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288.【ビオラ】幸福感と焦燥感

「ちょっと、どうするんですかビオラ!」


少し遠くの方でご機嫌に鼻歌を歌いながら海辺を歩いているソニアをバックに、リナムが私の胸ぐらに掴みかかってくる。あまり聞く機会が無いソニアの鼻歌を堪能していたかったのだけれど、仕方なくリナムの話に耳を傾ける。


「どうするも何も、美味しいお魚を釣りあげるだけよ。リナムだって、皆だって、そうソニアに言っていたじゃない」

「そうじゃないですよ! 先ほどソニアを追い詰めていたあの人間のことです! 私をあそこで能天気に本当に釣りを楽しんでる三バカと一緒にしないでください!」


リナムがそう言いながら指差す方向には、何処からか調達してきた釣竿を持って海に糸を垂らしているジニアとケイトとアケビがいた。エリカは「もう一度、情報を集めてくる」と言って、人間が持っていた道具を抱えてどこかに飛んでいった。


「正直言って、旅どころじゃないですよ!? 少し頭が悪いとはいえ、私達の中でも強力な力を持っているソニアが、ああも簡単に動きを封じられるなんて、只事じゃないです! 今すぐにこの旅を中断するべきですよ!」


 確かにそうね。私も同意見だわ。けれども・・・


「それをソニアに言える?」


私とリナムは再びソニアに視線を向ける。ソニアは、それはもう心の底から楽しそうな笑顔で鼻歌を口ずさみ、目が合った私達に向かって元気に手を振ってくれる。

私達はソニアに笑顔で手を振り返しながら「無理ね」と結論付けた。


「でも、こういう状況だからこそ私達は一つ所に留まらずに旅をして移動し続けた方がいいと思うのよ」

「どういうことですか?」

「2000年前、私達は後手後手に回ったせいで、結局知らないうちに勇者共に南の果ての家まで攻められたあげく、2000年間ソニアを失う結果になったしまったわ」

「つまり、今回はこちらから攻めるということですね?」

「そういうことよ。だから、ひとまずは何処かに情報収集に向かったエリカと、泡沫島に向かったあの・・・」


 スノウドラゴンを連れたあの人間の名前が思い出せないわ。


チラリとリナムを見るけど、物忘れの酷いリナムが覚えてるハズがない。首を傾げるだけ。


「とにかく、旅を続けながら情報を集めるのよ。一つの所に留まっているのは危ないわ」

「そういうことですね! 分かりました」


リナムがふんすと鼻息を荒くして頷く。


 リナムのことだから、どうせすぐ忘れそうね。エリカが戻って来たら同じ事をエリカにも言っておきましょう。あの子は賢く記憶力も良いもの。


そう思っていたら、丁度エリカが戻って来た。周囲の誰の目に留まることもなく、素早くふわりと私の前に降り立つ。


 さすがね。わたし達の中ではソニアの次に飛翔能力が高いだけはあるわね。


「道具は、カイス妖精信仰国の、研究者達に渡して、来た。彼らなら、そのうち解析して、くれる」


エリカは無表情で淡々とした口調で言う。ソニアがいない時のエリカは基本的に無表情で愛想がない。


「エリカ、人間に渡しちゃったんですか? その人間がさっきの人間みたいにソニアに危害を加えたらどうするんですか!? その道具は私達大妖精か、その眷属の妖精達に預けるべきです!」


無表情のエリカとは正反対に、眉を一生懸命に傾けてエリカに掴みかかりそうな勢いで言うリナム。


「違う、人間の作った道具は、人間に解析させる方がいい。それに、あの僕の国の人間達は、信用できる。・・・ううん、それだけじゃない、信用とまではいかないけど、ソニアの味方は世界中にいる。そして、今は妖精信仰がある。だから、2000年前と違って、敵が国を上げて討伐してくるような、表立った行動をしてくる可能性は低い」

「なるほどです。じゃあ、人気(ひとけ)のない南の果てに帰るよりも、このまま旅を続けるべきですね! ビオラ、そういうことですので、旅は中断できません。分かりましたか?」


 どうして中断したいと言い出したのが私になっているのか分からないけれど、これ以上話をややこしくしたくないし、敢えて放置しましょう。


「それでエリカ。情報収集の方はどうなの? まさか道具を渡しに行ったわけではないわよね?」

「もちろん。・・・ただ、僕では目ぼしい情報は、得られなかった。恐らく、大妖精(僕たち)に対して、何かしらの対策を、してるんだと、思う。ここはやっぱり、人間達に任せるしか、ない」

