?この世界の成人は確か15歳だったはず。あれ?だとしたら、そこまで早くないのかな?・・・いやいや!それでも早いよ!
「ふふっ、女の子だもんね!私からも色々教えちゃうよ!」
「ありがとう!プラティお姉さん!」
「お姉さん・・・!んー!癒される!」
いいな。わたしもマリちゃんに「お姉さん」とか「お姉ちゃん」って呼ばれたいな。「お姉様」とかもいいかもしれない。
「ねぇ、マリちゃん。わたしのこともお姉ちゃんって・・・」
「ソニアちゃんは妹だから、ダメ。それより、ソニアちゃんが私のことをお姉ちゃんって呼んでほしいなぁ」
食い気味に言われた・・・ショック。しかも、わたしが妹認定された。
「一回だけでいいから。お願い、お姉ちゃんって」
マリちゃんがキラキラの目で、浮いているわたしを見上げてくる。
「うーん・・・」
「ダメ?」
・・・仕方ない。今回だけだよ? 今回だけだからね!?
「・・・マリお姉ちゃん?」
なんか・・・すごく恥ずかしいんだけど! 皆の視線が痛い。ディルがニヤニヤしてるのが視界の端に見えるよ。
「うん!マリお姉ちゃんだよ」
マリちゃんが今までに見たことのないような満面の笑みを浮かべている。
この笑顔が見れたのなら、わたしも満足だ。
「それじゃあ、少しの間お姉ちゃんを借りるね、ソニアちゃん」
「もう!いいから早く行きなよ!」
ああ、自分でも羽がパタパタと動いてるのが分かる。どうにかできないかなコレ。感情に任せて勝手に動いちゃうんだよね。
ガチャリと、プラティがマリお姉ちゃん・・・じゃなくてマリちゃんを連れて一階に向かった。
「さてと!俺は少し寝るかな」
ディルがベッドにボフンと横たわった。
「さすがのディルも疲れちゃった?」
「まあな、今日は朝早かったのもあるし。ソニアとマリが寝てる間も起きてたからな」
そっかそっか。よく寝てよく育つんだよ。
わたしはディルに優しい目を向ける。
そう、わたしはディルのお姉さんだから。お姉さんだから・・・
そう自分に言い聞かせて、満足していると、視界の端でヨームが足を気にしているのが見えた。
「ヨームはどうするの?その足じゃ、食堂の手伝いなんて出来ないでしょう?」
「そうですね、僕も今日のところは大人しくここで寝ていましょうかね。そうすれば明日には歩けるくらいまでには痛みも和らいでいるでしょうから」
そう言って、ヨームはおもむろに自分の着ている服を脱ぎだした。
「ちょちょちょ!何してるの!」
急にどうしたの!? 頭打った!?
「おい!ソニアも居るんだぞ!」
横たわっていたディルが慌てて起き上がる。
「何って・・・僕の服はびしょ濡れですから。このままベッドで寝るわけにはいかないでしょう」
「そうだけど・・・ってどこまで脱ぐつもりなの!?止まって止まって!」
そうこう言っている間にもヨームは脱ぎ続けて、今はパンツ一枚になっていた。
わぁ、意外と筋肉あるんだね・・・・って違う違う!
「流石に下着までは脱ぎませんよ。僕を何だと思ってるんですか」
「「変人だよ!」」
わたしとディルの声が重なった。
「わたし、カカにヨームが着れる服がないか聞いてくる!」
バッと飛び上がって、扉に向かう。
「でしたら、アエロの魔石がないか聞いてくれませんか?」
「えっと・・・なにそれ?」
「アエロという魔物から採取できる魔石で、発動させると風が吹き出す空属性の魔石です」
あ~、ヨモギちゃんとツクシちゃんが髪を乾かす時に使ってた魔石かな。
「カカ~!服ちょうだーい!」
一階の厨房でプラティとマリちゃんと一緒に夕方の仕込みをしていたカカに声を掛ける。わたしは忙しそうにしているプラティとマリちゃんに軽く手を振って、お玉を片手にプラティ達を優しく見守っているカカの元に飛んで行く。
「服?あぁ、あのびしょ濡れの少年・・・ヨームだったかい?あれの替えの服だね」
「そうだけど、カカは何してるの?」
「ん?いや、ああやって娘が人に教えてる姿を見るとねぇ、つい最近まではプラティの場所にはアタシがいて、マリちゃんの場所にはプラティがいたんだ。時が経つのはあっという間だねぇ」
つい最近って・・・プラティはもう大人でしょ?何年前の話なんだろう?
