301.【ソニア/ヨーム】オーロラの妖精
「オーロラの妖精? 私が?」
「そう。朱里が。ナナちゃんこと彩花ちゃんは虹の妖精だけど、朱里はオーロラの妖精だよ。ほら? 窓の外に綺麗なオーロラが見えるでしょ?」
わたしの言葉に、朱里は長い耳をピクピクさせながら窓に貼り付く。わたしの妹ながら可愛らしい。
「じゃあ、あれだよね。お姉ちゃん。私にも妖精としての名前を付けてよ」
青みがかった金髪を靡かせて、くるっと振り返って期待の眼差しをわたしに向ける朱里。
「妖精としての名前?」
「そう。彩花には『ナナ』っていう虹の妖精としての名前があるでしょ? 私にも何か名前を付けてよ」
ナナって名付けたのはマリちゃんなんだけど・・・。
「うーん・・・妖精としての名前かぁ・・・じゃあ、ローラちゃんで。オーロラの妖精だからローラちゃん!」
「めちゃくちゃ安直な気がするけど、お姉ちゃんが考えてくれたなら何でもいいや」
何でもいいなら、もっととんでもない名前にしてみればよかった。物凄い渋いやつとか。でも、適当に付けたわりには可愛い名前じゃない? ・・・そういえば、わたしの光里っていう名前も朱里の名前も、ママが適当に考えた名前だって言ってたっけ・・・。
「ママ・・・最後に会ったのっていつだったっけな」
ポツリと、そんな言葉がわたしの口から漏れ出す。
「お姉ちゃんがお母さんと最後に会ったのは、亡くなった年の元旦だよ」
朱里の言葉に、わたしはとんでもない事実に気が付いてハッとする。
「そういえば・・・あ、朱里がここにいるってことは、朱里も死んじゃったの!?」
「うん。まぁ・・・そうなるのかな?」
「そんな・・・じゃあ、ママとパパが・・・」
神様の言うことじゃないけど、わたしが死んじゃっても朱里がいるならって心の何処かで思ってた。もちろんこうして朱里と奇跡みたいな再会を果たせたのは凄く凄く嬉しい。でも、あっちの世界に残してきた両親のことを考えると、胸が苦しいどころじゃない。
「そんな泣きそうな顔をしないで? お姉ちゃん」
朱里がわたしの頭を撫でながら、優しくそう言う。
「私はお姉ちゃんが死んでから何十年も生きて、ママとパパを見届けてからこっちに来てるんだよ」
「え、そうなの?」
じゃあ、彩花ちゃんも?
わたしが彩花ちゃんの方を見ると、彩花ちゃんは気遣うように微笑みながら首を横に振った。
「私は光里ちゃんが死んだ後に、すぐにこっちに転生したので・・・あっ、でも大丈夫ですよ! 仲のいい友達も光里ちゃん以外にいなかったですし、家族って言ってもお兄ちゃんしかいなかったので!そのお兄ちゃんともちゃんとお別れしてきましたから! 」
「そ、そうなの?」
「はい! だから心配しなくても大丈夫ですよ!」
彩花ちゃんは、それはもう清々しい爽やかな笑顔でそう言った。
それからわたし達は、時間を忘れて語り合った。わたしが死んだあとの朱里のこと、彩花ちゃんがナナちゃんになってからのこと、わたしが雷の妖精としてこっちに来てからのこと、光の大妖精としての過去について・・・それはもう、泣いたり笑ったり、時には呆れられたりしながらたくさん話した。
そして気が付くと、オーロラが見えてたハズの窓からは朝日が差し込んできていた。
「・・・んあれ? ソニアちゃんが3人いる?」
寝顔に朝日が差し込んでいたマリちゃんが、クシクシと目を擦りながら起き上がってくる。
「あ、マリちゃん。おは・・・え、えっ、ちょっ・・・」
「ちっちゃくて可愛い妖精さんが3人もいるー!!!!」
「「「「きゃーーーー!!」」」
妖精3人まとめてマリちゃんに抱き寄せられて、スリスリと頬擦りされる。これがオニダみたいなオジサンだったら髭で地獄だけど、マリちゃんのぷにぷにでツルツルの頬っぺたならむしろ天国かもしれない。
「可愛い! 可愛い! 可愛い!」
「マ、マリちゃん・・・意外と力強いんだね・・・」
「マリちゃんは村のお手伝いを頑張ってましたからね!」
「お姉ちゃんほどじゃないけど、可愛い女の子だよね。マリちゃん」
いやいやいや・・・絶対にマリちゃんの方が可愛いでしょ。というか、わたし女の子って歳じゃないし。300億歳くらいあるんだよ?
