300.ショタコン/ドルオタ/シスコンの妖精
「お姉ちゃん! お姉ちゃん! お姉ちゃん! 私のこと思い出した!? ねぇ、思い出した!?」
「むごごっ、ふごぉ!」
ナナちゃんが涙やら鼻水やらを垂れ流しながら興奮したように、わたしの顔面に張り付いてくる。
しゃ、喋れないよ! わたしの顔面に張り付いて暴れないで!
「ぷっはぁ!」
ナナちゃんを無理矢理顔から剝がして、一旦わたしの胸の上に座らせる。
「思い出したも何も、ナナちゃんのことはちゃんと覚えてるから! とりあえず静かにしててっ!」
「むごーっ!!??」
指でナナちゃんの口を塞ぐ。嚙みつかれないか不安だけど、今は自分の頭の中と、現状を整理するためにも静かにして貰いたい。
「とりあえず・・・ここはどこだっけ?」
「ここはお城の外れにあるオニダさんのログハウスだよ」
ベッドの横に置いてある椅子に座ったディル。寝顔を見られたかと思うと少し恥ずかしい。ちっちゃい妖精だった頃は気にならなかったのにな。
「あっ、ディル・・・おはよう」
「おはよう」
確かわたしは・・・大妖精の皆でお忍びで旅をしてて、その最中でガマくんから緊急のSOSで南の果てにある家に帰った結果、他の大妖精の皆が何者かに捕まってた・・・と。んで、ディルに助けを求めにここに戻ってきたところで急に眠くなって、目が覚めたら人間だった頃の記憶が戻ってたんだよね。・・・なぜ?
改めて周囲を見渡してみる。わたしは今、オニダのログハウスの二階にあるベッドに寝かされていて、その横でディルが椅子に座ってわたしを見てる。マリちゃんはわたしの隣で気持ち良さそうにスヤスヤと寝いて、ヨームはマリちゃんの横でベッドに寄りかかるようにして寝ていた。ふと窓の外を見ると、何もない真っ暗な夜空が見えた。
今は・・・夜中?
「わたし、どれくらい眠ってたの?」
「確か・・・昼くらいにソニアが突然やってきて、すぐに眠ったから・・・半日くらいは眠ってたんじゃないのか?」
何日も経ってたらどうしようって思ったけど、思ったよりも短かくてよかった。
「それで、ソニアは人間だった頃の記憶は戻ったのか?」
「うん。戻った・・・よ」
あ、やばい・・・。
どうしてディルがそのことを知ってるのかとか、ジタバタしてたナナちゃんが急に大人しくなったこととか、オニダとウィックはどこにいるのかとか、気になることは色々とあるけど・・・そんなことを押しのけて、わたしの頭の中は人間だった頃に得た掛け替えのない大切な人達でいっぱいになった。いっぱいすぎて、溢れてくる。
「うっ・・・うぅ・・・ぐすっ」
「ソ、ソニア!? ど、どうしたんだ!? だ、だだ、大丈夫か!?」
もう誰にも会えない喪失感と、親を残して先に死んでしまった罪悪感、若いうちに殺された怒り、色々な感情が溢れてくる。心に開いていた穴に埋めていたものが、消え去ったみたいだ。
ああ、もう・・・こういうのは妖精になった次の日に、緑の森で一通り味わったハズなのに・・・また記憶を鮮明に思い出したせいだよぉ・・・。
「でも・・・思い出してよかった・・・ぐすっ」
ナナちゃんを久の上に移動させて、ゆっくりと起き上がる。
「ママ・・・パパ・・・ごめんなさい・・・朱里、彩花ちゃん・・・会いたいよぉ」
そんなこと言ったって意味が無いことは分かってるけど、溢れ出る涙と同じで抑えられそうにない。
「ソ、ソニア・・・」
ディルが躊躇いながら、恐る恐るといった感じでわたしをそっと抱き寄せる。その温もりをもっと感じていたくて、わたしはディルの背中に手をまわしてギュッと抱きしめた。
「ううぅ・・・ぐすっ、ぐすっ・・・ずびっ、ずびぃ!」
・・・ディルの服が鼻水でベトベトになっちゃったよぉ。
「すぅ・・・はぁ・・・だいぶ落ち着いてきたよ。ごめんね? ディル。慰めてもらっちゃって・・・って、ディル?」
抱き合いながら、ポンポンディルの背中を叩いてみるけど、ディルは何も言わない。それどころか、無言でわたしの方へ体重を掛けてくる。
「え? ディル? どうしたの? お、重いよ・・・?」
