35.砂浜にて
わたし達は今、止まることを知らないジェットボードに乗り、ブルーメという立派な火山がある島に向かって全速力で突っ込んでいる最中だ。
「もしかしてこれ、ヤバいんじゃない?」
よくよく考えれば、かなりピンチでは?・・・いや、よく考えなくても普通にピンチだよ。
「え?やばいの?」
マリちゃんが手のひらに乗っているわたしを見下ろして、コテンと首を傾げた。
「今更か!?」
ディルがギョッと目を大きく開けてわたしを見る。
「このままでは、あと数十秒程で、ぶつかりますね」
「ヨーム!冷静に言ってる場合か!」
向かう先が砂浜とかなら良かったけど、残念ながら目の前にあるのは石の防波堤だ。この速度でぶつかれば・・・ぺしゃんこだ。
っていうか・・・このボート、ハンドルと魔石しか付いてないのおかしくない!?何か他にボタンとか無いの?・・・ってハンドルあるじゃん!
「ねぇ!それってハンドル・・・舵でしょ?それで進路を変えられるんじゃない?」
わたしはマリちゃんの手の上から、ハンドルを指差して叫ぶ。
「言われて見れば・・・不思議な形ですが、舵に見えなくもないですね。確か、島の南側に行けば砂浜があったはずです。そちらに迂回しましょう」
「いいね!ディル!運転を・・・あれ?マリちゃん?何でわたしをディルに渡すの?」
マリちゃんがディルに「ん!」とわたしを手渡したあと、その小さな手でハンドルを握った。
「え?マリちゃんが運転するの?」
「私のせいでヤバイになっちゃったから・・・!」
「それはちがっ・・・・わわ!」
マリちゃんがハンドルをグイっと右に回した。ジェットボートもグイっと右に曲がった。
「マリ、ここは俺が運転するから・・・うおっ!」
マリちゃんがハンドルをグイっと左に回した。ジェットボートもグイっと左に曲がった。わたし達の左手に砂浜が見える。
「マリさん、あそこの砂浜に向かってくだ・・・うわっ!」
マリちゃんがハンドルをグイっと左に回した。ジェットボートもグイっと左に曲がり、砂浜に突っ込んでいく。砂浜には、少ないながらも何人か人が居て、わたし達が乗るボートを指差しながら、当たらないように散開していく。
「全員衝撃に備えるんだ!」
ディルが叫びながらマリちゃんを抱きかかえて、ヨームがボートの端にガシッと掴まったのが見えた。わたしは浮遊して、先にボートから離脱する。ディルが「ずるいぞ」と目で訴えてくる。
大丈夫、屍は拾ってあげるよ。・・・なんちゃって。
ドガガガガガガガ!!
ボートが砂浜に乗り上げる。その瞬間、ディルがマリちゃんを抱えたままジャンプして、見事に砂浜に着地した。ヨームだけを乗せたボートは、砂浜を抉りながら数メートル程進んだあと、ゆっくりと停止した。
「ふぅ・・・なんとかなりましたね。あれ?皆さんどちらに・・・」
ヨームがボートの上で起き上がり、キョロキョロと辺りを見渡す。
ボフン!
「ぶふっ!」
ボートの上でわたし達を探していたヨームは、突如ハンドル付近から飛び出してきたエアバッグの様な物に突き飛ばされ、ズサーっと顔面から砂浜に倒れた。
いやいやいや! そんな機能を付ける前に、もっと必要なものがあったんじゃない!?ブレーキとか! ブレーキとか・・・それから、ブレーキとか!
