36.ブルーメの景色
わたし達は、お昼ご飯をご馳走してくれるという女性の自宅へと向かうため、島の中央にある町の中を歩いている。
「そういえば自己紹介がまだだったね、アタシは、このブルーメで宿を営んでるカカだ。よろしくね」
「僕はヨームと言います。古代の遺物を研究している者です」
「俺はディル。行方不明の両親を探してるんだ」
「私はマリだよ。お父さんの家族に会いに来ました」
「わたしはソニア!暇だったからディルについてきた!」
カカは順番に自己紹介をするわたし達を見て「わけがわからないね」と言って、考えることを放棄した。
「なあ、ずっと気になってたんだけど、この溝なんなんだ?」
ブルーメの町は川があるわけでもないのに、水路の様な大きな溝がたくさんあり、まだ少ししか歩いていないのに何度も橋を渡っていた。
「ああ、それはですね・・・」
「待ちな!」
「・・・っ!」
何かを説明しかけたヨームの口をカカがバチン!と手で塞いだ。ヨームが痛そうにしている。
「そこの3人はブルーメは初めてかい?」
「そうだな」
「うん」
「だね」
わたしとディルとマリちゃんがコクコクと頷く。
「だったら、直接見た方が驚けるだろう。絶景だからね。多分そろそろ・・・」
言いながら、カカが大きな火山の方を見る。
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・
「え?なになに!?なんの音?」
火山の方角から地響きのような、大きな音が聞こえてきた。
「3人とも!山を見ててごらん!」
「もしかして、噴火するんじゃ!?」
「え!?噴火って、あの山が火を噴き出すやつか!?」
わたしとディルがアワアワと騒ぎ始めると、マリちゃんがツンツンとディルの背中を突いた。
「それって、ヤバイっていう?」
「やばいよ!」
ドッパァーーン!!
うわぁ!!この世の終わりだあああ!
火山が噴火・・・・いや、噴水した。山の頂上から大量の水が噴出して、あちこちにあった空の水路を勢いよく水が流れ、噴出した水が上空から雨のように降り注ぐ。
「こういうことさね。どうだい?驚いたかい?」
いつの間にか、前にデンガが使っていた水の魔石を発動させて、頭上に水球を作って降り注ぐ水を凌いでいたカカが、得意げな顔でわたし達を見た。
「わー!冷たーい!気持ちいいね!」
マリちゃんが楽しそうに両手を広げてクルクルと回っている。
「すげー・・・お母さん達もこの景色を見たのかなー」
ディルが感慨深そうに言った。ヨームを背負っている状態なので、ディルはあんまり濡れてないけど、ヨームはびしょ濡れだ。わたしは水の噴出が終わり、静かになった山の頂上を見る。
うーん・・・確かに凄い景色だけど、絶景って言う程ではない気がする。なんだろう?何か違和感を覚えるような・・・。
「ソニアちゃんって言ったね。あの山が気になるかい?」
「そりゃあね!」
「あの山は、水の山と呼ばれていて、山頂にあるらしい大きな池の中に、水の大妖精が住んでるんだとさ」
ミドリちゃんみたいな、偉い妖精が居るってことだよね。落ち着いたら行って見るのもいいかもしれない。
「そういえば、ソニアちゃんはグリューン王国から来たんだろう?あの国の奴ら、昔は妖精を怖がっていたけど、最近はそうでもなくなったね。ディル君とマリちゃんもそうだけど。向こうで何かあったのかい?」
「それは僕も気になりますね。以前来た時と違い、異常に妖精を怖がっていたグリューン王国の人たちが、今は、ソニアさんそっくりな可愛い妖精を模ったクッキーやパンが売られているくらいですからね」
「え・・・?わたしそんなの知らないよ!?」
「私知ってるよ!ルテンお姉ちゃんと王都に行った時に、偉い人達と一緒に作ってた!」
ちょっとー!わたしの知らないところで何してるの!!
