318.【ローラ】可哀想なお姉ちゃん
「じゃあ、姿を消すよ」
「クゥン」
スノウドラゴンのシロが淡々とした感じでコクリと頷くので、私は宣言通りに周囲の光を弄って私含め2人と一匹の姿を消す。念の為トキには姿は認識できるように調整しておく。
「おぉ、ちゃんと見えなくなったな。・・・じゃあ、もうそろ泡沫島に着くらしいから、ぼちぼち作戦開始だ」
トキを瓶の中にそーっと入れながら言うディルに、私は真剣な顔を作ってコクリと頷く。
「・・・おいローラ? 聞こえてるのか? ってか、まだここにいるのか?」
「いないよ」
「よし、まだいるな。作戦はさっき説明した通りでいいとして、くれぐれも慎重にな。仕方ない場合は除いて極力バレないように」
「はいはい」
そう適当に返事をしたところで、船が浮上し始める。窓の外を見ると、もう水中ではなくなっていたけど、地上でもなかった。
なるほど・・・地下が出入口になっていて、地上は塀で囲まれていて空でも飛ばない限り島には入れない仕組みなんだね。話には聞いてたけど、いざこうして体験すると凄いね。よくこの文明レベルでこんなことが出来たもんだよ。・・・いや、でもまぁ、魔石とかを利用すればそうでもないのかも。
船が停まると、研究者達が慌ただしく船から降りていく。船長の話だと、これから船の中に検問が入るらしい。
「ディル。ここから作戦開始で・・・って、もういないし」
さっきまでそこに居たハズのディルが消えてた。さっそく作戦通り隠密行動に入ったっぽい。無言で浮いてる私に、「ちょっと」とトキが話しかけてくる。
「ねぇ、そこの・・・」
「ローラ」
「ローラちゃん。私、これからどうなる?」
瓶のガラスにペタッと手をつけながら心配そうに聞いてくる。
この妖精、ディルが言ってた作戦何も聞いてなかったの? バカなの? それが許されるのはお姉ちゃんだけだよ。
「いい? これから泡沫島の研究者達がこの船の中に入ってくるの。そしてトキはそのまま研究者に回収されて、船長曰く幹部研究者しか入れない地下5階より下に連れて行かれるらしいよ」
「連れていかれるんだ」
「そう。泡沫島の地下は迷路みたいに入り組んでて、島の人達でもたまに迷子になることがあるらしいの。だから分かる研究者達に連れて言って貰うって・・・ディルが言ってたでしょ?」
「うん。そこまでローラちゃんとシロちゃんも一緒について来て、脱出を手伝ってくれたあと、ディルの父とミカモーレを助けに行く」
何だ。分かってるじゃん。
「あ、研究者達が来たみたいだよ。くれぐれも私達に話しかけないようにね。他の人間には私達の姿は見えて無いんだから」
「分かってる。・・・ローラちゃん、ここの研究者達は慎重すぎる性格してる。だからきっとソニアちゃんはまだ何もされてないと思う。それに、私はこう見えても大妖精を除いた妖精の中では最年長だから、油断しなければ人間に後れを取ることはないから安心して」
トキは私を安心させるようにずっと無だった表情をニッコリと崩して見せた。そしてその直後にガコンと重厚な扉が開かれて、何だか目の下の隈がすごい顔色の悪い研究者達が数人入ってくる。
「これか・・・まったく脱走なんて手間かけさせやがって。やっぱりリュカの言う通り羽か手足でも切断しておけばよかったな」
「バカ言え、総帥がこの件に関しては慎重になれって言ってただろ? 下手をすれば人類が滅びかねないんだから」
「大袈裟だっつーの」
大袈裟じゃないっつーの。
研究者達は無駄口を叩きながらも無駄のない動きでトキが入った瓶を回収して、そそくさと素早く船内から出て行く。
「よし、シロ。私達も行くよ。絶対に鳴いたりしないでね」
「クゥン」
「鳴かないで」
「クゥーン・・・」
「鳴かないで」
「・・・」
「返事は?」
コクリと頷いたシロと一緒に、瓶を持った研究者達の後をついていく。船内から出れば、岩に囲まれた地下の船着き場だ。船長達が私達のことで騒ぎださないか心配だったけど、私の脅しが聞いたのか特別騒いだりはしない。
「時の妖精はこっちです。元居た部屋に戻すそうですが、今度はその瓶の中から出さないようにと総帥がおっしゃっていました。代わりにミカモーレを別の牢獄に移しています」
