286.わたしのバカバカ!
「グァ~~~! グァ~~~~!」
カレンの宿でカレーうどんをズズズっと啜ったわたし達は、カレンとユータのデートをこっそり覗き見してから国を出て、今はブルーメを目指して、鳥くんの背中に乗って空の旅を満喫している。
ちなみに、鳥くんにはちっちゃい妖精になって乗ってるよ。大妖精サイズのわたし達を乗せられる鳥なんてダチョウくらいしかいないからね。
「あえて自分達で飛ばないで鳥くんに乗るっていうのもいいもんだね~。の~んびりできるもん」
白くて大きな翼を持つ鳥くんの上で、青空を見上げて寝転がる。気持ちいい。
「ただね。早く服を着替えたいなぁって思うんだよ」
わたしが今着ているのは、ビオラとお揃いのドレスだ。界隈の人間の間ではゴスロリとかって呼ばれてるらしい。
可愛いには可愛いんだけど、ありえないくらい動きづらいんだよね。・・・しかも、心なしかビオラよりも胸元が開いてるような気がするし。
「それはソニアが人間に妖精バレした罰ゲームなんだから、勝手に着替えないでよね!」
わたしの隣を飛ぶ鳥くんに乗ったジニアが、「めっ」と人差し指を立てたあと、「本当は私とお揃いにしたかったのに・・・」とボソッと呟く。
そうだね。わたしもジニアとお揃いの服の方が良かったよ。
ジニアが着ているのは、膝上丈のサロペットだ。動きやすそうで羨ましい。そんなジニアとわたしの間に、ビオラが乗る鳥が割り込んでくる。
「今のソニアは私と同じ黒髪だから、上から下までお揃いね。とても嬉しいわ」
「何言ってるのよ! ビオラとソニアちゃんじゃあ、ある部分の大きさが正反対じゃない!!」
「あら、負け惜しみかしら? ジニアは胸はそこそこだけど、そのサロペットで隠してるお腹はぷにぷにだものね?」
「こ、これが私のベスト体型なのよ! 妖精は常に体型が変わらないの知ってるでしょ!?」
「私達と違って体が細胞で出来てるジニアは例外でしょう?」
「な、何でそれを知って・・・!!」
「前に自分で言っていたわよ」
私の隣でビオラとジニアが仲良く喧嘩し始める。ジニアとビオラが乗ってる鳥くんも仲良く嘴を突っつき合う。わたしはそんな2人と2羽を横目に、「ん~~~っ」と伸びをする。
「風が気持ちいいね~・・・ね? 鳥さん?」
「グァ~~~~!」
「うん。微妙に可愛くない鳴き声だね。何か落ち着くよ」
よしよしと鳥さんの背中を撫でてあげる。微妙に触り心地が悪いのも何だか落ち着く。
「ねぇ、リナム。ブルーメまではあとどれくらいかな? 下にあるちっちゃい島がブルーメではないよね?」
「あれは別の島ですね。この調子だと日が沈む前には着くと思いますよ。・・・この鳥たちが本当にブルーメに向かっているのなら」
まぁ、別に鳥くんを操ってるわけじゃないからね。自由に空を飛ぶ鳥くんに勝手に乗ってるだけだもん。
「鳥くん、頑張ってね! ブルーメまで行ってくれたら美味しいお魚料理を食べさせてあげるね!」
「グァ~~・・・グァ!!??」
「うぇ!?」
突然、私の目の前に血が付いた弓矢の矢尻が現れた。そして、力なく翼を畳んで落下する鳥くん。矢は鳥くんの喉元を下から貫通していた。
「え、ちょちょ、鳥くん!? 噓でしょ!? 大丈夫!?」
「ソニア! 何してるんですか! その鳥はもう駄目です! 早く離れてください!」
「ソニア、そのままだと地面に落下しちまうぞ~」
リナムが少し慌てたように叫び、ケイトが吞気に足を組みながらわたしを見下ろしているのが回る視界の中に一瞬映った。
「ちょっと待ってね! せめて矢だけでも抜いてあげようと・・・うん~~~っ! 抜けないっ!」
「ソニア! 私達もすぐに降りるので下で待っててくださいね! ・・・ジニア! ビオラ! いつまで喧嘩してるんですか!? 状況を見てください! 私、先に降りてますよ!」
「「私が先に行くわ!!」」
そんなリナム達の声が遠くに聞こえる。
もうちょっとで矢が抜けそうなんだけど・・・あっ、やば、地面が・・・
ぶわっ・・・
「グァ・・・」
「おっと・・・」
鳥くんが地面に落下する直前、優しい風が守ってくれた。どうやらエリカが気を使ってくれたみたいだ。わたしは地面に降りて、上空にいる皆にグッと親指を立てるけど、皆は誰が先にわたしの元に行くかで争っていて、全然こっちに気付く様子が無い。
何やってるんだか・・・。ジニアだけでも先に来てくれないと、鳥くんが死んじゃうよ。・・・まぁ、死んだら死んだで焼き鳥にして美味しく頂いちゃうけど。
とりあえず、周囲を見回してみる。木は少ないけど、たぶん森の中だ。どうやら、さっきまで下に見えてたちっちゃな島に墜落しちゃったいみたいだ。
ふむふむ・・・ってことは、この矢は島の人間が射ったってことだね。わたし天才!
