31.出発、また戻って来るよ
「まぁ・・・こうなるんじゃないか、とは思っていたわ。ついていってもいいわよ」
「ディルについていく」と言い張るわたしに、ミドリちゃんは意外にもあっさりと許可を出した。
「え?そんな簡単に!?」
「今の雷の妖精ちゃんにはちゃんと自衛を出来るしね」
そうなのだ、雷を落とすしか出来なかった3年前と違って、今のわたしは放電出来るようになったのだ!まぁ、わたしの周囲に高圧の電流をまき散らすだけなんだけどね。それでも、以前みたいに攫われるようなことにはならないハズだ。
「それに、今度は俺がソニアを守るからな」
三年前よりも少しゴツゴツした拳を握りしめて、ディルが気合を入れる。
「そいうことだから。さっさと行って、さっさと戻って来なさい。そうね、100年経つまでには・・・いや50年ね!それまでには戻って来なさい!」
長いよ!わたしはともかく、ディルなんておじいちゃんだよ・・・ん?
「どうしたんだ?ソニア」
これは・・・考えちゃダメなやつだ。
「ううん!なんでもない!それより、一旦村に寄ってから行くんだよね?」
「ああ、そのつもりだぞ。マリもいるしな。マリ、ほら!背中に乗れよ。行きはヘロヘロだっただろ?帰りは背負って行くよ」
「うん!ありがとう」
軽々とマリちゃんを背負ったディルが、ミドリちゃんを見る。
「それじゃあミドリさん、いつもの頼むよ」
「はいよー」
ミドリちゃんが森の木々をザザーっと退けて、出口までの道を作ってくれる。ディルがミドリちゃんにお礼を言ってその道を進んでいった。
「ミドリちゃん!暫く留守にするけど、元気でね!」
わたしは大きな声で言って、ミドリちゃんに手を振る。
「雷の妖精ちゃんも、無理はしないでね。それと、どこかで莢蒾の妖精を見かけたら、いい加減戻って来なさいって伝えといてくれないかしら? あの子、たまにどこかに行っては何年後かにふらーっと帰ってくるのよね」
本当、ガマくんもわたしのこと言えないよね。
「最後に、他の偉い妖精達には雷の妖精ちゃんのことを伝えてあるから、もし会うことがあれば仲良くしてあげてね。・・・ただ、闇の妖精とは、あまり会わせたくないのよねぇ・・・」
あぁ、例の遠くの人と会話できるっていう謎の道具でね。結局それについては何も教えて貰えなかったなぁ。
「言っておくことはそれくらいかしら? それじゃあ、雷の妖精ちゃん、いってらっしゃい!」
「いってきまーっす!」
挨拶を済ませたわたしは、マリちゃんを背負って先に進んでいったディルを追いかける。
「ふんふふーん♪」
鼻歌まじりに飛んで、ディルとマリちゃんと合流して村に来たわたし達は、デンガとジェシーとマリちゃんの3人が住んでいる家にマリちゃんを送り届ける。
「ソニアちゃんも一緒に行くのね」
「うん、楽しそうだから!もちろんディルの両親を探すのも手伝うよ!」
グッと親指を立ててディルを見る。ディルは嬉しそうに笑った。
「ふふっ、そうなるんじゃないかってデンガと話してたのよ。それで、ディル君、行先は決まってるの?」
「ああ、それなんだけど・・・まずはブルーメに行こうと思ってる」
「ブルーメ?・・・そこって確か・・・」
ジェシーが何かを思い出すような顔でデンガを見る。
「俺の故郷だな。というか、俺がブルーメに行くことを勧めたんだ」
「え?どうして?まさかディル君を使い走りとかに・・・」
「違う違う!5.6年くらい・・だったか?それくらい前にディルの父親と似た特徴の人を俺が見たからだ」
ブルーメかぁ。王都の東にある港から、船に乗って行ける島がブルーメという名前だったはず。前に村の様子を見に来たカラスーリが『最近、ブルーメからグリューン王国に移住してくる人が多いのよねぇ』と呟いていた。ディルのお父さんはグリューン王国からブルーメに行ったんだろうか。
「ディルのお父さんをどこで見たの? 詳しく聞かせてよ!」
バシバシとデンガの頭を叩く。
「それは、まぁ移動中にでも話すさ。今は出発する準備をしないとな、今日の定期馬車に遅れちまう」
デンガが大きなリュックに色々な物を詰め込みながら言う。
「移動中って・・・デンガも行くの?」
「あぁ、ブルーメに家族がいるからな。あれだ、その・・・報告というか・・・」
家族に報告ゥ~?
「まだ結婚もしてないのに、何を報告することがあるのさ!」
そうなんだよね、マリちゃんが「デンガお父さん」「ジェシーお母さん」と呼んでるのに、この2人はまだ結婚していないのだ。デンガは外見のわりに奥手すぎるし、ジェシーも慎重すぎる。同居していて、お父さんお母さんと呼ぶ子供がいるのに・・・もう、さっさと結婚してしまえ! もどかしいわ!