「ああ、あの変わった男か。総帥はどうしてアイツを生かしてるんだろうな。時の妖精を逃がしたんだ? 研究の邪魔になるんなら処分してしまえばいいものを・・・」
「何でも恋愛観にシンパシーを感じたとか・・・・詳しいことは私には分かりません」
「まぁ、いい。俺達はさっさとこいつを戻して自分の研究に戻るか。・・・こいつが逃げ出したせいで大妖精の研究が進められなかったんだからな」
進められなかったのなら結構。もしかしたらトキのお陰でお姉ちゃんはまだ何もされずに済んでるのかもしれない。
研究者達は地下から続く扉へと入っていき、飾りっ気のない無骨な雰囲気の通路を進んで行く。
「ねえ、そういえばお姉・・・光の大妖精はどこに捕まってるの?」
「どこってお前・・・地下8階にある1級研究者しか入れない例の部屋の中だろ・・・って、お前なんか声高くね?」
「は? 俺は何も言ってないぞ」
なるほど・・・お姉ちゃんは地下8階ね。ふむふむ。
瓶の中のトキが何かを訴えるような必死な形相で口をパクパクさせながら私を見てくる。
「おい時の妖精。何をしてんだ? 余計なマネはすんなよ。っていうか、勝手に変なこと喋んな。思わず返事しちまったじゃねぇか」
トキが言いたいことは分かる。先にミカモーレを助けるんだって言いたいんだと思うし、私もちゃんと分かってる。お姉ちゃんを助ける為には他の奴らも同時に助けなきゃなんない。でも、万が一それが厳しそうなら、私はお姉ちゃんだけでも絶対に助ける。例えそれ以外がどうなろうとも、結果お姉ちゃんが悲しむ結果になろうとも。
研究者達は階段を1つ2つと降りていき、4回階段を降りたところで廊下を歩き始め、しばらく歩いたあと、ある扉の前で立ち止まる。
他の扉と比べて少し重厚感がある・・・ここがトキを閉じ込める部屋か。
研究者達は鍵をガチャリガチャリと二つの鍵穴に鍵を入れて開け、扉を開く。
白一色の何にもない部屋・・・お姉ちゃんもこんな部屋に閉じ込められてるのかな・・・可哀想なお姉ちゃん。早く助けないと!
「おい、ベルトを」
「はいよ」
トキの入った瓶は固そうな革のベルトでグルグル巻きにされ、部屋の隅にコツンと置かれる。もはやこっちからトキの姿は見えない。
「じゃあ、出番までそこで大人しくしてろよ。・・・まぁ、総帥が戻り次第すぐに出番は来ると思うがな」
ガチャ・・・ガコン
研究者達は部屋から去っていく。
「暗い・・・」
トキが瓶の中でポツリとそう呟く。
さて・・・と、どうしようかな? あの研究者の口ぶりからしてすぐに脱出しなきゃいけない気がするんだけど、バレずに慎重に脱出しなきゃいけない。バレればお姉ちゃんを人質にされる可能性が高い。そうなれば私は身動きが取れないからね。
「シロ。ちなみにこの扉は壊せる?」
「クゥン」
シロはそう鳴きながら扉の前でクルリと回転した。
「何言ってるのか分かんないけど、なんとなく肯定してるっぽいのは分かった。じゃあ、このトキが閉じ込められてる瓶にグルグル巻きにされてる革のベルトは壊せる?」
「クゥ~ン・・・」
「肯定・・・はしてるけど、微妙な反応?」
お姉ちゃんはコイツと会話できるらしいけど、私には人間時代に培った社会経験を活かして何となく察するのが精一杯だよ。・・・相手は人間じゃないけど。
「もしかして、ベルトは壊せるけど、トキごとやっちゃうってこと?」
「クゥン!」
そういうことらしい。
「しかたない。置いて行くか」
「ちょっと!!」
トントン!トントン! と、物凄い必死さが伝わってくる感じでガラスを叩いてる。ベルトで見えないけど半べそかいてるに違いない。
「冗談だよ。お姉ちゃん以外も出来るだけ助けないといけないのは分かってるから」
「出来るだけ・・・」
しょうがないよね。
「よしっ。この瓶は私が持っていく。ベルトに鍵が付いてるみたいだから、それを探しつつ、ミカモーレも探そう。同じ部屋では無いみたいだし」
「あなたが? 持てるの?」
「ま、いけるでしょ」
私は床に降りて、瓶にギュッと抱きつく。
「んんっ!!」
持ち上が・・・らない! 頑張れ私! 人間だった頃に泥酔したお姉ちゃんを運んだ時のことを思い出せ! あの時は「全然軽いよ」って言っちゃったけど、本当はそれなりに重かった!
