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331.光の大妖精と勇者様

くるみ村は、わたしがこの世界に転生してから一番最初に訪れた村だ。当時はまだ名も無き村だったし、火災が原因で若い人は皆王都に逃げ、過疎化が進んで村の存亡の危機だった。ディルも両親が出て行ってしまってどこか影を感じる笑い方をしていたのを覚えてる。


「それがどうでだろう・・・今の村は」


 上空から見ただけで分かる。わたしがくるみ村に居た時点でもそこそこ村は発展してたけど、今は段違いだよ。


まず、村の入り口に辿り着くまでに畑が多すぎる。まるで人間だった頃のわたしの地元だ。一度ミリド王国に村を焼かれたって聞いてたけど、元通りどころかもはや元を越してる。


「ソニアさん。どこに船を降ろすんですか?」


手摺りに座って眼下に広がる畑を眺めてると、マリちゃんと手を繋いだヨームがこっちに歩いてきた。出会った最初は険悪とまではいかなくとも、そりが合わなかった2人は今ではすっかり仲良しだ。わたしもディルと手を繋いだりなんかしちゃったりしたいけど、人間サイズになると今嵌めてる妖精サイズの指輪が壊れちゃうからね。


 あともう少しすれば妖精(わたし)の体に馴染んで、体を大きくしても指輪も対応するんだけど・・・もどかしいね。


「とりあえず、村の中に船を降ろすスペースは無さそうだし、入口からはちょっと距離はあるけど畑の手前に着地しよっかな」


入口の手前にある畑、その畑の更に手前に船を降ろす。近くを通ってた馬車が驚いて立ち止まったけど、仕事に忠実な御者さんは「さ、さすがくるみ村だ・・・」と呟きながらも馬車を進めて行った。


「なぁ、ソニア。別に反対(緑の森)側からなら畑はそんなに無いし、こんなに歩かなくてもすぐに村に着いたんじゃないか?」


畑と畑の間、馬車が二台すれ違えるくらいの道の先頭を歩くディルがそんなことを言い出す。


「分かってないよディル。久しぶりのくるみ村だよ? せっかくならちゃんと入口から帰りたいじゃん」


ディルは「そういうもんか?」と首を傾げるけど、そういうものだ。様式美ってやつだ。先頭で歩くディルに、その肩に乗るわたし。そして、その後ろでは元王子で今はくるみ村の研究者のヨームと、私の元後輩で今はかけがえのない友達で妹のナナちゃんが話していた。


「くるみ村は一ヶ月ちょっとぶりくらいですが、少し離れるだけでも久しく感じるものなんですね。これが()()()()というものなんでしょう。僕にとってはまだ少し慣れないものです」

「何言ってるんですかヨーム。まだくるみ村に着いてないですよ。しかも私はこんな道歩いて通るのは初めてですよ」

「揚げ足を取らないでください」

「揚げ足の揚げ足を取ってるんですよ」


 何の話をしてるんだか・・・。この2人は師弟に近い関係らしいけど、あんまりそうは見えない。


ヨーム達の更に後ろでは、元奴隷で今はデンガとジェシーの娘で私の自称姉のマリちゃんと、わたしの双子の妹のローラが話している。


「いい? マリ。男は敵だからね。だから、お姉ちゃんのお姉ちゃんを名乗るなら、大事な妹を男の魔の手から助けないとっ」

「わかったっ」

「じゃあ、さっそく・・・ディル(あいつ)をお姉ちゃんから引き剝がすんだよ! さぁ! 王都で私達をお姉ちゃんから引き剝がした時みたいに強引に!」

「何で? ソニアちゃん達の邪魔したらダメだよ。めっ」

「キィーー!! 話が通じない!」

「ローラちゃん! 頭の上でジタバタしないでっ、髪が絡まっちゃう!」


 何をしてるんだか・・・。ローラの男嫌いは相変わらずだけど、マリちゃんまで巻き込まないで欲しいな。


「行きは2人だけだったけど、帰りは随分と賑やかになったな」


後ろを振り返りながら言うディルに、わたしは前を向きながらニッと笑う。


「帰りだけじゃないみたいだね。くるみ村も随分と賑やかになってるよ」

「・・・本当だな」


くるみ村の入り口には、鉄の船を目撃したのかお出迎えがいっぱい来ていた。デンガとジェシー、ルイヴとサディ、コルト。そしてその後ろには村長のミーファを始め、見覚えのある村人から見覚えのない村人まで、たくさんの人達がこっちを見て手を振っていた。


