322.暇な大妖精と忙しい勇者
「ァ・・・アァ・・・俺はもう死ぬ。光の大妖精ソニア・・・息子のこと、頼んだぜ。幸せにしてやってれよ」
「はいはい。お義父さん。それもう10回目だよ」
「まだ、9回目だ・・・」
「はいはい。分かったから余計な体力を使わないで黙って寝てて。お義父さんが死んだら人類が滅んじゃうんだから」
ディルのお父さんが死ぬ前にディルか、もしくは他の誰かが助けに来ないと他の大妖精達がしびれを切らしてこの星ごとぶち壊しちゃうことになってる。
「なぁ、ビオラ。人間って死んだらどうなるんだ?」
炎を凍らせるという意味の分からない遊びをして暇を潰していたケイトが、更に暇つぶしにそんな質問ビオラに投げかける。そして、大妖精の中で唯一ちっちゃいままのわたしを膝の上に乗せてひたすらに頭を撫でまわしながら暇を潰していたビオラが撫でる手を止めずにその暇つぶしの質問に答える。
「人間は死んだら魂だけになるのよ」
「たますぃ?」
「そう。魂。それは人間に限らず私達妖精も同じよ」
「同じ? アタイ達は死なないだろ」
わたしは死んだけどね。
「魂があるという意味で同じと言っただけよ。ただ、私達大妖精の魂は格が違うけれどね。何と言っても私達の魂は自然そのものに宿っているのだもの」
「へぇ~・・・よく分からんけど、さすがビオラはアタイ達の中でも最年長なだけあって物知りだな」
ケイトのその発言に、わたしの長い耳がピクリと反応する。
「最年長はわ・た・し! ですけど!?」
頭を撫でられてるビオラの手をパシっと払って、威厳のある顔でビオラを睨む。ビオラに頬をむにっとつねられた。
「でも確かにそうですね。私達が誕生した時には既にビオラもソニアもいましたけど、2人が誕生した時にはどっちが先にいたんでしたっけ?」
エリカと一緒にシャボン玉で遊んでいたリナムまでもが暇すぎて話に入ってきた。
「わたしが生まれた時は例の神様がいた・・・っていうか、一緒に生まれた。それ以外は何もなかったよ。本当に何も」
ホント、わたしが光で照らさなかったら闇しか無かったからね。
「私が生まれた時は・・・幸福感と焦燥感しか無かったわ」
え? なにそれ?
意識が朦朧としているディルのお父さんと、寝ているジニアとガマくん以外の皆が頭にクエスチョンマークを浮かべ、微妙な空気が流れる。
「ビ、ビオラはその魂が見えるのか?」
ケイトが珍しく空気を呼んで話題を元に戻そうとする。
普段のケイトなら興味を持たなそうな話題だけど、これだけ暇だとこんな話題でも暇つぶしになるからね。わたしも少し興味あるし。
「魂は見えるわ」
「え!? 見えるの!?」
バッとビオラの膝の上から飛び離れる。ぞわわ~っと背筋が凍る。
「あらソニア。どうして離れるのかしら?」
すんごい悲しそうな顔で見てくるけど、わたしは長い金髪を左右に揺らしながらフルフルと首を振る。
「だって・・・魂が見えるってことはお化けが見えるってことでしょ!? こわいよ!!」
「こ、こわくないわよ!? こわくないからこっちにおいで?」
わたしはブンブンと首を振る。
「だ、大丈夫よ。見えると言ってもそこら中にいるわけではないし、普段から見えてるわけではないわ。それに、体にある魂を判別出来るというだけよ」
「判別? どうやって?」
言いながらビオラのもとに戻ると、ビオラはあからさまにホッと安堵したあと、そーっとわたしの頭を撫で始めた。
「魂には色があるのよ。ソニアは金色、私は黒、ケイトは赤・・・のように」
「じゃあ、このディルのお父さんは? 何色なの?」
わたしがディルのお父さんを指差しながらビオラを見上げて言うと、ビオラは一瞬頬を赤くしたあと、ちょっと嫌そうな顔をしながらもディルのお父さんにチョンと指先を触れる。
「コレの魂は黒色ね」
「え、ビオラとお揃いじゃ・・・」
「違うわよ」
食い気味で言われた・・・そんなに嫌だったのかな。
「黒は黒でももっと薄い黒よ! この世に全く同じ色の魂なんてものは存在しないの。ただ、闇の適性を持ってる人間は黒系統が多いというだけ」
じゃあ、ディルも黒っぽい色なのかな? ・・・それにしてもわたしの魂、金色て・・・何か嫌だな。せめて黄色がよかった。
ビオラは「魂について知ったのは私も最近だけれどね」と話を終わらせる。
わたしはビオラの膝の上でぐでーっと横になって、「くあぅ」と欠伸をして、時計を見るような感覚でディルのお父さんを見る。
「ディルのお父さん。まだ生きてる?」
「生きてる・・・まだまだいけるぜ」
最初と言ってることが違うけど?
