311.【ディル】ローラこわい
「カッチコッチだなぁ。これ」
凍った海に降り立った姉御がコンコンと氷の海を叩きながら言う。俺もそんな姉御を追って、船から飛び降りる。
「ソニアが攫われたかもしれないってのに・・・これじゃあ身動きが取れないだろ・・・」
「私、やっぱり飛んで探しに行く。泡沫島まで」
そ言いながら何処かに飛んで行こうとするローラの足を摘んで引き止める。
「何言ってんだ。お前1人じゃあ場所分かんないし、分かったとしてお前が1人で行って助けられるのか?」
「そ、そこは私のお姉ちゃん愛でどうにか・・・」
「出来ると本当に思ってんなら行ったらいい」
ローラはl悔しそうな顔で俺を睨んでくるけど、間違ったことは言ってない。
「ねぇ、ちょっと!皆!? 何か向こうから転がって来てるわよ!」
まだ船の上にいたお母さんが目を細めて遠くの方を見ながら言う。その言葉に、氷の上に立ってる俺、姉御、俺の隣りに浮いてるローラ、船の上にいる海賊達の全員がお母さんと同じ方を見る。
「本当だ・・・何か・・・瓶みたいなのが転がって来てるな」
「は? どこ? 全然見えないんだけど・・・」
「ほら、ちょっと斜面になってるところを転がって・・・ん? 瓶の中に何か入ってるなぁ・・・」
「はぁ? 何かってなにさ。せめて特徴とか分かんないの? 使えない」
「・・・」
腹を立てるな。俺。ソニアが行方不明だからって俺までイライラしだしたら収拾がつかない。
俺は身体強化で視力を強化して転がってくる瓶の中を見る。
ん? あれって・・・。
「妖精が入ってるな・・・」
「え!? お姉ちゃん!?」
「そうは言ってない」
「チッ」
舌打ちって・・・。
「赤い妖精だな・・・瓶の中で転がってる」
「赤い妖精?火の眷属か? ・・・っつーか、何か叫んでねぇか?」
姉御とローラからも瓶の中が確認出来るくらい近くまで接近してきた頃、瓶の中にいる赤い妖精が何か必死に叫んでることに気が付いた。
「・・・てぇ!」
コロコロと転がりながら何か言ってる・・・。
「たすけてぇ!!」
たすけて!?
聞こえてきた叫び声に、俺達は顔を見合わせる。
「助けてって言ってたよな? 何からだ?」
「いや、どう見ても『転がる瓶から出して』って意味でしょ? さっさと助けに行きなよ」
さっさっと手を振って俺を追いやろうとしてくる。
こいつのことはいつかソニアに言って叱ってもらおう。
軽く溜息を吐きながら足を一歩踏み出したところで、瓶の中の妖精の叫び声に混じって別の音が聞こえてくることに気が付いた。
これは・・・足音? それも大人数の・・・。
「ディル! 誰か・・・集団が瓶を追ってこっちに来てるわよ!!」
「分かってる!」
お母さんの言葉のすぐあと、斜面の向こう側から青い髪の白衣の集団が走って来てるのが見えてきた。俺がもう一度足を一歩踏み出すと同時に、姉御が俺に向かって叫ぶ。
「泡沫島の研究者達だ! 気を付けろ! あいつらはよく分からん攻撃をしてくんぞ!」
「了解・・・丁度いいな」
俺は速やかに転がってくる瓶を拾い上げる。瓶の中には目を回してる赤い髪の丸っこい妖精・・・時の妖精のトキが入ってた。目を回しながらも、バッチリ俺と目が合う。
「あ・・・アンタは・・・ソニアちゃんと一緒にいた・・・え? ちょ、何しようとして・・・」
「ふん!」
「・・・っきゃああああああ!!」
俺は船の方まで瓶を勢い良く投げた。
「姉御! とりあえずそれを頼む!」
「おう! 任せとけ!」
姉御が瓶をパシッと受け取ったのを確認して、泡沫島の研究者達と向き合う。研究者達は俺を見て、足並みをそろえて立ち止まった。
「妖精の愛し子ディル。奥には例の海賊に・・・あれは件の妖精!? 何故・・・」
研究者達の中でもひと際偉そうな襟の立った男がごちゃごちゃと言っている。
あいつだけは何としても捕らえないとな。
拳をポキポキと鳴らしながら、研究者達に近付いて行く。
「全員魔石を構え戦闘態勢! 時の妖精を確保! 邪魔する者を排除しろ!」
させるか!