「お母さん! お父さん!」


わたしが村の皆に声を掛ける前に、マリちゃんが風を切って走り出す。頭の上に乗ってたローラが落っこちた。そして、ジェシーの隣りにいるデンガはそんなマリちゃんに満面の笑みで両手を広げて迎える。


「マリ! おかえ・・・ってスルー!?」

「マリちゃん! おかえなさい!」

「お母さんただいまー!」


マリちゃんはデンガを華麗にスルーして、ジェシーの胸に飛びついた。デンガはギギギ・・・っと首を動かしてマリちゃんを見る。


「マ、マリ・・・お父さんを無視してるぞ・・・?」

「うん! ローラちゃんが男は敵だって言ってたから」

「ロ、ローラ? 誰だ?」


首を傾げるデンガに、マリちゃんが「あっ」と頭の上に手を置いて、「いない・・・」と辺りをキョロキョロと探す。


「私を探してる?」

「ローラちゃん!」


デンガとマリちゃんの間にふわっと割り込むローラ。


「え、ナナ・・・じゃないよな? 髪の色っつーか、何か雰囲気がちげぇし・・・」

「私はローラ! お姉ちゃんの妹の、オーロラの妖精のローラだよ☆」


可愛くウィンクするローラに、デンガとジェシーは更に首を傾げる。


「お姉ちゃんの妹? ・・・はっ!? まさか、その見覚えのある愛嬌たっぷりなウィンクは・・・まさかソニア(妖精)の妹か?」


 「まさか」って2回言ったよ。


「お姉ちゃんの妹」であることをやたらと自慢げに話すローラ。そんなローラ達の隣りで、ディルと両親が気まずそうに見合っている。


「その・・・ディル。俺達もあっちみたいにハグし合うか?」

「いや、俺もうそんな歳じゃ・・・うぷっ!? お母さん!?」


サディは涙を含んだ瞳でディルをギュッと抱きしめる。


 ディルも少しは大きくなったんだね。自分自身では身長が低いことを気にしてるみたいだけど、サディよりも身長が大きいし、わたしが人間サイズになってもディルを見上げるし。さすが成長期だね。出会った頃は10歳の子供だけど、今はもうすぐ15歳だ。この世界は一年が400日だから、向こうの世界ではもうちょっと上の年齢だね。


「おかえりなさい。ディル。1ヶ月も何をしてたのよっ」

「た、ただいま。お母さん。あとごめん・・・ソニアがちょっと・・・時空を歪ませちゃって・・・」

「時空? ・・・フフッ、もっとマシな言い訳を聞きたいわ」

「いや、本当のことなんだけど・・・」


 デンガといい、ルイヴといい、除け者にされるお父さん()。可哀想に。お互い見合って「そっちも大変ですね」みたいな顔で溜息を吐いてる。


そして、もう一人溜息を吐いてる男がいた。


「はぁ・・・コルトですか」

「出迎えが俺で悪かったね。ヨーム。俺も出来る事なら熱い抱擁をしてあげたいけど・・・」

「いえいえ、出迎えがあるだけ嬉しいですよ」


軽くではあるけど、抱き合うヨームとコルト。コルトは呆れたような顔をしてるけど、ヨームのその横顔は笑っていた。まるで、今まで欲しかったものを手に入れたような・・・そんな顔だ。


「うんうん。これはこれでいいね」


1人、皆を眺めて浮いていたら、「せーんぱいっ」と可愛い妹が抱きついてきた。


「村を案内しますよ! たぶん先輩が知ってる村とは少し変わってると思いますから!」

「ナナちゃん! ありがとっ、お願いしよっかな」


「フフッ、先輩と一緒にくるみ村に居るって何か新鮮ですね」と笑うナナちゃんに手を引っ張られる。そして、その後ろをディル達皆が付いてくる。


「ちょっとごめんなさい! 先輩が通りますよ~!」


集まってきた村人達を割って村に入っていく。


 それにしても・・・わたし達が居ない間にミリド王国に村を焼かれたって聞いたけど、思った以上に前の村の面影があるね。新しくはなってるけど、知ってる場所に知ってる建物がある。もちろん、新しい建物もたくさん増えてるけど、前の形もしっかりと残ってるのが、「帰ってきたな」って思えるよ。


 でも、それよりも気になるのはこの人だかりだよね。村人増えすぎじゃない?


