29.一緒に緑の森
緑の森中心部に着いた。ディルが何か変わったものがないかと興味深そうに周囲をキョロキョロと見回している。
残念ながら、わたしとミドリちゃんの家くらいしか無いんだよね。
ディルの様子を伺っていると、ガマくんが全く笑っていない目の笑顔をこちらに向けているのに気が付いた。ミドリちゃんが哀れみの目でわたしを見ている。ちょいちょいとガマくんに手招きされて、わたしは家の前に置いてある椅子に腰を掛けてガマくんと対面した。
ここで素直にごめんなさいをしてはダメだ。ガマくんのお説教が始まってしまう。謝罪しつつ、ガマくんの知らない情報を言って気を逸らそう。うん、賢いぞ、わたし。
「ごめんね!でも、わたしだって大変だったんだよ?ボトルの中でフルフルされたり、王都でブラックドッグに会ったり、魔物の群れを雷で追っ払ったり・・・あ、そうそう、わたしの名前ソニアって言うんだよ!ディルが付けてくれたの!いい名前でしょう?」
焦って早口になってしまったけど、気にしない。
「そうだね、いい名前だと思うよ。でも、今は関係ないよね?気を逸らそうという魂胆が見え見えだよ」
見え見えだった・・・賢くないぞ、わたし。
「ごめんなさい。でも本当にわたしも大変だったんだよ?」
「君が僕と緑の妖精の忠告を無視したから大変な目にあったんだよ」
「そうだけどぉ・・・」
もう!労いの言葉とか、心配したよ、とか言ってくれてもいいじゃん!確かにわたしが悪かったかもしれないけど!
「まぁ、ブラックドッグに関しては、こちらにも非があるかもしれないね」
「え?どうして?まさか、ガマくんが呼んだとか?」
「いや、呼んだのは闇の妖精さ」
闇の妖精って、あれだよね?各地で妖精を管理しているっていう、偉い妖精の1人だよね?
「僕と闇の妖精は仲が良いんだ」
「え?そうなんだ・・・?」
「それで、たまに連絡を取り合っていたんだけど、うっかり君が攫われたことを話してしまってね」
「連絡って・・・どうやって?闇の妖精って遠くにいるんでしょ?」
もしかして、妖精同士でテレパシーとか、そういうことできちゃったりするのかな?
「そしたら、それを聞いた闇の妖精が『その国滅ぼしてもいいかしら?』ってね」
「ちょっと!わたしの質問無視しないでよ!」
わたしは連絡手段を聞きたいんだよ! 確かに話の腰を折ったかもしれないけど! それくらい答えてよ!
「結局は君自身が魔物達を攻撃したことによって、滅ばずに済んだわけだけど」
ガマくんは淡々と話を続ける。
「もしかして、わたしの声聞こえてない?おーい!ガマくん、前に無視されるの嫌いって言ってたよねー!わたし、今ガマくんに無視されてるんだけどー!」
最初に会った時に言ってたよね?『僕は無視されるのが嫌いなんだ』って!
「はぁ、聞こえているよ」
「だったら・・・!」
「遠くの人と会話が出来る。そういう道具があるんだよ。使い方を緑の妖精に教わって知っているだけでね。詳しくは僕も知らないんだ」
ガマくんがチラッとミドリちゃんを見た。ミドリちゃんは他の妖精達を呼んで、数人がかりでお土産のパンを紙袋から出させている。視界の端でディルが妖精達に髪の毛を遊ばれている。
あ、ミドリちゃんがこっちに来た。
「お話は終わったかしら?」
「一応ね。ブラックドッグのことを説明したよ」
「ああ、あれね。莢蒾の妖精が『僕がもっとしっかり注意していれば』とか『今頃泣いているかもしれない』とかうじうじと・・・」
「緑の妖精!」
「・・・むぐっ」
ガマくんが慌ててミドリちゃんの口を塞いだ。
ガマくんも、ミドリちゃん同様わたしのことを心配してくれてたんだね。素直じゃないんだから。
「ガマくん」
「なんだい?雷の妖精。今の話は・・・」
「ごめんね、心配かけて。ありがと、わたしの為に村まで行ったりしてくれて」
「僕はただ、君がどこに行ったのか気になっただけさ」
ガマくんは面白くないような顔でそう言って、皆が集まっているお土産のパンの方へそそくさと飛んで行った。
「素直じゃないわねー」
「ミドリちゃんは食べなくてもいいの?」
「あとで余ったのをいただくわよ。どうせ、あんな大きなパン全員でも食べきれないでしょうし」
妖精達は大きなクルミのパンを少しずつ千切って食べている。虫食い状態だ。
なんだか砂糖に群がるアリみたいだ。例えが酷すぎて決して口には出せないけど。
「なんだか虫みたいだな」
髪をぐしゃぐしゃにされたディルが、そう言いながらわたし達のところに来て屈んだ。
言っちゃったよ。わたしですら言わなかったのに・・・。
「あなた失礼なこと言うのね!」
ミドリちゃんがジトーっとディルを見る。
「あ、え?やば!もしかして口に出てたのか?」
ディルが慌てて手で口を塞ぐ。
「出てたわよ。思いっ切りね!」
「ごめん!別に妖精達を悪く言うつもりは・・・」
「別にいいわよ?私も思ってたし!」
ミドリちゃんも思ってたのかい! というか、今日はなんだかディルが辛辣だよ。わたしのこと鬱陶しいとか言っちゃうし。
「今日はよく口が滑るね?ディル」
「だな、気が緩んでるのかなー?」
ディルは眉を下げて困ったような顔で首を傾げる。
まぁ、色々あった後に、やっと村に帰ってこれたんだもん、気が緩んでも仕方ないよね。まだ10歳だし!
