330.暖かい時間
「見てよ! 凄いでしょ! これ!」
時刻はたぶん丑三つ時。グリューン王国上空。皆が寝静まるなか、ちっちゃくなったわたしは、鉄の船の甲板で左手の薬指をローラとナナに見せびらかす。
「暗くてよく見えないよ。お姉ちゃん」
「じゃあ、光を出して・・・」
「いいって」
ローラは「私のお姉ちゃんが捕られちゃった」と手すりの上で溜息を吐きながら項垂れる。わたしは別に誰のものでもないけど・・・でも、ローラはわたしの妹だと思ってる。
「私はその指輪とても似合ってると思いますよ! 素敵です! 先輩もついにリア充の仲間入りですね!」
「ナナちゃん。その言い方やめてよ・・・古いし」
何だか馬鹿にされてる気がするんだけど、ナナちゃんは純粋に褒めてるんだよね?
項垂れるローラをヨシヨシと宥めてるナナちゃんは、「そういえば」とわたしを見て首を傾げる。
「単純に疑問なんですけど、妖精と人間って結婚出来るんですか? 法律的に」
「え、さぁ。分かんないけど、出来るんじゃない? ・・・分かんないけど」
・・・分かんないけど。
「そもそもこの世界に法律ってあるんですかね?」
「知らなーい」
言いながら、わたしは手すりに座って足をプラプラさせる。眼下に見える夜の王都が何だかロマンティック。
「知らないって・・・先輩は相変わらず楽観的ですね」
「そりゃまぁ・・・わたしは大妖精だし。いざとなればどうにでもできるでしょ」
他の大妖精達も、これからそれぞれの国で好き勝手に法律を作るだろうしね。わたしだってそれくらいはいいでしょ。
「法律がどうにかなっても、私はどうにか出来ないよ。絶対に反対!」
手すりに跨って若干涙目になりながら食い掛ってくるローラ。
「どうしてローラはそんなにディルを嫌うの?」
ローラが男嫌いなのは昔からだけど、ディルに対してのそれは何か違う気がする。
「だって・・・私のお姉ちゃんなのに・・・あいつがとるんだもん」
またそれかぁ・・・。
ナナちゃんが「娘を嫁に行かせたくない父親みたいですね」と呟いたのを華麗にスルーして、わたしは真面目な顔でローラと向き合う。
「わたしはいつだって・・・これまでも、これからもずっとローラの双子のお姉ちゃんだよ」
「・・・お姉ちゃんは、私がもし誰かと結婚したらどうするの?」
「それはその誰かによるよ」
「ぽっと出の男」
ぽっと出の男・・・。
「・・・・・・ローラが決めた相手なら反対しないよ」
「嘘だ。何か変な間があったもん」
うっ・・・普通に見抜かれた。だって・・・世界一可愛いわたしの妹が誰かのものになるなんて・・・ねぇ?
「まぁまぁ、2人とも。お互い別にいいじゃないですか。私達は妖精で、そしてディル君は人間です。人間の寿命分くらい我慢しましょうよ」
「え~」
「先輩もですよ。ローラの言い分が理解できるのなら、無理に認めて貰おうとしなくてもいいんじゃないですか? 1人くらい反対してくる人がいたっていいじゃないですか。逆にいい塩梅ですって」
いい塩梅ってなによ・・・。「いいこと言った」みたいな顔してるけど、わたしもローラも全然心に響いてないからねね?