「それより、替えの服だったね。確か息子が着ていた服がまだあったはずだよ。少し大きいかもしれないけど、そこは我慢してもらうしかないね」
「うん!ありがとう!・・・って息子もいるの?」
「今は出て行っちまっていないんだけどね。そうだ、誰か空属性の魔石は使えるかい?いるならアエロの魔石を貸すけど」
「あ!そうだった!ヨームが使えるらしいから、それも貸して欲しい!」
カカが「じゃあすぐに持ってくるね」と言って背を向けて、一瞬の間を置いて振り返った。
「そのちっちゃい体じゃあ、持って行けないだろう?そのまま持って行くから、ソニアちゃんは先に戻ってておくれ」
そうだった。すっかり忘れてたけど、わたし、ちっちゃいんだった!
「じゃあ、先に戻ってるね!」
部屋に戻ると、ディルは既に眠りについていて、ヨームはパンツ一枚で堂々と椅子に腰掛けていた。
あんな格好でいたら、人間だった頃のわたしなら完全に風邪をひくね。
「ディルはもう寝ちゃったんだ?」
「ソニアさんが出ていったあと、直ぐに眠りにつきましたよ。きっと気を張っていたんでしょうね。突然頼るべき大人が居なくなったんですから」
「そうかな? 頼るべきお姉さんならここにいるけど」
でも、ジェシー達が一緒なのもこのブルーメまで。そこから先はわたしとディルの2人だけになるんだよ。ディルは大丈夫かな?少しだけ心配。やっぱり、ここはわたしが頼りにならないと!
カカから服と魔石を受け取ったヨームは、少しぶかぶかな服に着替えて、濡れた服を魔石で乾かし始めた。
「乾かし終わったら僕も寝ますかね」
暫くして、ベッドの上で寝ているヨームの上で、大の字になって寝ている寝相の悪いディルの髪の毛で遊んでいると、カチャリと扉が開いて、マリちゃんがいい笑顔で部屋に入って来た。
「ソニアちゃん!プラティお姉さんが呼んでるよ!もうすぐお客さんがいっぱい来るんだって!」
「了解!ディル!起きて起きて!」
ディルの耳元で叫ぶ。
「うおっ!!びっくりした~。あれ?なんで俺ヨームの上にいるんだ?」
「うぅ・・・、ディルさん。避けてください」
ヨームの上から退いて立ち上がったディルは「うーーん!」と伸びをして、ディルの頭をジッと見て不思議そうな顔をしているマリちゃんを見る。
「どうしたんだ?」
「ううん、何でもない。早く行こ。」
わたしとディルは、ウキウキで階段を降りていくマリちゃんに続いて一階の食堂に向かう。食堂にはまだお客さんがいないみたいで、プラティがテーブルと椅子を丁寧に拭いていた。わたし達に気付いたプラティが、ディルの頭を見ながら雑巾を持って近寄って来る。
「ディル君、気合い入ってるねー!いいよ!可愛いと思うよ!」
「はい?」
プラティがディルの頭を見ながらクスクスと笑う。
「ねぇ、わたし達は何をすればいいの?」
「えっと、マリちゃんとソニアちゃんはお客さんから注文を受けてお母さんに伝えてほしいの。ディル君と私は料理を運ぶ係ね」
その後、詳しい説明を受けたわたし達は、お客さんが来るまでプラティと一緒に掃除をすることになった。暫くすると、お客さん第一号がやって来た。
「「いっらしゃいませー!!」」
「おおっ、なんだなんだ?随分と可愛らしい子達を雇ったな。そこに居るのは妖精か?」
男性は、マリちゃんとディルの頭を見たあと、わたしを見た。
「今日だけの助っ人ですよ。マリちゃんと、妖精のソニアちゃんです。注文はこの2人にお願いしますね」
それからは、ラッシュだった。わたしとディルはお客さんから情報を聞きつつ自分の仕事をこなして、プラティは隙を見ながら、時々カカを手伝いに厨房に入っていた。マリちゃんも休憩を挟みながらも頑張って接客していたみたいだ。
「おつかれ!いやー今日は助かったよ」
お客さんがいなくなり、ガランとした食堂で、プラティがうーんっと伸びをする。
いや~・・・すんごい忙しかった。
「普段はあれをたった2人でこなしてたの?」
「ううん、いつもは忙しい時間だけお父さんが手伝ってくれるんだけど、今は近々開かれるっていう武の大会の準備でいないから」
武の大会かぁ・・・デンガが出るって言ってたよね。
「お父さんって何してる人なんだ?」
「魔物退治!すっごい強いんだよ!」
「へぇ~、それは興味あるな」
「機会があれば紹介するね!」
わたし達が食堂で立ち話をしていると、黙って立っていたマリちゃんが「ふぁ~~~」と大きな欠伸をした。
「疲れてんだね。後片付けはアタシ達でやるから、あんたらはこれを持って戻ってな」
カカが大きなオムライスと小さなオムライスと水が乗ったお盆をディルに渡した。
「何から何まで悪いな」
「気にしなくていいさね。アタシ達も今日は楽できたしね」
ニッと笑うカカに見送られて、再び部屋に戻ると、ヨームが暇そうに外を眺めていた。わたし達は食事をしながら先程の報告をし合う。
「ソニアは何かいい情報を聞けたか?」
すでにオムライスを半分ほど平らげてしまったディルが、スプーンで次の一口を集めながら言う。
「うん!いっぱい聞けたよ!例えば・・・今この島の物価が凄い高騰していて、島を離れていく人が沢山いるんだとか!」
「それは俺も聞いたな、それでも依然と変わらない価格で提供しているこの宿の食堂が、皆の助けになってるんだってな。立派な人達だ。俺達も感謝しなきゃな」
うんうん。わたし達を泊めてくれてるし、めっちゃ良い人!
