309.落としたかった雷
ふわふわと夢心地な頭で、わたしは夜空をふわふわと飛ぶ。
あれぇ? わたしはどうして空を飛んでるんだっけ?
「お姉ちゃん! 危ないって! ドラゴンって凄く強い生き物なんでしょ!?」
わたしの髪に一生懸命にぶら下がってるローラが耳元で大きな声で言う。
わたしのすぐ真上には夜の月が綺麗に鱗に反射している白いドラゴンが飛んでいた。わたし達に気が付いて「クゥン!?」と鳴く。
そうだった。船でお酒を飲んでべろんべろんになってたら、「空にドラゴンがー!」って聞こえてきたから、飛んだんだ。
「つーかまーえたっ!」
絶対に見覚えがあるハズだけど、うまく頭が働かなくて思い出せない白いドラゴン。そのドラゴンの尻尾にハシッと捕まった。
「クゥン! クゥン!!クゥン!!」
「うわわっ・・・尻尾を激しく振らないでぇ・・・うぅ・・・」
き、気持ち悪くなってきた・・・。
「うっ・・・お”っ・・・うぇ”・・・」
は、吐きそう・・・。
「お、お姉ちゃん!? まさか吐きそうなの!?」
「が、我慢しゅる・・・うぅ・・・」
「クゥン!!クゥン!」
「とりあえず尻尾から離れなよ!!」
尻尾からゆっくりと離れる。
「大丈夫?」
「クゥン?」
白いドラゴンが心配そうにわたしの頬を舐めてきて、ローラがちっちゃい手でわたしの背中を擦ってくれる。
「い、いっかい船におりりゅ・・・」
「うんうん。そうだね。そうしよっか。ゆっくりね」
「クゥン・・・」
白いドラゴンを連れながらゆ~っくりと船に降りると、ディルとサディの親子が心配そうにわたし達を見上げていた。船の端の方では同じような顔で見上げてくるダリアの姿も見える。
「突然ソニアがドラゴンに向かって飛んでったって言うから、慌てて出てきたらシロちゃんじゃん」
「シ・・・ロちゃん?」
確かミカちゃんの相棒のスノウドラゴンの・・・うっぷ。
「ソニアちゃん!? ものすっごい顔色悪いけどどうしたの!?」
船に降りて、裸足でペタペタフラフラと不安定に歩くわたしを、サディが優しく支えてくれる。
「お姉ちゃん。そんなにお酒強いわけじゃないのに、いっつもたくさん飲んじゃうんだから・・・とりあえずどっかベッドまで歩くか、飛ぶか・・・」
「ふぅう”っ・・・ごめっ、もっ、むりっ・・・」
「ソニアちゃん!?」
「お姉ちゃん!!」
急いでサディを引き剝がして、海の方へ向かってペタペタと走り出し・・・。
「わっ・・・!?」
案の定つまずいた。
顔面から転んじゃう!
「ソニア!」
ディルが間一髪でわたしを支えてくれたお陰で顔面から行かずに済んだ。がっつり胸を触られてる気がするけど、それどころじゃない。
「わっ、ごめん! 触るつもりは・・・・」
「うっ・・・ごめんむり・・・」
我慢できない・・・
「うっ・・・・お”ぇ”っ・・・げぇええ・・・お”え”ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・・」
「だ、大丈夫か!? おい!」
ディルに思いっ切りぶちまけちゃった・・・さい・・・あく・・・。
・・・。
「んっ・・・んん~~~っ」
羽に違和感を感じて目が覚める。まだボヤけてる視界の中で、誰かが布団からはみ出てるわたしの羽を撫でているのが見える。
く、くすぐったい・・・。
「・・・誰?」
「きゃっ!? お、起きたのね! ソニアちゃん!」
サディだった。声を掛けた瞬間にバッと羽を撫でていた手を引いて、何でもないようにわざとらしい笑顔を作って視線を泳がす。
「あのね? サディ。羽は妖精にとってめっちゃ大事な部分なの。神経がたくさんあって敏感だし、羽がなくなっちゃったら飛べなくなるし、何より羽は妖精のトレンドマークで、常に美しく保っていたいの」
羽に折り目でも付いちゃったら大変だもん。
「だから、不用意に触っちゃダメ」
「な、なんのことかしら?」
白々しいよ・・・。
