324.魔気と魂
「これでどう? 可愛いよ」
泡沫島の洞窟にある船着き場で、自分が作った船を得意げに紹介するアケビ。ここから見える外はもう暗くなり始めていた。
可愛いよって・・・。
「ねぇ、アケビ。この船首に付いてる像は何?」
「可愛いソニアだよ?」
「やりなおして?」
「「えぇ~・・・」」
む? 今「えぇ」って言ったのアケビだけじゃなかったよね?
後ろを振り返ると、ローラ以外のほぼ全員が目を逸らした。
「どうしたの?」
首を傾げるローラに「なんでもないよ」と返して、わたしはアケビの肩の上に乗って普通の船を作るようお願いする。ついでに船内も凝った作りにして欲しいとお願いする。
「はい・・・これでいい?」
すんごいテンション低いけど、アケビは普通の船を作ってくれた。
まぁ、鉄製な時点でこの世界では普通じゃないんだけどね。
「さぁ、皆乗って乗って! あ、ディル! お父さんは寝室に運んで、ウィックは一応牢屋に入れておいてね! スズメは瓶をビオラに渡してね!」
ふわふわと浮きながら皆を船内の各部屋に案内する。
ディルとお父さんは同じ部屋で、ウィックは念のため牢屋。そして、スズメとローラ、リナムとジニアとガマくん、アケビとケイト、わたしとエリカとビオラのペア?で同室だ。二人部屋しか無いから仕方ない。
「あ、ソニア。ちょっと待ってくれ」
「ん? なぁに?」
エリカとビオラに続いて船内の部屋に入ろうとするわたしを、お父さんを部屋に置いてきたディルが呼び止める。
「あー・・・そのぉ・・・ひと段落したらちょっと二人っきりで話したいことがあるんだ・・・けどっ、いいか?」
「ん? うん。別にいいけど・・・何かしどろもどろだけど大丈夫?」
「い、いやちょっときんちょ・・・疲れてるだけだ。寝たら治るよ」
「そう・・・」
「ハハハ」と空笑いするディル。
まぁ、ディルはまだ子供・・・でも無いけど、大人でも無いからね。こんな大人でも疲れるどころじゃ済まない体験をしたんだから、当然か。
「あ、お父さんは大丈夫そ?」
「うん。研究所にあった食べ物を食べさせたからとりあえず大丈夫だと思う」
「そっか。よかったよかった。じゃあ、またあとでね。おやすみ」
「ああ。おやすみ」
バイバイと手を振って、わたし達はいったん別れる。
「ソニア。あの人間のこと、好きなの?」
ベッドに腰掛けて足をプランプランしてながら聞いてくるエリカ。その後ろではビオラが瓶を眺めてるフリをしながら横目でわたしの様子を窺ってくる。
別に皆に噓吐く理由もないよね?
「そうだね。ディルのことは好きだよ。恋愛的な意味でね」
わたしがそう言うと、後ろでこっちの様子を窺ってたビオラは何も言わずに瓶の方へと視線を戻した。
あれ? ・・・絶対なんか言われると思ったんだけど・・・。
「ねぇ、僕は?」
「え?」
ふわふわと浮かぶわたしを、エリカは上目遣いで見つめながら聞いてくる。
「僕は恋愛的に、どう?」
「どうって言われても・・・」
たぶん、今わたしは物凄く困った顔をしてると思う。
「僕は、あの人間よりも、ずっと一緒にいた。一緒のベッドで、何度も寝た。しかも同じ大妖精。・・・僕のことは恋愛的に、どう?」
「えっと~・・・エリカは可愛いと思う」
「か、可愛い?」
コテっと首を傾けるエリカ。やっぱり可愛い。
「うん。可愛い。なんていうか、可愛い弟を恋愛対象としては見れないかな~って・・・」
「お、弟・・・」
あっ、あ~・・・凄いショックを受けた顔になっちゃったよ。
「決めた。僕、筋トレする」
「やめて!」
決意の籠った目で言ったエリカを全力で否定する。
「エリカはそのまんまが可愛いんだから!」
「でも、僕も・・・」
「わたし、筋肉は好きだけど、エリカは違うよ。もしムキムキにでもなったらもう一緒に寝ない!」
「分かった。諦める」
「チッ」
ん? なんかビオラの方から舌打ちした音が聞こえたような?