「じゃあ、私はディルがし・・・あ、いや、お姉ちゃんが諦めるまでずーっと反対するからね!」
ぷくーっと頬を膨らませるローラ。可愛い。ぷにっと頬を突っついたら、「真面目な話なんだけど!」と逆に頬を両手でむにっと挟まれた。それを見ていたナナちゃんが唇を尖らせる。
「まったく・・・可愛い双子ですね。羨ましいです」
そうやって不貞腐れるナナちゃんも可愛いけどね。
わたしはナナちゃんを手招きして、2人の可愛い妹をぎゅっと抱きしめる。この2人は、この先もずっとずっと妹だもん。
「な、何ということでしょう」
3人で抱き合ってじゃれついてたら、どこからともなくそんな高い声が聞こえてきた。
「か、可愛いっ」
恍惚とした表情のスズメと、キラキラとした瞳にわたし達を写したマリちゃんが手を繋いで立っていた。
「よ、妖精様達が遊んでいらっしゃる! と、尊いで―――」
「可愛いーーーー!!」
興奮したマリちゃんがスズメの手を勢い良く振りほどいて猛ダッシュしてきた!わたしは両手を前に出してマリちゃんを止めようと試みる。
「マリちゃんストップ!」
「きゃー!」
「ひっ、ひぃ!?」
止めようとするわたし。嬉しそうに悲鳴をあげるナナちゃん。ガチで怯えるローラ。
マリちゃんはわたし達を両手で掴もうとしたところ、寸ででピタッと止まって、ぶるるっと体を震わせる。
「マリちゃん?」
「・・・おしっこ」
マリちゃんはまたぶるるっと震える。そんなマリちゃんの手を、スズメが後ろから握る。
「あ、そうでしたわ。マリが尿意で目が覚めたみたいなのですが・・・」
「あ~、この船にトイレ無いもんね。ごめんねマリちゃん。今船を降ろすからお城で済ませておいで?」
「うん。ありがと」
船をお城の屋上に降ろすと、「漏れる」と体を捻じらせて言うマリちゃんをスズメが抱っこして走って行った。
「そういえば、妖精になったから暫くトイレなんて行ってないですね」
「妖精は代謝とは無縁だからね」
そう言う2人から、わたしはそっと視線を逸らす。
お酒を飲んだ時だけはしたくなっちゃうなんて・・・何か恥ずかしくて言えない。
暫くして、スズメが眠っちゃったマリちゃんをおんぶして戻ってきた。
「わたくし達は部屋に戻りますわね。では、おやすみなさいませ」
「うん。おやすみ~」
2人は部屋に戻っていく。
「ふぁ~~~ぁ」
欠伸しちゃった。妖精なのに、たまにこうやって普通に眠くなるんだよね。尿意と言い、わたしって普通の妖精と違う気がする。皆曰く、思い込みが激しいのが原因らしいけど。
欠伸をしたわたしを見て、ローラとナナちゃんはクスッと笑い合う。
「・・・わたし達も寝よっか」
「そうだね」
「そうですね」
わたし達3人は、甲板の隅にある妖精用に作った小さな小屋へと仲良く入っていく。こんなこともあろうかと思ってジニアに作って貰ってよかった。ちょっと狭いけど、小さなクッションが敷き詰められてる。居心地はとてもいい。
「じゃ、おやすみ~」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
小さな小屋の中、ぎゅうぎゅうに寝転がったわたし達は目を瞑る。
「・・・ローラ。羽踏まないで」
「私じゃないよ」
「先輩、私の羽を蹴らないでください」
「・・・羽、畳もうか」
「「そんなこと出来るの(んですか)!?」」
ディルと2人で旅をしてた時、長いこと寝袋で寝てたからね。
2人に羽の上手な畳み方をレクチャーして、今度こそおやすみなさい。
・・・。
翌朝、というかお昼頃。「うーんっ」と目を開けると、小屋の入り口から浅葱色の大きなまん丸お目目がこっちを見ていた。思わず「ひぃ!」と悲鳴を上げて他2人を起こしちゃったのも無理ないと思う。普通にホラーだ。
「おはよっ。ナナちゃん、ソニアちゃん、ローラちゃん」
普通にマリちゃんだった。小屋の中を覗いてたみたい。
「あら、マリ。妖精様方は目を覚まされましたか?」
「うん。跳ね起きたよ」
マリちゃんに掴まれて外に出されると、スズメとヨームが何か書類を持って立っていた。
ディルはどこだろう?
「ソニア様」
「あ、ん? なに?」
スズメはスッと(わたしからすれば)大きな一枚の紙を渡してきた。
「ここに印を貰えないでしょうか?」
「印?」
うわっ・・・なんか難しそうな文字列が並んでる。
スズメが「こちらに」と差し出してきた朱肉っぽいやつに手をペタッと付けて、そのまま紙の余白にペタッと付ける。わたしの三倍くらいある大きな紙に、わたしのちっちゃな手形が付いた。
「フフフッ、これほどまでに可愛らしい印はどこを探しても無いでしょう。これで厄介な貴族達を黙らせることが出来ますわ」
スズメは満足そうだけど、わたしは不安になってきた。
寝起きでボーっとしてて、つい言われるがままに捺印みたいなことしちゃったけど・・・これ、大丈夫なやつ?
