329.告白④
何だか、ディルがわたしの顔をじっと見てくることが多い気がする。理由を聞こうかとも思ったけど、勘違いだったら恥ずかしいなって思って聞けてない。
「ソニアさん。何をボケーっとしてるんですか? 聞いてます? 今、国家に関わる重要な話をしているんですが?」
ミリド王国のお城の屋上。そこに堂々と着地した鉄の船の上で、口元に吐瀉物を付けたスズメを囲んで話し合うわたし達。ディルとマリちゃんは少し離れたところで何か話してる。きっとわたしが作った鉄の船が凄いというようなことを話してるに違いない。
「あー、えっと、それで? カイス妖精信仰国の次の王様を誰にするかって話だよね? それ、今ここで決める必要ある?」
「ありますよ。このままでは話し合いを口実に国に連れ戻されてしまいそうですから」
「嫌ですわ。ヨームお兄様。そのようなこと・・・しませんわ」
スズメが自分の吐瀉物を処理しながら言ってる。その顔には吐瀉物の他に、「王様になりたくない」という文字が貼り付いていた。
人間って面倒くさいね。
「王様って居ないとダメなの?」
おバカなわたしの素朴な疑問。
居なくても何とかなるんじゃない?
「あのですね。ソニアさん。妖精には分からないかもしれませんが、人間は群れるものなんです。そして、群れには統率をとる者が必要なんです」
何言ってるんだろ?
「用はリーダーが必要ってことだよ。お姉ちゃん」
さっきまでわたしの頭の上をナナちゃんと取り合ってたローラが、我が物顔でわたしの頭の上であぐらをかいて言う。ナナちゃんはわたしの肩の上で不貞腐れてた。
「リーダーが必要なのは分かるけど、それは別にヨームかスズメじゃなくてもいいんじゃないの?」
「ですが、王は王族から選ばなくてはならないと決められています」
「遥か昔に大妖精様が決めました」
なぁんだ。簡単なことじゃん。
「じゃあ、光の大妖精のわたしが変える。王様は誰でもよし!」
ドヤ顔を披露するわたしに、ヨームとスズメはポカーンと口を開ける。
「さ、さすがソニア様ですわ!」
・・・と、いう事でスズメとヨームは晴れて王族の義務から解放されて自由になった。
「ですが、いきなりほっぽり出していくわけには行きませんわね」
「そうですね。次の王・・・いえ、国のトップ・・・いえ、首脳を選ばなければなりませんね。頼みましたよ。スズメ」
「分かりましたわ。ヨームお兄様。・・・え?」
ヨームはいい笑顔だ。いや、いい作り笑いだ。
「・・・分かりましたわよ。いったいどれくらい掛かるか分からないですけれど・・・あ、そうですわね。少し早いですが、ある国で1人メイドをスカウトしましょう」
何だか分かんないけど、割とあっさりと解決したみたい。
スズメは「ちょっと相談に乗ってくださいませ」と部屋にヨームを連れて戻って行って、ナナちゃんはマリちゃんのもとへ飛んでいき、わたしはローラに「話がある」と耳を引っ張られて部屋に連れて行かれる。
「お姉ちゃん。何なの? あれは?」
わたしの髪を持って、ふくれっ面で言いよってくるローラ。わたしにはローラが何に怒ってるのか分からない。訳が分からず困惑するわたしに、ローラは「ぷすぅ」と口の中の空気を抜いてから口を開く。
「お姉ちゃんは無防備すぎるよ! 人間だった頃よりもさらに!」
「え? どこが? 何が?」
「お姉ちゃんさ、泡沫島から出発する時に宙に浮いてディルを見下ろす位置にいたでしょ?」
「いたね」
「あの位置だとディルからスカートの中見えてたかもしれないんだよ? 分かってる?」
わたしの鼻先をペチペチと叩きながら言うローラ。
「分かってるよ。でも大丈夫!」
わたしは自分のスカートをたくし上げて見せる。
「ほら!見せパン!」
わたしだって女だ。そのこまで無防備じゃないよ。サディに言って貸して貰ってるんだから。
「お姉ちゃん・・・それを履いてるからってスカートをたくし上げるのはどうかと思うよ」
「それはそうだけど・・・妹のローラだからこうしてるだけで、他の人の前ではこんなはしたないことしないよ」
「そっか・・・そっか! なら許してあげる!」
何か分かんないけど、機嫌が直ったっぽい。
それからローラと一緒に睨めっこをしてると、鉄の船はグリューン王国の王都に着いた。というか、わたしが運んだ。
「あの・・・普通に入国出来ないのでしょうか?」
