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282.紅に染まりそうになった温泉事件

ビターン!!


ジニアの陰から一歩踏み出したところで、わたしは盛大につまづいて、薄く雪が積もった地面に顔面を強打しちゃった。


「えっと・・・そこのお嬢さん、大丈夫かしら?」


ミカちゃんの心配するような声が聞こえてくる。妖精だから痛みはないけど、羞恥心はある。恥ずかしくて顔を上げられない。


「もう・・・ソニアは本当に可愛らしいのだから。ほうら、立てる?」


ビオラの優しい声が聞こえる。きっと床に伏せてるわたしに手を差し伸べてるんだろう。


 この状態のわたしのどこが可愛らしいのか分からないけど、心遣いはありがたい。ただね、この人間の前で名前を呼ぶのはやめてくれないかな?


「え、ソニア?」


 ほうら、勘付かれそうだよ。・・・ん?


ザッザッザっと、誰かが走ってくる足音が近付いてくる。そして、地面に顔をつけてるから振動も微かに感じる。


 少し工夫しよう。


周囲の光を直接脳に送り込んで、地面に顔をつけたまま辺りを見渡すと、わたし達が来た方向から、ミカちゃんの下位互換みたいな鎧を着た騎士が走って来ていた。


「ミカモーレ騎士団長! 大変です! 村を見張っていた奴らが消えました!」

「はい!? 消えたですって!? 1人も残らず!?」

「あ、いえ、1人だけ残っているのですが・・・その・・・かなり・・・とても、悲惨な状態で・・・」

「・・・すぐに案内して頂戴」


 あれ? 何だか分からないけど、うまくやり過ごせそう?


「アナタ達、もし宿を探してるのなら海辺にある大きな宿がおすすめよ。温泉が格別なの。・・・それじゃあ、また会いましょ」


ミカちゃんは少し早口でそう言ったあと、走り去って行った。わたしはビオラの手を借りてゆっくりと立ち上がる。


「「ふぅ・・・」」


わたしと、何故かジニアも安堵の溜息を吐いた。


「もしかして、ジニアもあの人間と面識あるの?」

「そうね・・・まぁ、くるみ村でちょっと。それより、別に宿に寄る必要はないわよね? 私、寝る時は小さくなるんだし」


ジニアが「私の話聞いてなかったの?」と唇を尖らせる。


「ううん。ちゃんと聞いてたよ。宿を探してるのは寝る場所の確保じゃなくて、温泉に入る為だからね。わたし、皆で温泉に入りたいの!」


ジニアの手を両手で掴んで、ずずいっと顔を近付ける。ジニアはボッと顔を赤らめさせて、「わ、私一緒に入りたいわ」と嬉しそうに言ってくれた。


「アタイ、温泉は苦手なんだけど・・・ま、ソニアと入れるならいっか」

「私は温泉大好きですよ。特に水風呂は」

「私も温泉は好きだよ。でも、岩盤浴の方が好き」

「僕は、サウナが、いい」

「私はソニアが大好きよ。温泉はどうでもいいけれど」


 なんか思ってた反応じゃないけど、まあいいや。


ミカちゃんに案内された宿へ行く。なんかすれ違う村人達に滅茶苦茶見られるけど、わたしも他の皆も気にしない。慣れてるからね。


「ここがあの人間が言ってた海辺の宿ですか? 沈没寸前ですね。あと数メートル海面が上昇すればお終いですよ」


 そういえば、前に来た時に海面上昇の件で移転するとかしないとか言ってたっけ。結局しなかったんだね。ま、どっちでもいいけど。


「こんにちわ~。温泉入りたいんだけど、入っていい? っていうか、入るよ~」

「あら、いらっしゃい。えーっと・・・大人5名に、子供2名かな?」


 全員大人ですけど? いったい誰が子供と間違われてるんだろうね? わたしよりも身長が低いアケビと・・・あとは、ジニアかな?


「あ、いや、大人6名に、子供1名だね」


 今、わたしの胸を見て訂正しなかった?


「ねぇ、私も大人だよ。全員大人だよ」


自分が子供に間違われてることに気が付いたアケビが、しかめっ面で手を挙げる。


「あら、そうかい。正直者だね。ちょっと安くしてあげるよ」

「安く? 何を?」


後ろで「アケビは子供っぽいものね」「ジニアには言われたくないよ」と言い合ってる子供2人と違って、大人なわたしは皆を代表して受付の人間の話を聞く。


「何をって、お金だよ。大人6人、本来なら銀貨一枚と銅貨二枚だけど、特別に銀貨一枚だけにしてあげるよ」

「???」


 え? ギンカ?ドーカ? 何だって?


