299.わたしの人生
『久しぶりだねー。俺のこと覚えてる?』
あんまり綺麗じゃない夜空の下。そして、大きな箱みたいな建物がたくさん並んだ見覚えの無い景色の上。見覚えのある黒い人の影が身振り手振りをしながら軽いノリでそう問い掛けてくる。
『いやいや、軽いよ! 久しぶりぶり過ぎるでしょ! もう別れてから300億年くらい経つんじゃないの!? そのうち様子を見に行くって言っておきながら、全然来ないんだもん!!』
『色々と忙しくてね』と手を振る黒い影。
この存在は、わたしと同時に生まれた・・・人間で言うところの双子みたいな男だ。
・・・ん? 男だよね? 昔は男女なんて知らなかったから気にもならなかったけど、男だよね? 胸も無いし、声も低いし・・・って、どっちでもいっか。
『ところで・・・ここはどこ? わたし、どうしてこんな知らない土地の上空で君と対面してるの?』
足元に広がっている未知の土地を見下ろす。わたしの知っている場所にはこんな窓がいっぱいついた背の高い建物なんて無かったし、馬がいないのに高速で動く鉄の馬車なんかも無かったハズだ。
『覚えてないの? どこかで記憶を欠落させた? いや・・・ただぼんやりしてるだけかな?』
『何を訳の分からないことを言ってん・・・ひぃゃあ!?』
黒い影が突然、わたしの眉間に指を当ててきた。何でか分からないけどとてつもない恐怖感を覚えて、咄嗟に額を手で押さえて後ろに離れる。
『体は覚えてるみたいだね。君は・・・いや、今はソニアだったね。ソニアは眉間を刀で貫かれたんだよ』
『眉間を? 刀に・・・?』
うむぅ・・・。
自分の眉間を指で擦りながら考える。考える・・・考える・・・・ハッ!? 思い出した!
『そうだったよ・・・わたし、勇者とかいう人間の刀で眉間を貫かれたんだった!!』
スッキリスッキリ・・・
『・・・って、あれ? でも、だからってどうしてこんなところに? いつもなら眉間を刺されたくらいなら少し眠ればすぐに治って、ベッドの上で心配そうな顔の皆に見下ろされながら目覚めるのに・・・』
『今回は特別だからね~。あの刀に嵌められてる魔石には空間と次元を操る力が秘められてるんだよ』
『?』
コテッと首を傾げる。
『ああ、君に難しい話はするだけ無駄だったね。簡単に言うと、君は俺が人間に与えた特別な力によって、死んだんだよ』
『え、死んだの!? うそ!?』
『噓じゃないからね。君は死んで、今は体から魂を離して、俺のいる別の次元にいるって感じ』
『ほ、ほぇ~~』
『理解してないでしょ?』
『し、してるよ。・・・半分くらい』
実はほとんど理解出来てないけど・・・てへへ。
『君のその理解力の無さも、これから与える罰で治るといいね』
『え、罰?』
聞き間違いかな? わたし、何も悪いことしてないもん。
『俺は人間が好きでね』
『え、うん。そうなんだ? 突然なしたの?』
わたしの問いに、黒い影は首を振ってあえて無視をして話を続ける。
『君はビオラという妖精から名前を付けて貰ったんだよね?』
『うん・・・』
『嬉しかった? 名前をもらえて』
『それはもちろん! あの時のことは今でも忘れてないよ!!』
何も持って無かったわたしに、ビオラが初めて贈ってくれたものだもん!!