「あなたが口を滑らせるのはね、私が本音が漏れやすくなる粉を辺りに散らしているからよ」
ミドリちゃんが得意げな顔でとんでもないことを言った。
「え!?大丈夫なやつだよな!?」
いや、明らかに大丈夫じゃないよ!
「どういうこと!? ミドリちゃん!」
「正確に言えば、人間にとって物凄くリラックス効果のある花を周辺に咲かせているから、ね」
わたしを安心させるように優しく微笑むミドリちゃん。
フラワーセラピーみたいな感じかな? それにしても、あの鬱陶しいって言ってたの本音だったのかー・・・その後に言っていたことはどうなんだろう?
「でも、どうしてそんなことをしたんだ?俺を労って・・・っていうわけじゃないんだろ?」
本当だよ。もし労うつもりだったのならミドリちゃんの常識を疑うよ・・・妖精な時点で常識とか無いのかもしれないけど。
「そうね。あなたが本当に私達に敵意がないのか確かめたかったからよ。もっと危ないやり方もあるんだけど、それだと、あなたに懐いてる雷の妖精ちゃんが可哀そうだし、私もあんまり危害とか加えたくなかったから、今回は安全な方法を取らせてもらったわ。雷の妖精ちゃんと私に感謝しなさい!」
ミドリちゃんは腰に手を当てて偉そうにふんぞり返った。
「いや、そもそもソニアが1人でお土産を持っていければ俺もここまで来る必要は無かったんだけどな」
「ちょい!」
どうやら、本音が漏れやすくなっているのは本当みたいだ。
パンを食べていた妖精達が、お腹がいっぱいになったのか「幸せな感じがしたー!」とか「また食べたい!」とわたしに言って散らばって行く。
「さてと!それじゃあ、余ったパンを貰おうかしら。じゅるり・・・わっと!久しぶりだから涎が垂れちゃったわ!」
ミドリちゃんが涎を垂らしながら、余ったパンを千切って持って来る。
「そしたら、そろそろ俺は村に帰るかな」
「じゃあ、わたしも!」
ディルが立ち上がったので、わたしは慌ててディルの肩に乗った。
「雷の妖精ちゃんは駄目よ? もぐもぐ・・・」
もぐもぐとクルミパンを咀嚼しながら、後ろから抱き着かれる。
「え?どうして?」
「どうしてって・・・雷の妖精ちゃん、忠告を破って怒られたばかりじゃない!また勝手に何処かに行きそうで怖いもの!」
「行かないよ!ココと村を往復するだけ!すぐに帰って来るから!たまーに遊びに行くだけ!」
「ダメったらダメよ!」
うーー・・・どうしよう。このまま村に行けないと、マリちゃんをガッカリさせてしまう。わたしと会えるからって村まで来てくれたのに!
「むぅ・・・あ、そうだ!そしたら、たまにこうやってパンを持って来るよ!それでどう!?」
「うーん・・・」
ミドリちゃんはごっくんと咀嚼していたパンを飲み込んで、真剣な表情で悩み始めた。
これは・・・いける!
「色んな味のパンを持って来るよ!いっぱい美味しいパンが食べられるよ!なんだったら、ミドリちゃんが考えたパンとか作って貰ってもいいし!」
「ダメ・・・じゃないわ!」
「やったー!」
・・・けど、村にパンを作ってくれる人がいないよ~!