目をクシクシと擦りながら起き上がる。どうやらサディの部屋のサディのベッドで寝てたらしい。
「あれ? どうしてサディの部屋で寝てたの?」
「覚えてないの? ソニアちゃん、昨日はお酒で大変なことになってたんだから・・・」
「あっ・・・あー・・・」
「思い出した?」
「思い出したくなかった・・・」
わたしは布団を全身にかぶり、うずくまる。
「一生この中で過ごしたい・・・」
「妖精が言う一生は重たいわねぇ・・・大丈夫よソニアちゃん。あれくらいの失敗なんて気にするほどじゃないわ」
「あ、あれくらいって・・・!」
わたしは布団をバッと投げ捨て、サディに掴みかかる。
「だって! 吐いちゃったんだよ!? ガチ嘔吐だよ!?」
「それくらいのことじゃない」
「それくらいでも、あれくらいでもないよ! わ、わたしの『清楚でお淑やかな妖精』っていうイメージが・・・」
「ソニアちゃん。自分のことそんな風に思ってたの? フフフッ」
何を笑っとんねん。
「それに・・・ただ皆の前で醜態を晒したんじゃないよ・・・」
「?」
「だって・・・好きな人に思いっ切りぶちまけて・・・・あっ」
慌てて自分の口を塞ぐけど、遅かった。サディはそんなわたしを見てニヤニヤと口元を綻ばせ始める。
「フフッ。そんなに顔を真っ赤にしなくても、気付いてたわよ。ソニアちゃん分かりやすいもの」
そ、そんなに分かりやすい態度をとった覚えはないんだけど・・・。女の勘ってやつかな? 同じ女のわたしにはさっぱりだけど。
「それに、ソニアちゃんはだいぶ落ち込んでるようだけど、あの子はそんなことでソニアちゃんを嫌ったり幻滅したりしないわよ」
「そう言われても・・・・」
「簡単には気持ちを切り替えられないわよね。フフッ、妖精もそういう所は人間と変わらないのね」
サディは微笑ましそうにわたしを見ながら、何やらゴソゴソとベッドの下を漁り始める。
「はい、これ。ローラちゃんがソニアちゃんにって」
「わぁ! 新しい服だぁ!」
純白のワンピースだ。シンプルだけど、所々に可愛らしい刺繡やフリルが控えめに付いていて、手が込んでいるのが分かる。
ローラ・・・元々こういうことは得意だったけど、また腕を上げたね。2つの意味で嬉しいっ。
わたしはサディから服を受け取って、部屋を見渡す。
「そういえば、ローラはどこ行ったの?」
「厨房に行ったわよ。何でも、『お姉ちゃん落ち込んでるだろうから、今度は私が料理を振る舞って元気にしてあげる!』って言ってたわよ。仲のいい姉妹なのね」
「えへへ。でしょ~?」
可愛い妹なんだよ~。・・・ただ、その可愛い妹は致命的に料理が下手だったハズなんだけど・・・わたしが死んでから上達したのかな?
「そしたら、私は洗濯物を取り込んでくるわね」
あっ、もしかしてわたしが吐瀉物を掛けちゃったディルのシャツかな・・・。ごめんなさい。
サディが部屋から出ていったあと、わたしは体をちっちゃい妖精サイズにして、ローラが作ってくれた純白のワンピースに着替える。
「髪は・・・降ろしてる方が似合ってるかな?」
鏡の前でクルッと回って「よしっ」と頷く。
うん。イイ感じ。・・・イイ感じだからこそ、昨日の失敗が悔やまれる。
「サディはああ言ってたけど、やっぱり気になっちゃうよ」
ディルはわたしのことどう思ってるのかなって。気持ち悪いって思われたかなって、汚いって思われたかなって、やっぱり幻滅されたかなって・・・。
「ここで1人うじうじしてても仕方ない! これは・・・もう、本人に聞くのが一番だよね!」
・・・かと言って、今わたしがディルと顔を合わせる勇気は無いし・・・。
わたしは鏡をもう一度見て、あることを閃いた。
ちょっと罪悪感があるけど・・・あとでちゃんと謝るから許してね。
わたしは自分に光学迷彩のように光を纏わせて、改めて鏡を見る。
「うん! どこからどう見てもローラだね!」
ローラの姿に変身して、わたしは窓からそっと抜け出す。
この姿でディルに接近して、ソニアのことを聞き出すの!