「では、エリカ自身は何も情報を得られなかった、とういうことかしら?」


 情報収集でエリカが役に立たないのなら、他の大妖精でも結果は同じでしょうね。それにしても、大妖精の私達がまさか人間に頼ることになるなんて・・・。


「得られたことといえば、この島に怪しい船が迫って来ている、ってこと、だけ。たぶん、さっき生首にして灰にした人間が、どうにかして、僕達の居場所を教えたか、もしくは死がトリガーで、何かを送ったか」


 とにかく、この島から一刻も早く去らなければいけないということね。情報不足の現状でその怪しい船の相手をするのはあまりにも危険だわ。まだ私達の知らない未知の道具があるかもしれないもの。


「あっ、おーい! アケビが何も釣れないって泣きだしたんだ! どうにかしてくれ~!」


得意気な顔のリナムに若干の苛立ちを感じていたら、少し遠くの方からケイトのそんな声が聞こえてきた。


 吞気なものね・・・。まぁ、そのお陰で、ソニアの楽しそうな笑顔を見れているわけだけれど。


見ると、何かを必死に訴えながら泣くアケビを、ソニアが眉を下げて困った顔で慰めていた。話がひと段落ついた私達もそっちに向かう。


「大丈夫だよアケビ! アケビだけが何も釣れないのは、きっと・・・そう! 場所が悪いんだよ!」

「場所?」

「そう! 場所! さっき会った間抜けな顔の人間も何も釣れてなかったみたいだし、場所を少し移動して再チャレンジしよう! わたし、アケビが釣れるまでずっと傍にいるからさ! ね?」

「う、うん!! そうするよ!」


ソニアにギュッと手を握られて、すっかり泣き止んで元気を取り戻したアケビ。ソニアのために魚を釣ることから、ソニアと一緒に釣りを楽しむことに目的を切り替えたみたいね。


 本来ならいいことなんだけれど、今はそれどころではないわね・・・。


「どうするんですかビオラ? 何だか暫く滞在する流れになっちゃいましたけど・・・」


リナムが私の耳元でボソッと囁いてくる。私も同じ声量でリナムに返す。


「どうにかしてソニアを説得して、この島から離れないといけないのだけれど・・・」


ソニアを見ると、皆のお姉ちゃんとしてアケビを立派に慰められたことがよっぽど嬉しいのか、普段人前では絶対にしない鼻歌を口ずさみながら歩いている。


 どうしたものかしら・・・頭ではソニアに「そんな暇はない」と言わなければいけないことは分かっているのだけれど、あのキラキラした瞳を見ると、体が言うことを聞かなくなってしまうのよね。


考え込みながらソニアとアケビの後ろを歩いていると、その更に後ろからジニアがコッソリと声を掛けてきた。


「話は聞かせて貰ったわ。ソニアちゃんをどうにかすればいいのね?」

「ジニア・・・聞かせて貰ったとは? どこから聞いていたのよ?」

「リナムが『ちょっとどうするんですかビオラ!』って叫んだ辺りよ。コソコソ怪しいと思って、ビオラの後ろにコッソリ私の耳を生やしておいたのよ」


自分の手のひらの耳を生やして見せるジニア。普通に気持ち悪いわね、というか、ほぼ最初から聞かれていたのね。


「・・・私の後ろに耳を生やしたからといって、どうやって聞いた音声情報をジニアまで届けるのよ?」

「ついさっき耳を回収した時によ。それよりも、今はそんな無駄話をしてる場合じゃないんでしょ?」

「ジニアはどうにか出来るというの? あのご機嫌なソニアを」


幸せに満ちたような顔でアケビと話しているソニアを指差す。


「正攻法では無理よ」

「正攻法では・・・?」

「・・・まぁ、見てなさいよ」


ジニアは得意気にそう言ったあと、少し歩くスピードを上げて、前を歩くソニアに近付き、声を掛ける。


「ソニア! ちょっといいかしら?」

「え、なぁに?」


それはもう・・・ニコニコのいい笑顔で振り返るソニア。私ならこの時点で「なんでもないわ」と諦めていそう。


「ねぇソニア! 魚を釣るのにとってもいい方法があるんだけど、聞きたい?」

「え、うーん。お姉ちゃんの私がアケビにアドバイスしてあげたかったんだけど・・・でも、まぁ、一応聞きたいかな?」


 釣りなんてしたことないのに、何をアドバイスする気だったのかしら?