何とか倒れないように堪えようとするけど、どんどんベッドの方へ押されていく。そして、
ドサッ・・・
ディルにベッドに押し倒された。いつもはあんまり気にならないのに、わたしの腰に回されているディルの手の感触と温もりを妙に意識しちゃう。さすがのわたしも、さすがにこの状況がどういうことなのか分かっちゃった
「あ、あのっ、ディル!? わ、わわ、わたし、そういうつもりで抱き着いたんじゃ・・・・・・あれ?」
「ぐぅ・・・ぐぅ・・・」
「寝てるし・・・・・・ハァ・・・もうっ、何なのさっ」
軽くわき腹を小突いたあと、「よいしょっ」とディルの胸筋を触りながら・・・じゃなくて、ディルの肩辺りを押してディルの下からなんとか抜け出す。
「重かった~・・・」
「ぐうすか」と寝ているディルをじーっと見る。
「それにしても、少し見ない間に筋肉ついたなぁ・・・」
前から筋肉質な方だとは思ってたけど、この半年間で更に筋肉がついた気がする。
「・・・・・・少しだけ・・・いいよね?」
ぷにぷに・・・。ディルの二の腕を触ってみる。
「意外と柔らかい・・・力を入れたらもっと硬くなるのかな?」
男の人の筋肉をこんなにゆっくり観察する機会なんてそうそう無いからね。
「ぐぅ・・・ぐぅ・・・」
ディルの寝顔は何度も見てきたけど、何度見ても可愛らしい。そして今は、その可愛らしさの中に男らしさもあるような気がする。
逞しくなったなぁ。なんというか・・・よりわたしのタイプに・・・・
「先輩?」
「うひゃあ!!??」
耳元で突然聞こえた声に、めっちゃびっくりして飛び跳ねる。具体的には1メートルくらい。そしてそのまま空中で静止する。
「あの・・・先輩。私がいること忘れてないです?・・・あとパンツ見えてますよ」
ベッドの上で浮いているナナちゃんが、気まずそうに頬を搔きながらわたしを見上げてそう言う。
「ナナちゃん・・・」
すっかり忘れてた・・・さっきのわたしの行動・・・見られてたよね? ・・・恥ずかしい。パンツを見られるより恥ずかしい。
赤くなってるかもしれない頬を手で押さえていると、ナナちゃんがそんなわたしを微笑まし気に見ながらニコリと笑う。
「先輩って、本当にディル君のことが好きなんですね!」
「べっ、別に好きじゃないしっ!!」
「そういうツンデレはいいですって。さっき、恋する乙女の顔をしてましたよ? あの先輩でもああいう顔するんですね! こっちまでドキッとしちゃって、つい黙って見ちゃってましたよ!」
「うぅ・・・わたし、そんな顔してたの?」
「はい! 今もしてますよ!」
「うぅ・・・もう・・・恥ずかしい・・・」
わたしは両手で顔を隠す。穴があったら入りたい。100年くらいは。
確かにディルにこ、恋しちゃってるのは認めるけど・・・だからってそう揶揄わないで欲しいよね!慣れてないんだからっ。
「まぁ、でも・・・先輩の気持ちも分かりますよ」
「え?」
「だってディル君。先輩の好きだったラノベのキャラに似てますもんね! ツンツンの髪とか、幼い顔立ちとか、筋肉質なところとか・・・」
「そうそう! 出会ったばかりの頃は、あのキャラもこういう匂いなのかな~って嗅いでみちゃったり・・・・・・って、え?」
今、ナナちゃん・・・ラノベのキャラとかって言わなかった?
「フフッ、その呆けた顔! 気付いちゃいました?」
悪戯っ子のような笑みを浮かべてわたしの方まで浮かび上がってくる。
「え? え? まって!? 何で知ってるの!?」
「先輩がショタコンなことですか?」
「ち、違う! ショタコンじゃないよ! ・・・って、そうじゃなくって!」
「フフフッ! 分かってますって! ラノベのことは、先輩が話してくれたんですよ」
「え、わたしが?」
ナナちゃんとそんな会話したことあったっけ? そもそも人間だった頃の話をしたのはディルだけだった気がするんだけど・・・。
「会社で隣同士になった私に、先輩が色々と教えてくれたんですよ? ・・・会社帰りに居酒屋に寄って、好きなラノベについて語り合うの、楽しかったですよね!」
え・・・うわ・・・え? なっ・・・え!?
