302.【ディル/マリ】面倒な事態
『ディル! 見て見て! わたしの耳、でっかくなっちゃった!』
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「はっ! ・・・夢か」
とんでもない夢だった・・・っていうか、いつの間に寝たんだっけ? 確か、ソニアが目を覚まして・・・そのまま寝落ちしたのか。
「よっと」
体をバネのようにして勢い良く起き上がって、まずは周囲の確認。二階のベッドで寝たハズなのに、ベッドとはかけ離れた一階のテーブルの下で起きたのはいつものこととして・・・何でこいつは裸で寝てるんだ?
横でぐーすか寝ている裸のウィックを綺麗に二度見した。
「ソニアが起きてくる前に隠しておくか」
ウィックの股間に、そこら辺にあった本を置いてみる。
「うん。心もとないな」
とりあえずウィックは腰に雑巾だけ巻いて窓から裏庭に放り出して、二階で寝てるであろうソニア達を起こしに、二段飛ばしで階段を登る。
「ソニア~。もう朝だぞ~・・・って、いないし」
ソニアどころか、誰もいなかった。恐らくソニアが脱ぎ散らかしたであろうメイド服がベッドに落ちてるだけだ。服どころか、靴下や下着まである。
大妖精になってもそういうところは全く変わらないんだな。2人で旅してた時もそうだった。そこら辺に下着を脱ぎ捨てる癖に、見られたら恥ずかしがるんだ。あれは可愛かった。
ソニアの下着を見る。上下セットで置かれている。
・・・妖精サイズの時は最初こそ好きな女の子の下着にドキドキしてたけど、俺の指に乗っかるくらいのサイズなのと、あまりにもソニアが頻繫に脱ぎ散らかすのでそのうちすぐに慣れた。でも、さすがに同じ人間サイズの下着を見ると・・・こう・・・色々と想像しちゃうというか・・・脳に焼き付いちゃうというか・・・・・・って、まるで変態みたいじゃん!
ブンブンと頭を振って煩悩を追い払って、一つため息を吐いてから窓の外を見る。
「よく見たら太陽めっちゃ昇ってるし、俺が昼まで寝てただけで、ソニア達はどっかに出掛けたのか。それで着替えたんだな・・・え、じゃあ、でも、何で下着は・・・い、いや! 考えちゃダメだ!別のことを考えろ!」
それにしても・・・人間サイズになったソニア。美人だったなぁ。
黒髪黒目で、尖った耳も羽も見えなくなって、まるで人間みたいだったソニア。
あのサイズのソニアと一緒にデ、デートとかしたら楽しいだろうなぁ。
「はぁ、ソニアのことばっか考えちゃうな。とりあえず、顔でも洗うかぁ。近くに川か井戸かあったっけなぁ」
寝癖を軽く直しながら階段を降りて、玄関の扉を開ける。
「うわっ!」
「うおっ!」
扉を開けた目の前に、知らない黒髪の男が立っていた。俺よりも少し背が高いくらいで、ラフな服装に胸当てを付けていて、腰に片刃の剣をぶら下げている。向こうも丁度扉を開けようとしていたみたいで、お互いに驚いて一歩下がった。
「誰だお前!?」
俺が言おうとしたことを相手に先に言われた。
「お、俺はディルだ」
「知らねぇよ! 誰だよお前!」
じゃあ、何て言えばいいんだよ!!
「ヒカリちゃんはどこにいる!?」
「ヒカリ・・・誰だ?」
「しらばっくれるな! ヒカリちゃん達メイドが昨日から消息不明なんだ! そして、ちょうど同じタイミングで不審な人物がオニダさんのログハウスに出入りしていて、オニダさんも昨日から見当たらねぇ!」
見覚えの無い疑惑を掛けられて、胸ぐらを掴まれた。
「その・・・メイドさん達が消息不明なのは大変なことだと思うけど、俺は関係ないぞ」
オニダは昨日ソニアが眠りについたあと、ナナが「知らん男がお姉ちゃんと同じ屋根の下で寝るなんて許せない!」って怒鳴って追い出したんだよな。・・・さすがに可哀想だった。
「だったらお前は何者で、どうしてオニダさんのログハウスから出て来たんだ」
「いやそれは・・・」
何て説明したらいいんだよ・・・というか、ソニアのこと言ってもいいのか?
俺が返事に迷っていると、相手はますます怪しむような顔になっていった。
「ここで話してても埒が明かねぇな。ちょっと中に入らせてもらうぜ」
相手は俺の横をすっと縫うように通り抜けて、素早くログハウスの中に入っていった。
あっ、中はまずい! 二階にはソニアが脱ぎ捨てたメイド服と下着が・・・・・・って、メイド服? ちょっと待て。もしかして、あいつの言う消息不明のメイド達って・・・ソニア達大妖精のことじゃないか!?