前よりも明らかにお腹周りがシュッとしたコンフィーヤ公爵が、苦笑いをしながら城門を半壊させた鉄の船を見て言う。
わざとじゃないんだよ? だって、部屋の中にいて外を見てなかったから。だいたいこの辺かな? って着地したから・・・いや、そもそも元を辿れば・・・
「ごめんね。コンフィーヤ公爵。 ヨームが王都に寄りたいってい・・・」
「申し訳ありません。何せ大妖精の気まぐれなので・・・」
ヨームのせいにしようとしたけど、あっさりと躱されちゃった。
ヨームとスズメが兄妹水入らずで一緒に行動出来るように助言をしてたら、わたしの髪をはむはむしてるローラが視界に入る。何してるんだろ。
「ねぇ、お姉ちゃん。せっかくだし2人でぶらっと散歩でもしない?」
「んー? いいけど・・・わたし靴持ってないから歩かないよ? 歩かなくても散歩って言うのかな?」
「大丈夫だよ。私も飛んでるし・・・あ、じゃあ、お姉ちゃんの靴を買いに行こうよ」
靴、かぁ。確かにずっと裸足だもんね。わたし。飛んでれば特に問題ないけど、ずっと飛んでるわけにはいかないもん。・・・だ、だって、もしディルとデートとかするとしたらね? わたしだっけ飛んでたら、何か変じゃん。
「よしっ、そうと決まれば! さっそく靴屋さんを探しに行こう!」
どこでもない。暗くなりつつある空を指差して、わたしはフワリと城下町の屋根を飛び越える。
「さてっ、靴屋さんはどこかな? ローラはどこにあるか知ってる? ・・・って、いないし!」
わたしの髪をはむはむしてたハズのローラが居なくなってた。困った妹だね。
「見て。あれ・・・」「ソニア様じゃない?」「わぁ・・・すんごい美人さん」「綺麗な金髪だわ」
まずい!人だかりが出来そうになってる! これじゃあお買い物どころじゃないよ!
わたしはすぐに自分の羽を消して髪色を黒にする。「しーっ」と人差し指を口に当てると、皆はお互いを見合ったあと、微笑まし気な顔でコクリと頷いて、それぞれの生活に戻ってくれた。
皆良い人たちだね。
ペタペタと裸足で城下町を歩くこと10分くらい。ようやく靴屋さん・・・ではなく、居酒屋を発見した。
ちょっとくらい・・・いいよね?
意気揚々と居酒屋に入ったら、子供には早いと早々に追い出された。
しょうがない。これで我慢しよっと。
手に持った一杯のお酒をクピッと飲む。別にくすめて来たわけじゃない。近くにわたしに飲んでほしそうなお酒が置いてあったから、連れて来てあげただけだ。
「うわっ、これテキーラじゃん! あんまり好きじゃないんだけどな・・・」
いい感じにほろ酔いになったわたしは、たまたま視界に入った靴屋さんへと突撃する。
「すいませーん! このサンダルくださいなっ」
お店の一番手前にあったサンダルを指差してそう言うと、そばかすがチャーミングな女性の店員さんはいい笑顔で「いいですよ」と言ってくれた。
やったー!
さっそくサンダルを持ち帰ろうとしたら、女性店員さんが慌ててわたしの手を掴んできた。
「ちょ、ちょっと! 何してるんですか!?」
「何って・・・サンダルを持ち帰ろうとしてるだけだよ? いいんでしょ?」
「いいわけないですよ! ダメです!」
「えぇ!? 何で!」
さっきと言ってること違うよ!
わたしは女性店員さんの手を振りほどいて、背伸びして店員さんに詰め寄る。
「いいって言ったじゃん!」
「それは、そういう意味じゃないですよ!ご両親はどこ? 子供はもう帰る時間ですよ」
「ママとパパはもう会えないよ。あと子供じゃない」
「そ、そう。ごめんなさい」
「・・・じゃなくて!」
いいって言ったのに! この人噓つきだよ!
プンプンと憤慨してたら、後ろからディルの声変わりが終わって少し低い声が聞こえてきた。
「ソニア。何を揉めてるんだ?」
「あ、ディル! ちょっと聞いてよ~!」
わたしはディルに今ここであったことをそのまま伝える。
「わたし、この店員さんに『このサンダルくださいなっ」って言ったの! そしたら『いいですよ』って言われたから、持って帰ろうとしたの!」
「そうか・・・それで?」
「サンダルを持ち帰ろうとしたら、『ちょ、ちょっと! 何してるんですか!?』って止められたの! うそつき~!!」
女性店員さんの体を手で押したら、逆にわたしが反動で倒れそうになった。
尻餅ついちゃう!