「凄い・・・あれが光の大妖精様なのか?」「フッ、お前は知らないもんな。ソニア様は前はくるみ村によく遊びに来てくれてたんだぞ」「あの青みがかった髪の妖精さんは誰だろう?」「ディル君は大きくなったなぁ」「ディル・・・ルイヴさんが言ってた人類の救世主、勇者様か!」


村人達の色んな声が聞こえてくる。後方彼氏面で腕を組んでる村人が何人か見える。


「ほらほら! 皆でこんなに囲んだら迷惑よ! 散った散った!!」


ミーファが村長らしい大きな声で皆を霧散させてくれた。前よりも恰幅がよくなった気がする。


「ごめんなさいね。遠くに空に浮かぶ船が見えてから、皆ソニアさん達が帰ってきたんじゃないかってはしゃいじゃってね」


ミーファは「じゃあ、またね」と軽く手を振りながら去っていった。何だかカッコイイ。バイバイと手を振っていると、今度はサディがわたし達の列から外れた。


「じゃあ、私達も戻るわね。実はお昼ご飯を作ってる最中なのよ。あ、そうだわ。案内ついでに家に寄ってくれたらご馳走するわよ! 家の場所は・・・前と変わらない場所に住んでるわ。ディルなら覚えてるでしょ?」

「そうだな。・・・っていうか、ありがたいけど俺達の分もご飯を用意してあるのか?」


 そうだよ。ルイヴの分が無くなっちゃうんじゃない?


「ルイヴの今日のお昼ご飯はルテンちゃんのところのパンにするわ」

「ああ・・・そうだな。パン屋ライラックのパンは大好きだ。最高だよ・・・・ホント」


その顔には「お前の飯が食いたかった」と書いてある。


「じゃあアナタ。そのルテンちゃんのところにパンを買いに行ってくれるかしら? あそこはいつも並んでるから早く行かないとお昼を過ぎちゃうわよ」

「あいよ。またなディル・・・いや勇者様。絶対に家に来いよ。今後のことを色々と話さなくちゃならないからな」

「分かったよ。お父さん」


ルイヴとサディが去って行き、ジェシーとデンガも「私達も戻るわ」と家に帰って行く。何でも赤ちゃんを近所の奥さんに預けてるそうだ。


「お母さんお父さん! 私も一緒!」

「ええ、そうねマリちゃん。でもいいの? 大好きな妖精さん達と一緒じゃなくて」

「うん! 家族と一緒がいい!」


マリちゃんは何の影も無い、満面の笑みで幸せそうに両親と手を繋いで、家に帰っていった。


 子供の体感時間はとても長い。それはもう、凄く長かったんだろう。あの嬉しそうな後ろ姿を見れば分かる。良かったね。幸せな家族を得られて。


わたし、ローラ、ナナちゃん、ディル、ヨーム、コルト・・・の妖精3人と人間3人になったわたし達は、ナナちゃんの案内のもと村の中を進んでいく。


「なんか、道の至る所で穴掘って作業してるな。何してるんだ?」


道の端っこでスコップやらよく分からない機械やらを持って何かしてる男達を指差して、ディルはナナちゃんに問いかける。


「あれは上下水道を設置してるんですよ」

「上下水道?」


首を傾げるディル。まぁ、この世界の人たちからしたら何のこっちゃって感じだよね。


「今、コルトが中心となって村を色々と発展させてるんですよ。上下水道に関しては、コンフィーヤ公爵婦人の口添えで国から色々と作業員を派遣してくれたり、補助金とかを貰ってるそうです」