「なぁおい! そのメイドさん達って皆美人じゃ・・・」
「なんだこりゃぁ! どうしてヒカリちゃんのメイド服と・・・下着までベッドの上に置いてあるんだよ!!」
あいつ・・・いつの間に二階まで・・・最悪だ。
ダダンダダンと、あいつが勢い良く階段を降りてくる。
さて、何て説明するか・・・。
「おいてめぇ!! これがどういうことか説明してもらおうじゃねぇか!!」
ソニアの下着を握りしめて、顔を真っ赤にして怒っている。もう片方の手は腰にぶら下げている剣の柄に置かれていた。
そりゃあそうだ。俺がこいつの立場だったらもっと怒ってる。
「なぁ・・違うんだよ。一回落ち着いて聞いてくれ・・・」
「落ち着いていられっか! お前・・・」
「おはようッス~。俺、どうして外で裸で寝てたんスか?」
「「・・・」」
俺の後ろから、裸のウィックが登場した。俺が腰に巻いてやった雑巾はどこにも無い。
勘弁してくれよ・・・これ以上事態をややこしくしないでくれ!
いつもの何だかんだといざという時には頼りになるウィックと違い、今はソニアによって記憶喪失にされた頼りないウィックだ。嫌な予感しかしない。
「放置されたヒカリちゃんの下着に・・・裸の男・・・お前ら・・・」
ソニアの下着をさらに強く握りしめて、ぷるぷると震えるくらい激怒している。
これはもう・・・何を言ってもダメだな。
「俺の大好きなヒカリちゃんに、何をしたぁああ!!」
そいつはソニアの下着を握ったまま、もう片方の手で剣を抜き、俺に向かって斬りかかってきた。
【マリ】―――――――――――――――――――――――――
「いや~・・・アネモネ。寝間着姿だったね~」
「それはそうですよ。朝日が昇ってすぐに行ったんですから」
「いやだって、王様って忙しそうだから早起きなのかなって・・・」
女の王様とヨームがコクセイ?についての難しい話をした帰り道。お城から可愛い感じのログハウスに戻る道で、私のポシェットからひょっこりと顔を出したソニアちゃんと、私の隣を歩くヨームがそんな会話をしてる。
「それにしても、お姉ちゃん。あんなエッチなことできるんだね」
「エッチなこと? ・・・あー、いやいやいや、変な言い方しないでよ。ただわたしと皆を透明にしただけじゃん」
ソニアちゃんはそう言いながら、ポシェットの中に顔を引っ込ませて、オーロラの妖精のローラちゃんのほっぺたをつねる。
「知らない人や妖精がお城をうろついてたら怪しまれるかなって思って、周囲から見えないように透明・・・っていうか、光学迷彩みたいにしたんだよ。まったくエッチじゃないから」
「お姉ちゃんはあんな薄い本を持ってたわりに純粋だなぁ」
ソニアちゃんは固まった。
「・・・え、ちょっと待って? 薄い本? 何のこと?」
「何のことって・・・お姉ちゃんの部屋にあった同人誌のことだよ。誰がお姉ちゃんの遺品整理したと思ってるの? ・・・まさかあんなところに隠してたなんてね。どうりで普段私が片付けてるのに見つけられなかったわけだよ」
「え、先輩どんな同人誌持ってたんですか? 気になります」
私のポシェットの中がどんどん賑やかになっていく。
何のお話をしてるんだろう?