『俺は人間に「神様」って名前を付けて貰ったんだよ』
『そうなんだね! じゃあ、今からカミサマ? って呼ぶね!』
『ありがとう。でも、俺が言いたいのはそうじゃないんだよ』
黒い影ことカミサマは、そう言ってわたしの手を引いて、足元に見える街まで降りる。
『見てごらん』
カミサマがそう言いながら見渡す先には、たくさんの人間達がいた。白い息を吐きながら何か小さな物を一生懸命に他の人間達に配ってる者、男女で仲睦まじく手をつないで微笑み合っている者、ため息を吐きながら疲れ切ったような顔で歩く男の人間・・・数えられない程のたくさんの人間が、そこにいた。
『人間はソニア達と姿形が似てるだけじゃなく、俺や君達と同じように感情があって、言葉を繋ぎ、日々考えながら一生懸命に生きてるんだよ』
『うん・・・』
『まだ何を言ってるのか分かってないって顔だね。・・・つまり、無暗に殺したり、遊び道具にしていいものではないってこと』
わたしは別に無暗に殺しても、遊び道具にしてるつもりもないんだけど・・・。
『君は今までどれくらいの人間を殺した?』
『分かんない』
邪魔な人間や気に入らない人間っていうのは結構いたし、いちいち覚えてないよ。
『君は一国の王女をペット以下の扱いで飼ってたよね? それはどうして?』
『暇だったし、面白そうな人間だったから?』
カミサマは何を言ってるんだろう? それとさっきの話に何が関係があるの?
『ハァ・・・やっぱり実際に人間になってみないと分からないかなー』
『え?』
今、人間になるって言った? 嫌だよ?
『何を呆けた顔をしてるのさ。君は今から罰として、あそこに座っている夫婦の子供として転生するんだよ』
カミサマは、そう言ってベンチに座っている膨らんだお腹を幸せそうに擦っている夫婦を指差す。
『テンセイ?』
『人間として生まれ変わるってことだよ。今の記憶を消してね』
『なるほど・・・・・・え、なるほど!? ちょっと待って! わたし、人間になっちゃうの!? 』
『そうだねー』
カミサマは軽い感じで言うけど、そんな軽い出来事じゃないよ!!
『記憶を消すとかも言ってたよね!? 嫌だよ! わたし、君との記憶も、皆との記憶も消したくない!!』
カミサマの肩を掴んでゆっさゆっさと揺するけど、カミサマは首を横に振る。
『ダメだよ。今の記憶を持ったまま転生させるわけにはいかない。・・・ただ、そうだね。頃合いを見て元の次元に妖精として戻すつもりではあるから、そこは安心してよ』
『頃合い?』
『君が人間としての人生を生きて・・・そうだね。20年くらいしたら俺が殺すから、その時に「まだ死にたくない」と思えるような人生を歩んでいたら、すぐに妖精として元に戻してあげるし、記憶も千年くらいを掛けてゆっくりと戻っていくようにしてあげるよ』
ちょっとよく分からないことを言ってる気がするけど・・・そっか、元に戻してくれるんだ。20年なんて一瞬だし、記憶もたった千年くらいで戻してくれるんだね。未だに罰を受けることには納得できないけど、ちょっと安心。
『ただね。君がもしも俺の言ったような人生を歩んでないと思ったら、容赦なくまた人間として転生させるよ。それに、人間にとっての一年は妖精の一年よりもとても長いものだからね。特に20代前半くらいまでは』
『はーい』
『ハァ・・・まぁ、いいや。君が人間としてどんな人生を歩むのか、楽しみに見ているよ』
カミサマは最後にそう言って、パチンッと指を鳴らした。
そうしてわたしは、自分の記憶が失われていくのを感じながら、何かに引っ張られるように意識を手放した。
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『無事に生まれましたよ! 1人目です!』
『おんぎゃぁ!!おんぎゃぁ!!』
『ふぅ・・・ふぅ・・・わたしの愛しい子・・・光里・・・ふぐっ!?』
『二回目の陣痛ですね。 ここからが正念場です。 踏ん張りましょう!!』
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『おんぎゃぁ!!おんぎゃぁ!!』
『おめでとうございます! 2人目も無事に産まれました! 双子の自然分娩お疲れ様です! よく頑張りましたね!!』
『ハァ・・・ハァ・・・わたしの愛しい子・・・朱里・・・妹ね』
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『きゃあ! 見て! あなた! 朱里が立ったわ! 頑張れっ、頑張れっ・・・あぁ! 光里! 邪魔しちゃだめよぉ~』