「ただ・・・食べ物が欲しい」
「この中で食べ物を出せるのはジニアだけだけど・・・」
チラッとジニアの方を見る。
「うぁ~・・・もっと水と光を・・・」
・・・と、呻きながら寝ている。わたしはありったけの光を、リナムはありったけの水をジニアに浴びせる。
「ふぶぶぶ・・・」
何だかジニアが溺れてる気がするけど、気のせいだよね。
「眩しい・・・ついにあの世が見え始めたぜ」
このままじゃ冗談抜きでディルのお父さんが死んじゃうよ。ジニアも弱ってて食べ物とか出せそうにないし、そもそもジニアが万全だったらディルのお父さんが弱ることも・・・って、あれ?
スンスン・・・
何かお酒の匂いが・・・?
「あ! リナム! ジニアに浴びせてるそれ! 水じゃなくてお酒でしょう!? しかもワイン!! 白い方の!」
「そうですよ」
「そうですよじゃないよ! ジニアはお酒ダメなんだから! 早く洗い流して!」
ドバーッとジニアを水で洗い流す。隣で寝ていたガマくんが部屋の隅の方へと流されてしまった。
あーあ。床は微妙にワインが混じった液体で水浸しだし、ディルのお父さんは死にそうだし、ジニアは枯れそうなほど元気無いし、ガマくんは部屋の隅っこでぷかぷか浮いてるし、ビオラは際限なくわたしの頭を撫でてくるし、リナムとエリカはシャボン玉(可燃性)を浮かせて遊んでるし、ケイトはそのシャボン玉(可燃性)を1つずつ爆破させて遊んでるし、アケビはわたし達の実物大フィギュアを磨いてるし、エリカは可愛いし・・・もう滅茶苦茶だよ!!
そんなカオスな状況でも、お姉ちゃんなわたしは冷静に行動する。
とりあえず隅っこに流されたガマくんを救出しよう。
ビオラの手を頭から退けて、ガマくんの方へ飛ぼうとしたその時。ガマくんのすぐそばの壁が歪み始めた。
これって・・・わたしがこの部屋に入った時と同じ感じ! 誰かが入ってくる!!
歪む壁の向こうから、誰かの足がにゅるっと出てきた。そして、その足の真下には弱ったガマくんがぷかぷかと・・・。
「あぶなぁい!!」
ビリッ・・・
わたしは咄嗟にその足に向かって電撃を・・・。
あ、水浸し・・・。
「あっ・・・危ない皆!!」
ビリビリビリィ!!
床を埋め尽くすワイン50%くらいの水が電気を通す。床で寝ていたディルのお父さんが「うばばばばばばば!!」とまるで漫画みたいに震えて、ジニアとガマくんは「っ!?」と目を開けて勢い良く起き上がって、リナムとエリカが作ってた無数のシャボン玉(可燃性)が衝撃で全て爆発。更にその衝撃でアケビが作成していた等身大大妖精フィギュアの首が見事にもげてアケビ大号泣。
あわわわわわっ! 大変だこりゃ~!
何をするでもなくその場でワチャワチャするわたしを見て「可愛い」と呟くビオラは、しれっと浮いて電気を回避していた。リナムとエリカは口を開けて固まってるし、この場で冷静なのはビオラだけだった。
そして、そんな冷静なビオラがわたしの頭上を見て嫌そうな顔をする。
「来ちゃったわね・・・」
何が・・・?
