295.ウザイ男と豚な男
「やったー! 私の勝ちだよー!」
アケビが嬉しそうに破顔ながら、両手を上げて数字が書いてあるカードを数枚巻き上げる。
現在は虫達も寝静まる真夜中、わたし達妖精はオニダの住む小屋の中でワイワイと楽しくカードゲームで盛り上がってた。上の階で寝てるハズのオニダが時々五月蠅そうな、迷惑そうな顔で一階にいるわたし達の様子を見てくるけど、何か言ってくることはないし、言ってきても無視する。
ちなみに、ザック達冒険者とモネさんはログハウスの隣りにあった、さらに小さな小屋で休んでいる。本当はわたし達がそっちに行く予定だったんだけど、モネさんが自分からそっちがいいと言ったから、そうなった。冒険者達は護衛だ。
「それにしても、人間って本当に何を考えているか分からないわよね」
巻き上げられたカードの一枚が頭の上に乗っかっちゃってるビオラが、窓の外に見えるお城の方を見ながら呆れた風に言う。
「あの騎士団の人間達、簡単に自分達の主を裏切ったわね」
「お陰でわたし達の正体はバレずに済んだけどね」
そう。サークリーの下についていた騎士団員は、サークリーがザックに負けた途端に手の平をくるっと返して、逃げるようにお城から散り散りに去っていった。
「きっとイヤイヤ仕えてたんだろうな。だから騎士団長・・・いや、元騎士団長から解放されたーっつって逃げたんだ」
ケイトは「人間のそういうところ嫌いだぜ」と面倒くさそうに背もたれに寄りかかる。ちなみに、その元騎士団長のサークリーはわたしの後ろで跪いている。わたしが脳を弄って洗脳して、わたしに従順にした。今ではわたしのイエスマンだ。
まぁ、わたしの正体をバラすか、正々堂々と戦って負かせば従順にはなったかもしれないけど、こっちの方が簡単で確実だからね。
「アタイ、思うんだけどさ。ソニアがこうやって人間を洗脳していけば万事解決なんじゃねぇのか?」
「そ、そうだねー。で、でもそれをやっちゃうと人間のじ、自主性? とかが損なわれちゃうし、何でも妖精頼りなのもよくないと思うんだよね!」
「なるほどなぁ。ソニアも色々と考えて動いてるんだなぁ」
言えない。人間の脳を細かく操るのは1人ずつ、しかも触れてないと出来ないなんて・・・。だって、サークリー1人を洗脳するのも疲れるのに、大勢の人間の脳を同時に遠隔で弄るなんて難しいこと、わたしの頭じゃできっこないもん。
それに、他はともかくザックの性格はそんなに嫌いじゃないからあんまり弄りたくないんだよね。
含みのあるような顔でジトーッと見てくるビオラの視線が痛いから、スーッと目を逸らしていると、エリカが突然ガタッと立ち上がった。
「わっ! 突然どうしたの? エリカ」
「リナムとジニアを、助けに行ってくる」
「え、助けに!? 何かあったの!? わたしも行く!!」
何だか分からないけど、家族がピンチなら助けに行くに決まってる!