そう自画自賛していたら、ザッザッザッと人間っぽい足音が近づいてきた。
お? 来たな?
わたしは苦しむ鳥くんの前でファイティングポーズをとる。大妖精サイズにならないのは、万が一服が破けたら恥ずかしいからだ。まぁ、ジニアが作った服だからそこら辺は大丈夫だと思うんだけど、一応ね。
ガサガサガサ・・・
草木を分けて、1人の黒髪の少年が現れた。
「あの鳥、変な軌道で落下してたべ・・・確かここら辺に・・・」
少年とわたしの目が合った。ジリジリと距離を取るわたし。ゴクリと唾を吞む少年。
一瞬の沈黙のあと、少年が恐る恐る口を開く。
「よ、妖精だべ・・・?」
「それ以外の何に見えるの?」
「い、いやだって、羽が・・・」
あ、そっか。ちっちゃい妖精さんにはなってるけど、髪色とか羽はそのまま不可視化してるんだった。
わたしはファイティングポーズを崩して、髪色と体の大きさはそのままに、羽だけ見えるようにする。ちなみに、羽の色も髪に合わせて黒っぽい色に変えてる。
少年はわたしの羽を見て、もう一度ゴクリと唾を吞んで、額に汗を伝わせながら一歩下がりながら口を開く。
「もすかして・・・闇の大妖精・・・様、だべか?」
「違うけど?」
コテリと首を傾げる。少年も同じように首を傾げる。
あ~・・・そっかそっか! 黒髪の妖精って闇の大妖精しかいないもんね! だから困惑してるのか!
わたしは髪を金髪に、羽の色を薄黄色に戻して見せる。
「わたしは光の大妖精ソニア! 今はちっちゃいけど、ちゃんと大妖精だからね!」
パチッとウィンクして見せると、少年はホッと安堵したように汗を拭って一歩前に出る。
「光の大妖精ソニア様っつったらぁ、あの歌姫の妖精だべ!?」
「歌姫?」
「んだ、半年前に世界中に届いた光の大妖精ソニア様の歌声、ありゃあすんげぇ良かったべ!界隈では歌姫っつってぇ、妖精信仰とは別で、世界中にファンがいるんだべ!オラもその1人だ!」
独特な喋り方をする少年は、そう言いながら目をキラキラさせる。
歌姫・・・か。悪くないね! うん!
「嬉しい情報をありがとね! 人間の少年!」
まぁ、でも・・・妖精だってバレちゃった以上、殺すけどね。また罰ゲームをくらうのはちょっと嫌だ。
「ところで、その歌姫様はこんなところで何をやってんだべ?」
ニコニコと機嫌が良くなったわたしを見て、少年も同じようにニコニコと笑いながら聞いてくる。
「あ~、この鳥くんに乗って空の旅を楽しんでたら、この通り君の矢で落とされちゃったんだよ」
「そ、そりゃあ申し訳ないべ!」
血相を変えて土下座しようとする少年を、手を振って止める。
「ううん。別にいいよ。お陰で嬉しい情報を知れたしね!」
「こ、心の広い大妖精様だべぇ・・・」
「ふふん! そうでしょう!」
わたしは得意げに胸を張って見せる。
もっと褒めるがいいよ! 殺すのはもう少しギリギリでもいいかな?
「他の大妖精様は一緒じゃないんだべか?」
わたしは視線を上に向ける。他の皆は未だに誰が先にわたしの元に来るかで争っていた。というか、まるで足の引っ張り合いをしてるみたいだ。
しっかり者のリナムまで・・・いったい何が皆をそうさせるんだろうね?
「わたしと違って皆はバカだからね。足の引っ張り合いをしてるよ」
「そ、そうだべか・・・」
・・・って、おっと! そんなことより、早く鳥くんの矢を抜いてあげなきゃ! まだ辛うじて生きてるみたいだし。
「ソニア様? 何をしてるんだべ?」
「ん? 鳥くんの矢を抜こうと思って。・・・あっ、君は勝手にどっか行ったりしないでね!」
「だべ・・・よかったら手伝うべ?」
「うん! 手伝って!」
少年は手袋を着けながらわたしの前まで歩いて来て、しゃがんで・・・。
「きゃあ!!」
急に少年に鷲掴みにされて、地面に押し付けられる。
「んにゅう・・・にゃ、にゃにすんの!」
「・・・情報通り、光の大妖精ソニアは他の大妖精と違ってバカなのが弱点だべな」
「は!?」
こ、この人間!! わたしを騙したの!? 許さない!!
わたしは少年に向かって電撃を放とうとする。
あれ? あれ? 電気が・・・
わたしの電撃が少年の手袋に無効化されている。同じように電磁波も無効化される。
「バカなソニア様には分からないと思うんけど、これは完全な絶縁体だべ。そして・・・」
それなら波長を変えて・・・。
わたしは電磁波の波長変えて、光のレーザービームを少年に向けて放つ。少年はそれを、わたしを使う方とは逆の手で防いで見せた。
「はぁ!? なにそれ!」
「これは光吸収率100%を誇り、タングステンよりも熱伝導率が・・・」
なら、これならどうだ!!