・・・って思ったけど、そうはならなかった。ディルがわたしの背中を支えてくれた。羽ごと。声が出そうになるのを我慢して、ディルを見上げる。
顔が近い。お姫様だっこみたい・・・。
羽のこともあってか、一瞬で酔いが冷めた気がする。
「あ、ありがと」
「お、おう」
お礼は言うけど、羽のことは別だよ。羽は敏感で、今も体が跳ねそうなのを必死に我慢してるんだから。
わたしはディルを睨む。ディルはそんなわたしの顔をじっと見つめてくる。
ちょっと・・・ダメ! 何か顔が熱くなってきちゃいそう!
我慢出来なくて、わたしは口を開く。ディルが何か言おうとしてたけどお構いなしだ。
「ディル」
「あ、え? なんだ?」
「羽、触ってる」
「あっ、ああ! ごめん!!」
ディルは慌ててわたしから離れる。
羽を離してくれたのは助かったけど、ちょっともったいないことしたかな? もう少しあのままでも・・・
「あの・・・あなたの妹さんですか? 冷やかしなら帰ってもらえます?」
腕を組んだ店員さんが睨んでくる。
妹? 姉の間違いでしょ! わたしの方が歳上だよ!? ・・・まぁ、それはそれでいいような気がするけど・・・いや、やっぱ駄目だよ。
それからディルは「何でも好きな靴買ってやるから」と言ってくれたので、わたしは店内を物色する。
「人間の頃の記憶があるなら、お金くらい分かるだろ?」
「分かるけど・・・人間だった頃って言っても20年とちょっとしかないし・・・たまにうっかりしちゃうんだもん」
「ちょっと酔っぱらってて・・・」なんて墓穴を掘るようなことはわざわざ言わない。わたしは賢い女。
唇を尖らせて誤魔化してたら、わたしが落ち込んでると思ったのか、ディルがサンダルを勧めてくれたけど、それは子供用だ。
どこを見たらわたしが子供に見えるのか。ちょっと身長は低いかもしれないけど・・・立ち居振る舞いは大人だし、それなりに胸だってあるのに。
その後、もう一度ディルに子供用を除いて何が良いか聞いたら、とてもいいサンダルをチョイスしてくれた。可愛らしいタンポポの模様が付いた白いスポーツサンダルっぽいやつだ。
可愛いし、動きやすそう!
(ディルが)サンダルを買ったあと、わたしは早速そのサンダルを履いて、ディルと一緒に城下町を歩く。
「ふふーん♪ ふふーん♪」
「ソニアが人前で鼻歌を歌うなんて珍しいな。そんなに嬉しかったか?」
「うん! 欲しかったものが、最高の形で手に入ったから!」
サンダルそのものも良いけど、やっぱり好きな人からのプレゼントって嬉しいよね! もしかして、ちゃんとしたこういうのって、わたし、初めてじゃない!?
「それは・・・俺がプレゼントしたから・・・か?」
舞い上がるわたしにディルがそんなことを言ってくる。
わ、わざわざ言葉にして言わなくてもいいじゃん! 恥ずかしいんだけど!
コクッと頷くわたしの顔を、ディルはまたじーっと見てくる。余計恥ずかしい。もう暗い時間で良かった。明るかったらもっと恥ずかしかったもん。
「日が暮れてるじゃん!!」
「わっ、どうしたの! ディル!」
急に叫び出すディル。どうやらお腹が空いてたらしい。わたしが近くに見えたアップルパイの屋台を指差すと、よっぽどお腹が空いてたのか、ディルはわたしの手を握って早歩きで屋台へ向かいだす。
え? え? ちょ・・・手! 手を握ってますけど!? 握られてますけど!? これは・・・そういうあれなんですか!? デート的な意味の手繋ぎなんですか!? それなら早歩きじゃなくてもうちょっとゆっくり歩きたいな・・・なんて、思っちゃったりしちゃうんだけど!?
「すいません。アップルパイ2つください」
ディルは何でもないようにわたしの手を離して、アップルパイを買う。
え、意識してるのわたしだけ? そんなにお腹空いてたの?