「やはり、ソニアさんが関わっているのでしょうか?」
「もう・・・話せば長くなるから、落ち着いたらディルにでも聞いてよ」
面倒なことをディルに投げた。
「えー、俺かよぉ。カッコ悪い場面もあったからあんまり話したくないんだけど」
「大丈夫だよ。最初から最後までディルはカッコ良かったから」
ディルが照れたように、ポリポリと頬をかいて「あとで話すよ」と背負っているヨームに言った。
「それで、ご婦人の宿はどちらにあるのですか?」
「ああ、このまま町を抜けた先の山の麓にあるさね。娘と2人でやってる小さな宿だけどね、アタシと娘の料理の腕はブルーメで一番だから、期待してくれてかまわないよ」
「楽しみー!」
はしゃぐマリちゃんを先頭に、暫く町を歩くと、二階建ての、小さいけど綺麗な石造りの建物に着いた。ここが宿らしい。一階部分は食堂になっていて、テーブルとイスが沢山置いてある。
「すぐに料理を作ってくるから、適当に座って待ってておくれ」
そう言ってカカが奥の厨房に行った。わたし達がテーブルに着き、雑談していると、厨房からカカと若い女性が料理を持って来た。ちなみに、わたしは椅子に座れないので、テーブルの上に座っている。
「わぁ!本当に妖精がいる!私初めて見た!ちっちゃくて可愛いー!」
「はじめましてー!ソニアだよ☆」
わたしはパチッとウィンクした。褒めてくれたのでサービスだ。
「きゃー!可愛い!プラティだよ!よろしくね!」
プラティね!いい反応!嬉しいね!
「ほれ!騒いでないで早く料理を置きな!」
「あ、ごめんなさい!どうぞ!おっきな骨付き肉です!」
「これ鳥肉か?うまそー!」
「おぉ、いい香りがしますね。薬草でしょうか」
ドン!とわたし達の前に、焼かれた巨大なお肉が置かれた。ヨームとディルの前に一個ずつ、わたしとマリちゃんの前に四分の一くらいの大きさの物が一個。ハーブの様なとてもいい匂いがする。ブルーメで一番の料理の腕前だと豪語するだけあって、ただ焼いただけではないみたいだ。
「ソニアちゃん、はい、あーん」
「あーん」
パクッ
マリちゃんが自分の前にある骨付き肉の、ちょうどいい感じの部位を少し千切って食べさせてくれた。
「うまうまー!カリカリでジューシー!・・・なのにさっぱりしてる!」
人間だった頃に家族で行った旅行先でこんな料理があったような・・・確か骨付鳥だったかな?あれに山草の香りを加えた感じだ。
「ソニアは相変わらず旨そうに食うよなぁ。実際旨いんだけど」
「色々なところで様々な料理を口にしましたが、その中でもかなり上位に食い込みますね。シンプルなのに味に深みがあって素晴らしいです」
「マリちゃん!お返しにどーぞ!あーん」
「あーん」
パクッ
両手で千切ったお肉をマリちゃんの口に放り投げた。プラティがマリちゃんの正面の椅子に座って、わたし達の様子を生暖かい目で見ている。
「微笑ま~・・・癒されるぅ~」
「まったく・・・だらしない顔をしてるねぇ。少し横に退けな」
カカがプラティの座っている椅子を横にずらして、他のテーブルから持って来た椅子を置いて座った。
「それで、あんたらの話を聞かせてくれるんだろう?」
「じゃあ・・・俺が話すか」
いつの間にか食べ終わっていたディルが、一口お茶を飲んで、両親を探しにブルーメに行く途中で、古代の遺物を動かそうとししていたヨームに会ったこと、おかしな船が暴走して、マリちゃんの両親とはぐれて、ブルーメまで来てしまったことを説明した。
「なるほどね、色々と聞きたいことやツッコミたいこともあるけど・・・まず、今夜泊まるアテはあるのかい?」
わたし達は顔を見合わせた。何故かヨームがコクリと頷く。ヨーム以外の全員が頭に「?」を浮かべた。