「そのように可愛らしい眉毛を傾けなくても大丈夫ですわよ。ソニア様。これは先日ソニア様がおっしゃっていた、『王族以外からも王を選べるようにする』ということを記した書類ですわ」
「なるほどね」
分かったふりをする。
スズメはその紙を筒状に丸めて、いつの間にか買っていた鞄に入れる。
「では、ソニア様。わたくしはもう本国へと帰らせていただきますわね」
「え、もう行っちゃうの?」
もうちょっと一緒に居たかったんだけどな。
「ソニア様。そのように寂しそうな顔をなさらないでくださいませ・・・わたくしも本当はまだ妖精様方と一緒にいたいのですが、ヨームお兄様がわたくしに仕事を押し付けたせいで、急ぎやらなければならないことがたくさんあるのです」
スズメはそう言いながら杖に跨る。そして、そんなスズメの後ろから、寝癖がとってもキュートなディルがガチャっと現れた。
ディルだ!
「お? スズメ。もう行くのか?」
「はい。これ以上ソニア様達といると、一生仕事に取り掛かれなくなってしまいそうなので」
「そっか。頑張れよ」
ポンとスズメの肩に手を置くディル。わたしはそのディルの肩に乗って「おはよう」と挨拶した。そしたら、「おはよう、ソニア」と人差し指で頭をクリクリと撫でてくれた。嬉しいな。
「では、ヨームお兄様。行ってきますわね。まずはドレッド共和国にメイドをスカウトしに。その後、カイス妖精信仰国へと行く予定です」
「はい。父上によろしく言っておいてください」
「いいんですの?」
「はい。・・・それと兄上のお墓に黄色い花でも手向けといてください。あれでも一応兄弟でしたから」
「・・・分かりましたわ」
ヨームとスズメはお互いを見合って「フッ」と笑い合う。兄弟にだけ分かる何かがあるんだろう。
「ソニア様」
「うん。元気でね! いつでも緑の森に遊びに来てよ! 歓迎するからさ!」
「ね!」と手を翳すと、スズメは一瞬ためらったあと、はにかみながら人差し指でハイタッチしてくれる。
「それでは、皆様。また近いうちに逢いましょう!」
「うん! またね!」
「またな」
「また逢いましょう」
杖に跨って北の方角へと飛んで行くスズメに、バイバイと笑顔で手を振ってお別れをする。
スズメも、これから長い付き合いになりそうな気がするね。寿命が無い妖精が言うのも変な感じだけど。
「ところで、ディルもさっき起きたの? 珍しいよね。ディルがお昼まで寝てるなんて」
「いや? 俺はもっと早くに起きてたぞ?」
「そうなの?」
早くに起きても寝癖を直さなかったんだ。
「朝早くに起きて、散歩がてら城下町で朝ご飯を食べてたんだ」
じゃあ、その寝癖のまま城下町をウロチョロしてたんだ・・・。
ジト目で見るわたしに、ディルは何を勘違いしたのか「マリよりも早く起きてたんだぞ」と威張ってくる。
「朝起きたら、ディルお兄ちゃんがじーっとソニアちゃんの寝顔見てたんだよ。途中まで一緒に見てたの。可愛いかった」
「マリ! 内緒って言っただろ! 見ろよ! ソニアの顔が真っ赤だろ!」
皆がわたしを見てくる。
なにこれ恥ずかしい! とりあえず誤魔化さないとっ。
「べ、別に好きな人に見られて恥ずかしいとかじゃないんだからねっ!!」
プイッと顔を背けたら、皆から微笑まし気な顔で見られた。
「お姉ちゃん。現実でツンデレは無いと思うよ」
「な、何言ってんのローラ! わたしはツンデレじゃないよ!」
「プリプリ怒ってるソニアちゃん可愛い」
マリちゃんが頬をぷにぷにしてくる。完全に歳下扱いだ。
「俺はツンデレなソニアも可愛いと思うけどな」
「は? 私も思ってるけどなに? いちいち張り合わなくていいから!」
睨み合うディルとローラ。
今後こんなやり取りを何度も見る羽目になるんだろうな。いちいち構ってらんないし、放っておこっと。
暫く言い合いをするディルとローラの隣りで、皆で雑談してたら、ひと段落着いたらしいディルが「ふぅ」と息を吐いて注目を集めてから口を開いた。
「・・・じゃ、俺達も帰るか!」
「そうだね!」
お城の屋上に停まってた鉄の船を、フワリと浮かばせる。
さぁ、帰ろうか! 懐かしいくるみ村に!
読んでくださりありがとうございます。あと1話と、エピローグ2話の全3話で完結予定です。