「だいたい全年齢向けの恥ずかしくなるような純愛ものが多かったけど、それに紛れておねs・・・うわぁ! ちょっとお姉ちゃん! 蹴らないでよ! 暴力はダメだよ!」
「先輩! 狭いポシェットの中で暴れないでください!」
私のポシェットが暴れてる。3人の妖精さんをじーっと観察していると、ヨームが私の肩に手をまわして引き寄せながらポツリと呟いた。
「誰かの話声が聞こえてきますね」
「ソニアちゃん達だよ。何の話か分かんないけど、可愛いよね」
「いえ、そうではなく・・・って、その妖精達うるさいですね。ポシェットの口閉めてください」
「うん」
私はそーっとポシェットに手を翳す。
「朱里だって実は匂いフェチなの知ってるんだか――――パチンッ
静かになった。そしたら、ヨームの言う通り別の誰かの声が聞こえるようになった。
「冒険者と違ってあんまり危険もないし、安定した収入もあるのはいいけど、朝早い上にお昼寝が出来ないのが辛いところよね~。見張りの仕事は兵士がやってるのに、騎士団が早起きする必要あるかしら?」
「早朝に万が一何者かが攻め入ってきたら大変だからだろう? 現にあの美人なメイドさん達はいなくなったし。だから今こうしてザックと一緒に調査してんだろ」
「ザックは仕事と言うよりは私情で動いてる気がするけどね・・・。そもそも、あのメイドさん達も怪しいのよね。消息不明になったのに、アネモネさんは何も気にしてない風だったし・・・」
「アネモネ王な。ザシル」
「もう、細かいわよザゼル」
弓を持った男の人と、小さな剣を持った女の人が、ログハウスの前で立って話してる。ヨームに手を引かれて、木の陰に隠れさせられた。
「この国の騎士みたいですね・・・」
「どうして隠れるの?」
「あいつらが騎士を装った不審者の可能性。アネモネ王の伝達不足で僕達が不審者として拘束される可能性があるからです」
「こうやってコソコソしてたら、それこそ不審者だよ?」
私の言葉に、ヨームは目を点にした。
「マリさんはたまに賢いですね。・・・そうですね。ログハウスの中にはディルさんとウィックさんがいます。彼らがただの騎士相手に捕まるとは思えませんし・・・」
ヨームが難しい顔で何か言ってるのを、とりあえず「うんうん」って頷きながら聞いてると、私のポシェットがまた暴れ始めた。
「あ、あれ? いつの間にかポシェットの口閉められてる! ちょっと・・・かったっ! なにこのパッチン! めっちゃ固いんだけど!」
私は簡単に開けられるけど、ちっちゃい妖精さんのソニアちゃんにはとても開けられないみたい。
「もしかして、わたし達が入ってるの忘れてポシェットをどっかに忘れちゃった!?」
ソニアちゃんがありえない勘違いをしちゃった。私が妖精さん達を忘れるわけないのに。
私が唇を尖らせながらポシェットを開けようとすると、その前にソニアちゃんが大声で叫んだ。
「誰かーーー!! 助けて~~~~!!」
それはもう、ソニアちゃん史上一番大きな声だった。
「ちょっとソニアちゃん!! 私が妖精さんのこと忘れるわけな・・・むぐっ!?」
ヨームには口を塞がれた。急なことにドキッと心臓が跳ね上がって、顔が熱くなる。
「ソニアさんもマリさんもうるさいですよ。誤解を招くような・・・」
「女の子の声!? ・・・あっ、おいてめぇナニモンだ! その女の子から手を放せ!」
「可哀想に。顔を真っ赤にして・・・口を塞がれながらも必死に助けを呼んだのね」
さっきまでログハウスの前で話してた騎士の2人がすぐにこっちに駆けつけて来て、ヨームに弓矢と剣の先を向けてくる。
「はぁ・・・考え得る中でも最高クラスに面倒な事態になりましたね・・・マリさん。とりあえずここは彼らの言葉に従っておきましょう。無駄な暴力沙汰は避けて、あとでアネモネ王に弁解してもらいます」
ヨームはため息を吐きながらそう言って、私から手を放してゆっくりと両手を上げる。
「さぁ、君。もう大丈夫だからこっちにおいで?」
女の騎士の人が私に手を差し出してくる。ヨームの言うことは分かるし、自分がどうすればいいかもわかるけど・・・でも、ヨームから離れたくなくて、体が思わず差し出された手を拒否して、ヨームに抱き着いちゃう。
「どうしたの? 大丈夫よ?」
「言葉巧みに騙されてんじゃねぇのか? ほら! こっちにこい! 安全だから!」
「ちょっとそんな乱暴に・・・」
男の騎士の人が私の手をギュッと掴んで引っ張る。
いたいっ!
「やだっ!」
反対の手でヨームの服を掴んで、必死に首を横に振る。その瞬間、私の目の前で突風が巻き起こった。騎士の2人はログハウスの方まで吹っ飛んでいって、「うっ」って鈍い音と一緒に地面に転がった。
「つい体が勝手に動いてしまいました・・・」
杖を持った自分の手を、驚いたみたいに目を真ん丸にして見つめるヨーム。そして、ハッとして私の方を見て、抱き寄せてくれる。
「怪我はありませんか!? すみません!! マリさんが嫌がる姿を見たらつい乱暴なことを・・・」
「ううん。大丈夫だよ。・・・だいすきっ」
「マ、マリさん!?」
私はぴょんっと跳ねてヨームに抱きついて、チュッと頬にチューをしちゃう。
やっぱりヨームは私の騎士様で、私の将来の旦那さん! 今は全然相手にしてもらえないけど、それはきっと私の胸がまだ小さいから。だって、ソニアちゃんは私の妹で、私よりも子供っぽいのに、ディルお兄ちゃんはソニアちゃんに夢中だもん!! それはきっと、ソニアちゃんの胸が大きいからだよ! だから、私の胸が大きくなったら、今よりもいっぱいいっぱいヨームに大好きって言うんだから!