「僕達はこれからあの古代の遺物を回収して、もう一度動かせないか試してみます」
・・・はい?何言ってるの?そんな予定は無いよ。
でも、一応ヨームの話を聞いてみる。
「・・・え?動かしてどうするの?」
「何って・・・決まってるじゃないですか。戻るんですよ。港町に」
「はぁ!?何考えてるんだよ!あれはマリがいないと動かせないんだろ?またマリを危険な目に合わせるのは嫌だぞ」
ディルがマリちゃんの頭に手を乗せて、ヨームに抗議する。
わたしも、あの時は楽しかったけど、危険な海域だと言われたあとで、もう一度体験したいかと言われれば、答えは否だ。
「私は大丈夫だよ?」
「ダメだ!マリに何かあったらお前の・・・・お前の家族に合わせる顔がない」
マリちゃんが一瞬目を丸くしたあと、「ん、分かった」とディルの目をしっかりと見て言った。向かいに座っているプラティが「そういえば」とテーブルに肘をついてマリちゃんを見る。
「マリちゃんのご両親の両親・・・おばあちゃんとおじいちゃんのお家はどこか分からないの?」
あー、確かに、分かれば話が早いんだけど・・・。
「わかんない・・・」
だよね。
「そっかー、ブルーメは初めてって言ってたもんねー」
「つまり、泊まるアテはないってことかい?」
「ま、そうなるな」
ディルが「どうしようかな」と頭を悩ませる。
「だったら、今夜はここに泊まりな」
「え!ほんと!?やっ・・・」
「いや、流石にそこまで世話になるのは申し訳ない」
慌てて口を塞ぐ。
わたしは何も言ってないよ?夜もここの料理を食べられるかも、とか思ってないよ?
「何言ってんだい!マリちゃんが心配なんだろ?だったら、その子が安全に明日を迎えられることを最優先に考えるべきなんじゃないのかい?」
ディルがマリちゃんを見た。
「私、ここに泊まりたいな」
ジーッとディルを見上げる。
「・・・ああ、そうだな。そうするか。ちょっと申し訳ない気もするけど、ソニアもいいだろ?」
「え?あ、うん!い、いいよ!」
本当にね!申し訳ないないけど、マリちゃんがそう言うなら仕方ないね!
「僕は遺物を回収したいのですが・・・」
「ダメだよ。ディルお兄ちゃんが可哀想だもん」
「ヨームを運ぶのも、ボートを運ぶのもディルだもんね」
そう考えると、もしディルがボートに乗ってなかったら大変なことになってたかもしれないね。だって、ディルが居なかったら、歩けない変人研究者・可愛い幼女・放電落雷しか出来ない妖精の3人だけになる。まともな人がいないね。
「なぁ、カカさん。困ってることとかないか?宿代の代わりってわけでもないんだけど、何かあるなら手伝うぞ?」
「そうさねぇ~、そしたら夕飯時に食堂の手伝いをお願いしようかね。色々あって、宿泊客はまったくいないけど、食堂を利用する客は沢山いるからね。なんだったら、そこで行方不明のご両親の聞き込みをしてもいいし」
「それは助かるよ。他にも何かあればじゃんじゃん言ってくれ」
「わたしも手伝うよ!」
わたしは「ハイッ」と手を挙げた。続いてマリちゃんも手を挙げる。
「私も手伝いたい!」
「ふふっ、今日来るお客さんは幸運だね!私も一緒に働くの楽しみ!よろしくね!」
プラティが握手を求めて手を差し出して来た。マリちゃんがその手を握って、その上にわたしが両手を置いた。
「うん!よろしく!」
「よろしくー」
ちなみに、ヨームは水の山が水を噴き出してから今まで、ずっとびしょ濡れだった。本人が気にしたそぶりを見せないので、誰も何も言わなかった。翌日、彼が風邪をひいて遺物の回収に行けなくなることを、まだ誰も知らない。
読んでくださりありがとうございます。風邪には気を付けましょう。というお話でした。




