313.わたしは考える。
ごぼぼぼ・・・・
目を開けると、瓶の中で液体漬けになっていた。気を失う前と変わらない。ただ、瓶の外の景色が違う。真っ白な何も無い部屋で、何やら大層な台座の上に瓶が嵌められていて、それを知らない白衣の男の人間が見張っている。というか、見張られてる。
思いっ切り目が合ってるけど・・・。
「がぼぼぼ?」
わたしが何か言おうと口を開いた瞬間、男の人間はハッとしたように目を見開いたあと、白衣のポケットから小さな漆黒の魔石を取り出し、1人で喋り始めた。
「総帥! 総帥! 光の大妖精が目を覚ましました! ・・・ええ! はい! 今は可愛らしいアホ面で口をパクパクしています!」
はい!?
「あぼぼぼぼ!!」
もうっ! 液体漬けのせいで言いたいことが伝わらない!
「がぼぼぼぼ・・・」
というか、ここはどこだろう? そこの人間は研究者っぽい格好だし、泡沫島にでも連れてこられたのかなぁ?
それから男の人間と睨み合うこと数分、別の研究者っぽいのが続々とこの部屋に入ってきた。
「総帥はまだ来られないのか?」
「ああ、例の交渉に手間取っているみたいだ。だが、総帥の机に指示が書かれたメモがあった」
ん? あれ? あれれ?
研究者達の中に、1人だけ女性がいるんだけど・・・どうも見覚えがありすぎる気がする。フードを被ってるけど、そこからはみ出してるその灰色の髪は絶対に知ってる。
「がぼぼ・・・・」
ガラスに手を付けて、じーっと観察してみる。女性は心なしか気まずそうに目を彷徨わせてる気がする。
「さて、どうするか・・・」
男の研究者が舐めまわすようにわたしを見て、そしてメモ用紙を見る。
「総帥のメモには光の大妖精との問答が書かれているが・・・」
「がぼぼぼ!!」
「何を言ってるか分からないんだよな・・・」
そりゃそうでしょ! 出してよ!! 皮膚がふやふやになっちゃうよ! 妖精だからならないけど!
「なぁなぁ! じゃあもう、僕達で先に研究始めちゃおうよ! 僕、一応色々と持って来たんだよー?」
癖ッ毛のある青髪の少年が、わたしの身の丈以上もあるナイフでコンコンと瓶を叩いてくる。
「ぶくぶく・・・」
え・・・わたし、切られちゃうの?
「なるほど・・・大妖精でも切られるのは怯える、と」
「こら! リュカ! 無意味にソニアさ・・・大妖精を怯えさせたらダメですわよ! 総帥のメモ通りに行動しなさい!」
良かった・・・ナイフで切ることは総帥って人間のメモには無いみたい。・・・ていうか、「ですわよ」って完全に答え合わせだよね?
女性の研究者は男からメモ用紙を取り上げて、わたしに向けて読み上げる。
「え~・・・光の大妖精。分かっていると思うが、他の大妖精達は今、我々によってある場所に監禁されている。もしも光の大妖精が脱走しようものならば、我々は容赦なく他の大妖精達に対して、研究以上の、苦痛を与えることを目的とした攻撃を開始する」
「がぼぼ・・・!」
そんな・・・!! それじゃあ・・・例えディルが助けに来てくれても、逃げられないよ・・・。
「差し当たっては、その台座に電気を流し続けるよう命令する。もしも電気が途絶えればすぐにこちらに分かるようになっている。途絶えれば、即座に他の大妖精達への攻撃を開始する」
「がぼぼ!!」
でも、この瓶の中じゃ電気を流せないよ!!
そう思ってたら、事務的にメモを読んでいた女性研究者が台座の下の方に手を伸ばした。わたしからは見えないけど、何かスイッチを押したみたいだ。
ガコン!
お?
パリン!
おお!?
瓶の底が割れて、中に充満していた水が流れてゆく。そして、わたしの足元には金属板が現れた。
これに電気を流せってことだね。
「ん? ねぇ、スズメ。まだメモに続きがあるんじゃない?」
「あっ、ちょっ・・・」
ナイフを持っていたリュカと呼ばれていた男が、スズメからひょいっとメモ用紙を取り上げる。
・・・ってか、今普通にスズメって呼ばれてたよね? やっぱりそうじゃん。
リュカは「ふむふむ」とメモ用紙を呼んだあと、ニヤリと気味悪く笑ってわたしを見てくる。
「リュカ・・・貴方、やめなさいよ」
「え? どうして? 総帥のメモ通りに行動するべきなんじゃないの?」
「だとしてもやりすぎですわ」
え、なになに? わたし、何をされるの?
