294.【ザック/オニダ】命の危険を感じる
「わたしと一騎討ちだよ!」
情けなく腰を引かす俺の前で、俺よりも小さな女の子が、俺と戦うハズだった大柄な男に体を張って勇敢に立ち向かおうとしている。
クソッ、何やってんだ俺は!!
俺の刀を両手で頑張って持ってるヒカリちゃんの小さな背中を見つめながら、俺は震える自分の拳を握りしめる。
好きな女に庇われて、情けなさすぎるだろ! 何が元騎士団長だ! 肩書きに怯えるな! 勝てる戦いも勝てなくなるぞ!
サークリー元騎士団長は、ヒカリちゃん達に会いたいと王様が言っていたと発言してた。想像したくないけど、そういう理由で会いたいのなら無暗にヒカリちゃん達を傷つけたりはしねぇハズだ。
けど、痛めつけないわけではないだろうな。実際、抵抗するなら説得するよりも気絶させて連れて行った方が簡単なハズだし。
俺の予想通り、サークリーは斧を左手に持ち替えて、右手をヒカリちゃんに向かって振り上げた。
させるか!
腕に嵌めていた闇の魔石に魔気を流して身体強化を発動させ、素早くヒカリちゃんとサークリーの間に入って、サークリーの拳を両手で受け止める。
「ぐっ・・・」
お、おもっ・・・! こいつ加減ってもんを知らねぇのか!? こんな威力で女の子を殴ったら気絶どころじゃねぇぞ!!
「ヒ、ヒカリちゃん、大丈夫か?」
グググっとサークリーの拳を押し返しながら背後にいるヒカリちゃんの方に振り返ると、ヒカリちゃんはさっきまで頑張って持ってた俺の刀を投げ捨てて、ギュッと両目を瞑りながら頭の上で両腕を交差してた。
刀を手放してどうすんだとか、両目を閉じたら余計危ないだろとか、色々とツッコミてぇけど・・・か弱い女の子にそれを求める方が間違ってるんだろうな。
「え、なに? 何が起きたの!?」
目を瞑りながらキョロキョロと首を動かすヒカリちゃん。
天然なのかもしれねぇな。そこがまた可愛らしいんだけどよ。
俺はサークリーの拳を完全に押し返し、後ろで静かに見守っていた他のメイド達に目配せする。
ヒカリちゃんを頼む!
一番ヒカリちゃんと仲良さそうだった、スラッとした黒髪の美女のビオラさんが、ヒカリちゃんの腕を引っ張って抱き寄せて、そのまま後ろに下がっていく。
「わっ、わっ、なに!? なんなの!?」
「いい加減に目を開けなさいよソニア」
「ビオラ?」
「ほら、私達は下がっているわよ」
メイド仲間がピンチだったのに怖いくらいに冷静だったのは気になるけど、今はそんなこと気にしてる場合じゃねぇ。俺はヒカリちゃんが投げ捨てた刀を拾い、サークリーと対峙する。
戦えない女の子に向かってあんなことする奴は許せねぇ!
「フンッ、少しはマシな面構えになったな。退屈凌ぎにはなりそうだ」
サークリーは楽しそうに笑う。オニダ曰く『自分よりも強い者には従う』と言ってただけあって、闘いが好きなんだろう。
「いいぜ? どこからでもかかってこいよ?」
サークリーは斧を片手で持って、後ろにいるハズのヒカリちゃんを見ながら挑発してくる。
こいつ、分かってやがんな・・・。俺の戦闘態勢が受け身からのカウンターなのも、好きな女を後ろに挑発されて、俺が引けない男だってことも!
背後にいるヒカリちゃん達の視線をたぶん感じながら、俺はいつもの受け身の姿勢から、慣れない攻めの姿勢に変える。
ぶっちゃけ、今まで強敵相手に闘ったことなんて道場の師匠と、さっきのオニダさんくらいだし、命の危険を感じる戦いなんて尚更だ。緊張だか武者震いだか知らねぇけど、震えが止まらねぇ。・・・けど!