【ヨーム】―――――――――――――――――――――――――
「ヨーム! ヨーム! 起きてっ!」
マリさんの小さな足でゲシゲシと蹴られて、浅い眠りから目が覚める。
やっぱりちゃんと布団かベッドで寝たいですね。床は固いし、汚いです。埃っぽくて心なしか鼻が詰まってる気がしますよ。
「マリさん。起こしてくれるのはいいんですけど、足で蹴るのは行儀悪いですよ。ジェシーさんに怒られても・・・って、何を持ってるんですか?」
マリさんは小さな両手で、小さな妖精を3体ギュッとまとめて持ってました。妖精達がぐったりしてるように見えるのは、既にマリさんに散々遊ばれたあとだからかもしれません。
「起きたら妖精さんが増えてたんだよ!」
それはもう満面の笑みで元気に言うマリさん。
確かに見覚えの無い妖精が1体いますね・・・。
注意深く妖精達を見る僕に、マリさんは床にペタリと座って妖精達の紹介を始めました。
「まず、この子はソニアちゃん! ヨームも知ってるよね!」
マリさんはそう言いながら、いつの間にかちっちゃくなっていたソニアさんを床に置きます。ふわふわの長い金髪に、湖のような碧眼が特徴的な、光の大妖精です。幼い見た目と幼稚な言動からは想像出来ませんが、何億年も生きているらしいです。
そんな光の大妖精ソニアさんは、床に置かれたと同時に、疲れ果てたようにぐでーっと床に突っ伏しました。心なしか羽もげんなりしてるように見えます。
「そして、この子はナナちゃん! ヨームの先生だよね!」
次にナナ先生がソニアさんの隣に置かれます。金髪のショートヘアに金色の目が特徴的な、虹の妖精です。僕にとっては一番見慣れた妖精で、くるみ村ではコルトさんと共に物理学、科学について日々勉強させてもらっていました。その知識量と丁寧な言動からは想像出来ませんが、生まれてまだ2年も経っていないそうです。
そんな虹の妖精ナナ先生は、ひらひらと軽く僕に手を振ったあと、心配そうな顔で隣で突っ伏してるソニアさんを見つめます。
「そしてそして! この子はローラちゃんだよ! オーロラの妖精のローラちゃん! ナナちゃんよりもお胸が大きいんだってっ」
マリさんはそう言って、オーロラの妖精というローラさんを床に置きます。ナナ先生と瓜二つですが、色合いが違います。金髪の内側は青みがかかっていて、瞳も黄色と青が合わさったような、緑に近い色合いです。胸の大きさは分かりませんが、まるで双子・・・いや、ソニアさんとナナ先生もかなり似てるので、三つ子のようですね。
ローラさんは床に置かれた瞬間にソニアさんのもとに駆け寄り、「お姉ちゃん大丈夫!?」と抱き着きました。
「ところで、オーロラとはどんな自然現象なんですか?」
「さ~・・・わかんない」
まぁ、マリさんに聞いたところでそうですよね。
僕はマリさんから目線を少し下にずらして、床に突っ伏してるソニアさんを揺さぶっているローラさんを見ます。
「失礼、ローラさん。オーロラとは何ですか?」
「・・・」
「ローラさん?」
「・・・」
無視ですね。・・・今までナナ先生やソニアさんやミドリさんを見ていたせいで、妖精って案外人懐っこいものなんだと思ってましたが、妖精全てがそうではないみたいです。
「あの・・・ローラさん。聞こえてますよね?」
「ローラちゃん? ヨームが呼んでるよ?」
見かねたマリさんがツンツンとローラさんを突きます。ローラさんはそのマリさんの指をペシッと払って、僕を睨んできました。
「まずは自己紹介が先でしょ? ほんと、男って自分の興味を優先するよね。嫌い」
男というか、これは研究者の性みたいなものなんですが・・・言ったところで火に油になりそうなのでやめておきましょう。
「うぅ・・・わ、わたしから紹介するよ。あか・・・ローラ」
「お姉ちゃん、大丈夫? 体力が無いのは変わらないんだね」
ソニアさんがローラさんの肩を借りて立ち上がり、そしてその肩を離して僕の前に浮かび上がる。
「これはヨーム。変人の研究者で、カイス妖精信仰国の第二王子様だよ」
「へぇ~・・・」
まるで興味なしですね。ローラさんはずっとソニアさんを見てます。自分の興味を最優先にするのはお互い様ではないですか?