コンコンとガラスを叩くと、皆がわたしに注目する。
「ね、ねぇ・・・痛いこととか、しないよね?」
滲んできた視界の中、わたしは「助けてほしい」という願いを込めて、スズメを見上げる。スズメは「ソニア様・・・」と小さく呟きながら悔しそうな表情をしたあと、覚悟を決めた顔をして、もう一度メモ用紙をリュカから取り上げる。
「総帥にはわたくしから言っておきますわ。そこまでする必要はないと」
「ふーん・・・ま、いいけどっ。ただ、総帥のお気に入りだからってあんまり勝手すると、どうなるか分かんないからね」
「はいはい。そうですわね。では、ソニアさ・・・光の大妖精。そこの金属板に電気を供給してくださいませ」
「あ、うん・・・」
何をされそうになってたか分かんないけど、スズメのお陰で助かったっぽい・・・。
わたしが足元にある金属板にバチバチっと電気を流し始めたのを確認した研究者達は、「あとは総帥待ちだ」と言って皆揃って部屋から出ていった。スズメだけは心配そうにわたしをチラチラと見ながら・・・。
あ、見張りとか残さないんだ。まぁ、知らない人とこんな密室で二人きりなんて気まずいしね。
わたし以外誰もいなくなった部屋は、バチバチと電気を流す音だけになった。やけに静かだ。
よし、今のうちに・・・っと。
「あれ?」
ディルにテレパシーを送ろうとしたけど、無理だった。
部屋の壁か・・・何の素材か知らないけど、あの壁がわたしの電磁波を妨害してるんだね。
「困ったなぁ・・・」
わたし、これから何をされるんだろう・・・研究、されちゃうのかな・・・痛いの、やだな・・・。
「ぐすっ・・・」
ダメダメ! 弱気になっちゃだめ! 今のわたしは大妖精なんだから、何か出来るハズ!!
金属板に電気を流しながら、正座をして腕を組んでわたしは考える。
あのよく分からん液体が無くなった今、この瓶を破壊することは簡単だ。けど、問題はそのあとだよね。
金属板をペタペタ触ってみる。
これ、あんまり勢い良く電気を流すと熱で溶けちゃいそう・・・そうなったら電気を流せなくなって脱走したと思われちゃうから、気を付けないとね・・・って、そうじゃない! 悟られずに脱走する方法を考えるんだよ! そして皆を助けるんだっ。そしてそして、さすがソニア! 私達のお姉さん! って呼ばれるんだっ。
わたしは考える。考えて、考えて、一旦休憩して、考えた結果。あることを思いついた。
「その名も、自作電池!!」
電気をコイルのようにグルグルと回転させて溜めておく。こうすれば、少しの間くらいは誤魔化せるハズだ。
これで脱走してすぐにバレる心配は無くなったけど・・・まだ問題があるんだよね。
その場でぴょんぴょんと飛んでみる。
うん。飛ばない。やっぱり羽が無いと飛べないね・・・。これじゃあ瓶の中から脱出しても碌に動けない。人間サイズになればまだマシになるかもしれないけど、そうすると服が破けて裸になっちゃう上に、バレやすくなるよね・・・。
わたしは考える。考えて、考えて、一旦休憩して、考えた結果。何も思いつかなかった。・・・けど、その代わりに視界の端で何かがわたしの電気の反射で光ったのが見えた。
むむ? むむむ!? あれは・・・!!
「ナイフ?」
さっきのリュカって呼ばれてた研究者が持ってたやつだよね? 落としていったのかな? ・・・よく見たらナイフというよりはメスっぽい・・・。
わたしは考える。考えて、考えて、休憩を挟まずに考える。
「閃いた!!」
あれを箒代わりにしよう!!
「・・・」
いや、本当に箒の代わりにするんじゃなくてね? さすがのわたしもメスが箒の代わりになるとは思ってないよ。ただ、箒って跨って空を飛べるじゃん? ・・・映画とかだと。その代わりにメスに跨って・・・いや、跨るのは危ないよね。股が切れちゃうよ。普通に乗ろう。
「さてと、あとはこの部屋から出る手段だけど・・・」
ガチャ・・・
「!?」
知らん男の人間が入ってきた。やたらと白衣の襟が長い黒髪の・・・おじさん? 若作りしたおじさんみたいなのが入ってきた。何故か白衣の右半身くらいが焦げてる。
「ハァ・・・大妖精どもめ。入った瞬間に燃やすことないだろうが・・・あ?」
男とわたしの目が合う。
慌てて自作電池を消したけど、間に合ったかな? あとはメスに気づかれないように・・・っと。
電磁力でこっそりとメスを端っこの方へ移動させる。男はわたしに目が釘付けだ。今のうち・・・。
「ほう・・・他の大妖精達もなかなかだったが・・・これは一段と凄い容姿だな・・・」
「凄い容姿って・・・それ褒めてるの?」
よしっ、無事にメスを天井の端っこまで移動させたぞっ。さすがにそんな所をわざわざ見ないでしょう!