「森の端まで送ってくわよ!」
ミドリちゃんが元気よく村の方向を指差す。かなり上機嫌だ。
誰か!村でパンを作ってください!切実に!
わたしとミドリちゃんはディルの両肩に乗り、パンを食べながら森の出口に向かって進む。来た時と同じように、ミドリちゃんが木や草花を退けてくれるので、ディルはとっても歩きやすそうだ。
「んー!甘くて美味しいわ!昔食べたものには劣るけど、人間もなかなかやるわね!」
ディルの肩に食べかすをめっちゃ落としながら、幸せそうに言うミドリちゃん。
「そういえば、人間の間で妖精に関する色んな噂話を聞いたんだけど・・・」
「へぇー!どんな噂?緑の妖精が可愛いとか?」
「ううん、違うよ。妖精と人間のお姫様が恋をして緑の森で幸せに暮らすお話とか、緑の森に危害を加えた人間が妖精の怒りに触れて森の一部にされる、とか。実際のところどうなの?本当なの?」
「あー・・・、それね」
ミドリちゃんが訳知り顔で遠くを見る。
「本当なの!?」
「少し事実とズレてるけど本当よ。昔、実際に莢蒾の妖精がやったことね」
本当なんだ・・・しかも身近に当事者がいたなんて・・・。人間が勝手に作った御伽噺みたいなものかと思ってたよ。今回の出来事も未来では面白おかしく語られるかもしれないね。
「で!事実はどんななの!?」
「それは・・・知らない方がいいわ」
わたしがワクワクしながらミドリちゃんをディルの顎の下から見つめると、そっと目を逸らされた。
「そんなこと言われたら余計気になるじゃん!」
「その2つのお話は同じ出来事よ・・・とだけ言っておくわ」
「なにそれ! 全然分かんないよ!」
昔、妹に言われたことがある。『お姉ちゃん!お姉ちゃん!・・・あ、やっぱり何でもない!』と。その時と同じ気持ちだ。
「まだ子供の雷の妖精ちゃんには早いわよ」
「子供じゃないよ!」
本当は成人した記憶があるんだから!
「いーえ!子供よ!そうやって感情に任せて羽をパタパタさせるところとか特に!」
「しょうがないじゃん!動いちゃうんだから!というか、そこからわたしの羽見えないでしょ!」
「見なくても分かるわよ!だっていつも感情が高ぶった時はパタパタしてるもの!」
「むぅ・・・わたしよりも胸が小さいくせに・・・・」
「んなっ!なによ!言い負けたからってそれは酷いんじゃない!?」
ふん!ミドリちゃんよりわたしの方が大人だもん。
「あっはははははは!」
「きゃあ!」
「ディル!?」
ディルが急に笑い出した。わたしとミドリちゃんはディルの両肩にそれぞれ乗っているので、とてもうるさいし、揺れる。
「いや、ソニアが2人になったみたいで・・・似た者同士だなって思って。仲が良いんだな!」
わたしとミドリちゃんはお互いにの顔を見合う。
「「そうかなー?」」
2人の声が重なった。
「やっぱり似てるな。ただ、耳元で騒ぐのはやめてくれ、耳が痛い」
「「ごめんなさい」」
また2人の声が重なった。わたしとミドリちゃんはお互いを見て笑い合い、ディルが耳を抑えて「ははっ、やっぱり鬱陶しいな」と言って笑った。
森の出口に近づいてくると、2つの人影が見えた。ジェシーとマリちゃんだ。
「あの2人、なんでここにいるんだ?」
「突然出ていったディルをマリちゃんが追いかけて来たんじゃない?」
「突然出ていったのはソニアだろ!」
わたしとディルはジトーっと見つめ合う。
「ふふっ、あなたと雷の妖精ちゃんも仲が良いのね。私ほどではないけど」
「だろ?これからもっと仲良くなるんだ!」
そうだね、わたし達まだ出会ったばかりだもんね。
「それじゃあ、私はここまで、ね。雷の妖精ちゃん、何をしに村に行くのか知らないけど、くれぐれも余計なことはしないように!遅くても日が暮れるまでには戻って来るのよ?分かった?」
「はーい!」
ミドリちゃんは「本当に分かってるのかしら?」と不案を募らせながら来た道を戻っていった。
わたしとディルは、森の外で何やら言い合っている様子のジェシーとマリちゃんの元へ歩いて行く。
読んでくださりありがとうございます。もうすぐ第1章がおわります。1章は少し短めです。