コテリと首を傾げるわたし、受付の人間も同じように首を傾げる。


「ソニア、代わって」

「え、エリカ? うん・・・」


エリカに手を引かれ、後ろに移動させられる。そして、代わりにエリカと、エリカに手を掴まれたアケビが前に出て話し始めた。


「エリカは私達の中で一番人間に詳しいから、任せておけばいいですよ。ソニアはこっちで一緒に遊びましょう。面白い物があるんですよ」


リナムはそう言って、不思議な形の靴を持った。


「これはスリッパと言って、こうやって・・・」


スパーン!


「うおっ!? 何で急にアタイを叩くんだよ!?」


叩かれたケイトがリナムの胸ぐらを掴む。


「なるほど、人間は面白い道具を作るんだね!」


わたしはスリッパを持って、ケイトを見る。


「おいソニア・・・やるならこっちだってやってやるぞ!」


同じようにスリッパを持ってニヤリと笑うケイト。


「先手必勝だよ! うりゃあああ!!」


スパーン!


「うひっ!?」


後ろから誰かに頭を叩かれた。


「子供みたいに、遊んでないで。お金を払ったから、早く行くよ」

「「あ、はーい」」

「フフッ、やっぱり子供料金で良かったかもね。ゆっくりしていらしゃい。可愛いお嬢さん達」


受付の人間に優しい目で見送られて、わたし達は露天風呂に移動する。


「男女に分かれているのね。じゃあ、ソニアと私は2人で女湯に入るから、他は男湯に入りなさい」

「は? 何言ってんだよビオラ。アタイは女だ。一番胸の小さいビオラが男湯に入れ!」


 やれやれ、やっぱりわたしが皆をまとめないとねっ。

 

「はいはい、喧嘩してないで皆で一緒に女湯に入るよ。・・・あ、エリカ、どこに行くの! エリカもこっちだよ!」

「「エリカは男湯よ(だろ)!!」」


 凄い、息ピッタリだね。


結局、エリカだけ男湯に入ることになった。可哀想だ。


「ソニア、1人で服を脱げる?」

「ビオラ、服くらい1人で脱げ・・・あれ? 羽が引っ掛かって上手く脱げない?」


羽を見えなくしたせいで、余計脱ぎにくい。ビオラに手伝って貰って服を脱いだら、温泉へ突撃だ。


「わぁ! 凄い景色だね! まるで海と繋がってるみたい!」


水平線に向かって走るわたし。そんなわたしをリナムが後ろから注意してくる。


「床が滑るから危ないですよ。ソニアは飛ぶのは得意だけど、走ったり歩くのは苦手でしょう?」

「大丈夫だぞ。アタイが床の摩擦エネルギーを制御してるから、絶対に滑らない」


 さすがケイトだね! わたしの妹たちは皆気が利いていい子だ!


「ありがとうケイ・・・うわっぷ!!」


普通に地面の凹凸につまづいて転んだ。


 ・・・今度から走る時は下を見ようかな。


わたしはビオラとジニアに起こされて、一緒に温泉に浸かる。


「カポーン」

「急にどうしたの? ビオラ?」

「温泉の擬音よ」

「変な音だね」

「私もそう思うわ」

「「・・・」」


ざざーん、ざざーんと、波の音だけが聴こえる。たまにはこうやってゆったりするのもいいね。・・・いや、いつもゆったりはしてるんだけどさ。


ガラララ・・・


誰かが入って来た。


「さっきぶりネ。ここの温泉はいいでしょう? 特に景色が」


 ミカちゃんだ! まずい! 顔を隠さないと!


慌てて長い髪の毛を全部前に持ってくる。前が見えにくいけど、顔は隠せた。それと同時に、隣でジニアがポチャンとお湯の中に潜った。代わりに丸い葉っぱが浮いてくる。これで水中で呼吸してるのかな?


「お前、男だろ? 何でアタイ達の方に入って来てるんだよ。ここは女湯だぞ」

「アタシはこう見えても女なのよ」


ミカちゃんはそう言って堂々と腰に手を当てる。髪でよく見えないけど、たぶん全裸だ。


「じゃあ、その股に付いてるソレは何だよ!」

「ああ、これ? これは―――――」


 ???


突然、ビオラに耳を塞がれた。振り返ってみると、ビオラはニコリと笑いながら首を振る。


 いや、意味不明だよ?


「――――そっか! 人間って面白いな!」


耳から手が退けられたと思ったら、何故かケイトが納得していた。いったいどんな会話があったんだろう?


納得顔のケイトを、同じような納得顔で見ていたミカちゃんが、今度は怪訝そうな顔でわたしを見てくる。


「ところで、アナタ達、その羽は何かしら?」


 !?