向こうが何かする前に、俺はダンッと思いっ切り氷の足場を踏み抜く。すると、予想通り研究者達がいる氷の足場が割れていった。
「なっ、何だこれは!?」
「下がれ! クソッ、妖精の愛し子は化け物か!」
半分くらいは海に落ちたかな。ここらの海はさぞ冷たいだろ。
「急いで上がれ! 水上歩行の魔石を発動させろ!」
「はっ・・・ぐああああ!!」
海に落下した研究者達は急いで靴に付いている魔石を触れようとするけど、その前に次々と矢で射られて意識を失っていく。
お母さんか・・・。
チラリと後ろを振り返ると、お母さんが船の上から物凄い速射をしていた。
凄いな・・・そういえばお母さんも一応一流冒険者だったもんな。
「放て!!」
そんな研究者の声と共に、残った研究者達から水の槍が数十本一斉に飛んでくる。
避けるのはまずいな。後ろにいる姉御達に直撃だ。・・・よしっ、全部弾くか。
槍のスピードはそこまで速くない。俺は両手足を使い飛んでくる水の槍をパァン! パァン! と全て弾く。十数本の槍を約一秒くらいで防ぎ切った。
「ほ、本当にバケモンかよ・・・人間じゃない・・・」
「ひ、怯むな! 空間魔石を使用することを許可する!」
「りょ、りょうか・・・ぐあああ!!」
「何だ!? どうした!?」
生き残った研究者達が何かしようとした瞬間、目から血を流して叫び始めた。
「め、目がぁ!」
「クソッ、妖精の愛し子! 何をした!?」
何をしたって・・・俺は何もしてないんだけど・・・あっ。
・・・と思ってもう一度後ろを振り返ると、姉御の後ろで浮いてたハズのローラの姿が見当たらない。
姿を消して目を潰して回ってるのか・・・えげつないな。でも、お陰でやりやすくなった。
前を向いて偉そうにしてた研究者を捕えようと思ったら、その姿が消えていた。
なるほどな。そういうことも出来るのか。
俺は斜め後ろに向かって手を伸ばし・・・ガッと掴む。
「ぐぁ! ・・・な、何故分かった・・・!?」
俺に首を絞められてる状態の偉そうな研究者が悔しそうに言う。
「俺は人間だ。ソニアみたいに無防備で隙だらけだと思ったら大間違いだぞ」
・・・。
その後、海賊達の手を借りて研究者達の身ぐるみを剥いで拘束する。
「お姉ちゃんがいたらこんなこと出来ないよ」
「ソニアがいないからこんなことになってるんだけどな」
漏れなく素っ裸にされて凍った海の上に縛られてる研究者達を、ローラはまるで汚物を見るかのような顔で見ている。
「純粋で綺麗なお姉ちゃんにはこんな汚い物見せられない」
「同感だ」
「同じ物ぶら下げてるくせに何を言ってるんだか・・・」
「・・・」
こいつ・・・!!
「あ、あの! まずはトキをここから出して欲しい!」
姉御が持っている瓶の中からコンコンとガラスを叩きながら訴えてくる。
「色々と聞きたいことがあるしな」
瓶の蓋はかなり固い鉄みたいなので塞がれてた上に鍵も掛かってたけど、思いっ切り握ったら簡単に破壊できた。それを見たトキが俺を怯えたような目で見てくるけど、気にしない。
「改めて、私は時の妖精のトキ。あなたはソニアちゃん大好きな人間のディル? それに、向こうにいるのはシロちゃん?」
「うん。俺はソニア大好きな人間のディルだ。んで、向こうにいるのはシロちゃんで合ってる」
「そして、私はこいつよりもお姉ちゃんが大好きなオーロラの妖精のローラ。アナタはお姉ちゃんとどんな関係なの?」
俺の顔を押し退けてずずいっと間に入ってくるローラ。そしてトキはそんなローラと俺と、周囲で研究者達を見張ってるお母さんと海賊達に向けてソニアと出会った時のことと、それからのことを話してくれた。
・・・。
「つまり、お前さんは大事な村の人達を人質に取られて泡沫島の研究者達に捕まってたけど、助けに来たシロちゃんの飼い主に「大妖精達が村人達を解放した」って聞かされて、脱出してきた・・・ってことだな?」
「簡単に言うとそう。そして逃げてる途中で追手に瓶に閉じ込められて、海と一緒にあいつらの船を凍らせて、転がって逃げてた」
「危機一髪だったな」
「うん・・・だから一緒に助けに行って欲しいんだけど・・・ところで、ソニアちゃんは?」
トキはそう言いながら俺の周囲を見る。
そう言うってことはソニアは見てないのか。
「あのな、実は・・・」
ソニアが行方不明になったことを伝えるとトキはじーっとローラを見たあと、ハッとしたように手を打った。
「もしかしたら、そこのローラって子と間違われて攫われたのかも・・・」
「は? それどういうこと!? く・わ・し・く!!」
ローラがトキに掴みかかる。俺は「落ち着け」と2人を引き剝がす。
「偉い研究者がアナタを捕らえるみたいなことを話してた。だから、アナタが無事ってことは間違ってソニアちゃんを攫ったのかも。アナタ達似てるし」
「似てるって言っても髪型も色も違うけどな・・・」