ありえないこと、叶うハズの無かったこと、そして会いたかった人が、目の前にいる。じわじわと涙が溢れてくる。
「稲土光里先輩・・・ううん。ひ、光里ちゃん。私ですよ。思い出しましたか?」
名前で呼んで欲しいと言っても頑なに先輩呼びだった彼女は・・・照れるようにわたしの名前を呼んだ彼女は・・・。
「彩花ちゃん! 土間彩花ちゃん!!」
わたしはそう叫びながら、ちっちゃい妖精になって、同じサイズの彼女に抱きつく。髪色も羽も耳も元に戻っちゃったし、服は人間サイズのままだから裸になっちゃったけど、そんなこと今はどうだっていい。
「つちまじゃなくて土間ですよ。せんぱ・・・じゃなくて、光里ちゃん」
「ど、どうしてこっちの世界にいるの!? 何で妖精!? っていうか、最初からナナちゃんは彩花ちゃんだったの!? 言ってよ!!」
「ちょっ、落ち着いてください! 頬擦りしないでください! 光里ちゃん今裸ですよ!? そんなに喜んでくれてめちゃくちゃ嬉しいですけど、一旦落ち着きましょう? とりあえず、服を着てください! このタイミングでディル君かヨームが起きたら大変ですよ!?」
「う、うん。そうだね・・・」
ナナちゃん・・・じゃない、彩花ちゃんが「確かディル君のバッグかマリちゃんのポシェットに・・・」とブツブツ言いながら、妖精用のちっちゃい服を出してくれる。
今更だけど、ミニスカメイド服なんて恥ずかしい服をよく着てたよね・・・わたし。でも、これでまともな普通の服に着替えられるよ。
「はい。光里ちゃん。妖精サイズのメイド服ですよ」
「・・・あ、うん」
まぁ・・・ミニスカートじゃないだけマシかな?
割と本格仕様なメイド服に着替えて、わたしと彩花ちゃんは窓の傍に置いてあった机に正座して向き合い、彩花ちゃんがこの世界で虹の妖精としてここにいる経緯を教えて貰う。
「・・・そういうわけで、地球の神様に光里ちゃんの記憶を取り戻す鍵を託されて、今ここにいるんです」
彩花ちゃんはそう言いながら胸の前に手を出す。すると、ぽわわっと光って、わたしが人間だった頃に住んでたアパートの鍵が出てきた。
「え、鍵って物理的な鍵? もっとこう・・・比喩的なアレじゃないの?」
「これを耳の裏に挿して回すと、光里ちゃんの人間だった頃の記憶が蘇るんです」
「え!? 耳の裏!?」
自分の尖った耳の裏を触ってみるけど、鍵穴らしきものは無い・・・と思う。あったらあったで気持ち悪い。
「まぁ、私も神様に仕組みを説明されたんですけど、『光遺伝学』やら『海馬』やら『前帯状皮質』やら・・・おおよそ神様とは思えないような科学的な単語が次々と出てきて、結局よく分からなかったんですね」
「あ~・・・何か、光で記憶を活性化させるだのって前にテレビで見たような気がする・・・ような気がするよ」
「何にせよ! 記憶が戻ってよかっ・・・うぐっ!?」
「へ!? ど、どうしたの!?」
急に胸を押さえて、何かを押さえつけるような険しい顔をしだす彩花ちゃん。
「す、少し待ってください。根性で押さえつけるので・・・・!」
「う、うん・・・」
何の事か分からないけど、待ってと言われたから、とりあえず待つ。何度か深呼吸した彩花ちゃんは、最後に大きく溜息を吐いてから、改めてわたしを見る。
「光里ちゃん。実は、こっちの世界に転生したのは私だけじゃないんです」
「え・・・もしかして・・・」
あの人も・・・? いっつも何かとわたしを気に掛けてくれた優しい人・・・
「はい、そのもしかしてです」
「もしかして・・・あの片柳部長も!?」
「違いますよ!? 片柳部長って、いっつも何かと理由を付けて近付いてきては、いやらしい目で光里ちゃんのこと見てたあのハゲですよね!? そんなわけないでしょう!?」
片柳部長・・・そうだったんだ・・・見損なったよ。
「もう! ふざけないでくださいよぉ」
「フフッ・・・分かったよ」
さすがのわたしも・・・片柳部長の視線にまったく気が付かなかった鈍感なわたしでも、何となく察してる。今思えば、ところどころでそれっぽい仕草はしてたし、わたしのことを「お姉ちゃん」って呼んでた。彩花ちゃんがわたしを「先輩」と呼んでたのなら、もう一つの呼び方をしてたのは・・・。