「王都に技術提供するっていう条件が付いてますけどね」


「村の工事が終わったら、次は王都ですよ」と呆れ気味に言うコルト。そして、皆の後ろを歩いてたコルトは少し大きな声で、前にいるわたしに話しかけてきた。


「そういえば、ソニアさん」


先頭のナナちゃんの後ろに付いていたわたしは、ふわっと皆の頭上を飛び越えて、コルトの横を飛ぶ。


「うんコルト。久しぶりだね。村の皆とは仲良くやってる?」

「う、うん。はい。上手くやってますよ。それでソニアさん・・・その、その指輪は・・・」


コルトはわたしの左手の薬指をじーっと見てる。


「あ、これ? えへへ~、実はね。ディルから貰ったんだ! 言ってなかったけど、わたし、ディルと付き合ったの! えへへ」


わたし達の少し前から「チッ」とローラの舌打ちが聞こえてきた気がする。


「よかったですね・・・ソニアさん」


コルトはニコッと笑って言ってくれた。でも、何だか目が悲しそう。


「どうしたの? コルト」

「いえ、何でも無いですよ。・・・そういえばルイヴさんから聞きましたよ。ディルは人類を救ったそうですね。村の皆は勇者様だと褒め称えてますよ・・・ホント、ソニアさんとお似合いだと思います。・・・俺と違って」


最後の言葉は小さく呟いたつもりなんだろうけど、しっかりとわたしに聞こえた。


 何故か分かんないけど、コルトは自分に自信が持てないみたい。何か落ち込むようなことでもあったのかな?


「コルトだって凄腕の鍛冶師でしょ? それにこの村に上下水道を設置しようとしてるんでしょ? コルトだって充分に褒められて然るべき人だよ!それに、確かにディルは結果的に人類を救ったことになるけど・・・だからってわたしとお似合いになるわけじゃないよ」

「え、じゃあ・・・」

「もし、わたしとディルがお似合いに見えるんだとしたら、わたしもディルもお互いがす、好きだからだよ」


 ちょっと恥ずかしいことを言った気がする・・・。


コルトは一瞬だけポカーンと立ち止まったあと、すぐに歩き出して「ハハッ」と軽く笑った。


「ソニアさんの気持ちがハッキリと聞けて良かったです。・・・お陰でちょっとスッキリしましたよ」


 わたしの気持ち? 何のこと?


「すみません! コルトさーん! ちょっといいですかー!?」


配管工っぽいものを持った作業員がコルトを呼んでる。


「ごめんなさい、ソニアさん。実は指示を中断して抜けて来ていて・・・」

「ううん。気にしないで! ・・・頑張ってね☆」


パチッとウィンクをしたら、コルトは元気一杯に「はい!」と返事して走っていった。


 元気になったみたいでよかったよ。


「せんぱーい! そんな後ろの方で何やってるんですか? 早く行きますよー!」

「あ、はーい!」


それからは、ナナちゃんによるサクサクくるみ村案内が始まった。


「まずは川です! 子供達はよくここで釣りをしたり水浴びをしたりしてます!」


村から少し外れた場所、良く透き通った綺麗な川だ。


「ここは昔から変わんないんだな。ソニアと出会ったばかりの頃、ソニアが魚に食べられそうになったのを思い出すよ」

「ねっ。ディルが石を投げて助けてくれたよね」


 あの頃は、まさかこの子とお付き合いすることになるとは思わなかったな。恋なんて頭の片隅にも無かったもん。


「次は噴水広場です! 王都ほど大きくは無いですけど、やろうと思えばこの噴水からお酒も出せるんですよ!」


村人が多く行き交う村の中心にある噴水広場。


「なんだって!? お酒が飲めるのかい!?」

「お姉ちゃん、喋り方が変だよ。お酒弱いし酒癖も悪いんだから、気を付けてよ?」


 無性にお酒が飲みたくなってきた。久しぶりにローラと一緒にまったり飲むのもいいかもしれない。


「そして、皆さんご存知、ルテンちゃんのパン屋ライラックです!」


わたしが村に居た頃と変わらず、いや、それ以上に行列が出来てるパン屋ライラック。行列の後ろの方にはルイヴの姿もある。


「行列も凄いけど・・・何かお店大きくなったね?」

「ミリド王国によって一度村を焼かれたあと、復興する際にルテンさんは『将来のために』と今よりも大きな店舗を望んだそうです。何でも、共にお店を営みたい方がいるとか・・・」


 ほうほう・・・まさか、あのパン一筋だったルテンちゃんに春が? 今度詳しく話を聞かなきゃ!