「え!? うそっ!? 見えなくしたハズなのに!! マジ!?」


慌てて自分の背中を見るけど、羽は見えない。他の妖精達の羽も同じだ。


 ・・・どういうこと?


「ハァ・・・ソニア。本当に純粋でドジで可愛らしいわね」


ビオラが溜息を吐きながら、わたしの前に垂れていた髪を退ける。ミカちゃんは腰にタオルを巻いていた。それはそれとして、褐色のムキムキ筋肉が素晴らしい。


「えっと・・・見事な筋肉だね。ミカちゃん?」

「ええ、ありがとう。アナタも見事な可愛さよ。ソニアちゃん?」


 うっ・・・これは完全にバレてる。未だにお湯に潜ってこの状況から逃げてるジニアが羨ましい。


「ソニア、わたし達はブラフを掛けられたのよ。羽はちゃんと見えないようになっているもの」

「騙したの!? ひどいよっ!」


ぷくーっと頬を膨らませてミカちゃんを睨む。


「人間だと騙してるのはそっちでしょう? 聞き覚えのある声に、見覚えのあるシルエットだと思って鎌をかけてみたら、案の定、本当にソニアちゃんだったとはネ。体も大きくなってるし、びっくりだわ」


 ど、どうしよう!? バレる前に殺しちゃおうかと思ったけど、そんな暇もなくバレちゃったよ!? バレたら罰ゲームって言ったのは自分だし・・・ああ! もう! 「罰ゲームだね?」みたいな顔でニヤニヤしながらわたしを見てる皆が憎たらしいよ!!


「それで、他の子達は皆ソニアちゃんのお仲間の大妖精でいいのかしら?」

「この子たちはわたしの家族の大妖精だよ」

「そうなの。記憶が戻ったみたいでよかったわネ。あの世界中に響いた歌声もとっても可愛らしくて素敵だったわよ・・・ただ、一つだけ聞かせてちょうだい。・・・ディルちゃんはどうしたの?」


ミカちゃんは心配そうな顔でそう聞く。


「ディル? さぁ? どっかで生きてはいるんじゃない? 知らないけど」

「そう・・・残念ネ」


 何が残念なの?


「まぁ、いいわ。これは当人同士で解決するべきことだもの。ただね、これだけは言わせて」

「うん?」

「ディルちゃんは絶対に諦めたりしないわ」

「え、うん。そうなんだ?」


 この人間は何を言ってるんだろうね?


「ソニア、もう出ましょう。あんまりこいつとは話さない方がいいわ」

「え、うん・・・」


ビオラに手を引かれて、湯船から上がって、更衣室に向かって歩き出す。後ろからケイトとアケビとリナムも付いてくる。ジニアは未だにお湯の中だ。


「待って! まだ話たいことがあるの! こっちが本題よ!」


ミカちゃんが通り過ぎようとするわたしの腕を掴もうとしてくる。


「ソニアに触れるな」

「いっ・・・つ!?」


わたしの腕を掴もうとしたミカちゃんがの手が、突然ボアッと燃え出す。ケイトがやったみたいだ。ミカちゃんは慌ててお湯で消そうとするけど、消えない。


「アタイ達が大妖精だと分かったうえで、そんな愚かな行為を働いてるのか? 殺さないだけマシだと思え」

「ち、ちがうわ!・・・そんなつもりで・・・うぐっ」

「うるさいよ」


今度はアケビが作り出した剣でミカちゃんの腕をスッパリ切った。


 ああ! ちょっとちょっと!!


「ちょっとアケビ! せっかくいい温泉だったのに人間の血で汚れちゃったじゃん!」


アケビの頬をグイーっと引っ張る。良く伸びる頬だ。


「やめへよ! ほひは! もう! りなふ! はふへへ!」

「はいはい、分かりましたよ」


リナムがドバっと水を出し、血と腕を海の方まで流した。


 まだ血が落ちてるけど、まぁ、いいや。


わたしはアケビから手を放して、そっと頬を撫でてから「じゃ、行こっか」と更衣室に向かう。


「待って!」


 はぁ・・・まだ何かあるの?


今度こそ殺しちゃおうかと思って振り返る。


「アナタ達・・・ハァハァ・・・時の妖精を助け来たんでしょ!?」

「え?」


 時の妖精って・・・トキちゃんのことだよね? 助けにってどういうこと?


「行方不明になった・・・時の妖精を・・・ハァ・・・探しに来たんでしょ? 彼女の居場所なら検討がついているわ!」


 これは・・・詳しく話を聞いた方がいいかもだね。

読んでくださりありがとうございます。

一方その頃。

エリカ「女湯が、騒がしい」

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