フンスと鼻息を荒くしてエリカを見上げる。ケイトも同じようにしてエリカを見上げ、アケビは心配そうに、ビオラは普段通りの冷静な顔でエリカを見る。
「狡猾な人間に襲われてる。ソニアとは相性が悪い。僕と・・・ケイトで行く。本当はビオラも来てくれたら、心強いけど・・・」
「私はソニアから離れないわ」
「うん。分かってる」
ビオラはそう言いながらぴったりとわたしにくっついてくる。そんなわたし達を見てコクリと頷いたケイトがやる気に満ちた瞳でエリカの背中を叩く。
「エリカ、緊急なんだろ? さっさと行ってやろうぜ!」
「うん。ビオラ、アケビ。ソニアを頼んだ。あと、背中はやめて。今は見えて無いけど、羽があるから」
やる気に満ちたケイトと、静かに気合を入れているエリカは「2人を連れて戻ってくる」とログハウスから出ていった。
あーあ・・・3人になっちゃったよ。
・・・。
翌朝、エリカ達ではなく、現騎士団長が騎士達を連れてやってきた。
「昨日こちらに向かったサークリーが戻ってこないと思い、様子を見に来てみれば・・・ああ! なんてことだろう! こんなにも美しい娘達に囲まれて過ごしているなんて! 羨ましいぞ! 私もその娘達が欲しいぞ!」
頑丈そうな大きな盾と、切れ味の良さそうな長い剣を持った、まつ毛の長い黒髪の細長男が、長い前髪をパサッとかき上げながら言う。
こいつらをおびき寄せる為に敢えてログハウスに居続けてたわけだけど、まさかこんな面倒くさそうなウザイ人間が、サークリーよりも強いと言うザリースの連れてる元一流冒険者の騎士団長だとは思わなかったよ。
わたしは「ハァ・・・」と溜息を吐いてから、ビシッとあのウザイ騎士団長を指差す。
「じゃあ、ザック達! やっちゃって!!」
「え、俺らが!?」
昨日も聞いたような驚き声が帰ってくる。何を驚いてるのやら・・・。
「何を言ってるの? ザック。その為に連れて来たって昨日言ったでしょ? それに、今まともに戦えるのはザック達しかいないんだから」
そう言いながら、ザックと、その後ろにいる2人の男女の冒険者を見る。名前はもう忘れちゃった。「どうしてメイドのお前が仕切ってんだ」みたいな顔で見てくるけど、気にしない。
「いやいや、ヒカリちゃん。今は昨日と違ってサークリーもいるだろ?」
わたしの後ろに控えているサークリーを見る。昨日のザックとの戦いの傷がまだ癒えてない。それに比べて、ザックは意外にもほぼ無傷だ。身体強化で細かい傷は治したのかもしれないけど、今無傷なことには変わりない。
「俺はいつでも戦えます。ヒカリ様」
サークリーはそう言うけど、正直足手まといになりそうな気がする。
「・・・ってか、何でサークリーはそんなにヒカリちゃんに従順なんだ? もしかしてサークリーもヒカリちゃんのこと・・・」
「昨日の夜に色々としたんだよ。それよりも、早く刀を抜いた方がいいよ。あっちの人間は待ってくれないっぽいから」
「色々!? 色々って何だ!? 気にな・・・」
「貴様ら! 私を無視するとは、普通に失礼だぞ!」
騎士団長が顔を真っ赤にして斬りかかってくる。言葉はバカっぽいけど、動きは素人目にも洗練されたような感じに見える。たぶん、分かんないけど。
「うおっ!? あぶねぇ!」
ザックは間一髪刀を抜いて受け止めた。足元の地面が沈むくらいには凄まじい威力だ。
騎士団長ことウザ男の行動を歯切りに、他の騎士達も動き出す。
「いいか! 男は殺せ! 女の子達は服をはいでから優しく縛り上げるんだ! 肌に跡を残したらダメだぞ!」
騎士達がこっちに向かってくる。わたし達の前にサークリーと他の冒険者2人が立ちはだかり、モネさんの前にオニダが立ちはだかる。
「ザックはそのウザイ男に集中しろ! ヒカリ様達は俺達が守る!」
「くそっ、俺もそっちが良かったぜ! ・・・けど、ヒカリちゃん! 俺、やるぜ!」
わたしの方をチラッと見ながら口角を上げるザック。何でわたしにそれを言うのか分かんないけど、応援はしてあげようかな。
「頑張って~」
「よっしゃ!!うおぉおおおおおおお!!」
何が彼をそこまで奮い立たせるのか知らないけど、出来れば死なないように頑張ってほしいね。
「ソニア、椅子を持って来たよ。座って終わるのを待ってよ?」
「あ、ありがとう!」
モネさんが呆れたような顔で見てくるなか、わたし達は椅子に座って優雅に観戦する。
「なんか・・・思ったよりも面白くないね」
人間の戦いのことなんてさっぱりなわたしには、正直見てても何も分からないし、面白くない。
記憶を取り戻す前にブルーメでディルの観戦をしてた時もこんな気持ちだったのかなぁ・・・。ううん、あの時はもっと違った気がする。何でだろう?