ビオラの視線を追って後ろを振り返ると、さっきガマくんを踏もうとしていた足の持ち主が困惑した顔で立っていた。
「わぁ! ディル!!」
ディルの足元で「おーい!」と手を振るわたし。ハッと我に返って「ソニア!?」と周囲をキョロキョロと見回すディル。
「こっちこっち! 下だよ!」
「下・・・ソニア!!」
満面の笑みを浮かべるディル。わたしも釣られてニッコリだ。^^
「ソニア! ソニア! 良かった~・・・」
ディルは足元にいるわたしをそっと両手で掬って、顔の位置まで持ってくる。
「ソニア・・・うっ・・・良かった、元気そうで・・・俺、ソニアが羽を捥がれたって知って・・・」
「うん! めっちゃ痛かったけど、今は完全に回復したよ! ほら!」
手のひらの上でくるっと回って見せる。ディルは一瞬目を丸くしたあと、フッと破顔する。けれど、その目には安堵の涙が浮かんでいた。
もう。大袈裟だよ。逸れてからそこまで時間経ってるわけでもないのに・・・。でも、嬉しいな。フフフッ。
「何を幸せそうな顔をしているのよソニア。助けが来たのならさっさと脱出するわよ」
ギュッと片手でわたしを掴んでディルから引き剝がそうとするビオラ。指の隙間にわたしの足を挟んでそれを阻止するディル。
ちょっとぉ・・・引っ張らないでよ。
わたしは2人の手から脱出して、2人を睨む。
「わたしは物じゃないんだか・・・ひゃん!!」
今度は後ろから抱き着かれた。
この感触は・・・。
「ローラ!」
「お姉ちゃん!」
振り返ったわたしの胸にスリスリと顔を埋めてくるローラ。可愛い妹だ。昔からお姉ちゃんっ子なんだから。
「お姉ちゃん! もう! 心配したんだから!」
「ローラ・・・ごめんね。心配かけて」
よしよしとローラの金髪を撫でてあげる。
「あなたがソニアの妹のローラね? 私は闇の大妖精のビオラよ。ソニアとは300億年近くの付き合いになるわ。よろしくね」
何だか圧のある笑顔でローラに握手を求めるビオラ。ローラも同じような笑顔で握手を返す。
「お姉ちゃんの双子の妹のオーロラの妖精のローラだよ。お姉ちゃんとは一心同体みたいなものだし、人間時代の恥ずかしいエピソードも色々と知ってるよ」
え、その最後の一言いる? いらないよね?
「そんなもの私だって知っているわよ。途中から見ていたもの」
えぇ!? 見てたの!?
「なあ、ソニア! アタイにも紹介してくれよ!」
「ナナちゃんにそっくりですね。私にも紹介してください」
「私も紹介してよ!」
「僕も」
「何よコレ・・・激しい衝撃で目が覚めたと思ったら・・・」
「僕はどうしてずぶ濡れなんだい?」
妖精達がワラワラとわたしの周りに集まり始める。
「ねぇ、ちょとビオラ。見てたってどういう・・・」
「時間を無駄にしないでさっさと脱出するわよ! こいつの父親は瀕死なんだから」
「え? お父さん?」
そこで初めてお父さんの存在に気が付いたディル。お父さんのもとに駆け寄る。途中で大妖精の等身大フィギュア生首が転がってて「うおぃ! なんだこれ!?」って驚いてた。
「お父さん・・・ボロボロじゃん・・・誰にやられたんだよ!」
わたしです。
「ただ単に弱ってるだけじゃない・・・何か強い刺激を与えられたみたいな・・・」
わたしの電撃です。
「まるでソニアの電撃をくらったような・・・」
「ディ、ディル! だからそんなことしてる場合じゃないよ! 早く脱出するよ!」
「あ、ああ! そうだな! お父さん、ほら肩に掴まって」
ディルはずぶ濡れのお父さんを肩に掛けて、立ち上がる。
「ディル・・・良かった。間に合ったんだな。・・・お前は人類を救ったんだ。英雄・・・いや、まさに勇者だ」
「は? 大袈裟だよお父さん。俺はソニアと、ついでにお父さんを助けに来ただけだ」
「ついでに人類を救ったのか・・・さすがだな」
「もう・・・無駄な体力を使うなよ。本当に死んじゃうぞ」
それが大袈裟でも何でもないんだよね。ディルのお父さんが死んでたら、タイムリミットで他の大妖精が惑星ごとこの部屋を破壊してたかもしれないんだから。
わたしはディルの顔の前まで飛び上がった。
「勇者様! 助けてくれてありがとねっ! ・・・ちゅっ」
頬に口付けをした。恥ずかしくて顔が赤くなってる気がするけど、頑張って平静を装う。ディルは背後から2つの殺気が放たれてることなんて気にも止めずに、わたしが口付けした頬にそっと手を触れて、ゆっくりと口角を上げながらわたしを見つめて、それはもう嬉しそうに一言呟いた。
「マジか・・・」
読んでくださりありがとうございます。
空間の魔石を発動させ続けてるスズメ「・・・遅いですわね」