少年が何か言い終える前に、少年目掛けて雷を落とす。
ドコーーン!!
少年は、どこに隠し持っていたいたのか、黒いマントを被って雷を防いだ。
う、噓でしょ・・・? こ、こうなったらこの島ごとレーザービームで蒸発させて・・・
「何をしようとしてるのか知らねぇだかよ。させねぇべ」
少年は、わたし目掛けて漆黒の短剣を振り下ろす。ただの短剣なら大丈夫なハズ。でも、ただの短剣だとは思えない。
ヤバい! 何か分かんないけどマジでヤバい! ・・・こわいよっ。
「ハハッ、大妖精でも涙は出るんだべな。泣いたってどうにもならねえぇだよ」
助けて、ディ・・・
「ぐっ・・・!!」
少年が急に苦しみだした。
い、今だ!
わたしは少年の握る力が弱まった手から抜け出して、何が起こったのか状況を確認する。
「ソニアちゃんに何してるの?」
上空からそんな低い声が聞こえた。
ジニア、リナム、アケビ、ケイト、エリカ、5人の大妖精が、今まで見たことのない、怒り以外の感情が抜け落ちたような表情で少年を見下ろしていた。
「ソニア!」
「わぁ!」
いつの間にか隣にいたビオラに抱き寄せられた。
「ごめんなさい。助けるのが遅れてしまったわ・・・」
「う、うん。ぜんぜん・・・」
「こわかったのね。もう大丈夫よ。私達が絶対に守るから。もう二度と、ソニアを失いたくないもの」
ぎゅーっと力強く抱き寄せられる。
「ずびっ・・・」
あっ、だめ。本格的に泣きそう・・・だって、あんな、記憶を失ってた頃ならともかく、大妖精のわたしが手も足も出ないようなこと、今まで無かったから・・・。2000年前の勇者の時だって、ここまでの無力感は感じなかったもん。
「ぐすっ・・・」
わたしは泣き顔を見られるのが恥ずかしくて、顔をビオラの胸に押し付け、そっとビオラの後ろに手を回した。
・・・。
「どう? ソニア。落ち着いたかしら?」
「うん・・・べ、別にこわくなんてなかったけどね!」
皆のお姉ちゃんとして、「こわかった」なんて情けないことは言えない。ビオラは「フフッ」と優しく笑って、わたしをもう一度抱き寄せようとする。
これ以上、醜態は晒せないよ!!
サッと手を突っ張って、拒否する。
「あっ、ビオラ・・・その服・・・」
そこで初めて気が付いた。ビオラの服の胸元がわたしの涙や鼻水でぐしょぐしょになっていることに。
「その・・・ごめん。でも・・・な、泣いてたわけでも、鼻水を垂らしてたわけでもないからね!」
もう遅いかもしれないけど、一応誤魔化してみる。そんなわたしを見たビオラは、一層深い笑みを浮かべて口を開く。
「そうなの? じゃあ、これは何なのかしら?」
「そ、それはその・・・えっと・・・怒ってる?」
「フフッ、本当に、可愛いのだから。・・・冗談よ。人間の言葉には『我々の業界ではご褒美です』っというものがあるのよ」
「?」
なにそれ? どういう意味?
「あっ、そうだ、鳥くんを助けないと・・・」
「ああ、あのソニアが乗っていた鳥なら、私が応急処置だけはしたから、とりあえず大丈夫よ。あとでジニアに治してもらいましょう」
「え、ビオラが応急処置を・・・?」
「そうよ? 矢が刺さったままのお陰で何とか間に合ったわ。もし矢を無理に抜いていたら出血多量で死んでいたもの」
「そ、そうなんだ・・・」
あ、危なかった~・・・。
わたしはすいーっと目を逸らす。ビオラは何かを察したように笑った。完全に思考を読まれてる。
・・・それにしても、ビオラが応急処置なんてことしてくれるとは・・・なんか意外かも。
「意外そうな顔ね。・・・ソニアが悲しむと思ったからよ。昔飼っていた人間に向けていたような顔をしていたから・・・また、あの時みたいなことは経験したくないもの」
わたしがいない2000年の間で、ビオラも少し変わったのかもしれないね。これは、もし鳥くんが死んじゃったら焼き鳥にして美味しく頂こうって思ってたなんて口が裂けても言えないね。
「それよりも、ソニア。あの人間のことだけれど・・・」
ビオラは気を使うように優しく目を細めて微笑んでわたしを見たあと、怒りの籠った瞳で他の皆が居る方向を指差す。
「イ、イタイ、イタイ・・・」
そこには、大妖精サイズになったジニア達に囲まれる、喋る生首が転がっていた。
読んでくださりありがとうございます。少年が苦しんだ原因は、ジニアが作り出した植物性の毒です。効果は激しい腹痛と下痢です。