『ハハハッ、先に立てるようになられて悔しかったのかな? 大丈夫だぞ。焦らなくてもすぐに立てるようになれるからな~』
『うあ~』
『おお! 可愛いやつめぇ~!! うりうりぃ!!』
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『ちょ、ちょっとあなた! 今、光里が言葉を喋ったわ!』
『え!? 何だって!? パパって言ったのかい!? それともママかい!?』
『ほら! 光里、もう一度言ってごらん?』
『・・・でんき~』
『『電気??』』
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『光里、朱里、幼稚園でいっぱいお友達を作ってくるんだぞ!』
『パパ。私、お姉ちゃんがいるから、お友達はいらないよ?』
『お、おぉ・・・朱里・・・お姉ちゃんが大好きなんだな。でも、ちゃんとお友達も作ろうな? お姉ちゃんと一緒に。・・・光里、朱里を頼んだぞ?』
『?』
『あぁ・・・心配だ。これじゃあ仕事に行けないよ』
『あなた? いつまで玄関でそうしてるつもりよ。幼稚園の入園はまだ半年も先じゃない』
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『ママ! パパ! 今日小学校でね。私がアイドルになりたいって言ったら、クラスの意地悪な男の子達がバカにしてきたの! でもね、お姉ちゃんが朱里なら絶対になれるって守ってくれたんだよ!』
『あら、そうなの! 光里、よくやったわね! 偉いわ~!』
『えへへ・・・股間を蹴ってやったの!』
『おぅ・・・光里・・・でも、やり方はもう少し考えような? パパはもう少しお淑やかな女の子になって欲しいぞ』
『あなた、そうやって自分の理想を押し付けないの。思うがままに育ってもらいましょ』
『だが・・・股間て・・・』
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『ねぇ、朱里。ママとパパ、めっちゃ手振ってるよ?』
『もう・・・中学校の入学式だよ? 小学校の運動会じゃないんだからやめて欲しいよね』
『フフッ、確かにちょっと恥ずかしいね』
『ママ・・・じゃない、お母さんとお父さんも、いつまで私達を子供扱いするんだろうね』
『うーん。彼氏が出来たらとか?』
『・・・は? 彼氏? お姉ちゃんには誰も近付けさせないからね。私が守るよ』
『え? うん、ありがとう?』
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『ねぇねぇ、稲土さん! あっ、稲土光里さん! 光里さんって佐藤君と同じ中学だったんだよね? 席も隣だし家も近所なんでしょ? 佐藤君のことどう思ってるのー?』
『え、佐藤君? 別に何とも思ってないけど・・・』
『やっぱりかー! 光里さんって男に興味無さそうだもんね~。佐藤君ってば可哀想~。だって佐藤君って絶対光里さんのこと好きだよ! いっつも目で追ってるし! ・・・隣のクラスの朱里ちゃんもそうだけど、光里さんって美人だしスタイルもいいし、佐藤君みたいなイケメンにモテるし、羨ましいなぁ~』
『ふーん・・・わたしなんかよりもあなたの方が可愛いと思うけどね。・・・その編み込みとか朝とか大変だろうに頑張ってて凄いと思うし、あなたの元気な印象にとてもよく似合ってて可愛いよ』
『えっ・・・あ、ありがと////』
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『え? アイドル?』
『そうそう! あなたとっても可愛いし、絶対に人気アイドルになれると思うのよ! いや、確信してるのよ! ・・・あっ、これ私の名刺ね。地方では結構有名な事務所なんだけど・・・知ってるわよね?』
『えぇ、まぁ・・・』
『どうかな? 興味ない?』
『興味っていうか、わたし来月から大学生なんですけど・・・』
『なるほど、大学生ね。大丈夫よ! スケジュール調整はしっかりとマネージャーが付くし、学生をやりながらアイドルとかしてる人達もいるじゃない! アニメとかで!』
『うーん・・・あっ、それって妹も一緒にやれたりしないです?』
『え、妹がいるの!? 可愛い!?』
『双子の妹なんですけど、とっても可愛い自慢の妹です! 妹の方はアイドルに興味あったと思うので!! 小さい頃にアイドルになりたいって言ってたし!』
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『本当にいいのね? ヒカリちゃん』