今までは、絶対に叶わない願いだと思ってた。でも、叶わないと思っていた再会を今出来た。いや、ブルーメで虹を見たあの時に既に叶ってた。
わたしはあの時と同じように願う。
人間だった頃は叶わなかったけど、今度はわたしと彩花ちゃんと・・・3人で一緒に飲みたいね。
「そこにいるんでしょ? ・・・朱里」
わたしがそう問い掛けた瞬間・・・彩花ちゃんの体が発光した。めっちゃ眩しい。思わず目をギュッと閉じる。そしてゆっくりと目を開けると・・・
「んぉお姉ちゃぁああああああん!!」
「んぶぉああ!!」
何かに抱き着かれ、押し倒された、その勢いのまま机の上をゴロゴロと転がる。そして頬擦りされる。
「いててっ・・・いや、痛くはないんだけど・・・。朱里、久しぶりだね。重いから離れてくれる?」
「やだぁ・・・」
「もう・・・朱里ってこんな我儘な性格だったっけ?」
「でも、そうやって頬擦りしてくるあたり、光里ちゃんとそっくりじゃないですか。さすが双子の姉妹ですね!」
奥から彩花ちゃんの声が聞こえてくる。わたしは朱里を無理矢理引き剝がして、2人を見比べる。
「今は彩花ちゃんと朱里の方が双子みたいだけどね。まるで2Pカラーだよ」
彩花ちゃんは金髪のショートヘアーに金色の瞳、わたしと似ている(らしい)顔立ち、そして薄黄色の羽。そのまんまナナちゃんの姿だ。
そして朱里の方は・・・ナナちゃんと同じ顔立ちに、髪色は金色にインナーカラーで青色が入ってる。そして羽も少し青みがかかっていて、瞳も黄色と青が合わさって緑っぽくなっていた。
「というか、どういうことですか!? これ! 何で私と朱里が別々の体に!?」
彩花ちゃんは身振り手振りを使って慌てて、朱里は不思議そうに彩花ちゃんと自分の体を見比べて、「私の方が少し胸が大きいね」と呟く。
「ふふん! 2人とも! 今のわたしは人間の光里だけじゃなく、光の大妖精ソニアでもあるんだよ!」
そう。人間だった期間はたった20年と少しだけど、大妖精としては300億年も生きてるからね!・・・でも、それでも人間だった頃の記憶がだいぶ今のわたしに影響してるのは、大妖精の300億年に負けないくらい、人間だった頃の20年が掛け替えのないものだったってことかもしれないね。
「まぁ、とにかく何が言いたいかっていうと、大妖精のわたしにかかれば、同じ器に入ってる魂を新しく生み出した眷属の妖精に宿すことくらいわけないんだよ! 仕組みとかはよく分かんないけど、とにかく願えば出来ちゃうんだよ! それが大妖精だから!」
「うん。お姉ちゃんは大妖精になってもお姉ちゃんだってことが分かって安心したよ」
「そうだよ? だから、朱里は妖精になってもわたしの双子の妹だからね。・・・あっ、今は彩花ちゃんもね!」
新しい妹が増えて、お姉ちゃんは嬉しいよ!
「朱里の妹ですか・・・。朱里のシスコンは私にも適用されるんですかね? 何か嫌です」
「誰がシスコンさ。私はお姉ちゃんが好きなだけで、姉妹なら誰だって言い訳じゃないの。それに、ドルオタの彩花にそんなこと言われたくないよ」
「それがシスコンって言うんですよ! っていうか、ドルオタじゃないです! 私はヒカリちゃんを推してるだけです!」
「それをドルオタって言うんだよ!」
あれれ? 新しい妹達はちょっと仲が悪い?
わたしは「まぁまぁ」とお姉ちゃんらしく間に割って入る。
「シスコンでもドルオタでもいいじゃない。好きなもの、夢中になれるものがあるって素敵でしょ?」
「そういうショタコンの光里ちゃんはディル君に夢中ですもんね?」
「ち、違うって! ショタコンじゃないし!!」
「へ~・・・お姉ちゃん。あいつに夢中なことは否定しないんだね・・・?」
明らかに面白がってるような顔の彩花ちゃんと、学生の頃にお隣さんの佐藤君を睨んでた時のような顔の
朱里に両サイドから挟まれる。
これは・・・例え3人で飲みに行っても、わたしが揶揄われる未来しか見えないよ?
わたしは暗い窓の外に見えるオーロラを見上げながら、「はぁ~」と幸せに満ちた溜息を吐いた。
読んでくださりありがとうございます。顔が幼ければショタです。(諸説あり)