「行くぞ! 見てろ!!」
後ろで俺に熱い視線を送ってるハズのヒカリちゃんにそう言って、俺は利き足に力を入れて踏み込んだ。
【オニダ】_________________________
50年と少し、長い間生きてきてこんなにも存在を忘れられたのは初めてだ。
・・・・ったく。完全に出遅れたな・・・。まぁ、疲労でクタクタな俺が一緒に戦ったって足手まといになるだけだろうから、これでよかったのかもしれねぇけどよ。
俺は闘いの姿勢を解いて、小屋の方まで下がって玄関前の階段に腰掛ける。
さて・・・あのザックとかいう二流冒険者は俺の愛弟子に勝てっかな。
ハッキリ言ってザックは、対人相手ならサークリーよりも強い。ただ、それは本来の力を発揮できればだ。恐らく実践不足だろう。緊張で正常な判断が出来てない。今もサークリーの挑発に載せられて慣れない戦闘スタイルで戦わされてる。ザックの仲間達もそれを分かってるみたいで、歯痒そうに見つめていた。
仲間達全員でサークリーと戦えば確実に勝てるかもしれねぇが、その場合はサークリーの背後にいる騎士団も動きかねないからな。今は堪えるしかねぇだろう。
「ねぇ、ソニア。今の私達の状況分かってるよね? 正体がバレたらまずいんだよ? なのに、どうしていつもいつも考え無しな行動をとるの?」
「ごめんなさい」
死闘を繰り広げてるザックとサークリーの手前で、今の状況を分かってないメイド達が何やら説教を始め出した。
私達の状況?正体?・・・ソニア?
茶髪のメイドの発言に首を傾げつつ、内容に耳を傾ける。
「もう!ビオラからも言ってやってよ!」
「アケビ。それくらいにしてあげなさいよ。ほら、ソニアの細くて長い可愛らしい眉毛がこんなに傾いてしまっているわ」
「ビオラはまたそうやってソニアを甘やかすんだよ。自分だけイイ顔しようとしてぇ。昔からそうだよ。ソニアが一億年前くらいに恐竜を絶滅させちゃった時だって、ビオラだけは一回もソニアを叱らなかったよ」
ソニアっつう名前、人間離れした美しい容姿、正体がバレるとかいう発言、一億年だとか出鱈目な年数、さっきの刀を吸い寄せた能力・・・ハァ、ったく。だいたい分かったぞ。分かっちまったぞ・・・勘弁してくれや。これ、俺が知ってもいいやつなのか? いいやつじゃねぇよなぁ、明らかに正体を隠してる風だったし・・・ったく。
背筋に気持ち悪い冷汗が伝い、薄っすらと自分の命の危険を感じる。どうにかこの場から逃げられねぇか考えるが、俺の推測が正しければ、あの存在から逃げられるわけなんてねぇ。
「なぁお前ら、真後ろにこの人間がいること忘れてねぇか?」
赤髪のツンツン頭のメイドが親指で俺のことを指差しながら言った。話に夢中だった彼女達は一斉に振り返って俺を見る。皆綺麗な顔立ちをしてるけど、今だけは俺には影が落ちた恐ろしい顔に見える。
あー・・・終わったな。
「おいおい・・・ったく」
いつもの口癖を言いながら、平静を装う為に無理矢理口角を上げる。そんな俺の心情なんて知っちゃこっちゃないと言わんばかり、さっきまでしょんぼりしていたふわふわした黒髪のメイドのヒカリ・・・いや、光の大妖精ソニアがニンマリと笑って、スキップでもしそうな程軽やかな足取りで俺に近付いてきた。
「わたし達のこと、気付いてるよね!?」
「・・・」
何て答えるのが正解なんだよ!
黙っていると、光の大妖精ソニアは肯定と認識したのか、「だよね!」と嬉しそうに言って他の大妖精達を見る。
「あーあ、アケビ、やっちゃったね! これはもうバレちゃったんじゃない? 次の罰ゲームはアケビだね!!」
「ソニア、急に元気になったよ・・・元を辿ればソニアが迂闊な行動をとるからだよ!」
「ア、アケビだって迂闊な発言してたじゃん! わたしのこと言えないもん!」
「揚げ足を取らないでよ! もう! 今はふざけてる場合じゃないんだよ! また2000年前みたいにソニアが居なくなっちゃったら嫌だよ!」
いきなり取っ組み合って言い合いを始める2人の大妖精様。2人とも身長が低いだけに何も知らなかったら、微笑ましげな子供の喧嘩にしか見えないだろう。
「落ち着けって2人とも。要は他にバレなきゃいいんだ。だったらバラされる前にアタイが消し炭にすればいいだろ?」
は? ・・・おいおい、洒落にならねぇぞ!
「ま、待てよ! 俺は何も・・・」
「うわぁああ!!」
ドシャァア!!