「どおりで、以前来た時よりも人通りが少なかったんですね」
ヨームが昔を懐かしむような顔で言う。
「ディルの方はどうなの?お母さんとお父さんのこと、何か聞けたの?」
「ふふん!聞けたぞ!」
すごく嬉しそう。そんなディルを見てると、わたしもなんだか嬉しくなってくる。
「魔物退治をしてる人の話なんだけど、7.8年くらい前に黒髪黒目の男が綺麗な女性と一緒に水の山に登っていったのを見たらしいんだ」
「水の山に?なんで?」
水の妖精に会いに行ったとか?
「それは分からないけど、とりあえず俺も水の山に登ってみようと思うんだ」
「いいね。わたしも山の頂上にいるらしい水の妖精に会いたいんだよね」
「じゃあ、明日一緒に行くか」
「そうだね!ジェシー達と合流出来たら、だけど」
今後の予定が決まり、食事を終えたわたし達は、ディルに食器を厨房まで運んでもらう。
わたしはケチャップで汚れまくってるマリちゃんの口の周りをヨームのハンカチでゴシゴシと拭いて、マリちゃんをベッドに誘導して寝かせる。本当は部屋にあるシャワーを使いたいんだけど、洗っている最中に寝られると、わたしではどうにも出来ないのでこれで我慢だ。
「濃い一日だったなぁ、正直あんまり眠くないけど、明日に備えて寝るかぁ」
「中途半端な時間に寝てたもんね。わたしもだけど」
眠くはないけど、寝ようと思えば寝れる。
「ところで、ディルさんのその髪型はどうしたんですか?」
ヨームがおかしなものを見る様な目でディルの頭を見る。
「え?髪型?」
ディルが自分の頭を両手で触って確かめる。
「うわっ!なんだこれ!確かになんか頭が締め付けられるような感じがしてたんだよ。疲れてるからだと思ってたけど、これのせいだったのかよ!」
「いいじゃん、可愛いよ?そのツインテール」
「ソニア・・・犯人はお前か・・・」
「やけに皆俺の頭を見るわけだ」と溜息をついて、縛ってあった髪を解いた。
「あー!結ぶの大変だったのにー!」
「とういうか、この紐どこにあったんだよ」
「あそこだよ」
わたしは壁に掛けてあるヨームの白衣を指差す。
「本当ですね。僕が前髪をあげるときに使っている紐です・・・って、その手に持っているハンカチも僕のじゃないですか!」
「うん、丁度いいところにあったから。はい!返すね!」
わたしはマリちゃんの口を拭いてケチャップだらけになったハンカチをヨームに渡す。
「・・・」
ヨームはハンカチとわたしを交互に見て、「妖精がやったこと」と繰り返し言いながら、深いため息を吐いてハンカチを仕舞った。
「そろそろわたしも寝よっかなー!おやすみー!」
わたしはヨームから逃げるようにマリちゃんの上にポスッと着地して、横になって目を閉じる。マリちゃんは誰かと違って寝相が良いのでつぶされる心配がない。「今日は散々だったな」とヨームを慰めるディルの声を最後に、わたしは眠りについた。
読んでくださりありがとうございます。ヨームにとっては遺物の新しい発見があったので、そこまで残残な一日では無かったかもしれません。