ソニアは長いふわふわの金髪なのに対して、ローラはショートヘアーだし、内側が青色だ。インナーカラーとかって言うんだっけか? いくら顔や体型が似てるからって間違えないと思うけど・・・。
「間違えたというよりは・・・私を攫う過程で目にした光の大妖精が攫いたいくらい可愛くて、思わずお姉ちゃんの方を攫っちゃったとか・・・」
「確かに。その方があり得るな」
ソニアは常識が通用しないくらいに可愛いからな。
うんうんと頷き合う俺とローラに、姉御が「おめぇら、それ本気で言ってんのかよ」とツッコミを入れてくるけど、普通に本気だ。
「まぁ、その辺はこいつらに聞けば何か分かるんじゃねぇか?」
姉御はそう言って裸で拘束されてる研究者達を指差す。裸で氷の上に座らされて冷たそうだ。
「そうだな・・・」
俺は襟の立った偉そうにしてた研究者の前に屈み、一発腹を殴る。
「ぐっ・・・」
「今の話聞いてたよな? 知ってること全部話せ」
俺の言葉に、プイッと顔を背ける研究者。もう一回殴ろうかと思ったら、俺の真横をローラが通り過ぎて、徐に尖った氷の破片を持ち出した。
「ローラ? 何をして・・・マジか・・・?」
ローラは俺が尋問してる研究者の隣の研究者の前まで飛び、持ってる氷の破片をその研究者の一番大事なアソコ目掛けて・・・。
「ふっ!? ぐぁあああああぁぁぁぁぁぁ!!」
敵味方関係無く、その場に居た男全員が目を逸らした。
「話さないと次はアンタのキン○マをヤルけど?」
こわっ・・・金輪際、こいつを本気で怒らせるのは絶対に避けよう。
「・・・は、話すから止めてくれ・・・」
話してくれはしたけど、たいした情報は得られなかった。
分かったことは、彼等は4級研究員という中堅どころの研究者で、3級以上の幹部研究者から命令を受けて行動していただけで、その詳細は知らされていなかったことだけだ。
「我々は脱走した時の妖精の確保を命令されていました。そちらのオーロラの妖精・・・いえ、ローラ様の情報は全研究員に共有はされていましたが、捕獲の命令は諜報班という特殊な部隊に命令されていて、我々はそれ以上のことは・・・」
滅茶苦茶ローラに怯えてるな・・・ここはローラに任せた方が早そうだ。
「そう・・・お姉ちゃんに関して知ってるのは本当にそれだけ?」
「は、はい! あとはローラ様もご存知のことくらいしか・・・」
ローラは暫く腕を組んで考えたあと、研究者達を見回す。
「お姉ちゃんが泡沫島に連れ去られた可能性はかなり高いってことだよね・・・・・・分かった。アンタ達は泡沫島に帰してあげる」
「はぁ!?」
今の「はぁ!?」は俺の「はぁ!?」だ。
こいつらは敵なんだぞ!? 敵にも甘いソニアでも流石にそのまま帰したりはしないぞ!
「その代わり、私達を秘密裏に泡沫島の中に連れていきなさい」
あ、そういうことか。
俺は手をポンッと打って、静かに研究者達を睨むローラを見る。
「確かにそれなら比較的安全に侵入出来るし、上手くいけばそのままソニアを見つけられるかもな」
ソニアの妹とは思えないくらい頭が切れるな。
「そういうことだから、こいつらの縄を解いてあげて」
「大丈夫なのか?」
姉御が心配そうに研究者達を見る。
「妙な真似したら・・・分かってるよね?」
ローラが有無を言わせない迫力で研究者達を睨みつける。研究者達は内股になってコクコクと頷くことしか出来ない。可哀想だとは思わない。ソニアの敵なんだから。
・・・。
「じゃあ、行くのは俺とローラとシロちゃんとトキの4人・・・いや、1人と3匹? 3体?・・・で、いいな?」
「うん。あんまり大勢で行くと逆に動きにくいしバレやすいから。本当はその白いドラゴンも置いて行きたいんだけど・・・」
「クゥン!」
シロちゃんは行く気満々だ。囚われた相棒を助けたい気落ちはめちゃくちゃ分かるから、俺は一緒に行くことに反対はしない。それに、シロちゃんは体を小さくすることが出来るから、そこまでの心配はいらない。
「んじゃ、さっさとこいつらの船があるとこまで走るか。・・・って言っても、お前らは飛んでるけど」
「泡沫島のやつら、やられたら嫌なことを的確にやってくるから・・・ソニアちゃん。挫けてなければいいけど・・・」
トキが不穏なことを言い始めた。
「ソニアの嫌がることか・・・ソニアは優しいから自分のことよりも他人に危害を加えられる方が嫌がりそうだな・・・ソニアの心が心配だ。早く助けてやらないと・・・」
「お姉ちゃん・・・前髪を上げられるのと海藻を食べさせられるのを嫌がるから・・・お姉ちゃんの心が心配。早く助けて私が仕返しに研究員共を皆殺しにしてやらないと」
・・・こいつ、発想が平和なんだか物騒なんだか分かんないな。
俺達はそれぞれ大事な存在を取り戻す為に進む。1人同行者が増えてることにも気が付かずに・・・。
読んでくださりありがとうございます。
人間だった頃。
光里「やめてって! おでこは出したくないのっ!」
朱里「ちょっ、ごめんて、そんなに本気で怒らなくても・・・」