その後、ヨームが地下にある自分の研究所が気になると帰ったあと、マリちゃん家族がやってる宿に寄ったり、ネリィとリアン達のお家に行ったり、色々な場所を案内して貰ったあと、サディとルイヴのお家にやって来た。ちなみに、ナナちゃんはマリちゃんの宿に寄った時に一旦お別れしてる。ナナちゃんは相当マリちゃんを気に入ってるみたいだ。


「お姉ちゃんはお嫁に行かせられません!!」


美味しそうな唐揚げを挟んで、サディとディルと向かい合うわたしとローラ。ご丁寧に妖精サイズの椅子がテーブルに置いてあって、わたし達はそこに座らせて貰ってる。


「怒ってるローラちゃんも、呆れ顔のソニアちゃんも、くぁあわいぃわああ!」

「は? なんて? 真面目な話をしてるの! お姉ちゃんも唐揚げを頬張らない! あぁもう! 口がベタベタしてるよ」


近くにあった大きな布巾でゴシゴシと口元を拭いてくれるローラ。


「見ての通り、お姉ちゃんはだらしないの」


 はい?


「部屋はすぐ散らかすし、酒癖は悪いし、洗濯も柔軟剤を使わないし、休日は下着姿でダラダラしてるし、取柄と言えば料理くらい! お姉ちゃんに結婚は無理だよ!」

「ローラ!? なんてこと言うの!」


ガッとローラの肩を掴むけど、ローラはむすっとしたまま目を逸らす。


「散らかすソニアも、酒癖悪いソニアも、洗濯出来ないソニアも、下着姿でダラダラするソニアも、全部可愛いからいいじゃないか」


普通な顔でとんでもないことを言い出すディル。


「その通りよ!!」


怒った顔でとんでもないことを肯定するローラ。そして、「可愛いわねぇ」と涎を垂らすサディに・・・勢い良く開け放たれる扉。


「やっとパンを買えたぜ・・・お? もう来てるのか!」

「あら、おかえりなさいルイヴ。もう食べ始めてるからアナタも座って頂戴」


パンが入ってるであろう紙袋を持ったルイヴがドカッと、何故かわたしの隣に座る。


「おっと、忘れてた」


かと思えば、ルイヴはすぐに立ち上がってキッチンの方へ歩いていく。その間も、わたしの隣りではローラの「如何にお姉ちゃんがだらしないか」ディルの「如何にそれでもソニアは可愛い」論が繰り広げられていた。


「よっと、悪いな。せっかくディルが帰って来たんだからコレがねぇとな」


ルイヴはお酒が入った瓶をプランと見せびらかしてくる。


ゴクリ・・・。


「お? 何だ光の大妖精。もしかしてイケる口か?」


コクコクと、ブンブンと頭を縦に振るわたしに、ルイヴはニヤリと口角を上げる。そして、わたしも同じような顔をしてルイヴを見上げる。


「ちょっとアナタ。ちっちゃくて可愛い妖精さんにお酒なんて・・・」

「サディ。そういう偏見はよくないぜ。このちっちゃい妖精はこう見えて何百億年も生きてるんだぜ? 用は俺達よりも歳上だ」

「そうそう! 大人なんだから、いいんだよ!」


ルイヴはトクトクと、瓶の蓋にお酒を注いでくれる。わたしはそれを両手で受け取って、もう一度ゴクリと唾を吞む。


 これは・・・日本酒っぽいやつ! わたしが好きなやつだ! ローラは・・・よしっ、ディルと何か言い合っててわたしを見てない! 今がチャンス!