「おい、生きてるか?」
「ヨーム大丈夫?」
ディルとマリちゃんが突っ伏したままのヨームの元に駆け寄った。わたしも海上から移動して、3人の所に飛んで行く。
「いたたた・・・マリさん、ヨームお兄さんと呼んでくれてもいいんですよ?」
「いや」
「そうですか・・・」
マリちゃんがディルの後ろに隠れてしまった。
「そんなことより!これからどうするの?デンガとジェシーを置いてブルーメに来ちゃったけど。とりあえず宿でも探す?」
「ん? 俺、お金持ってないぞ?」
デンガが手をプラプラさせながら不思議そうにわたしを見る。
「デンガが御者にお金を支払う時に、俺の分はこっから出してくれって言って、お金の入った袋を預けたまんまだから」
「・・・」
野宿決定ですか・・・。
わたしはディルからそっと視線を逸らして、砂浜に座ったまま動かないヨームを見る。
ヨームは持ってるよね? お金。
「僕も持っていませんよ。荷物は全てあちらの港町の宿に置いたままですから」
野宿・・・わたしはいいけど、マリちゃんを野宿させるのは嫌だなぁ。
「えっと・・・ジェシー達っていつ頃こっちに到着するの?」
「あの帆船で来るのなら、明日のお昼頃でしょうか・・・」
うわぁ・・・終わったよ。
「は?そんなにかかるのか!?俺達あっという間に着いたぞ?」
「それは、船が通れないような危険な海域を猛スピードで直進してきたからですね。本来ならば、大きく迂回してゆっくりと進んでくるので、それくらいかかるんですよ」
「危険な海域って・・・普通の海だったような気がするけど」
海自体を初めて見たディルの言葉は置いといて、わたしからしても特に変わったところの無い海だった気がする。マリちゃんの髪の毛に捕まるのに必死で、よく見てなかったけど。
「海中に凶暴な魔物がいるらしいですよ」
船の下に恐ろしい魔物がいる風景を想像する・・・どうやら、かなり危険なことになっていたみたいだ。何事もなくて良かった、良かった。
「それじゃあ、どこかで野宿するしかないかぁ」
とうとうディルがそう結論づけてしまった。
「ごめんなさい、私が魔石を発動したから・・・」
ディルの後ろから、しょんぼりしたマリちゃんが申し訳なさそうにひょこっと顔を出す。
「マリちゃんのせいじゃないよ。あれは、ただの欠陥ボートを古代の遺物だとか言って動かそうとしたヨームが悪いんだよ」
「何を言うのですか!あれは未知の技術が詰まった夢の船ですよ!それに、マリさんに魔石を触れさせたのはディルさんじゃないですか!あなたが悪いです」
「いやいやいや!あの時は皆が魔石に触れていく流れだっただろ?誰も悪くない。強いて言うなら魔石と似てる髪色のソニアが悪い」
「え!?それは違くない!?」
言い掛かりにも程があるよ!
ディルとヨームがお互いの顔を見て、頷きあった。
「仕方ありませんね・・・でしたら、全員が悪いということでどうでしょう?」
「いや、どうでしょう?じゃなくて・・・」
わたしが反論するよりも先に、ディルが口を開く。
「だな!俺も、よく考えずに魔石に触れさせて悪かった!ごめん!」
「僕も、皆さんを巻き込んでしまってすみませんでした」
ああ、そういう流れね。わたしは空気の読める女だからね。ちゃんと合わせるよ。
「わたしは・・・わたしも魔石と似ている髪の色でごめんなさい」
でも、やっぱり解せないよ・・・マリちゃんはもちろん、わたしも悪くないよね!?
「っていうことだ、俺達も悪かった。だから、マリだけのせいじゃないからな?」
ディルがマリちゃんの背に合わせて屈んで、マリちゃんの頭にそっと手を置く。
「・・・っうん!ありがとう、ディルお兄ちゃん、ソニアちゃん。あとヨームも」
俯いていたマリちゃんは、瞳を潤ませながらわたし達を見て笑った。賢い子だ。
まぁ、マリちゃんが笑ってくれるなら別にいいか。
わたし達がマリちゃんの笑顔で和んでいると、いつの間にか集まっていた野次馬達の方から野太い女性の大きな声が聞こえてきた。
「なんだい!なんだい!なんの騒ぎさ!」
「お母さん」と呼びたくなる様な、エプロンをかけた恰幅の良い女性が野次馬をかき分けて、わたし達の前に現れた。
「なんだいこりゃ!?何があったのさ!?」
女性はボートとわたし達を見てから、「訳が分からない」というような顔をして、この中で一番の年長であるヨームに視線を向けた。
わたしも辺りを見回してみる。砂浜に打ち上げられた小さなボートに、黒髪黒目の美少年に、白衣を羽織った前髪長すぎ少年に、幼女と妖精・・・。客観的に見ると、おかしな組み合わせだ。
「ごきげんよう、ご婦人。僕達は・・・」
ヨームが説明しようとするのを邪魔するものが現れた。
ク~~~~
グ~~~~
お腹の虫だ。しかも二匹。
「ちょっとディル~?」
「お、俺じゃないぞ!?」
うっそだ~! そっちの方から聞こえて来たもん!