「くそっ・・・無抵抗だからって油断してたぜ・・・よくもやってくれたなぁ」
男の騎士の人が弓を持って起き上がる。女の人のほうは気を失ってるみたい。
「こうなったらやるしかありません。マリさんは下がっていてください」
「う、うん。頑張って!」
ヨームは杖を構えて、騎士の人は弓を構えて・・・走ってきた。
「弓だからって近距離戦が出来ねぇわけじゃねぇ!」
「僕が言うのもあれですが、卑怯ですよ!」
ヨームは一瞬空を見上げて「それではマリさんと離れてしまう」って首を横に振ったあと、杖を構え直す。そんなヨームに、騎士の人は「そうはさせない」と言わんばかりの厳つい顔で矢を持って振り上げてくる。
おねがいっ、間に合って。
バチンッ!
「「え?」」
ヨームに矢の先端が当たると思った瞬間、騎士の人が体の力を失ったみたいに突然地面に倒れた。
「ふっふっふ~! 完璧なタイミングじゃない? これぞ漁夫の利! ・・・いや、ただの不意打ちかな?」
いつの間にか、物凄いドヤ顔のソニアちゃんが、騎士の人がさっきまで居たところに浮いてた。
あれ? ソニアちゃんはポシェットの中にいたハズなのに・・・。
気になってポシェットを見てみたら、ぐったりした様子のナナちゃんとローラちゃんが入ってた。もしかしたら2人で頑張ってポシェットのパッチンを開けたのかもしれない。
「はぁ・・・どうやら頭に血が上って判断力が鈍ってたみたいですね。最初から大妖精であるソニアさんに助力を求めればよかったんです」
「そんなことないって! ヨーム格好良かったよ! やっぱり普段が情けないと、こういうとき人一倍格好良く見えるよね!」
「一言余計ですよ。ソニアさん。まぁ、らしくないことをしたのは分かってますけど・・・」
自分の周りをグルグルと回るソニアちゃんを、蚊を払うみたいに鬱陶しそうにするヨーム。出会ったばかりの頃は、妖精のソニアちゃんを見てあんなに興奮してたのにな。
でも、ソニアちゃんの言う通り、さっきのヨームはとってもカッコよかったなっ。まだ胸がバクバクいってるもん。いっかい深呼吸しよっ。
「すぅ・・・はぁ・・・」
ドガシャーン!!
「ふわっ!?」
「わおっ!?」
深呼吸してたら、ログハウスの壁を突き破って黒髪の男の人が飛んできた。ソニアちゃんがびっくりしてヨームの身長分くらい上に浮かび上がったのが視界の端に写った。飛んできた人は、ゴロゴロと地面を転がって、私達の前で止まる。
「ディ、ディルお兄ちゃん・・・じゃない」
黒髪だからディルお兄ちゃんかと思ったけど、知らない人だった。両手首が変な方向に曲がっちゃってる。
「だ、大丈夫?」
・・・って屈んで聞いてみたけど、男の人は気を失ってた。服装からして、さっきの騎士の人達の仲間かもしれない。
じゃあ、治してあげない方がいいのかな?
そんなことを考えながら立ち上がると、私の頭の上にポスッと何かが降ってきた。
「何だろう?」
手にとってみる。
「ソニアちゃんのパンツだ」
ドロワーズっていう、貴族の人達が履くパンツらしい。
「何でここにあるんだろう?」
私はキョロキョロと周囲を見回す。ヨームは飛んできた男を観察するようにマジマジと見てて、ナナちゃんとローラちゃんはまだポシェットの中でぐったりしてる。そしてソニアちゃんはびっくりして上に飛んじゃったのが恥ずかしかったのか、少し顔を赤くしながら倒れてる男の人を見ながらゆっくりと降りて来てる。
今のソニアちゃんも妖精サイズの同じもの履いてる・・・。
「あ~・・・ちょっとやりすぎたかな~」
ソニアちゃんのパンツをどうしようかって迷ってたら、ディルお兄ちゃんがそんなことを言いながらログハウスの壊れた壁から出て来た。
読んでくださりありがとうございます。
ポシェットの中でパッチンを開ける様子↓
ソニア「頑張れっ、ふたりとも!」
ローラ「お姉ちゃんも手伝ってよ!」
ナナ「先輩も手伝ってくださいよ!」