「相変わらず男嫌いは治ってないんだね・・・。あっ、そうだ。ヨームに聞きたいことあったんだよ」
ソニアさんがそう言ってパチンッと指を鳴らすと、僕達の頭の上にある光景が浮かび上がった。
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光の大妖精ソニア。仲間の妖精達は泡沫島にいる。
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そう書かれた紙切れが、少し汚れた床に置かれてある光景です。何故だかかなりボヤけてますけど、辛うじて読めます。
「このスクリーンに写ってる文字なんだけど、《光の大妖精ソニア。仲間の妖精達は泡沫島にいる。》・・・泡沫島って読み方で合ってるよね?」
「そうですね。合ってますよ・・・これって、例の南の果てで出会った人間が残していったものですか?」
「うん。そうだよ」
「あ~・・・先輩が失くしたって言ってたやつですね。というか、何でこんなに画面がボヤけてるんですか? 見づらいですよ」
「あっ・・・いや・・・それは、その・・・その時のわたしの視界をそのまま映してるから・・・」
あ~・・・泣いてたんですね。
ローラさんが「お姉ちゃんっ!」と泣きそうな顔でソニアさんを抱きしめました。ソニアさんは「もう大丈夫だよ。落ち着いたから」と言ってますが、ローラさんは離れる気が無さそうです。
「うたかた島?ってところに、ソニアちゃんの友達がいるの?」
「あっ、マリちゃん。うん。そうだよ。わたしの友達・・・というか、家族がそこで人間に捕まってるんだよ?」
「そうなんだ・・・」
マリさんはソニアさんの言葉を聞いて、しょんぼりと落ち込みました。
「人間のこと・・・嫌いになっちゃった?」
「え?」
マリさんが泣きそうな震えた声で言います。そういえば、以前ジェシーさんがマリさんは誰かに嫌われることにトラウマがあるのかもしれないって言ってました。
「人間のことっていうか、わたしの大切なものに悪いことをする奴は人間でも妖精でも、たとえ神様でも嫌いだよ」
「そうなの? じゃあ、私は?」
「マリちゃんは何か悪いことしたの?」
ソニアさんにそう問われたマリさんは一瞬の沈黙のあと、僕を見上げます。
「ヨームの前髪、勝手に切っちゃった」
ソニアさんが僕を見ます。そして「ぷっ」と吹き出しました。
「あははははははっ! そっ、そんなの悪いことのうちに入らないよ! むしろ良いことだよ! ヨームの前髪は鬱陶しかったからね! バリカンで坊主にしてもいいくらいだよ!」
バリカンが何かは知りませんが、坊主は嫌なのでそういうことをマリさんに言うのはやめて欲しいです。マリさんなら本当にやりかねないですから。
「お姉ちゃんがあっという間に元気になった・・・さすがだね。マリ」
笑うソニアさんを嬉しそうに見てたローラさんが、ふわっと浮いてマリさんの方の上に乗ります。
「大丈夫だよ。マリ。マリがそのまま変わらずにいれば、お姉ちゃんが嫌いになることは絶対にないから!」
「ローラの言う通りだね。だからそのまま素直なマリちゃんでいてね? 反抗期とか要らないからね?」
「うん? うん! 分かった!」
マリさんは本当に妖精に好かれる人ですよね。ミドリさんや水の大妖精にも気に入られていたようですし。
「あ、それでねヨーム! 話を戻すんだけど、わたしはディルが起きて準備が整ったらすぐにでもその泡沫島に出発しようかなって思ってるんだよね」