「じゃあまず、ソニアは体をちっちゃい妖精サイズにして?」

「え、ちっちゃく? どうし・・・」

「大丈夫よ! 今は誰も人間は見てないから!」

「う、うん・・・」


ソニアは言われるがまま体を小さくする。


「それで、このあとはどうするの?」

「えっとね、コレなんだけど・・・」


ジニアは両手を前に出して、自分の胸の前に紫色の怪しい花を創り出す。


「この花はね、ちょっとした刺激を与えると、どんな猛獣でも眠らせることのできる睡眠粉を吹き出すのよ!」

「わぁ! すごぉい!」


何も怪しむ様子もなく素直に驚くソニア。可愛い。


「この催眠粉を海にバラまけば、たくさんのお魚が眠って浮いてくるんじゃない?」

「確かに!! そしたらたくさん釣れるね! ・・・って、それって釣りって呼べるのかな?」


愛らしくコテリと首を傾げるソニア。そんなちっちゃなソニアに、ジニアは一歩近付く。


「確かに釣りではないかもしんないわね! じゃあ、この花は消し・・・キャー!」

「わっ! ジニア!!」


ジニアはわざとらしくつまずいて、その花に刺激を与えて催眠粉をソニアに吹きかけた。隣にいたケイトとアケビが「何してんだよ」みたいな呆れ顔でジニアを見ている。


「え、ちょっ、これってどんな猛獣でも眠らせるって・・・」


粉が吹きかかったソニアが自分の体を見ながら慌て始めるけど、妖精のソニアにそんな植物の粉が効くわけがない。現に同じように粉が掛かったケイトとアケビは平然としていて、ソニアを心配する素振りも見せていない。


「あ、あれ? 何だか眠く・・・」


ソニアはそのまま力なく落下していき、それをジニアが優しく両手で受け止めた。ジニアの手のひらで「すぅすぅ」と小さな寝息をたてるソニアを見下ろして、私は目を見張る。


 噓でしょう?!


「まさか、そんなに強力な睡眠粉が・・・?」

「違うわよ。ビオラ。ソニアはこれが「自分にも効く」って思い込んでたのよ。だから眠ったってわけ!」


 そんな・・・いくら何でも単純すぎるわよ・・・ソニア。


「何十億年も一緒にいて、私も最近知ったことなのよね! ソニアは思い込みが激しい! そして、ソニアの体はその思い込みを全力で反映するってことに!」


 私は何百億年も一緒にいたけれど、知らなかったわ・・・。ちょっと、悔しいわね・・・。


「おいおい、ソニアが眠っちまったじゃねぇか。釣りはどうすんだよ?」

「今から一緒に釣りをする予定だったんだよ?」


 この危機感のない2人にも事情を説明してあげないとよね・・・。


素早く簡単に、分かりやすいように2人に事情を説明して、妖精だとバレないように、そこらにあった人間の船を使って島から出る。


「ではジニア。ひと段落ついたことですし、手に乗せているソニアを私に返しなさい」

「ワタシにワタシなさい? どうしたのよビオラ? 急に面白くないダジャレを言って・・・」


さっきまでいた島が小さく見えた頃、ソニアを返して貰おうと声をかけたらコレよ。毎回毎回、煽ってきて・・・腹が立つ子よね。


「あのね、ビオラ。返しなさいって言うけど、ソニアちゃんは皆のお姉ちゃんなのよ! そして、私は皆の妹なのよ! だからソニアちゃんのお世話は私がするわ!」


 お姉ちゃんね・・・。恐らくだけれど、ソニアよりも私の方が先に存在していたと思うのよね・・・。確証が無いから誰にも言わないけれど。


・・・。


私は、まだ何も無い宇宙で、ソニアと出会う遥か前から存在していた。


本当の闇のなか、言語もなく、声を発することすらも知らず、自分が何者なのか、それを考える知能も当然無い。ただ、そこに存在だけしていた。


でも、何故だか感情だけはあった。思考なんて出来る知能もまだ無いハズなのに、何か自分に足りないものを必死に求めるような「焦燥感」。それと同時に、体中を満たすような「幸福感」。


本来なら相容れないハズの矛盾する2つの感情が、その時の自分にあったのを覚えている。


ソニアと出会うことで「焦燥感」は消え、「幸福感」は満たされ続けることになった。


そして、2000年前。別次元のカミサマとかいう妖精にソニアを奪われ、私の中に再び「焦燥感」が生まれ、今まであった「幸福感」が減っていった。


どうにか私のソニアを取り戻すことが出来たけれど、今も「焦燥感」は完全には消えていない。


・・・。


私はジニアから奪い取った、可愛らしい小さな寝息を立てているソニアを見る。


 この手のひらの上で眠っている小さな「幸福感(ソニア)」は、もう二度と失いたくない。奪わせない。


水平線に写る夕陽を見ながら、私はそう自分の「焦燥感」に誓った。

読んでくださりありがとうございます。ジニアは簀巻きにされて甲板に転がされています。

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