俺と大妖精様達の間に、ザックが吹き飛ばされてきた。
俺の方に向かって来ていて目の前に突然ザックが現れた火の大妖精ケイトは楽しみを中断されたみたいな面白くなさそうに眉をひそめ、その少し後ろの方にいた光の大妖精ソニアはビックリして「きゃあ!」と尻餅を着きそうなところを闇の大妖精ビオラに支えられてるのが視界に映った。
大妖精達もそうかもしれねぇが、俺もザックのことなんてすっかり頭の中から抜け落ちてた。
「くそっ、攻撃の最中に攻撃されちゃあ受け流せねぇし、反撃も出来ねぇ!!」
悔しそうな顔してるけど、全く傷がねぇじゃねぇか・・・。
サークリーの方もそのことに焦りを感じてんのか、余裕そうな笑みは消えていて、ザックが冷静に普段通りの動きが出来れば十分に勝てる戦いなのが分かる。
経験の差だろうな。完全に余裕を失って視野が狭くなってやがる。サークリーは最初は本当に挑発で言ったんだろうけど、恐らく今はザックの刀の才を見抜いてる。だからザックに得意な戦闘スタイルを取らせないように自分から積極的に攻撃することはしないんだろう。
俺は火の大妖精ケイトから一時的にだけど救ってくれたザックにアドバイスをすることにする。刀を持ち直して再び考え無しに突っ込もうとするザックに少し近付いて、小声で言う。
「ザック、何度かフェイクを混ぜろ。本当に攻撃するんじゃなく、カウンターを狙う体制を整えながら、攻撃するフリをすんだ」
もちろん、そのフェイクの攻撃がバレたら意味がねぇ。けど、刀の扱いに関してはザック以上の奴を見たことがない。その心配はいらねぇだろう。
ザックは「あんがと!」と手短に礼を言って、サークリーの方へ駆け出していった。そして、近くまで来てた火の大妖精ケイトもいなくなって、離れたところで他の大妖精達と何やら話し合ってた。
あわよくばこのまま逃げられねぇかな。
・・・なんて甘いことを考えてたら、大妖精達は皆揃ってこっちに向かってきた。
な、なんだ? 何をされんだ!?
バクバクとうるさい心臓を抑えながら大妖精達が来るのを見てると、火の大妖精ケイトが他よりも一歩前に出て、俺を見下しながら口を開く。
「ソニアが殺すなっつうから、生かしておいてやる」
た、助かったぜ・・・。
ホッと胸を撫でおろす俺に、今度は光の大妖精ソニアが俺の前まで来て前屈みになった。ついその大胆な谷間に視線が吸われちまうのは男ならしょうがねぇことだと思う。だから闇の大妖精はそんな射殺すみたいな目付きで睨まないでくれ。
「あのさ!あのさ!」
光の大妖精ソニアは俺の目線なんて気にする素振りも見せずにずいっと近付いて来て興奮気味に喋る。
「わたしに剣を教えてよ!!」
「はい!?」
おいおい・・・ったく。何の冗談だよ! 俺が大妖精に剣を教えるのか!? っつーか、何で光の大妖精が剣を学ぶんだよ!
「ほら、さっきザックに何かアドバイス的なのしてたでしょ?」
「お、おう・・・そうだな」
「わたし、ザックに剣・・・というか刀?を教えてもらってるんだけど、何故だか皆わたしが上達したのを認めてくれなくってさ!」
光の大妖精ソニアはそう言いながら後ろにいる仲間の大妖精達を見る。
「だって本当に上達してねぇだろ。遊んでるようにしか見えねぇよ」
「私は上達してると思うよ。あと1000年くらい続ければ人並みにはなるよ」
「僕はソニアが練習してる姿、見てるの好き」
「ソニアが元気そうで私は幸せよ」
とにかく光の大妖精ソニアに剣の才能がないことと、他の大妖精達からどんな風に見られてるのかは分かった。
それにしても、さすが大妖精達だな。すぐ近くで死闘を繰り広げてる奴がいるってのに・・・マイペースすぎるだろ。・・・もしかすると、アネモネ王妃がこいつらを連れて来たんじゃなくて、こいつらがアネモネ王妃を連れて来たのかもしれねぇな。・・・あの方の性格を考えたらそっちの方がしっくりくる。
他の大妖精達から一通り揶揄われた光の大妖精ソニアは、少し不貞腐れたみてぇに頬を膨らませたあと、俺の方を見て言う。
「それで、わたしに剣、教えてくれる?」
まぁ、俺に大妖精の願いを断るって選択肢はねぇんだけどな。それに、そのお陰で命拾いしたとこもあるし。
「ああ、分かった。・・・いや、分かりました」
「やったー! ・・・あっ、それと普通の話し方でいいからね! 妖精バレしちゃうから!」
無邪気に喜んだと思ったら、「めっ」と可愛らしく注意してくる光の大妖精ソニアだが、俺の心中は穏やかじゃない。
これ、もし国内で妖精バレしたら、真っ先に俺が疑われんじゃねぇのか?
起こりうるかもしれない未来を想像して寒気を感じてると、「うっしゃあああ!」というザックの勝利の雄叫びが聞こえてきた。
読んでくださりありがとうございます。
サークリーの背後に控える騎士団員達(あのメイド達、何やってるんだ?)