「はい。落とさないようにな」
「う、うん。ありがと」
ディルからアップルパイを受け取る。わたしの手がちょっと震えてる気がする。
「どうした? 顔が赤いけど・・・あ、ごめん、つい俺の歩幅で歩いちゃって。疲れたよな」
「え、あ、ううん! 大丈夫だよ!」
誤魔化すように、わたしはアップルパイにかぶりつく。ちょっと大きくて食べにくいけど、美味しい。
「なぁ、ソニア。今、行きたいところとか・・・あるか?」
まだアップルパイに口をつけてないディルが、わたしの顔を覗き込んで聞いてくる。
今、行きたいところ? そんなこと急に言われても困るんだけど・・・。でも、出来ることなら・・・まだ、もう少し・・・どこにも行きたくない。
目一杯の勇気を振り絞って、アップルパイを持っていない方でディルの空いてる片手を握る。ビクッと震えて目を丸くしてわたしの顔と手を交互に見るディルに、わたしは自分の想いを伝える。
「もうちょっと・・・2人きりでいたいなって、思うんだけど?」
わぁああああ!! 何で疑問形!? 恥ずかしい! わたし今めっちゃ恥ずかしいことしてる!!
頭の中は完全にパニック状態だけど、それを表には出さずにじっとディルを見上げる。
「あ・・・えっと・・・そ、そうだな! と、とりあえずそこら辺のベンチにでも座ってアップルパイを食うか!」
暗いけど、ディルが顔を真っ赤にしてるのは確実に分かる。ベンチへと移動する間で、わたしの手を握るディルの手がだんだん湿っぽくなってきた気がする。
「もぐもぐ・・・もぐもぐ・・・」
「むしゃ・・・パクッ」
手を繋いだままベンチに座って、お互い何故か無言でアップルパイを食べる。
気まずい・・・よりは照れくさい、かな? でも、嫌いじゃない雰囲気。
「あの、ソニア」
「へ!? な、なにですか!?」
「なにですか」って何!? 落ち着けわたし!
「まだ・・・2人きりでいたいんだけど、いいか?」
ベンチの上で、ディルはわたしの右手に両手を重ねて、少し潤んだ瞳で真剣にわたしを見つめてくる。わたしはそれに応えるように、ディルの両手の上に左手を重ねた。
「わ、わたしも・・・同じだよ」
わたしがそう言うと、ディルは幸せそうに笑った。
「お願いがあるんだけど、ソニアの姿、元に戻してくれないか?」
「え? 別にいいけど・・・」
黒色にしてた髪を金髪に戻して、丸い耳も尖った耳に戻す。そして羽を見えるようにした瞬間、ディルが「ちょっとごめんな」とわたしの背中に手を回して、そのまま抱き上げられた。お姫様だっこだ。
「へわっ!? あ、あの!? ディル!? な、何を・・・」
「本当に2人きりになれる場所に行くぞ」
わたしを横抱きにしながらそう言って、屋根の上へと跳んで、ぴょんぴょんと星空の下を駆けていくディル。羽に触れないように器用に抱いてくれてるみたいで、羽に違和感はない。
な、何なの!? ディルのくせに男らしいことしちゃって! カ、カッコイイじゃん・・・。
ディルはそのままお城の外壁を登っていき、そして屋上に着いた。ディルはそっとわたしを降ろしてくれる。
「お城の屋上?」
「ああ。ここなら、2人しかいないだろ?」
ニッと笑うディル。何でか分からないけど、泣きそうになる。
ダメ! 感情が溢れちゃう!
わたしは感情を抑えようと腕を組んで、プイッと横を向いて視線を逸らす。
「べ、別にわたしはディルと2人きりだからって嬉しくないんだからねっ!!」
ああああ! 言っちゃったよ!
ディルは「ははっ、そっか。俺は嬉しいぞ?」と、まるでわたしの心を分かってるかのように受け流してくれたけど、それじゃ駄目だ。わたしもちゃんと応えないと。
わたしはディルの服をちょいっと摘まんで、見上げる。
「わたしも・・・本当は嬉しい」
「・・・か、可愛いすぎだろ」
ディルが何か小声で呟いたけど、聞こえない。・・・いや、聞こえた。
勘違いなんかじゃない。ディルは、わたしを見てる。・・・想いを伝えるなら、今かも。
「あ、あのね! ディル! わたしディルに・・・え?」
勢いよく喋り出したわたしの前に、膝をついてわたしの左手を握るディル。そのディルの左手の薬指には、わたしが贈った魔石付きの指輪が嵌められていた。
さすがに分かる。ディルが何をしようとしてるのか。
口を閉じてディルを見下ろすわたしに、ディルも口を閉じたまま指輪の魔石に右手を乗せる。
(ソニア・・・)
っ!?