ボーっとザックを眺める。若干、ザックの方が劣勢な気がする。2人とも動きが早すぎてよく分かんないけど。
「ソニア、しりとりでもする?」
「ああ、人間の言葉遊び? 嫌だよ。勝ったことないんだもん」
わたしが唇を尖らせてそう言うと、ビオラは「そうだったわね」とクスリと笑った。笑うところかなぁ?
「ねぇ、ビオラ達はわたしがいない2000年の間何をしてたの? そういえば、まともに聞いたことなかったよね」
「確かに話したことなかったわね。暇つぶしに丁度いいかもしれないわね」
ビオラはわたしの方に椅子を近付けて話始める。反対側に座っていたアケビも同じように近付けてきた。
剣と剣がかち合う音が響くなか、わたしは2人の話に耳を傾ける。
・・・。
「へぇ~! じゃあ今の月にはビオラが生み出したとんでもない魔物がウヨウヨいるんだぁ」
「ええ。まぁ、ジニアじゃないと命を一から創造することは出来ないから、命令通りに動くだけの道具みたいなものだけれどね」
「それでも凄いよ! 今度見せてよ!」
「もちろんよ」
そんな風に楽しくお喋りしてたら、いつの間にか辺りが静かになってることに気が付いた。
「ハァ・・・ハァ・・・思ったよりも手こずったな。けど、これであの娘達は私のものだ!ハッハッハー!」
オニダもサークリーもザック達冒険者も戦っていた味方は全員倒れていて、立っているのはウザ男とその部下の騎士が数人だけだった。
ありゃりゃ、負けちゃったのか。
後ろにいるモネさんが意外と冷静なのは、わたし達が妖精だって知ってるからだろう。
「誰かそこの女冒険者の服を脱がせておくんだ。俺はあそこのメイド達の服を脱がせるとしよう!」
ウザ男が気持ちの悪い顔でこっちに歩いてくる。
さて、どうしよう? どうやって殺そっかな? 早くしないとビオラ達が先にやっちゃいそうな雰囲気出してるし・・・。
下品な笑みを浮かべたウザ男がわたしに手を伸ばしてくる。
ザシュッ・・・
お?
その瞬間、ウザ男の頭に刀が突き刺さった。
「ヒカリちゃんには・・・触れんな。人を・・・殺すのは初めてだけど・・・後悔はしてねぇぞ・・・」
そう言い残してバタリと倒れるザック。どうやらザックが瀕死の力を振り絞って自分の刀を投げたみたいだ。そして視界の端では女冒険者の服を脱がそうとしていた騎士が、まだ意識のあったらしいオニダによって蹴り飛ばされていた。
どっちにしろ、わたしが殺してたから後悔も何もないけどね。
ウザ男が死んだことによって部下達の動きが止まる。どうしたらいいのか分からないみたいだ。
今立ってるのはモネさんと血まみれで満身創痍のオニダだけだし、残ってる騎士だけでもどうにか出来そうな気がするんだけどね。まぁ、わたし達が妖精じゃなくてただの人間だったらの話だけど。
今意識があるのは騎士以外は全員わたし達の正体を知ってる人間だし、パパッと終わらせちゃおうかな・・・っと立ち上がったところで、急に後ろから髪を掴まれて何者かに抱き寄せられた。
「ひゃあ!?」
「「ソニア!?」」
急になに!?
後ろを振り向いて、わたしにこんな乱暴なことをした奴の顔を見上げる。
「スンスン・・・ふっへっへ・・・ぶふっへっへ・・・いい匂いだ」
わたしの髪の匂いを嗅ぐ、どこかで聞いたような気持ち悪い笑い声と、どこかで見たような気持ち悪い顔の太った男・・・誰だっけ?
気持ち悪い! ・・・っていうか、モネさんは?
そう思って男の更に後ろを見ると、覆面の男達によって気絶させられ、簀巻きにされてた。
あちゃ~、完全にしてやられたね。油断してるところを狙うっていう作戦だったのかな?