「・・・ん」
ディルの横に居るマリちゃんが、恥ずかしそうにそっと手を挙げている。
「なぁーんだ!マリちゃんかぁ、しょうがないよ。お昼ご飯食べて無かったもんね」
「ディルお兄ちゃんのお腹も鳴ってた」
マリちゃんがジトーっとディルを見上げて言った。ディルがばつが悪そうに目を逸らす。
「やっぱりディルもじゃん!何で噓ついたの!」
「いや、だって・・・なんか恥ずかしいだろ」
そうやって、隠そうとする方が恥ずかしいと思うんだけど・・・。そういえばジェシーが言ってたね、難しい年頃だって。
「あっはっはっは!いいじゃないかい!お腹が空いたら食べればいいのさ!、アタシについてきな、とりあえず話は後にして腹ごしらえだよ!」
恰幅の良い女性が豪快に笑って、ディルの背中をバシバシと叩いた。普通に痛そう。
「い、いいのか?俺達、銅貨一枚も持ってないぞ?」
「だったら尚更さね、お腹を空かしたお金の無い子供を、こんなところに放っておけないよ」
放っておけないのか! じゃあ仕方ないね! お世話になろう!
わたしはもう、この女性にお世話になる気満々だったけど、ディルは「でも悪いし・・・」と遠慮がちだ。
「ここは、このご婦人のお言葉に甘えさせて貰った方がいいんじゃないですか?」
ヨームがディルの肩に手を置いて言う。
「実際、僕達はお金を持っていないですし、食べ物もありません。このままだとディルさんが空腹に耐えられず、ソニアさんを食べてしまうかもしれません」
うんうん・・・ん?
「え・・・・?やめてよディル!わたしは食べられないよ?こわいこわい!」
「ディルお兄ちゃん、酷い・・・」
わたしはマリちゃんの後ろに隠れてディルを睨んだ。マリちゃんがわたしを庇うように両手を広げる。
「こわいのはヨームのその発想だろ!俺はそんなことしない!」
ディルがマリちゃんの頭上からわたしを見ながら弁解する。
「ほら!何をもたもたしてるんだい!さっさと行くよ!」
マリちゃんが「はーい」と言い、女性の後ろをついていく。わたしとディルは座り込んだまま動こうとしないヨームを見下ろす。
「あの遺物をどこか人目につかない場所へ移動させなければなりませんね」
「あのままでいいだろ」
「よくありませんよ!貴重な!それも動かすことが可能な遺物を!こんなところに置き去りにするなど!冒涜ですよ!歴史に対する冒涜ですよ!」
それはもう・・・すんごい形相で叫ぶヨーム。
「あー・・・、はいはい。分かったから。ディル、悪いんだけど、あのボートをそこの岩陰にでも置いて来てくれない?」
「あいよ」
ディルがポケットから闇の魔石を出して発動させ、ボートを持ち上げて岩陰に運んだ。
「ほら、これでいいだろ?さっさと行こうぜ」
ディルが座り込んだままのヨームに手を差し出す。
「そうしたいんですが・・・」
ヨームはその手を取らずに、自分の足を見る。
「まだ何かあるのか!?」
ディルがくわっと驚いた顔でヨームを見る。
「もしかして、足痛いの?」
わたしがそーっとヨームの足を触りながら言うと、コクリと頷いた。
「ディルさん。僕を背負ってくれませんか?」
「・・・」
ディルは返事をしないで「いい加減にしろ」というような目でヨームを見下ろす。
「おーーい!何してるのー?早く行こうよー!」
マリちゃんが遠くの方で大きく手を振っている。一つ息を吐いたディルが「使うまでもないか」と魔石をポケットに仕舞って、ヨームを背負った。
読んでくださりありがとうございます。自分より大きな人を軽々と背負う13歳のディル。