テレパシーだ。ディルの想いが直接わたしの頭に伝わってくる。
(ソニアの全てが好きだ。ローラの姉で、俺の知らない人間だった頃のソニア。いつも元気でマイペースで、優しいちっちゃくて可愛い友達のソニア。人間には冷酷だけど誰よりも身内を大事にする、おっきくて、ちょっぴりお馬鹿で綺麗な光の大妖精のソニア。その全てが混じった・・・皆に慕われてる今のソニア。俺はソニアの全てを・・・愛してる)
熱の籠った瞳で、じっとわたしを見つめるディル。その緊張がひしひしと伝わってくる。
(でも、ソニアは300億年も生きた大妖精だ。俺はまだソニアのことを全部知ってるわけじゃない。・・・俺の人生を賭けてソニアを知りたい。ソニアには俺の人生をあげたい。だから、その分のソニアの時間が欲しい)
ディルはわたしの手を離し、ポケットから小さな箱を取り出す。
それって・・・もしかして?
ディルの手によってパカッと開かれた箱の中には、極小サイズの指輪が入ってた。
「わぁ・・・」
綺麗・・・。
金色の指輪。その中心には教会の鐘のような形のお花の模様が彫られていた。
この花の形・・・何だっけ・・・あ、思い出した。提灯百合だっけ? 人間だった頃に図鑑か何かで見たことがある。変わった形の花だなって思ったのを覚えてる。確か別名があった気がするんだけど・・・。
「ソニア」
穴が開くくらいじーっと指輪を見つめるわたしに、ディルは優しい声で呼びかける。わたしがハッとして視線をディルに戻すと、ディルは「すぅ」と息を大きく吸って、口を開いた。
「ソニア。愛してる。結婚を前提に、俺と付き合ってください」
結婚を前提に・・・妖精のわたしにこんなことを言う人間はディルくらいだろうな。
膝をついて指輪を差し出して、唇を震わせながらじっとわたしの返事を待つディル。わたしはそんなディルの手から、指輪が入った箱を受け取った。今は人間サイズだから指輪は嵌められないけど、指輪が入った箱を胸の前でギュッと抱きしめる。
嬉しい・・・嬉しいな。ディルに、告白されちゃった。
「ふふっ」
自然と笑いがこみ上げる。そんなわたしを、ディルは口を開けておろおろとしながら見上げてる。
あ、ちゃんと返事をしないとだね! 受け取ってもらえたけど、返事が無いから困惑してるみたい。
わたしは膝をつくディルに手を差し出す。ディルはポカーンとしたまま、わたしの手を取って力を入れ・・・。
「きゃあ!」
「うおっ!?」
わたしの力じゃあディルの体重は支えられなかった。そのままディルに引っ張られて、ディルの膝の上に乗って抱き着くような姿勢になる。
「ご、ごめん! ソニア!」
慌ててわたしを引き剝がそうとするディルに、わたしは抵抗するように背中に手を回してギュッと抱きつく。ディルの体の熱がそのまま伝わってくる。
「いいよ! ディル!」
「え?」
「ディルの人生分、わたしの時間をあげる!」
「そ、それって・・・」
ディルはわたしの肩を掴んで、少し体を離して顔を見つめてくる。
「わたしも愛してるよ! 付き合おう!」
「ソニア・・・」
ディルもわたしの背中に手を回してくれる。そして、膝の上にわたしを乗せたまま、じーっと見つめ合う。だんだんと、ディルの顔が近づいてくる。
こ、これって・・・。
わたしも、ゆっくりとディルに顔を近付ける。ディルの息が届く。唇と唇の距離がどんどんと縮まって・・・
「あ! お姉ちゃん! こんなところにいた!!」
「うひゃあ!?」
「・・・っ!!」
ゴロゴロと後ろに転がって慌ててディルと距離をとった。ディルは顔を林檎のように真っ赤にして唇に手を当てながら目を逸らしている。
「お城の方に向かうディルとお姉ちゃんが見えたから追ってみたら・・・こんなところで何してるのさ!!」
わたしの周りをグルグルと回りながらそう言うローラ。
何って・・・何ってっ・・・!!
「お姉ちゃんの顔が今までにないくらい真っ赤なんだけど!ディル! お姉ちゃんに何したの!!」
そりゃ、真っ赤にもなるよ! だって、好きな人に告白されたうえに、キ、キスをしようとしてたんだから!
わたしは無言でローラを掴んで、胸の谷間に突っ込む。こうすればローラは大人しくなる。
「お姉ちゃん・・・心臓バクバクだよ?」
「うるさいよ」
「「・・・」」
少しの沈黙のあと、わたしとディルはお互いを見合って「クスッと」笑った。
「帰ろっか」
「そうだな」
読んでくださりありがとうございます。
女性店員さん(この子・・・髪は黒なのに眉とまつ毛だけ金色だわ)