「もしかしてわたし・・・300億年くらい生きて来て初めてのモテ期が来てるんじゃ!?」
「そんなわけないでしょう」
速攻でビオラに否定された。
そうだよね。エリカは別にわたしを恋愛的に好きだって言ってるわけじゃないし、わたしをそういう意味で好きになってくれてるのはディルだけだもん。・・・まぁ、ディルだけ十分すぎるよね。好きな人がわたしを好きでいてくれるなんて幸せだね!
「それより、ソニア。この瓶だけれど・・・」
「ああ、あの・・・なんだっけ・・・名前は思い出せないけど泡沫島の偉い人の魂が入ってるんだよね? その塩水が入った瓶に」
その瓶を棚に置いて、ベッドの上に(わたしはビオラの頭の上に)寝転がりながら眺めるわたし達。
「わたしには見えないけど、ビオラには見えてるんだよね」
「見えているわよ。穢れた魂が」
「どうしてビオラにだけ見えるの?」
わたしも、この場に居るエリカも、たぶん他の皆も見えてないのに、何故かビオラにだけ見えてるなんて不思議だもん。
「恐らく私は、魂を司る妖精なのだと思うわ」
「え、魂? ビオラは・・・闇の大妖精は魔気を司ってるんじゃないの?」
そこら中に充満してる魔気。人間や魔物にも流れてる魔気。炎や水、あらゆる自然に変換可能な魔気。
「私もそう思っていたのだけれどね。ソニアが魂になって別の次元に飛ばされてから私なりに色々と実験をして分かったのだけれど、どうやら少し違ったみたいなのよ」
ビオラはくるっと仰向けになって、わたしを両手で掲げながら話を続ける。
「魔気を司っていることには変わりないのだけれど、魔気は魂なのよ」
「へ?」
ちょっとよく分からないよ?
「魂は肉体を離れると魔気に還元され、肉体が構築される際に周囲の魔気は魂に変換され、体に宿るのよ」
「そうなの!? ・・・あっ、でもでも、わたしは普通に肉体を離れても魂だけで別の次元に行って人間に転生したよ?」
「そうね。もちろん例外はあるわ。例えば私達大妖精の魂は何億年もの時を経て不変的なものになっているから魔気に還元されることはない。それと、外部から何らかの保護を受けた魂や、これは推測だけれど・・・強い意志か何かによって強固になった魂も魔気には還元されないわ」
わたしは大妖精だから、ローラやナナちゃんは神様に保護されて、ツルツル海賊団船長のダリアはたぶん後者の理由で死んでも魂が還元されずに済んだってことだよね。
「それと魂は恐らく・・・いえ、何でもないわ」
ビオラは掲げていたわたしを平たい胸の上に置いて、クリクリと頭を撫でてくる。悔しいけど気持ちよくて羽が動いちゃう。
そんなわたし達を見ていたエリカが、ふと窓の外に視線を移して「そろそろ、船を動かす」と呟いた。そして船はゆっくりと動き始める。当初は一刻も早くディルのお父さんを診てもらうために急いでたんだけど、研究所の食べ物を与えたら思いのほか回復したので、この際船でゆっくり休みながら進んで、夜明けくらいに海賊船と合流しようってことになった。
まぁ、別に合流してから休憩でもいいんだけど、「男が」「人間が」とうるさい妖精達がいるからね。
「話を元に戻すけれど、この魂はどうしてやりましょうか?」
「うーん・・・魂って言われても、わたしには水が入ったただの瓶にしか見えないんだよね・・・もう面倒だし、そこら辺の海に沈めたら駄目?」
「なるほど。暗い深海の中で何もできずに永久の時を過ごさせる・・・というわけね。頭の弱いソニアにしてはいい考えだと思うわ」
いや、別にそこまで考えて無かったんだけど・・・。っていうか頭の弱いて・・・悪意が無いだけに普通に傷付くんだけど。
「じゃあ、ソニアが投げて、僕が出来るだけ深いところまで、風で飛ばす」
「そうね・・・っと、その前に、ソニア。そろそろ本来のサイズに戻ったらどうかしら? そのお気に入りのワンピースも、そろそろソニアの体に馴染んだと思うわよ」