男はわたしのことを嘗め回すように眺めながら気持ち悪く笑い続ける。
「ふっへっへ・・・ぶふぉ・・・」
「うるさいよ」
「うるさいわよ」
気持ち悪い男は「ぶふぉぁ!!」とよく分からない叫び声をあげながら、アケビの創り出した岩のハンマーで殴り飛ばされた。ビオラは「出遅れた」と言わんばかりに悔しそうにアケビを見たあと、わたしの元に駆け寄ってくる。
「ごめんなさいソニア。気が緩んでいたみたいだわ」
「ううん。大丈夫だよ。今はエリカがいないもんね。仕方ないよ」
エリカがいれば後ろから近付く人間なんて簡単に気付いたハズだもん。
わたしの髪を丁寧に整えてくれるビオラに「ありがとう」と微笑みかける。物欲しそうな顔で近付いて来たアケビにもニコリ。嬉しそうに微笑み返してくれた。
「何をした!? そこの女! この国の国王である私ザリース王に何をした!?」
尻餅を着いて後退りながらビオラ達を睨む男・・・。
ん? ザリースって言った?
「あ!この人間がザリースか! 思い出したよ! 前にわたしのこと瓶に閉じ込めたうえに、持ち帰ろうとした人間だ!」
わたしが指を差しながらそう言った瞬間、アケビが走った。そしていつもよりも低い声で言う。
「拷問だよ」
周囲に人間が使う拷問器具を複数浮かべながらザリースに向かって走るアケビを、ビオラが一瞬でアケビの前に転移して止めた。その光景に、ザリースとその背後にいる男達は呆然とする。
「ビオラ、どうして止めるの?」
「アケビ、落ち着きなさい。気持ちは凄く分かるけれど、この人間の処遇を決めるのはソニアの方がいいわ。そう思わない? アケビ」
「う、うん・・・確かにそうだよ。酷いことされたのはソニアだよ」
そう言いながらわたしを見るビオラとアケビ。
ぶっちゃけ、どうでもいいんだけどなぁ。確かにわたしは酷いことされたけど、こいつがビオラ達に何かしたわけじゃないし・・・。
「何なんだお前達は! ・・・ま、待てよ? ソニア? ソニアだって!?・・・まさか貴様! あの時の金髪の妖精か!? あの厄介な黒髪のガキはいないのか!?」
何故か興奮したように鼻息を荒くして立ち上がるザリース。もはや連れの男達もザリースに引いちゃってる。
どうでもいいけど・・・でも、まぁ、視界に入れたくはないかな。
「わたしはこの人間が二度とわたしの視界に入らなければ何でもいいよ。ビオラ達に何かする気なら殺すけど、わたししか見てないみたいだし・・・」
「ソニアらしいわね。分かったわ」
ビオラはわたしの頭を撫でたあと、表情を落としたような顔でザリースに近付く。
「でも、ソニアが私達の為に怒ってくれるように、私達もソニアの為に怒るのよ」
「め、目の前にあの時手に入らなかった金髪の妖精が・・・どけろ貧乳! 私は――――ブヒッ、ブヒブヒッ! ブヒッ!?」
ザーリスはビオラによって豚に変えられてしまった。どちらかと言えば可愛くない方の豚だ。
「その一生を家畜として過ごして、反省しなさい。反省したからと言って、お前は元に戻ることはないけれど」
そうして、ザーリス王もとい哀れな豚は必死にブヒブヒ鳴きながら闇に包まれて消えていった。どこかの牧場にでも転移されたんだろう。
「さて、目撃者は全員殺しておきましょうか」
ビオラはそう言いながら周囲に残っている人間達を見る。人間達はハッとしたように我に返り、そしてまた我を失ったように「ひぃ!!」と怯えながら逃げようとする。
「逃がさないよ」
アケビのその一言で、全員が串刺しになった。
わたしが手を出す隙もなかったよ・・・。
そして、この場で意識がある者はわたし達妖精と、オニダだけになった。
わたしとビオラとアケビに見つめられる血だらけのオニダ。その顔が真っ青なのは血を流し過ぎたせいだけじゃないと思う。
「ねぇ、オニダ。今あったこと喋らないよね?」
「あ、あたりめぇだ! 俺はまだ死にたくねぇし、豚にもなりたくねぇからな!」
必死に言うオニダに、わたしは「ならよかったよ」と笑う。
喋るんだったら殺さなきゃだからね。オニダには剣を教えて貰わなきゃいけないんだから!
読んでくださりありがとうございます。3つの椅子はアケビが一回で運んできました。力持ちです。