「クゥン!」
「うわっ!?」
急に軽くなったと思ったら、シロが瓶を持ち上げてた。瓶を持ち上げようとしてた私までプラーンと宙ぶらりんになる。
「ちょっと格好がつかないけど、この際どうでもいいや。シロ、とりあえずこのままミカモーレの所まで行って! ドラゴンの嗅覚かなんかで場所はわかるでしょう!?」
「クゥン・・・? クゥン!」
ちょっと返事が不安な気がするけど、シロは扉を体当たりで開けて迷いなく飛び始める。私はすかさず私達の姿を周囲から見えなくする。
ああ・・・もどかしい! 早くお姉ちゃんを助けに行きたいのにこんな遠回りをしないといけないなんて!
姿を消した私達は、何も気づかず歩く研究者達の頭上を飛んで、上の階へと戻っていく。
ミカモーレは牢獄に移されたって聞いたけど・・・牢獄って普通最下層にあるもんじゃないの? 進む方向あってるよね? シロを信じていいんだよね?
焦る気持ちが抑えられない私には、トキの「何も見えない」というどうでもいい呟きは全く耳に入らないけど、道行く研究者達が放ったある呟きは耳に入った。そして固まる。
「・・・にしても、光の大妖精は格段に可愛かったですよね~」
「ああ。早くあの可愛らしい顔が苦痛に歪む所を見てみたいぜ。総帥曰く羽を捥いだ時は瞳孔がん開きにして苦痛に叫んでたらしいからな」
「うわ・・・出たよ先輩の悪趣味」
え・・・今、なんつった?
「ローラちゃん、今の聞いた? ソニアちゃんの羽を捥いだのは総帥だって。あの時船に乗ってたってこと?」
違う。そうじゃない。・・・私は楽観視してたのかもしれない・・・。
お姉ちゃんは基本的に幸せ者だ。
昔から孤立しがちだった私と違って、友達が少ないと言いながらも仲のいい友達は常に1人は必ず居たし、特に何の努力もせずにアイドルになり、必死に技術を磨いた私と違って、その容姿と人柄だけで人気を集めた。アイドルを辞めた後に就職した先はホワイト企業でとても楽しそうだし、挫折を味わったこともなければ大切なものを失ったこともない。
でも、そんなお姉ちゃんを妬ましいと思ったことはない。
お姉ちゃんは不幸な人に同情出来るし、何だかんだと言いながらしっかり手を差し伸べる。そして、ああ見えて家族や友達の為に自分を犠牲にする勇気もある。実際に私はそんなお姉ちゃんに何度も助けられてきたし、ナナやディルもその1人だ。
私の記憶にあるお姉ちゃんはいつも幸せそうに笑ってた。たまに泣き虫なところも出るけど、すぐにいつもの明るいお姉ちゃんに立ち直って笑ってた。だから、今回も怖がってはいるかもしれないけど、お姉ちゃんのことだから割と平気かもしれないって・・・心の何処かで思ってたのかもしれない。
『羽を捥いだ時は瞳孔がん開きにして苦痛に叫んでたらしいからな』
・・・お姉ちゃん。可哀想なお姉ちゃん。
「クゥン!?」
私はシロが持ってたトキ入りの瓶を奪い取り、そのまま遠心力を使い気色悪いクズ研究者の後頭部へとぶん投げた。
読んでくださりありがとうございます。その頃、ソニアは元気に脱走してました。