『はい・・・例の朱里のスキャンダルの件。実はわたしだったってことにしてください。それでわたしはアイドルを辞めます』
『・・・確かに、それならアカリちゃんがアイドルを続ける道は残せるけど・・・』
『わたしが誘ったとはいえ、アイドルって元々は朱里の夢なんです。わたしは別にこの職業にこだわりはないし・・・わたしが辞めることで朱里の夢を守れるなら、それだけでも今までわたしがアイドルをやってきた甲斐がありました』
『そう・・・もう、決意は固いのね。分かったわ。でも、アカリちゃんにはあなたからしっかりと伝えてちょうだい。誤魔化さずにね』
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『ぐすっ・・・いつまでも実家にいてもいいのよ? 光里。一人暮らしなんて別にしなくても・・・』
『もう、ママったら・・・。さすがに実家から職場に通うのは遠いよぉ。わたしはギリギリまで寝てたいの!』
『光里。仕事でもし悩んだりしたらすぐにパパに電話するんだぞ! パパはいつだってお前の味方だからな! それと、年に1回、出来れば月1で帰ってくるんだぞ!』
『パパ。いつまで子供扱いするの? ・・・でも、ありがとねっ。1人じゃどうしようもない時は遠慮なく相談させてもらうね! あと、月1はちょっときついから、年に1.2回くらいは帰るよ』
『お姉ちゃん・・・スキャンダルのこと・・・アイドルのこと・・・』
『もう! 朱里! それは終わったことでしょ!? 向こうの家でもテレビは買ってしっかりと朱里の活躍を見てるから、元気な姿をいっぱい見せてね!』
『うん! 私、出来るだけお姉ちゃんの家に遊びに行くからね! だから、お姉ちゃんも片付けとか家事とか頑張ってね!』
『そこはお仕事頑張ってねって言うべきところでしょ・・・』
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『先輩! 今期の例のアニメ見ました!? 先輩、原作ファンでしたよね!?』
『見た見た! 主人公の声優さんがちょっとイメージと違ったし、オープニングは原作未読者へのネタバレが凄かったけど、キャラデザは原作の挿絵そのまんまで、作画も気合い入っててさ! ・・・まぁ、逆に一話目から気合入りすぎてて後半崩壊しないかちょっと怖いけど・・・』
『コホン! ちょっとそこの女子2人! 今から朝礼始めるんだけど?』
『『あ、すいませーん』』
『まったく、部署内で2人しかいない女性だからって隣同士にしたけど・・・これは席替え案件かな?』
『やったッスー! 俺、稲土先輩の隣がいいな~!』
『いや、やっぱりこのままにしておいた方がよさそうだな』
『そんなぁ~』
『『ハハハハハッ』』
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『ほーんとっ、先輩って仕事はしっかり定時にあがるのに、そういうところがルーズというか、マイペースというか・・・』
『今日はあなたのせいで定時に帰れずにいたんだけどね。あんなの全部無視すればよかったのに』
『もう、先輩じゃないんですから、そんなことできませんよ。美人が勿体ないですよー? それに、皆さん先輩目当てだと思いますけどねー・・・あっ、ここの坂、凍っちゃてるんでゆっくり下りましょう!』
『あのね、こういう所はあえて走って下った方がいいんだよ。走ろう』
『もう、ほんと美人がもったいな―――』
ドコーーン!!!
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・・・そうして、人間のわたしは死んだんだ。思い出した。ママ、パパ、朱里、彩花ちゃん。大切な人達、大切な想い出。全部思い出した。
「・・・いっ!」
「せん・いっ!!」
「先輩!!先輩っ・・・うぅ・・」
既視感のある呼び声に、わたしは目を覚ます。
「・・・あや・・・か?」
「先輩!! 今、私のこと・・・!」
目に浮かんでいた涙を拭って、歪んだ視界をスッキリさせる。一瞬、人間だった頃の会社の後輩で、大切な友人の彩花かと思ったけど、目の前で浮いているのは金髪に金色の瞳のちっちゃな妖精、ナナちゃんだった。
「ナナちゃん。どうして泣いてるの?」
「す、すいません。先輩が涙を流してたのもあるんですけど・・・色々と思い出しちゃ――――お姉ちゃん!!」
「うわっ!」
ナナちゃんが急に顔面にダイブしてきた。
もう、ただでさえ記憶が戻って混乱気味なのに・・・落ち着かせてよぉ。
読んでくださりありがとうございます。思いの外長くなった最終章もいよいよ後半も後半です。最後までお付き合いしていただけると嬉しいです。