「ルイヴ・・・ううん、お義父さん」

「光の大妖精・・・いいや、ソニア」


わたし達はお互い見合って「フッ」と笑う。


「「乾杯!」」


・・・。


気が付いたら、日が落ちかけてた。もう夕方だ。窓から差し込むオレンジ色の光が心地いい。


「お姉ちゃん。だから言ったでしょ。お酒はダメだよって」

「ごめんなさい」


窓際でローラに正座させられるわたし。サディはキッチンの方で晩御飯の準備をしていて、ルイヴはわたしと一緒にお酒を飲んだハズなのに、ケロッとした顔で椅子に座ってこっちを眺めてる。


 ディル、ローラの後ろで微笑まし気な顔でわたしを見ていないで助けてよ。


「それで・・・わたし覚えてないんだけど・・・何かやらかしてないよね?」

「やらかしそうにはなってたよ。服を脱ぎそうになったり、ディルにキスしそうになったり、わたしの胸を揉んできたり・・・」

「え・・・マジで?」

「マジマジ。・・・まぁ、全部私が止めてあげたけどね」

「ローラの胸を揉んだのも?」

「・・・」


・・・。


サディからは「泊まって行かないか」って誘われたけど、わたしは緑の森に帰ることにした。


「ソニア。本当にいいのか?」


「緑の森まで送る」と言ってくれたディルが、わたしの横を歩きながらそんなことを聞いてくる。


「泊まらないかってこと? わたしは緑の森に帰るよ。ジニアにただいまって言わないと・・・あっ、わざわざこうして緑の森まで送ってくれてありがとね」


 本当はディルに悪いし断ろうと思ったけど・・・今日はもうちょっとディルと一緒に居たかった。


「いや、、そうじゃなくて・・・くるみ村に住まないのかってことだ」


ディルは期待するような顔で見てくるけど、こればっかりは変える気がない。


「わたしの家は緑の森にあるからね。ジニアが作ってくれたツリーハウスが。暫くはそこで暮らすつもりだよ」

「そっか」


明らかにしょぼんとするディル。


 ・・・うっ、言うつもりは無かったけど、言っちゃおっかな。


「でも、その・・・結婚したら、変わるかも」

「そ、そっか! そうだな!」


いい笑顔だ。ちょっと照れくさいけど、そんな表情をしてくれると嬉しいな。


「2人とも、私もいるからね」


膨れっ面のローラ。可愛い妹だ。


村の入口とは反対側。たくさんのクルミの木が並ぶ緑の森側の村の出入口で、わたしは立ち止まる。


 あ、そうだ。そろそろ大丈夫かな?


わたしはポンッと体を人間サイズにする。


「うおっ、急にどうしたんだ?」

「お姉ちゃん、どうしたの?」


自分の左薬指を見る。


 よしよし、ちゃんと指輪も大きくなってる!


突然大きくなったわたしに、驚いた顔で見てくるローラとディル。


「ローラ。おいで」


そう言って手招きすると、ローラはわたしの肩に乗ってスリスリと頬擦りしてくる。


「フフフッ、お姉ちゃんの頬っぺた、モチモチのスベスベ」


 ホント、可愛い妹だ。


「ディル・・・」


わたしはそう言いながら、チョンとディルの指に触れる。すると。ディルはためらいがちにわたしの左手を握ってくれた。


「色々とあったけど、刺激的で楽しい旅だった。本当に・・・付き合ってくれてありがとう。それで、その・・・ソニアは・・・どうだった?」

「わたしは・・・うん。ディルと同じかな。楽しかった! それに、たくさんのものを得られた!」


 友達、妹、仲間、そして恋人。取り戻したものや、新しく得られたものがたくさんだ。最初は暇だからってディルについて行っただけなんだけどね。


 結果的に、わたしは雷の妖精から光の大妖精に。ディルはただの田舎の子供から人類を救った勇者様だ。


「じゃ、行くか」

「うん、行こっ」


ディルはわたしを握る手に少し力を入れて、緑の森に向かって足を踏み出す。わたしもディルの手を握る手に少し力を入れて、同じ方向へと足を踏み出した。


 もうすぐ日が落ちそうだ。・・・だけど、もう少しゆっくり歩いて行こう。

読んでくださりありがとうございます。あとはエピローグが2話ですが、本編はこれにて完結です。

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