「・・・って、ディルはどこにいるんだろう?」
時間はまだ早朝みたいで、海賊達のほとんどは釣りをしている。
食料庫に碌な食べ物なかったもんね。
そんな釣りをしている海賊達の中に、何もせずボーっと遠くの海を眺めてる男がいた。
「あ、ウィック!」
後ろから声を掛けると、ウィックは振り返ってわたしを見る。
「あ、ローラさんッスよね?」
「え、あ、うん! そうだよ! わたし・・・私はローラだよ! 男の人大っ嫌い!」
ちゃんとローラのフリをしなきゃ! ・・・変じゃ・・・ないよね?
「丁度よかったッス。ローラさんを探してたんスよ」
「え、そうなの?」
やばくない? わたし本当はローラじゃなくてソニアだよ?
「ローラさんを探してる人がいるんスよ」
「え、ローラを・・・私を探してる人? ディルとか?」
「ん? あ、そうッス。ディルッス」
それはわたしにとっても丁度良かった!
「私もディルのこと探してたんだよ! どこに居るの?」
「案内するッス」
場所さえ教えてくれれば良かったんだけど・・・ま、いっか。
大きな歩幅で歩くウィックにふわふわと付いて行く。そして、船の一番後ろの部屋に着いた。
「中に入ってくださいッス」
「この中にディルがいるの?」
「そうッス」
初めてくる部屋だなぁ・・・。
ウィックが扉を開けてくれたので、わたしは先に部屋に入って中を見渡す。
「ここは・・・武器庫? ディルは何処に・・・わっ!?」
突然ウィックに体をガシッと掴まれた。
「な、なにするの!?」
ジタバタと暴れながらウィックを見上げると、まるで感情の無い顔でわたしを見下ろしてた。
「ウィック・・・? なんか・・・こわいよ? もしかして、記憶喪失にしちゃったこと怒ってる?」
あ、いや、でも、今のわたしはローラに変身してるわけだし・・・。
「ひぎっ!?」
羽を乱暴に鷲掴みにされた。そしてそのまま羽を掴んでる手と、わたしの体を掴んでる手に力を入れ始める。
「ひぇ・・・う、噓だよね? じょ、冗談はやめてよ? 揶揄ってるんでしょ?」
本当はもう記憶が戻ってて、しかもわたしがローラの姿に化けてることも知っていて、それで揶揄ってる・・・とかだよね?
ウィックは無表情のまま羽を引っ張り始める。
ま、まずい! 本気だ! ・・・すぐに反撃を・・・!!
でも、少し判断が遅かった。
ブチブチブチィ!!
「ひぎぃっ!? ・・・ぁあああああああ!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!
妖精は痛みなんて感じないハズなのに、わたしの脳はしっかりと痛みを認識している。
「やめ・・・た、助けっ・・・きゃあ!!」
ポチャン
突然、水に沈んだ。何事かと思ったら、水がいっぱいに詰まった瓶に落とされたみたいだった。そのままカチッと蓋を閉められる。
「がぼぼ・・・」
こ、こんな瓶なんて電撃で・・・・・・あれ?!
電撃が出ない。というか、水が電気を通さない。
真水!?
瓶の中で驚愕するわたし。そして、ウィックはそんな妖精が入った瓶を持って、海に向かって大きく振りかぶる。
まさか・・・?
ブゥン!!
案の定、ウィックはわたしが入った瓶を海に思いっ切り放り投げた。
「がぼぼぼ!?」
回る視界の中。ポチャンと瓶は海に落下して、沈んでいく。恐ろしい顔のお魚さん達と目が合った。
電気がダメならビームで壊そうかと思ったけど・・・今はやめたほうがよさそう。羽が無いから飛べないし、泳げもしない。今瓶を壊してもお魚に食べられてお終いだよ・・・。
「がぼぼ! がぼぼぼぼっ!!」
とにかく助けを呼ばなきゃ!!
ディルに通信を送ろうとするけど、そもそもこの水が電気を通さないせいでディルまで届かない。
それなら、雷を落として居場所・・・を・・・あ、あれ?
意識が朦朧とし始めてきた。羽を捥がれた背中に激痛が走るけど、そんなことお構いなしでわたしの視界は暗くなっていく。
何か・・・くる・・・。
意識と深海の2つの意味で暗くなる視界の中で、何かが凄いスピードでこっちに向かって来てるのが見える。
あれは・・・潜水艦?
その景色を最後に、わたしは意識を手放した。
読んでくださりありがとうございます。
~その頃のディル達~
シロちゃん「クゥン! クゥン!」
ディル「何か必死に訴えてくるけど、ソニアが居ないと何言ってるか分かんないなぁ」