ソニアさんはそう言いながらディルさんの姿を探しますが、ディルさんなら先ほど寝ながら一階に落ちていきました。ソニアさんもディルさんの寝相の悪さは当然知ってるみたいで、すぐに探すのをやめました。
「んで、ヨームには暫くこの国に残って欲しいなって思ってるの!」
「分かりました」
「うん。そうだよね。こんな治安の悪い国に残るのは嫌に・・・って、いいの!?」
ソニアさんが綺麗に僕を二度見します。
正直、僕自身そうした方がいいと思ってましたし。
「今この国を治めてるアネモネ王は、元王妃です。王族だったとはいえ、受けていたのは妃教育で、国政や帝王学などではありません。それに比べ、僕は第二王子とはいえも元王子です。国を治めるのに必要な知識は最低限ですが持ち合わせてます。・・・つまり、僕にアネモネ王の補助をして欲しいということですよね?」
「う、うん。その通りなんだけど・・・なんか察しが良すぎてキモイ」
ソニアさんの言葉に、コクコクと頷くナナ先生とローラさん。「キモイ」は流石に普通に傷つくのでやめて欲しいですが、マリさんだけは尊敬の眼差しで見上げてくるので良しとしましょう。
「じゃあ、私はヨームと一緒にいるね」
マリさんがギュッと僕の手を握ってきます。
「いいんですか? マリさん。大好きな妖精さん達と一緒じゃなくて」
「うん。とりあえずソニアちゃんとディルお兄ちゃんが無事なのは分かったし・・・ソニアちゃん達について行っても足手まといになりそうだから」
「そうですか。賢くなりましたね。マリさん」
マリさんの頭を撫でてあげると、マリさんはポッと頬を染めてはにかみます。
「それだけじゃなくてね。ヨームと一緒にいたいから・・・」
熱の籠った瞳でそう小さく呟くマリさんに、僕は聞こえていないフリをして適当に流します。そんな僕をソニアさんとナナ先生が睨んできますが、勘弁して欲しいです。
マリさんの想いには気が付いていますが、それに応えるわけにはいきませんよ。僕に幼女趣味はありませんし、マリさんには僕みたいな頭の固い研究者よりも、もっと気の利く優しい男性が相応しいと思います。・・・ですが、もしも・・・もしもマリさんが成人しても僕を好きでいてくれたなら・・・いや、変な期待はやめておきましょう。マリさんが成人する頃には、僕はもう30近いです。無いでしょう。
「じゃあ、ヨームとマリちゃんとナナちゃんはこの国に残ってくれるってことでいい?」
「うぇ!? 私もですか!?」
ナナ先生がショックを受けた様な驚き顔で自分を指差します。
「あっ、ごめん! ついマリちゃんとナナちゃんをセットで考えてて・・・」
「フフッ、冗談ですよ! 確かにいっつもマリちゃんと一緒にいましたし、念のため連絡を取り合う手段は必要ですもんね! いいですよ。私もマリちゃんと一緒にこの国に残ります」
「あ、ありがとう! ナナちゃん! そういうところ大好き!」
ソニアさんが羽をパタパタさせながらギューッとナナ先生に抱き着きました。そして、2人の視線は1人の妖精に向きます。
「私はお姉ちゃんと一緒にいるけど?」
「分かってますよ。先輩を頼みますね」
「言われなくても」
結局、ローラさんについては、オーロラという自然現象を証明する妖精だということ以外は何も教えてもらえませんでしたけど・・・何故だか男が嫌いみたいですし、ソニアさん達が無事に戻ってきたらそれとなくマリさんに聞いてもらいますかね。
「とりあえずは、ディルが起きたら行動開始だね! ・・・あっ、その前にアネモネにヨームを紹介しなきゃだね!」
読んでくださりありがとうございます。
~ローラの脳内好感度~
殿堂入り「お姉ちゃん」
一位「パパ、ママ」
二位「彩花」
三位「マリ」New!