「褒めてはいない。だが貶してもいない。ただ率直な感想を述べたまでだ」
「あっそ。それで? わたしに何か用? わたしに痛いこととか苦しいことをしたらダメだからね!」
「お前の意見など通すわけがないだろう・・・・・・噂通りの頭の悪さだな」
はぁ!? 確かにわたしの頭は良くはないけど、そこまでじゃないし!
「おまけに考えてることが全て顔に出てる」
「うっ・・・」
それは・・・わたしも直したいよ。
「クックック・・・面白い女だ」
少女漫画みたいなセリフ吐きやがって・・・それはイケメンが言ってこそ効果を発揮するんだよ!・・・イケおじではあるかもしれないけど。
「まぁ、そう眉間に皺を寄せるな。そんなんでもお前は一応は妖精達のトップだ。そんなお前と少し話をしてみたくてな。研究とは、まずその対象を知ることから始めるものだ」
面白い女とか言っておいて、研究対象としてしか見てないんだね。なんか残念だよ。
「じゃあ、先にそっちが自己紹介してよ! そうじゃないと、わたしも何も話さないよ!」
「チッ・・・」
舌打ちされた!!
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「俺はこの泡沫島研究団の総帥、ロイドだ」
「すんごい間があったね」
次はお前の番だとでも言いたげなジト目で見てくる。わたしは「すぅ」と大きく息を吸って、口を開く。
「わたしは光の大妖精ソニア! きゃぴ☆」
パチッとウィンクする。ちょっとあざとすぎたかな? 恥ずかしい。
「妖精は呼吸を必要としないハズだが・・・何故息を吸った?」
「お? もしかして声を出す原理をご存知ない? 声を出す為には息を吐かなきゃいけないんだよ?」
イラついてるイラついてる!この調子でわたしが会話のペースを掴むんだ! 何だか頭が良くなった気分!
「・・・1つ、聞いてもいいか?」
ロイドはさっきまで浮かべていた青筋を消して、鋭い眼光でわたしを捉える。その威圧感に思わずわたしの背筋が伸びる。
「にゃにさ・・・」
嚙んじゃった・・・。
「この世界を創ったのはお前なんだろ?」
「お前じゃなくてソニアだよ」
「・・・ソニアなんだろ?」
「ちゃんと敬称を付けて」
「ソニア君なんだろ?」
何で「君」? まぁ、いいけど・・・。
「世界って言うか、この惑星を作ったのはわたしが皆と協力して創ったんだよ」
「そうか・・・では、この世界は不完全だとは思わないか?」
「え、不完全?」
考えたことも無かったや。でも、確かに言われてみればそうかも・・・。
「この世界って知性のある生物が人間しかいないもんね。やっぱりエルフとかドワーフ、もっふもふの獣人なんかも欲しいよね!」
「は? 何を言って・・・」
目をまん丸にするロイドに、わたしは首を傾げる。
「ん? 新しい種族が欲しいよねって話じゃないの?」
「・・・そうなるのか。違う。俺が話してるのは文明のことだ」
「文明? ・・・さぁ~、分かんない」
わたしの気の抜けた返事に、ロイドは「ハァ」と溜息を吐く。
「やはり我々人間が成さなきゃならないようだな」
「うん、よく分かんないけどそうするべきだよ」
「では、その為には今別室で捕えている大妖精達を研究しなくてはな」
「え?」
何でそうなるの?
「そうだな・・・まずは緑の大妖精あたりから手を付けるか。妖精は頭を千切っても動けるのか、幼い頃から興味があったんだ・・・」
「ひっ・・・」
サーっと血の気が引いていく。想像するだけでも吐きそうだ。
そんな・・・ダメ。ジニア達に酷いことをしないで・・・。
「ん? 何だその目は。何か言いたげだな?」
ど、どうしよう・・・ううん。迷ってる暇はない。覚悟を決めなきゃ・・・。こわい、こわいけど・・・。
「わ・・・の・・・から・・・」
「何か言ったか?」
「わ、わわ、わたしのこと・・・そういう酷いことはわたしが引き受けるから、あの子達には一切そういうのはしないで!」
恐怖で体が震えちゃってるけど、後悔はないもん。
頭を千切られたりするのは嫌だけど、あの子達がそんな目に遭う方がもっと嫌!
わたしの言葉に、ロイドは一瞬だけニヤリと笑ったあと、踵を返してわたしに背を向ける。
「では、覚悟しておけよ」
ロイドは最後にそう言い残し、部屋から出ていった。
「ぷはぁ~・・・」
ペタッと尻餅をつく。
あ、足がガクガクしちゃってるよ・・・。
「でも、そんな場合じゃないよね・・・」
これで時間が無くなった。本当はもっと計画を練りたかったけど、今すぐにでも脱走しなきゃ!
わたしは指からビームを出して、瓶を真っ二つに切断した。
読んでくださりありがとうございます。情緒不安定気味のソニアでした。
 