妖精が着る服は、その妖精に馴染めば光になっても、例え大きくなっても脱げたり破れたりすることなく妖精の体に順応してくれる。今まではローラからプレゼントしてもらったこのワンピースが破けたりしないように避けてきたけど、ビオラ曰くもう大丈夫みたい。
「よいしょっと」
体を人間サイズにすると、服も一緒に人間サイズになる。
なんか、今となってはもう逆にこっちの方が違和感あるなぁ。
「あと、靴も欲しいよね」
今は裸足だもん。裸足では歩きたくないもん。
ビオラから瓶を受け取って、ふわふわと浮きながら船の外に出る。後ろからビオラとエリカがペタペタと歩きながら付いてくる。
「お、ソニア」
「あ、ソニア様!」
ディルとスズメとバッタリ。
「どうしたの2人とも? もうお月様が出てるけど寝ないの?」
「いやそれがさ・・・この船ってトイレないのか?」
「無いから我慢しなさい」
ビオラが無慈悲にもそう答える。
「しゃーない」
「わ、分かりましたわ! 大妖精様がそうおっしゃるのなら!」
それでいいんだ・・・ディルはともかく、スズメは大丈夫なのかな? 前は嘔吐してたけど今度はお漏らしなんて・・・まぁ、いいや。わたし知らない。
「それで、ソニア達は何してんだ?」
「わたし達はね。これ」
瓶をブラブラと下げて2人に見せるけど、2人は瓶を見ないでわたしを見てくる。
「え・・・何? わたしの口に白ワインでも付いてる?」
「は? 白ワイン? 別に何も付いてないけど・・・ただ、大きくなったんだなぁって思って」
何その二十歳になった息子に言うセリフみたいなのは。
「ソニア様! 大変美しいですわ! その姿はまるで・・・まるで大きくなったソニア様のようですわ!」
「「・・・」」
鼻息の荒いスズメは放置して、わたしはディルにこの研究所の偉い人の魂が入った瓶について話す。
「海に捨てるのか・・・ソニアにしてはなかなかえぐいこと考えるなぁ」
「えぐい?・・・かなぁ?」
「まぁ、ソニアがそれでいいんならいいんじゃないか?」
「スンスン・・・ソニア様。いい香りですわ。なんだか酔ってしまいそうですわ」
わたしは船の手摺を飛び越えて、海の上にふわふわと浮く。
「じゃあ、投げるね! エリカ。風の補助お願いね!」
「うん」
わたしはプロ野球選手の如く大きく振りかぶって、投げる。その瞬間ビュオォ!っと突風が吹き、瓶はあっと言う間に遥か遠くへと飛んでいった。あと、わたしの髪とスカートがめっちゃ靡く。
まるで強肩になった気分だね。
くるっと振り返ると、スズメがもじもじしていた。
「スズメ。大丈夫?」
「え、え? な、何のことですの? わたくしは別に何も問題ありませんわよ?」
もう膀胱が限界みたい。さっきは知らないって言ったけど・・・いや、言ってはないや。とにかく、同じ女性として元人間として流石に可哀想だし急いであげようかな。
「ゆっくり進もうかと思ったけど、やっぱり急いで合流しよっか。海賊船にはちゃんとトイレがあったと思うしね☆」
スズメに向かってパチッとウィンクすると、スズメは「うっ」と心臓を抑えて座り込んでしまった。そこまで限界なの? 急がないとっ。
「ソニア。急ぐのは別にいいけど、これ以上、船を進ませてる風を強くすしたら、マジで揺れる」
「マジで揺れるのか・・・ま、大丈夫だよ。わたしに考えがあるから!」
ふふん! 何の為に木材じゃなくて、わざわざ鉄で出来た船をアケビに作って貰ったと思ってるの?
バチバチッ
「ん? 電気の音か?」
「ああ、そういうことね」
ディルが「何をするんだ?」と首を傾げ、ビオラが「ソニアらしいわ」と納得の表情をする。
「離陸~! いや、離海?」
わたしは電磁力で鉄の船を浮かせた。
「ディル! 帆を畳んできて! スピードを出すよ!」
「お、おう!分かった!」
わたし達は空飛ぶ船に乗って、急ぎ目で海賊船へと向かう。スズメが限界を迎える前に!
読んでくださりありがとうございます。
その頃のローラ「スズメ。遅いなぁ・・・って、わぁ!? 船がめっちゃ揺れてる!?」