「お、おい!少しはデリカシーを持ってくれよ!」
デンガがジェシーの様子を伺いながらわたしに怒鳴ってくる。
「デンガ」
ジェシーが優しい笑みをデンガに向ける。
「な、なんだ? ジェシー」
「私も一緒にいくわ。その・・・ご家族に挨拶をしに・・・ね?」
「ジェシー・・・」
あーあ、完全にふたりだけの世界に入っちゃてるよ。
「ずるい!私も行きたい!」
マリちゃんが2人の手を握って必死に訴える。
「もちろん、マリちゃんも一緒よ」
「ああ、3人で挨拶しような」
こうして、ブルーメまで5人で行くことになったわたし達は、馬車が停まっている村の東口まで歩いて行く。3年前と比べて村の面積が5倍近く広くなったので、移動するのも大変だ。・・・といっても半分くらいは畑だけど。
ディルとデンガとジェシーが馬車の中に荷物を運びこんでいるのをマリちゃんと一緒にぽけーっと見ていると、1人の女性がわたし達のところへ走って来た。
「おーい!ソニアさーん!」
「ルテン!そんなに急いでどうしたの?」
王都から村に引っ越してきて、自分のパン屋さんを開いたルテンが息を切らしながらわたしをジト目で見る。
「どうしたの?じゃないですよ!挨拶もなしに行こうとするなんて酷いです!」
「あ~・・・」
そういえば、誰にもお別れの挨拶してないや・・・孤児院の子供達にもミーファにも・・・。
「さては、忘れてましたね?」
「べ、別に?・・・というか何でルテンは知ってるの?」
「お店に来た村長さんが言ってたんですよ。ソニアさんもディルに付いて行くかもしれないわねって! それで、もしかしたらって思って!」
ミーファが・・・そういえば、ディルはもう村の皆に話したんだっけ?・・・ってことはディルが村を出ていくことは皆知ってるのか。わたしだけ報連相がなってない。これはもう・・・謝るしかないね。
「ごめんね!」
わたしは元気よく謝った。勢いで誤魔化す作戦だ。
「もうっ・・・調子が良いんですから。・・・これ、どうぞ。お店に並べてたものですが道中で食べてください」
ルテンが美味しそうな香りがする紙袋をわたし・・・ではなく、隣でずっと紙袋を凝視していたマリちゃんに手渡した。
「わー!やったー!ありがと!」
嬉しそうに紙袋を抱きしめるマリちゃん。
中に入ってるパンが潰れちゃうよぉ。
「マリちゃん、皆で食べてね?」
「うん!皆で食べる!」
「いいこ、いいこ」
ルテンがマリちゃんの頭を優しく撫でる。マリちゃんがとっても幸せそうに目を細めて笑った。ルテンのお店は村の人達に絶大の人気を誇る。畑の5割近くが小麦畑で、牛も鶏も飼っていて、村の周囲にミドリちゃんが勝手に生やしたクルミの木もあるので、ほぼ地産地消だ。なかなか儲かっているらしい。
ルテンが村に移住してきてから、マリちゃんのお姉さんポジションを取られちゃったな。わたしも、ああやってマリちゃんの頭を撫でたい。
「いいなぁ」
「ん?ソニアさんも撫でて欲しいんですか?いいですよー」
ルテンに頭をぐりぐりされた。違う、そうじゃないよ。
「ふたりともー!もう馬車が出発するわよー!」
「「はーい!」」
ジェシーがわたし達に手招きしている。
「それじゃ、ソニアさん、次会う時までにはお父さんよりも美味しいパンを作れるように頑張るので、必ず戻って来てくださいね。マリちゃんも、帰って来たらお土産話をいっぱい聞かせてね?」
「うん!」
「たくさん思い出作る!」と意気込むマリちゃん。
「パンもいいけど、将来の旦那さんも早く見つけてね!」
「もう!今はパン一筋なんです!」
「ふふっ、じゃ!行って来るね!」
「はい!お元気で!」
マリちゃんがわたしを手に乗せて馬車に乗り込む。馬車の中にはわたし達以外に誰もいない。全部で3台の馬車があって、わたし達は最後尾の馬車に乗っている。前2台の馬車が走り出し、わたし達が乗っている馬車も走り出そうとした時、後ろからわたしを呼ぶ声が聞こえた。
「「ソニアちゃーん!」」「「げんきでねーー!」」「「また戻って来いよー!!」」
孤児院の子供達、村の大人達、皆がわたし達に向かって笑顔で大きく手を振っている。
ルテンが皆に声をかけてくれたのかな?どうしよう・・・ちょっと泣きそう。
「みんなー!また会う日までー!」
わたしは両手で大きく手を振った。ちっちゃいわたしが、皆からよく見えるように。
村の奥に見える緑の森の巨木が、小さく揺れたように見えた。まるで、わたしに手を振っているみたいだ。
8年間、長いようで短かったな。また戻って来るよ、楽しい思い出と、ディルのご両親と一緒に。
読んでくださりありがとうございます。第2章スタートです!




